─黒い魔導書─
「マギサさんあなたはなぜこのような事を?」
姿はマナルガの出で立ちのままである目の前の存在をマギサと認識した上で、アバンはその彼女のこれまでの意図を問う。するとマギサはゆっくりと目を伏せ瞳を閉じ、そして改めてその瞳を開いてその琥珀色の瞳をアバンに向けた。
「……」
しかし、マギサはアバンからその視線を外しクルテマッカ達の方向に向き直る。取り分けミネルヴァとアリアに対するその眼差しにはある深い想いが込められめいた。
「申し訳ありませんクルテマッカ国王陛下……ミネルヴァ王妃…オルヴァ王子……そしてアリア姫……様……」
深々とマギサはその頭を垂らして悔やみ切れない想いと共にクルテマッカ達に深い謝意を示した。
「ど……っ!!どういうことなのだ……っ!!?お前は……お前は本当にあの……マギサなのかっ!!?」
「マギサさんなのっ!!!?」
クルテマッカとミネルヴァは未だ信じられないといった表情で異形の彼女をみつめる。
「クルテマッカ陛下…ミネルヴァ様……本当に申し訳ございません……」
改めて謝意を示したマギサのその琥珀色の瞳には深い悲しみとクルテマッカ達に向けられた慚愧に堪えない想いが浮かんでいた。
「マギサ……さん……私は……私は……」
するとアリアのその瞳にも熱い涙が溢れ出し、その澄んだ瞳をマギサに向けながら必死にその胸の内の想いを告げようとしていた。
「アリア様……長い間おツラい想いをさせてしまったことはこの私のまさに不徳の致すところでございます……陛下並びにミネルヴァ王妃、オルヴァ王子におかれましてはそのお怒りも当然のことと……故に私はどんな処罰をも覚悟しております……」
「マギサ……お前……」
「………」
「………」
マギサの苦悶に満ちたその表情と言葉にクルテマッカは静かにそう呟くことしか出来ず、ミネルヴァはまるでマギサのその覚悟を振り払うかのようにその細い首を左右に振り、オルヴァに至ってはただただ、その自身の複雑な胸の内に黙って強く拳を握ることしか出来なかった。そんな中でアリアは涙を拭ってマギサに声を掛ける。
「私は……忘れてない……マギサさんの優しさも暖かい笑顔も……」
「アリア……様」
「アリア……お前…」
「アリア…」
「アリア…」
「あのお人形だって私、大切にしてたのよ……アバン様とフローラ様から頂いた指輪と一緒に……」
そうしてアリアはゆっくりとマギサに向かって歩み寄る。
「アリア……っ!!!?」
しかし、そんな彼女を案じてオルヴァが声を上げる。
「大丈夫よお兄様……お兄様だって本当はおわかりになっているでしょ?」
「アリア……」
「あのマギサさんの目は……私達がよく知っている綺麗な琥珀色の瞳よ……」
そう言ってアリアは幼い頃にマギサと交わした会話を思い出す。
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「マギサさん、マギサさんの目はどうしてそんな色をしているの?」
「アリア様、私のこの琥珀色の瞳はある大切な方から頂いたモノなのですよ」
「えっ!?瞳を……っ!?貰ったのっ!!?」
「はい、幼い頃に私はある事故で両の目が見えなくなってしまいました……でもある方の大切なお仕事をお手伝いする代わりに私はこの琥珀色の瞳を頂き今もこうしてアリア様の可愛らしいお顔を見ることが出来るのです」
「その大切な方って……?」
「フフ……それは秘密です」
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「そうだったな……そういえば昔そんな事を私も聞いた…」
オルヴァはそう呟くとアリアとマギサを交互にみて微笑む。
「覚えていて下さったのですね……アリア様」
「もちろんよ……マギサさんとの思い出は全部私は覚えているものっ!!」
アリアのその言葉はマギサのその琥珀色の瞳から熱い一筋の涙を誘った。
「ミネルヴァ……あの子は私達よりもずっとマギサのことをよく見ていたようだ……」
「ええ……本当に……」
そしてアリアのその言葉に瞳を熱くしていたのはクルテマッカやミネルヴァも同じだった。
「マギサさん……訊かせて……あなたの……あなたの本当のことを……」
アリアは優しい表情で微笑みかけながらマギサにそう告げるとマギサはその想いに応える様に目を細めて柔らかく微笑みゆっくりと頷いた。
「あれは今から約35年前のこと……その頃私はベンガーナ王国領の北の外れにあるとある小さな教会で修道女としておりました……」
「修道女……」
と、この時アバンは何かに思い当たった様に誰にも気付かれない様な小さな声で呟いた。
「しかしアリア様にも以前にお話をしたとおり私は幼い頃にとある事故で両目の視力を失いどこへ行っても厄介者として扱われていました……そして最後に辿り着いたその教会でも大した働きも出来ずにおりました。ですがその教会の神父様はとてもお優しい方でそんな私にも神の教えを説いていつも優しく大切にしてくれました……」
マギサは自身の生い立ちを切々と語る。
「そんなツラい想いを……」
「でもお優しい神父様に出逢えたのね……」
オルヴァとメティスは涙を拭いながらマギサに微笑みかけると彼女も柔らかく笑顔を返して頷いた。
すると……
「差し支えなければ……その……事故?というのは……」
「あなたっ!?」
「あ!ああ……そ、そうだなすまない……」
やや空気を読まないマギサへのクルテマッカの問いにミネルヴァは諫める様に声を上げる……しかし……
「いえ、構いませんクルテマッカ陛下、ミネルヴァ様……それにむしろベンガーナ王国に侍女としてお仕えした時にこのお話をしなかった私の方が不徳の致す限りでございます」
「マギサさんそんなこと……」
ミネルヴァはそう言ってマギサに優しく告げる。
「ありがとうございます……ですがやはりお話しさせて下さい、そしてこれからお話しすることにこの私が犯してしまった罪と犯さなければならなかった理由があるのですから……」
「罪を犯さなければならなかった……だと?」
マギサはクルテマッカのその問いにゆっくりと頷くと再び語り始めた。
「私が視力を失った事故というのは私の父であり……アバン様、アナタのお祖父様であるジニュアール一世様の友人でもあったマドゥクが凶神レノクスと交わしたある契約に失敗したことがその事故の真相でした」
「……っ!!?」
「凶神レノクスっ!!?」
「なんと!!?ここでも凶神が関わっておるのかっ!!?」
「しかもその凶神の名前まで……っ!!?」
明かされた凶神の名にアバンは反応を示すとそれに伴うようにオルヴァやクルテマッカ、更にメティスも声を上げた。
「私の父マドゥクは幼い頃からジニュアール一世様とは旧知の中で様々な学問を競うように学んでいました。そして私も父がジニュアール様と仲睦まじくこの世界の不可思議な事柄などについて時を忘れる程に互いの考えを語り合う姿やまた、その研究に没頭する姿が誇らしく大好きでした……」
「マギサさん……」
アバンは目を細めて嬉しそうに昔を語るマギサに優しい微笑みを向ける。
「しかしそんな幸せな時間が終わりを告げたのは突然の事でした……私の母がいつものように街へ買物に行った帰りに……強盗に襲われてその命を奪われ帰らぬ人となりました……」
「そんな……」
「なんというコトだ…」
マギサのその告白にオルヴァやクルテマッカ達は一様にショックを受けている。
「当然、私も悲しみに打ちひしがれる日々でしたが父の落胆振りはそれ以上に大きく、娘の私からみても父と母は本当に仲睦まじい二人でしたからその不幸な出来事から父はその精神を病んでしまったのです……」
「無理のないことですわ……」
「愛する人を失う悲しみは確かにそれ程に大きなコトだ…」
「アバン様のお祖父様であるジニュアール一世様も毎日、私達の自宅を訪れては父の様子を見に来て下さいまして……時にはいくつか心の休まるお薬や療養術なども施して頂いたのですが……父の様子は日に日に悪くなるばかりで…そしてついには自宅の地下室に籠もるようになり…禁忌の法に手を付けてしまいました……」
「禁忌の法に……まさかそれが凶神レノクスとの契約……」
「はい……」
マギサの父マドゥクはその頃、自身の妻であるレニアを失った喪失感に耐え切れす昼夜問わず死者を蘇らせる方法を貪る様に求めた。世界各地の伝承や文献を読み漁り、時には怪しげな呪法や禁呪法などにも深い執着を示し何度となく人の道に外れた儀式と称した実験を繰り返し……やがて一つの闇に辿り着いた。
「父はもうその頃には私ともまともに口をきくこともなく、ただひたすら母レニアを蘇らせる方法ばかりを探求し…世間からもそれはもう狂人と呼ばれても仕方のない程に変貌していきました……」
父をそう語るマギサの琥珀色の瞳はこれまでよりも更に深い悲しみと苦悶に彩られていた。
「そうしてそんな中で五年の歳月が経った頃父は突然、怪しげな実験を繰り返していた自宅の地下室から目を輝かせて飛び出して来たかと思うと私に言ったのです……”レニアを蘇らせる方法が見つかった“と……」
アバンを始めその場の皆の表情は一様に青褪めていた。そのマギサの父マドゥクの次の言葉が想像出来たからだ。しかしマギサから次に語られた話しはやや皆の予想と微妙に異なっていた。
「父はそう言って私に古びた一冊の異様な魔導書を見せてきました」
「異様な魔導書?」
「はい…しかし魔導書と言っても本の体を成していないというか……なにしろ表紙から中身まで全てが黒く当然そこに書かれているであろう文字も読める類のものではなかったのです」
「全部が黒い本?なんだそれは?」
クルテマッカが訝しげに問うと、オルヴァも続いた。
「表紙どころかページさえも全てが黒い本など不気味でしかないですが…」
「ええ、私も初めて見た時は異様な悍ましさを感じた事も覚えています……それで私 思わず父に訊ねました……その黒い魔導書は一体どこで手に入れたのか?と……」
「父上はなんと?」
アバンが真っ直ぐな眼差しでそう問うとマギサは一度頷き答える。
「父がその時に告げたのはテランの北にある神殿遺跡の中で見つけたモノであったと…そう口にしていました」
その瞬間、クルテマッカとミネルヴァは驚きのあまり目を見開いて声を上げた。
「な……っ!!?なんだとっ!!?」
「テランの北の神殿遺跡ですって!!!?」
「そうです……若き日のクルテマッカ様とミネルヴァ様が訪れる数年前に私の父はあの神殿遺跡の内部に足を踏み入れていたのです」
切々と語るマギサの口から飛び出したのは、あのテランの北に位置する神殿遺跡。クルテマッカ達と凶神の因縁が始まったあの地にはマギサの父マドゥクとの因縁もあったのだった。そして彼は妻レニアを蘇らせる為にわらをもすがる思いで深い地の底の闇にその手を伸ばしていた。
マナルガの肉体にはマギサの意識も存在していたという展開となりましたが、ここから少しマギサの過去が語られながら凶神との関わりが示されていきます。複雑な話となりますが上手く読み手の方々にも解りやすく伝えていけるようにがんばります❗✨