新章 ダイの大冒険 第一部 ポップ   作:平月

106 / 124
琥珀色の光

 

 ─犯意の愚─

 

「クルテマッカ陛下、そしてミネルヴァ様…あの神殿遺跡に足を踏み入れたのは例の凶神の像を元に安置する為でしたね?」

 マギサはそう言ってクルテマッカとミネルヴァを見る。

「え、ええ……そうです…私は姉のルティナが凶神の像をあの遺跡から持ち出したことにより姉やフォルケン王が凶神の呪いに苛まれてしまったことをきっかけに、当時私の護衛に来て下さった陛下と共にあの神殿遺跡に向かいました…」

 ミネルヴァはそう説明しながら隣のクルテマッカと視線を交わして頷き合う。

「その時からおよそ十七年前の事です…地下室にずっと籠もっていた父がある時から夜な夜な出掛ける様になっていました…」

「夜中にわざわざ?」

「はい、ですが今思えばきっとそのずっと前から父はいくつもの怪しげな儀式の中で凶神との繋がりを持っていたのかも知れません、実際父が使っていた地下室にはどこかから集めてきた悍ましい本や不気味な儀式の道具などがそこかしこにありましたから……」

 オルヴァの何気ない問いにマギサは父親の地下室を思い出しながら顔を顰める。

「確かに俺も世界中の珍しいモンを集める生業だが、中には怪しげなモンばかりを集めてる悪趣味な業者もいるからよ……もしかしたらそういう奴らから手に入れていたのかも知れねぇな……」

 ディードックは自分の商売柄、そんな怪しげな業者の噂もよく聞いていた。

「と、なるとそんな多くの怪しげな書物の中から凶神の存在を知り、更にはテランの北にその凶神と繋がる神殿遺跡があることを知ったのでしょうね」

 アバンはディードックの話に頷いて告げる。

「そうしてやがて父がその神殿遺跡で黒い魔導書を手に入れると再び自宅の地下室で不気味な儀式を始めました…そしてその時にその一度目の儀式を終えて私に黒い魔導書を見せながら父が言い放った言葉は……」

 ここでマギサは強くその瞳を閉じる。そしてその重苦しいただならぬ雰囲気に一同は黙ってマギサの次の言葉を待つ……やがてマギサはゆっくりと再び琥珀色の瞳を顕すと苦悶を秘めた表情と声で告げる。

「“マギサ…お前の命を凶神様に捧げればレニアが生き返るのだ!”……と…」

「なんだと……」

「そんな!!自分の娘の命を……」

 クルテマッカもミネルヴァも二人の子を持つ親である。無論、これまで家族として順風満帆な時間ばかりだったワケではなかった…しかし、なにがあろうとそれでも子供の命を何かの犠牲にしようと考えたことはこれまで一瞬も無かった。しかし、マギサの父マドゥクは妻レニアを蘇らせる為に娘の命を犠牲にすることを選んだ事実に怒りさえ含んだ痛ましい感情を抱いた。

「私はそんな父の言葉に大きなショックを受けました……」

「それはそうだろうっ!自分の娘になんていうコトを……っ!!」

「はい……しかし、同時に私は父の……母を失った父の悲しみも痛い程わかっていたのです…いえ、きっと家族だから……私にしか父の悲しみを受け止めることが私にしか出来なかったんです……」

「まさかマギサさん?」

 クルテマッカが怒りを露わにする中でマギサはその瞳に涙を浮かべながらその当時の自分の思いを振り返りる。そしてミネルヴァを始め皆がそんなマギサに憂慮の感情を抱いた。

「気付いたら私は父の言葉に頷いておりました……そしてその時のあの父の嬉しそうな顔がずっと……ずっと……私の記憶の中にこびりついているのです……そう、父と私の犯さずにはいられなかった罪と共に……」

 マギサが先刻語っていた罪とは父の願いである妻レニアを蘇らせる為に娘のマギサの命を凶神に捧げることであり、更にマギサはその父の願いを受け入れたコトを自らの罪としたのだった。

「マギサさん……大丈夫ですか?」

 マギサの告白にその場の皆が複雑な思いを感じながら誰も口を開くことも出来ずにいた中……ふと暖かく穏やかな視線と声がマギサに向けられた。

 そして、マギサがその声の方に目を向けると、そこにはやや憂いを含みながらも優しい眼差しを向けるアバンの顔があった。

「アバン……様……」

 マギサはこの時、再びある過去を思い出していた。いや、この暖かい眼差しには見覚えがあった……

「ジニュアール……様……」

 ゆっくりとアバンはマギサに歩み寄って行く……

「ツラい告白をさせてしまいましたね……」

 マギサの脳裏に、いやその胸の内にあの日の記憶がゆっくりと蘇っていく。

「ですが、もうあなた一人で苦しむ必要はありませんよ……」

「でも……私は……罪を……」

 マギサの中で一瞬……時間の隔たりが消える。

(「君は罪など犯してはいない……」)

「あなたは罪など犯してはいない……」

 二つの声がマギサの脳裏で重なる。

「マギサさん……あなたはお父様とお母様を心ら愛しただけですよ……」

「アバン……様……ジニュアール様……」

 既にマギサの琥珀色の瞳からは滂沱の涙が溢れていた。

 マギサの父が娘の生命を捧げ凶神レノクスとの契約を交わした後……ジニュアールⅠ世はマギサの父マドゥクとその娘マギサが行方知れずになったことを知った。そして彼は掛け替えのない友とその娘を何年も探し続けていた中で彼等はその凶神との契約の儀式で起きた事故によりマドゥクはその身と命を奪われ娘のマギサは巻き添えを食う形で両目の視力を失った経緯を知る事となった。友を失ったジニュアールⅠ世はその後、そんな悲しみに耐えながらせめて友の大切な娘だけでもと……マギサを探し出す旅に出たのだった。そうして今から35年前にベンガーナ王国領の北端に佇む小さな教会に盲目の修道女の話しを聞き付け、彼は当時15才になったばかりのマギサを訪ねたのだった。

 それは友を失ったあの時から数えて実に七年の歲月が過ぎた頃だった……

「一度だけ生前に祖父から聞いたことがありました……小さな教会で出逢った盲目の修道女の話しを……」

「え……?」

 マギサはアバンのその言葉に涙を拭って顔を上げながらその目を見開く。

「そしてその話しと同時に私は祖父から初めて破邪の力についての教えを受けました」

「破邪の力について……」

「はい、十八年前に祖父がこの世を旅立つ数ヶ月前に……マホカトールを始めとする破邪の呪文やその力を秘めたる秘法のことを祖父は数多の蔵書と共に私に授けてくれました…そして祖父はその時に私に語りました。その破邪の力でかつてある盲目の修道女をその邪悪な力の楔から解き放つことが出来たのだと」

「邪悪な力の楔……ということはそれが凶神の……」

「ええ、今マギサさんからお話しを伺って、あの時の祖父の言葉の詳細が漸く解りました」

 オルヴァの呟きにアバンは振り返って答えるとマギサに向き直る。

「しかしマギサさん……わからないのはその後のことです」

 アバンはそう言ってマギサに訊ねる。

「祖父の破邪の力で凶神の邪悪な力から解き放たれた筈のアナタがどうしてまた、こうして凶神の力の影響下にあるのか……アリア様の中に眠る祈祷師一族としての力……つまりはあの”時の魔力“の力を奪うことになったのか……」

 そのアバンの言葉にマギサはアリアにその視線を向けると、深い悲しみを含んだ表情を見せた。

「凶神レノクスという存在は本当に恐ろしい存在です……ジニュアールⅠ世様から破邪の力で琥珀色の瞳を頂き視力が戻ってから後のこと……ある時レノクスは私に再び接触して来ました……そしてあの時……かつて父の願いであった母レニアの命を蘇らせる約束を反故にしたばかりか私にある二つの要求をして来ました」

「二つの要求?」

「ええ、その一つは祈祷師一族のその血筋を断つ事。そしてもう一つは祈祷師一族の始祖が時の魔力で未来の子孫に継承したその力を奪うこと……凶神は言いました、祈祷師一族の力を地上から消さなくては母を蘇らせる事は出来ないと……そう嘯いて……」

「なんという身勝手な……っ!!!」

「凶神め……っ!!!」

 クルテマッカとオルヴァは怒りを露わにする。

「し、しかし!マギサさんが巻き添えで受けた凶神の邪悪な力はアバン様のお祖父様によって退けられた筈ではっ……!?」

 オルヴァの言葉にマギサは鎮痛の思いをその表情に浮かべながら告げた。

「そこが凶神レノクスの恐ろしいところなのです……その時レノクスの言葉を私に告げに来た使者はこう言いました……“凶神レノクス様の力は忌々しい破邪の力で退けられたが…レノクス様の使者である自分の力はまた別のモノ”だと……だから自分にその身と魂を預けよと…」

「まさかそれが……っ!!?」

「はい、その使者は……自らを凶魔三将の一人マナルガと名乗りました」

「……っ!!!?」

 ここで漸く全てが繋がった。

 42年前にジニュアールⅠ世が凶神の封印を施した理由は友マドゥクとその娘マギサを救う為だった。しかし、彼が凶神の封印を遂げた時、既にマドゥクとマギサは行方が知れず、やがてジニュアールは友の死とマギサの事故を知る事となりマギサを探す旅に出た。そしてそれから七年後に盲目の修道女となっていたマギサと再開しその時に既に身に付けていた破邪の力でジニュアールⅠ世は琥珀色の瞳と共にマギサに再び視力を与えたのだ。

 しかし、それでも凶神はマギサを解放せず手下のマナルガを使って再び彼女を支配し永い時を経てマギサはマナルガに取り込まれ彼女の意のままに動かされていった。

 そしてクルテマッカとミネルヴァが神殿遺跡に足を踏み入れたのがそんな時だった。

「私達があの神殿遺跡で凶神の封印を施した時は……」

「はい…ジニュアールⅠ世様の封印によって地の底に封じられていた凶神レノクスに代わり側近である凶魔三将の一人マナルガがウィングデビルを使ってお二人を亡き者にしようとされたのです……ルティナ様やフォルケン王への呪いもマナルガの力によるものです……しかし彼女はその時はまだ私の魂を取り込めきれずにいました。そしてそれはジニュアールⅠ世様がこの琥珀色の瞳と共に私に施してくれた破邪の力に守られていたおかげでした。それ故にマナルガもその時はこの地上で充分な力を奮うことは出来なかったのです……」

「凄い……アバン様のお祖父様が……マギサさんもそして私たち祈祷師一族もお救い下さっていたなんて…」

「ああ…そしてそれはそのまま我々家族を救ってくれたということ……」

 ミネルヴァとクルテマッカは頷き合いそしてジニュアールⅠ世の孫であるアバンにその視線を移す。

 祖父ジニュアールⅠ世は過去に破邪の力を駆使して凶神の封印を成し遂げ、更には祈祷師一族やマギサの危機をも救っていた。そしてアバンはそんな敬愛する祖父の偉業に深い誇りを感じながら改めてその意志を継ぐ覚悟を定めていた。

 

 




 今月から勝手ながら隔週の更新になってしまいますが、ご了承下さい。今後とも読者の皆様に楽しんで頂けるように精進して参ります。
 さて、物語の方はマギサの語る言葉から様々な真実が明らかになってきました。中でもアバンの祖父ジニュアールⅠ世はその破邪の力で凶神の野望を食い止めていた過去にアバンが改めて祖父の偉大さを知る事となりますが、このベンガーナ編はそんなアバンが今後、魔界の猛者達との戦いを展開していく上での伏線としての要素であったりもします。いずれ訪れる凶神という魔界の闇から生まれし強力な敵との戦いにおいてアバンの破邪の力は必要不可欠なものになっていくわけです。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。