─感情─
「はぁ~さすがに疲れたぜ~腹へった~」
ポップはマトリフの言い付けで彼の住居である岩の洞穴で、積まれた魔導書を読み込んでいた。ところが、それを言い付けたマトリフはと言うと一向に帰ってこない。
「たくっ~!師匠もちっとも帰ってこねぇしよ~」
ポップが一人ボヤいている頃、マトリフは街の酒場でバダック達と明日のパーティーの前夜祭といいながら飲みまくっていた。
「仕方ねぇ……帰ってこねぇんじゃ、メシでも食いに行くか……」
ポップは腰を上げて岩穴から出ると外はすっかり暗くなり、空には星々が煌めいていた。
「腹ペコな筈だよな~もうすっかり夜じゃねぇかよ~」
「ポップ!」
ポップが振り替えるとそこにはバスケットを持ったマァムがいた。
「遅くまでお疲れ様、ポップ晩ごはん食べに来ないから持ってきたわよ」
マァムは笑顔でポップを労った。
「マジで!?ありがてぇ~!」
「ただ、お城の料理じゃないから口に合うかどうか……」
「え?城のシェフが作ったモンじゃないの?」
「うん、私が厨房を借りて作ってみたんだけど……」
「お前の手料理ってこと?」
ポップがマァムに訊ねる。
「そうよ、ダメ?」
「いやいやいや、めっちゃ嬉しいよ!そういえばネイル村でも料理してたんだよな?」
「そりゃあ、母さんにばかりに任せるワケいかないもの、一緒に料理は作ってたわよ」
「そっかぁ、そりゃ楽しみだなぁ」
「え…ホントに?」
「ああ!そうだ!どうせならこの星空の下で食べよう!」
「え?どこか座れるところあるの?」
マァムはキョロキョロと周りを見渡すと、ポップがマァムの手を取って歩き出す。
「ポップ!?」
「こっちこっち!」
マァムはポップの手の温度を感じている自分の手が熱を持っている事に気付くと、思わず前を歩くポップの事を意識してしまう。
「ど、どこに行くの?」
「この前さ、いいところ見付けたんだよ、おっ!あそこだ!」
ポップが指差す方を見ると、丁度二人分が座れるくらいの岩場がある。
「よっと……!大丈夫か?」
ポップがその岩場にマァムの手を引いて上げてくれる。
「ありがとう、わぁ!すごい!」
「へへっ……だろう?」
マァムが岩場に上がり前を向くとそこには夜の海と星空が広がり、綺麗な月の明かりが優しく照らし、その月が海原に浮かんでいた。
「私、初めて見たわ……こんな綺麗な景色……」
「喜んで貰えて良かったぜ、これでコイツの礼になるかな?」
ポップがマァムから受け取っていたバスケットを上げて笑う。
「ええ、ありがとうポップ!」
「よしっ!じゃあ俺も早速いただくとするよ♪」
「うん、どうぞ!」
バスケットを開けると作りたてのサンドイッチとキッシュが入っていた。
「うん!ウマイ!なかなかやるじゃねぇか!こっちのキッシュもいけるな!」
「フフ、もう!ゆっくり食べなさいよ!喉に詰まるわよ?」
まるで子供のようにサンドイッチもキッシュも頬張るポップに苦笑しながらも、マァムは自分の料理を美味しそうに食べるポップをみていて幸せな気持ちだった。
「あ~美味かった!飲み物あるかな?」
「こっちよ、ハーブティーだけど飲める?」
マァムがバスケットに入っていた小さな水筒から良い香りがするハーブティーを注いでポップに渡す。
「ああ大丈夫、これもお前が?」
「さすがにそれはお城のお茶よ、レオナがいつも飲んでいるみたい」
「さっすが、洒落たモン飲んでんなぁ姫さんは」
「そうね、私がネイル村で飲んでたのより高級よ♪」
「ネイル村でも飲んでたのか?」
「ええ、森の近くに色々なハーブが生えてるところがあるの」
「へーでも、ハーブって色んな効果あるんだろ?」
「そうね、切り傷や打ち身とか怪我に効くものや頭痛や熱冷ましとかも、だから結局、薬草よね」
「このハーブティーは?なんの効果?」
「レオナにはお肌に良いわよって奨められたけど」
「ははは……さっすが女子だな、てかそれじゃあ俺が飲んでも意味ないか……」
「そんなことないわよ、疲労回復にも効果あるって」
「ほーそりゃ助かるな~師匠の課題は中々堪えるからな~」
「そんなに大変なの?」
「ああ、こ~んな分厚い魔導書を何十冊も3日で頭に入れとけってんだぜぇ~全く参るよな~」
ポップがグチるとマァムは柔らかく微笑みながら……
「でも、やっちゃうんでしょ?あなたなら」
「へ……?ま、まぁな!へへ……本は分厚いけど、内容はそこまで難しくないしな……」
マァムが自分に対して向ける視線にポップは何か今までにないものを感じた。
(なんだろ?コイツ……こんなに可愛く笑うんだっけ?)
ポップがマァムの横顔をみていると、マァムが訊ねる。
「ねぇ……ポップ」
「!?な、何だ?」
思わずポップはドキマギする。
「あの時の話……しても良い?」
マァムは話しにくい内容なのか少し視線を下げて俯き気味にポップに言った。
「あの時……?」
ポップはマァムのいつもと違う雰囲気に戸惑いながら訊ねる。
「バーンパレスで二人で話したこと……あなたの気持ちに対する私の……答え……」
マァムの頬は赤く染まっていたが、月明かりがその表情を表すには少し心許なく、ポップからはその表情は読み取れなかった。
「ちょ……!?ちょっと待ってくれ!!」
「えっ…!?」
マァムはその反応に驚いてポップに顔を向ける。
「い、いや……そのよ……その話しは……まだ……いいんじゃねぇか?」
「どういう……こと?」
マァムはポップの言葉の意味を図りかねて訝しむ。
「そんなに焦らなくても良いってことだよ、じっくり考えて貰って良いんだから、俺の気持ちは変わることはないしよ……」
ポップのその言葉にマァムはホッとするモノも感じたが、どこか違和感も感じた。
「そ、そう……うん、わかったわ……ありがとう……」
マァムは素直な気持ちを口にした。自分に対するポップの気持ちが変わらないという言葉は素直に嬉しかったからだ。しかし……
「でもポップどうかした?何かあったの?」
「えっ!?な、何かって……?」
マァムの言葉にポップは明らかに動揺する。
「わからないけど……もしかして……」
「ん?もしかして……?」
マァムは意を決してある人の名を口にする。
「……メルルさんの……こと?」
「えっ!?」
ポップは唐突に出されたメルルの名前に狼狽えるが、その姿勢がマァムに誤解を生む。
「やっぱり!ポップ……メルルさんのこと……」
マァムのその言葉には明らかに失望が混じっていた。しかし、ポップはそのマァムの気持ちをしっかり受け止める事が出来なかった。
「な、なんだよ……それ……やっぱりって……」
「……ポップ…?」
「確かに!メルルは俺の事……その……好きって言ってくれたし……あの時だって、メルルの不思議な力で俺とメルルは離れていてもお互い頭の中で会話も出来た……でも、でもよ!それとこれとは……!」
「違うの……?」
マァムは真っ直ぐポップの目を見つめる、ポップはその目を真っ直ぐ……やはり受け止める事が出来ず思わず目を剃らした。そして、マァムはそんなポップを見逃さなかった。
「ポップ……わかった……もう、この話しは終わり……」
「終わり……?終わりってなんだよ!」
「だから、もうわかったから!」
「な、何がわかったってんだよ!マァム!」
星空の下でポップとマァムの互いの感情が強い言葉でぶつかり合う。
「あなたが……!あなたが、本当は……私じゃなくてメルルさんのこと好きなんだってこと!」
「そ、そんなこと……!」
「だったら、だったらどうしてさっき違うって言ってくれないの!?さっきは私に対する気持ちは変わらないって言ってくれたのにっ!もう、あなたがわからない!!」
「わ、わかったとか、わからないとかっ!お前の言ってることの方がわからねぇよっ!俺はお前の事が…!!!」
「もういいわよっ!聞きたくない!!」
「マァム……」
マァムは生まれて初めてこんな感情になった。自分でもポップに強い言葉をぶつけながら、どこか自分が自分でない感覚を覚えていたが、本当は気付いていた。こんな姿をポップにだけは見せたくなかったのだ。そう、今のマァムは明らかにメルルに嫉妬していた。そんな醜い自分をポップには見せたくないという気持ちがアンバランスな憤りとして出てしまったのだった。しかし、ポップ自身もそんなマァムの気持ちに気付きもせずに感情的になってしまった。そして……
「だったら……お前こそどうなんだよっ!」
「えっ!?」
「ヒュンケルのこと!どうなんだよっ!!」
「……!?」
今度はマァムが言葉に詰まる。しかし、おそらくこの時のマァムはさっきのポップと同じ気持ちだった。唐突に出されたもう一人の名前に虚を突かれた思いだった。そして、ポップにはメルルとの事以外にもまた違う思いがあった。だが、二人ともこの時点では、お互いにその気持ちを理解し合う事が出来なかった。
「やっぱり…お前こそ気持ちが本当はアイツにあるんじゃねぇか!?」
ポップも同じだった。今の言葉は決して言いたくない言葉、しかもその言葉を一番ぶつけたくない相手にぶつけてしまった。情けない嫉妬にまみれた醜い言葉を……
「それは……わからないわ……でも、でもあなたの事は……私……!」
マァムの言葉には前までの勢いはない。
「わからないって……なんだよ……それじゃあ俺は安心してお前の事好きでいられねぇよ!!」
「………!?」
ポップは最後の正直な気持ちをマァムにぶつけた。マァムの事が好きなのはさっきの言葉通りいつまでも変わらない。少なくともポップにはその自信は確実にある。無論、そうなるとメルルの気持ちに応えることは出来なくなるワケだから、大いに悩ましいところだ。しかし、それは今のマァムとの事とは、また別の話だ。マァムの中にヒュンケルに対する想いがあるのなら、そんなマァムを受け入れる事は、いくらポップでも出来なかった。それなら……
「私……」
「それなら、もうはっきりフラれた方が……いいぜ……」
「ポップ……」
「他に好きなヤツがいるなら、仕方ねぇだろ……ま、最初からわかってたことでもあるしな……」
「待ってポップ…!私は……」
ポップのその先の言葉にマァムは不安を覚える。
「お前は優しい……いや、優しすぎる……だから、こんな俺に同情してくれてんだろ?いきなり、フッたら可哀想だって……そう、思ってくれたんだろ?」
「ち、違うわ!それは……!」
「でもよ……お前は優しさのつもりでも……残酷だぜ……それって……」
「ポップ……」
「俺の気持ちを揺さぶってるだけじゃねぇか……」
「……!?」
マァムは昼間にマトリフから言われた言葉を思い出していた。
(「あまりアイツの気持ちを揺さぶる事はしねぇでやってくれ…」)
(私は……また……ポップの事を……傷付けてしまった……)
マァムは強く後悔した。自分の中では、もう気持ちは固まっていたつもりだった。しかし、ポップの口からヒュンケルの名前が出た時に言葉に詰まってしまった。だが、だからと言ってあのバーンパレスで、ポップの気持ちを知って精一杯の答えを返した時の自分やそれ以前のポップの気持ちを知らなかった自分と同じとは、もう言えない。ダイが空に消えて傷付いたポップの手をその傍らで握り、その暖かさを感じ、そしてこれまでのポップの想いを自身の胸の内で受け止められた時に、マァムは自分の本当の気持ちに気付いたのだ。そう、マァムもまた出会った頃からポップを想っていた。
あのロモス城でのクロコダインとの戦いの時も、ダイが倒れ自分もまともに戦えない中でその場にいなかったポップを求めた。その直前にもう顔も見たくないと言ったばかりだったのに……
バドラーと初めて合間見えた時もそうだった。アバンの敵であるハドラーを前にして感情的に向かっていったマァムはなす統べなく返り討ちに遭ってしまった。しかし、その時もマァムは一緒にいたポップを求めた。気絶寸前で彼の胸元を握り、その気持ちを表した。そして、その直後、彼はそのマァムの気持ちに応えるかのようにあのバドラーの魔法力を上回る反撃に転じてみせた。
そして、エイミがヒュンケルに対して気持ちがあることを知った時も……マァムはその時の自分の気持ちがわからなくなり……ポップを求めた。自分のあの気持ちの答えを彼に残酷にも求めてしまった。
しかし、マァムはまた、ポップの気持ちを傷付けてしまった。自分の中にあるヒュンケルの気持ちを整理出来ていないのに、ポップに寄り添おうとした。ポップに対する想いだけで彼と共に居られると思ってしまっていた。
「ごめんなさい……ポップ……」
マァムは泣いていた。涙が後から後から零れ落ちる……あの時……眠るポップの手を握った、あの時の様に……
「マァム……!」
ポップは自分の言葉にマァムが涙を流したと思い、思わず声を掛けた。しかし、マァムはそのままその場から離れていった。
「マァム……」
残されたバスケットは、マァムの手作りのサンドイッチもキッシュもない、空っぽのバスケットだ。ポップはそれを見つめながら俯いて今の自分を見つめる。大切なモノが自分の中から消えてしまう……そんな不安に駆られた……だが、動けなかった……マァムが自分の側から離れていく……そんな不安がポップを動けなくしていた。
個人的には結構な覚悟でこの話を書きました。お互いを想い合うからこそ、お互いを傷付けてしまうもどかしさを、何とか表現出来ないかと、まさに試行錯誤して書いてました。むずかしい!とにかく男女間の機微というのは、本当に難しいですね……(^^;なので、ちゃんと表現出来ているか、この時のポップとマァムの気持ちが伝わるか、本当に不安ですが、伝わらなかったらごめんなさい(-_-;)書き手の力不足です…ただ、このエピは当然、後々に繋がります。特にレオナのセリフに……と、ここまでにしておきましょう(^_^;)ネタバレになるので……
あと、マァムのサンドイッチとキッシュは食べたいな……
ハーブティーの件は書き手である自分の趣味が出てますw w w