─母の言葉─
翌朝、ポップは昨日と同様、朝も早くから自室の机に齧りつくようにマトリフからの課題である魔導書の読了に耽っていた。
コンコン……!
「ん?どーぞ」
自室の扉をノックする音にポップが応えると母のスティーヌが扉を開けて顔をのぞかせた。
「おはようポップ、朝から頑張るわね」
「ああ、母さんおはよう……まぁ師匠がやたら課題を持たしてくれてさぁ~ゆっくり休めってワケでもないみたいでよ〜ハハハ…」
「そう…大丈夫?昨日も遅くまで起きてたんでしょ?」
昨日、一度は夕食前に魔導書の読了を切り上げたポップだったが、寝る前に再び読みだしたら結局止まらなくなり、かなり夜更かししていたのをスティーヌは気付いていたらしい。
「あ、やっぱバレてた?夜中は起こさないように静かにしてたつもりだったんだけどな~」
「母さんはなんでもお見通しよポップ!」
「へへ…そりゃあ敵わねぇや…」
「あまり無理しないでね…あなたの力を皆が必要としているのはわかるけど、そのあなたに何かあったら皆が悲しむわ…」
「大丈夫だよ、こう見えてもオレ結構強いんだぜ!ガキの頃とは違うよ」
「そうかい…?まぁ母さんはお前が元気でいてくれたらそれで良いから…」
「母さん……」
そう呟くとポップは一瞬考え込むと意を決したように母スティーヌに向き直り告げた。
「母さん…あとでちょとさ…話しがあるんだけどいいいかい?」
「話し?珍しいわねアンタがそんなこと言うなんて」
「なんていうか……多分、母さんにしか話せないっていうか……オレもまだまとまらないんだよ頭の中が……だからうまく言葉に出来ないかもしれないから……俺のこと誰よりもわかってくれてる母さんにしか話せないと思ってさ……」
「ポップ……うん、わかったわ」
「良かったぁ~!んじゃとりあえずこの魔導書の山片付けちまうわ!
「それじゃ朝ごはん出来たら呼ぶからね」
「ああ、ありがとう母さん!」
そう言ってスティーヌは朝食の支度をしにキッチンに向かった。
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「ん〜今日もいい天気ね♪」
マァムは朝から魔の森の近くで山菜を採っていた。
「そうね、丁度この季節は過ごしやすいし良い山菜もたくさん採れるわ♪」
「ねぇ!帰ったらこの山菜を使った母さんの料理教えて♪」
「ええ、いいわよ♪」
ネイル村でも幸せな時間が流れていた。
マァムは少しずつレイラから料理の手ほどきをしてもらい、その腕前を磨いていたのだ。
「おはようレイラさん、マァム」
山菜を採り終えて村に帰ると村長が笑顔で朝の挨拶を告げて来た。
「おはようございます村長さん」
「おはようございます」
「ほー朝から山菜採りかね?精が出るのう」
「ええ、この時期にしか採れないモノもありますからね、後でお持ちしますわ」
「おや?そうかい?ありがたいなぁ〜お、そうそうありがたいといえば、この前イザナさんとこの息子さんのイワン君がロモスの町医者と一緒に往診に来てくれてな」
「イワン君て、あの活発な?確かマァムと同いどしだったわね?」
「うん、一緒によく小さい頃に遊んだわ、でもどうしてロモスのお医者さんと一緒に?」
「なんでも医者の勉強をしとるらしいぞ、そんでもって将来はネイル村専門の医者になるんだ〜って!張り切っていたわい!この村に来てくれてる医者も随分と年じゃからな〜ありがたい話じゃってその医者と笑ってイワン君を励ましていたんじゃよ♪ほっほっほっ♪」
「そうですね~それは助かりますわね♪」
「でも、凄いわイワン君…お医者さんを目指してるなんて」
「ああ、本当じゃな~昔はマァムとよく色んなところを駆けずり回っていたのにのう…ほっほっほっ♪」
「そういえば一度魔の森で迷ってしまって大変だったことがあったわね」
「随分小さい頃よね……あの時、魔の森で迷っておまけに私が怪我をしちゃって歩けなくなってしまって…でも、それで彼が薬草を使ってくれたおかげで痛みが無くなってなんとか帰って来れたのよね……みんなに心配掛けちゃったけど彼がいてくれて本当に良かったわ…」
マァムはまだ自分たちが幼い頃のことを思い出して苦笑する。
「あの頃から薬草の知識があったんじゃなぁ〜そりゃあ医者にもなるかも知れんな」
「活発な子だったけど兄弟の面倒もよく見ていたし優しい子だったわねイワン君」
「ええ、そうね♪立派なお医者さんになってもらいたいわね♪」
そう言ってマァム達は笑顔で頷きあった。
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夕刻、ポップは魔導書の読了の休憩がてら幼い頃に遊び場にしていたこのランカークス村の小さな広場に来ていた。
「懐かしいな……」
思い出すのは、幼い頃にケンカ別れした幼馴染のこと……ポップにとっては初恋の相手だった。
「あのクスノキ……まだあるのか……」
ポップが懐かしそうに眺めるのは、彼が友達とよく待ち合わせ場所に使っていた大きなクスノキ、幼馴染の彼女と最後の待ち合わせ場所もここだった。
「懐かしい?」
「え…?」
優しく語り掛けるその声に振り返ると、母スティーヌが微笑んでいた。
「夕飯の支度もういいのかい?」
「ええ、大丈夫よ」
「親父は?」
「まだお店でお客さんの相手をしてるわ」
「平和な世の中になってもウチの武器が売れるのか?」
「魔王軍のモンスターの残党がまだ悪さをしたりすることもあるから気をつける様にって、さっきベンガーナのお城から通達があったわ…きっとそれで武器もまだ売れるのかも知れないわね」
「残党!?おいおい大丈夫なのかよ!」
魔王軍の残党と聞いてポップは思わず声を上げる。
「そんなに頻繁にってワケじゃないみたいだから…それにどちらかと言えば町中より旅をしている人に向けた警告だったみたい、ベンガーナの街だけでなくこの村を含めた周辺の人が住む地域にはそれぞれ兵士を置いているって」
「なるほどな〜あ、俺がここにいるってベンガーナの兵士は知ってるのかなぁ?」
そう言ってポップはとりあえず頷きながらスティーヌの顔を見る。
「フフ♪ええ、それに関してはお父さんが……」
それはついさっき……
ベンガーナの兵士がこのランカークス村のジャンクの武器屋にも通達に来た時のこと……
「魔王軍の残党?そりゃやっかいだなぁ」
「ええ、ですが周辺の各地域には兵士の手配も済んでますので大丈夫です!それにこれまでモンスターに出くわしたのは旅の行商人などですから町や村への被害はまだありません」
「そっか、でも油断は出来ねえな!なんならウチのバカ息子をいつでも貸すから言ってくれ!部屋に閉じこもって何やら難しい本なんか読んでやがるからたまには体動かさせないとなっ!!」
そう言ってジャンクはポップのいる二階を睨む。
「いえいえ!ベンガーナ王のお許しを頂かなければ、大魔道士様に直接ご依頼など出来ません!!御子息は今や世界を魔王軍の手から救われた英雄のお一人ですからっ!!」
と、兵士はとんでとないといった仕草で慌てて恐縮して告げる。
「大魔道士様ぁ?英雄?アイツが?はぁ〜世の中そんなことになってんのか?」
「ええ!御子息がこちらのランカークス村出身といったこともあり、ベンガーナ王国では同じベンガーナ領から出た英雄として街中でもお城でも噂が絶えませんよ!いやぁご立派な御子息をお持ちで羨ましいです!」
「はぁ〜アイツがご立派ねぇ〜」
ジャンクは信じられないと言った顔で再び二階を見上げる。
「でもウチの子は普通の15才の男の子でもありますから、あまり立派にならなくても元気でいてくれたらそれで親は安心していられますから」
「そうですか…でも私も田舎の両親には色々と心配ばかりかけてますから、親御さんとしてはそういう気持ちなのかも知れませんね…」
スティーヌのポップを思うその言葉に兵士も田舎の両親を思い出しながら、その後敬礼をして立ち去っていった。
「アイツ……なんだか遠くに行っちまわねぇか、心配だな……」
「え……!?」
「あ、ああいや…!なんでもねぇよ!!さて、商売商売!」
ジャンクがふと口にしたその言葉にスティーヌは微かな憂いを感じると、誤魔化すように自分の店に入っていくジャンクの背中を見つめていた。
「あの親父がそんなこと言うかよ〜」
「そう?まぁ確かにいつもはアナタに厳しいかも知れないけど、ああみえて心配してるのよ…昨日の夜だってお父さんお店で遅くまで一生懸命並べてる武器を磨いていたわ」
「え?店の武器を?」
「アナタの部屋の灯りが消えるまでね……」
「親父が……」
「アナタに付き合ってるつもりだったのかもね」
「そ、そんなわけね〜だろ!ハハハ!おおかた昼間に居眠りでもしてやり残した仕事をやってたんじゃね〜の?」
ポップはどこか照れ臭いのか、敢えておちゃらけて言う。
「もうっ!そういうところよポップ!嬉しいなら素直に嬉しいっていいなさい……」
「お、俺は別に…!?」
「いいポップ、アナタはもっと自信を持っていいのよ?アナタの頑張りがアナタの周りの皆の心に伝わるから、皆も頑張ろうって思えるし、そう思わせてくれるアナタに感謝したり尊敬したりしてるのよ」
「母さん……」
ポップはこの時、マァムのあの言葉を思い出していた。
ポップを含めた5人のアバンの使徒が初めてミナカトールを発動しようとしたあの時……
自分のアバンのしるしだけが光らなかったあの時の……マァムの言葉を……
「尊敬……」
「ええ、そうよ……アナタを尊敬してる人はきっとたくさんいるわ…母さんだってその一人よ…」
「え?母さんが?俺を?なんで?」
「だって見違えたもの!アナタが1年ぶりに帰って来てくれて……ううん、帰って来てくれただけでも嬉しかったのに…あんなにアナタを信頼してくれてるお友達も一緒で……そしてそんな素敵な皆さんと世界を魔王軍の脅威から守るために戦っていたなんて…母さんも、父さんも、アナタを誇りに思ってるのよポップ…」
「母さん……いや、正直俺はアイツらに追いつくことに必死でさ……今思えば無我夢中で……でも、最後の最後まであの戦いの中にいれたことは……そうだな……誇りに思っていいのかな……?」
ポップはスティーヌの暖かく優しい言葉を胸に染み込ませながら、静かにそう問い掛ける。
「ええ…そのアナタの背中を皆が見ていたんじゃないかしら?」
「背中を……追いつくことに必死だったハズなのに…皆が俺の背中を……」
「ポップ…自信を持ちなさい!」
スティーヌは真っ直ぐとポップの瞳をみつめて言った。そしてポップはその真っ直ぐな眼差しを受けて胸を熱くする。
やがて、小さく口元を緩めると自然と言葉が出た。
「母さん…俺さ…好きな人が出来たんだ……」
ポップは照れ臭そうにそう口にする。
「そう…ポップにもそんな人が出来たのね」
その言葉にスティーヌは優しく微笑む。
「でも、ついこの間も傷つけた……本当に好きなのに……俺はいつも…いつもあいつを……」
ポップはそう悔やみながら、マァムの涙する顔を思い出す。あの星空の夜を……
「そうだったのね…でも母さんから言えることは一つだけね」
「一つだけ?」
「アナタの今のその相手を想う気持ち……その気持ちをどうやって大切にその相手に伝えるか……それは信じること」
「信じること……」
その時、ポップの脳裏にレオナから伝えられたマァムの言葉が蘇る。
『信じて欲しい……だから私もあなたを信じる……』
「ポップ、アナタの未来はアナタの手で掴むのよ、そしてアナタの想う人との未来を信じるの」
「未来…」
再び、ポップの脳裏にマァムの言葉が蘇る。
『戦って、勝って、未来を掴むの』
バーンパレスで真っ直ぐ想いを伝えた後に彼女がポップに告げたあの言葉……
「未来を信じる…か…」
「ええ、そうよ…そして真っ直ぐなアナタをいつもその人に見せてあげるのよ」
「真っ直ぐに…」
その時、穏やかな風がポップの目の先にあるクスノキを揺らした。
「柔らかい風ね……」
スティーヌの言葉にポップが振り返ると母はその風と同じような柔らかい笑みを浮かべている。
ポップはこの時、無性にマァムに逢いたくなった。
今、この時も彼女は何をしているのだろう……
そう思うとポップはマァムのあの笑顔に触れたくなった。
前回はマァムの日常でしたので、今回はポップの日常という形にしてみました。
同じ日に彼らは別々にパプニカからそれぞれの故郷に旅立ちましたが、その故郷では普通の日常からお互いを想う時間を大切にすることがこれからの二人の絆に深い影響を及ぼすのではないかと思って書いてみました。
会えない時間が愛育てるのさ〜♪って歌もありましたので、ポップとマァムにはそんな深い繋がりを意識して貰いたいですね。