─想いの行方─
その眼鏡の奥の瞳には力強さが籠っていた。
かつて、この世界を恐怖の底に陥れた魔王ハドラーを倒しこの世に平和を取り戻した勇者アバンは先の大魔王バーンとの大戦では、ダイとその仲間達と共にバーン打倒の為、多大なる力とその叡知を尽くし勝利に貢献した。
そして今、彼は愛弟子の大魔道士の傷を癒す為に懸命にその回復治療に務めていた。
「ポップ頑張るのですよ……」
そう言って愛弟子を励まし続けてはいるが、アバン自身も大きな不安に苛まれていた。
黒の核晶(コア)―――――――
アバンはダイ達と合流する前に自身の力不足を痛感した事から様々な分野でのレベルアップを図った。そして、その中には自身の知識や知恵を更に向上させる目的もあった為、世界中の古い伝承の残る遺跡やおよそ人の訪れることのないような迷宮等を訪れ、更に自分の姿が他の人間に見つからないよう、変化呪文モシャスで姿を変えて世界中の図書館や古い文献が置いてある古本屋等にも足を伸ばし、片っ端からあらゆる知識を昼夜問わず貪った。そして、その間にあの破邪の洞窟にも何度も挑んでいた。
やがて、そうした中で竜の騎士の伝承やこの地上にはほんの僅かしかない魔界の情報の中でこの黒の核晶(コア)の事を知ったのだった。
「黒の核晶(コア)か………」
アバンが読んだ文献では黒の核晶(コア)は魔界の奥地で採れる、魔力を無尽蔵に吸収する石「黒魔晶」を原材料とし呪術で加工したもので、簡単に表現するなら魔界産の超強力な爆弾である。と書かれていた。その後、魔界出身のラーハルトにそれとなく確認してみると、その通りだという答えが返ってきたので、その文献の信憑性も確実なモノになり、アバンは黒の核晶(コア)の正しい認識を得るに至った。また、ヒュンケルにはダイの父バランが黒の核晶(コア)の爆発により命を落としたことやその現場に居合わせ凄惨な状況を目の当たりにしたことも訊いた。
それらの事を含め、今現在のポップの状態をアバンの目で見立てると、爆発の衝撃により発生した強烈な爆風によってポップの意識は失われ身体を激しく煽られダメージを負った。
現場では迅速に回復治療に当たったが、全快はせず昨日の朝にこの部屋に運び込まれてアバンが再度の治療を試みた頃から少しずつ回復し始めていた。しかし、その間にも意識のない中でうなされながらダイの名前を呼び続けている彼の姿を見ていると、アバンもいたたまれない気持ちになった。
そして、もう一人。アバンは、ポップがここに運び込まれてからずっと付きっ切りで看護にあたっているマァムの方に目を向けた。大戦の疲労とここまでの看護の疲れもありマァムはポップのベッドの端に身体を伏せるように預けて静かに寝息を立てていた。
見るとその手は優しく、だが、しっかりとポップの手を握っている。
昨日の事だ。
ポップが黒の核晶(コア)による爆風のダメージを負って、ここパプニカの王宮に運ばれて来た時だった。あまりに急を要した為、医者も都合が直ぐにはつかず、また普通のケガで負ったダメージではない為、むしろ医者よりもアバンの方が回復治療には適していたからこそパプニカ城内の一室を借りて看護に当たる事になった。
「先生!私も手伝います!」
マァムはポップの容態を心配してその看護に名乗り出た。
「ありがとうマァム、助かります!」
そう言うとアバンは早速、回復呪文のベホマをポップの傷んだ身体に掛け始めた。しかし、全快する筈のベホマでもポップの身体には本来の効果は出なかった。
「先生………ベホマでも回復出来ないんですか?」
そう訊ねるマァムの瞳にはその不安な気持ちを表すかのような涙が湛えられている。
「いえ、全く回復出来ていない訳ではありません。しかし、ベホマ本来の力は届いていない感じです。感覚としてはホイミとベホイミの中間程度の回復効果しかないのではないかと………」
「やっぱり………黒の核晶(コア)の爆発の影響ですか?」
マァムの不安な表情が更に色濃くなる。
「ええ、ただの爆発のダメージとは違いますからね。魔力を無尽蔵に吸収する石「黒魔晶」を原材料とし呪術で加工した魔界の破壊兵器ですから、当然あのバーンやミストのような暗黒闘気と同じ様なエネルギーがあってもおかしくありません。ポップの回復を思い通りにいかせないのは恐らくその影響によるものかと思われます」
「そんな………」
「ですが、それでも少しずつではありますが、ポップの身体は回復呪文の効果が出ています。後はその回復呪文を掛けながらポップの精神力を信じましょう!」
アバンのその言葉にマァムの顔がようやく和らいだ。
「はい!」
その後、マリンが二人に替えの服を用意してくれたので交代で浴室に行き汗を流し、着替えを済ませて再度ポップの看護にあたった。
「よかったわ、やはり汚れた服装では看護に差し支えがありますからね」
「ええ、さすがパプニカ三賢者のマリンさんですね。常日頃のレオナ姫の意識の高さがきっと彼女等にも浸透されているのでしょう」
「レオナは大丈夫ですか?」
アバンはあの爆発の中でダイが消えた現場を目の当たりにした為にあまりのショックで過呼吸をともない気を失ってしまったレオナのこともポップの看護と掛け持ちで携わっていたのだ。
「さすがにダイのあの状況を目の当たりにしてショックが大きかったのでしょう、三賢者の皆さんも他の家臣の方々も大層心配されていました。ですが、先程少し様子を見てきましたが、呼吸も脈拍も落ち着いて来ていたので意識こそまだありませんが、心配はないと思います。ダイの事ときっと大戦の疲労も合わさって、それが表に出たのだと思いますよ。いくら、普段は気丈に振る舞われる彼女でも、やはりあの小さな身体でその全てを受け止めるのは難しいでしょうから」
そう言いながらアバンは数時間前のあの悲劇の爆発を思い浮かべ ていた。そして、それはマァムも………
傷付き眠るポップの表情を悲しげに見やる彼女の表情がアバンにはいたたまれなかった。
(レオナ姫だけでなくあなた自身も大きなショックを受けていることでしょう)
あの時、マァムは爆風で煽られ落下してくるポップを難なく受け止めたようにみえたが、爆風で煽られている人間を上空で受け止めるのは頭で考える以上に非常に難しいことだ。しかし、マァムはその優れた身体能力を活かしてポップを抱き抱えたまま空中で何度も身体を回転させ、着地の衝撃を和らげたのだった。
戦士ロカ、僧侶レイラの間に産まれた彼女は両親の優れた能力をしっかりと受け継いでいた。それはアバン自身がマァムを弟子として育てていた頃から強く感じていた事でもあったが、彼女があの武術の神ブロキーナに弟子入りして武闘家へと転身した事から更にその身体的能力は飛躍的に向上したのだ。あの大魔宮バーンパレスでブロキーナがミストバーン相手に一瞬だけみせた流麗な動き、マァムはポップを抱きながらそのブロキーナの動きを応用させたのだった。
そして、それ以上にもう一つ。
あの時、ポップを受け止めるマァムを見てフローラがアバンに気付かせた事………
(「アバン!見て!マァムの胸のアバンのしるしが!」
「!?………光っている!!」)
マァムには慈愛の使徒としてその使命を全うしていける存在として、アバンはしるしを授けていた。そして、彼女はそのアバンの思いに応え立派な慈愛の使徒として仲間を支えて来た。しかし、アバンは感じていた。ポップの身を案じ、抱き抱えたまま流麗な動きを見せるその姿はあたかも掛け替えのない大切な1人の為に舞う舞踏のようだと。
大切な一人。
マァムのその愛はあの瞬間、間違いなくポップ一人に向けられていたものだった。失いたくない大切な人として。そして、今うなされながらダイの名を呼び続けているポップの、額に浮かぶ汗を丁寧に拭くその姿も………
「邪魔するぜぇ!」
そう言いながら部屋の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、アバンの頼れる旧き友でありポップのもう一人の師でもある大魔道士マトリフだった。
「マトリフ!?」
「おじさん!」
アバンもマァムも突然のマトリフの登場に驚いた。
「どうだ?コイツの様子は?」
口振りは相変わらず横柄だが、マトリフとしても愛弟子の容態は心配な様だった。
「ええ、ベホマでなんとか回復を試みていますが、効果がある程度までしか出ていないのがもどかしいですね」
「黒の核晶(コア)か………バカ共が!地上に余計なモンをいくつも持ち出しやがって!!」
マトリフは憤りを露にする。
「全くです。本当に厄介な代物ですよ。ポップの回復が儘ならないのも、黒の核晶(コア)の元となる黒魔晶に含まれる暗黒エネルギーの影響だと思われますからね」
「黒魔晶か………クソッ嫌なことを思い出させやがる!」
「?………嫌なこと?おじさん前にも何かあったの?」
マァムの唐突な質問にマトリフは珍しく狼狽えた。
「あ!いや、まぁ嫌になるほど黒の核晶(コア)について調べたがなんもわかんねぇっ!てコトだよ。つーかそんなことよりお前ら少し休んで来いや、大戦の疲労も残ってるだろうしよ!ここは俺が看といてやっから!」
マトリフが慌てて言い繕いながらアバンとマァムに休息を進めた。
「私はポップの回復の遅れを少しでも改善したいので、もう少し彼の体調を観察しながら可能性のある薬の調合を試しますよ」
「私もさっき汗を流させて貰ったから疲れも特にないので、大丈夫よ」
そう言うとマァムはポップの手を優しく握った。マトリフはそれを見逃さなかったが、わざと気付かないフリをして踵を返す。
「そーかよ、わかったぜ。でも、まぁくれぐれも無理はすんなよ!俺ぁ城内の図書館にいっから何かあったら遠慮なく言えよな!」
マトリフはそう言うとスタスタと扉に向かって行ったが、ふと立ち止まると………
「マァム!」
「……?なぁに?おじさん」
「そいつの事、頼んだぞ!」
そう言い残すと、マトリフはアバンに小さく目配せをして去って行った。
「おじさんもやっぱりポップの事が心配なのね………」
「そうですね。普段は横柄で偏屈なところがある彼ですが、それでも大切な愛弟子に対する思いは深いものがあるのでしょう」
「ポップから聞いたことがあります。マトリフおじさんは厳しいけどどこか暖かいところも感じると………それに、おじさんが出来る事は全部出来るようになってみせるってことも言ってました」
「ええ、マトリフもきっと嬉しかったでしょうね、彼を弟子にしたことも彼の成長を見続けて来れたことも………ふふっ!」
と、アバンが唐突に笑い始めた。
「どうしたの?先生、突然」
「ああ、いえすいませんマァム。マトリフが現れたので、つい昔の事を思い出してしまいました」
「昔の事?」
「ええ、マトリフはしょっちゅう無茶をするロカとよく喧嘩をしてましてね」
「と、父さんと!?」
マァムは思いがけず出た父の話しに驚きを隠せなかった。
「ご存知の通り、私とロカはカール出身で、彼は昔からよく無茶をする男でしてね。隣にいる私はハラハラしっぱなしでした」
「母さんからもよくそんな話しを聞きました。私が物心が付く頃には既に父さんはいなかったから………本当によく母さんに父さんの話しをねだったなぁ………」
「そう、そのレイラです!」
「えっ!?」
「マトリフはロカが魔王軍との戦闘で無茶をして何度も怪我をする度に献身的に回復治療をするレイラを見兼ねてロカによく小言を言ってましたからね」
「そんなことが………」
「ふふっ」
アバンはまた、意味深な含み笑いをする。
「ええ?何ですかまた………」
「それが、マトリフの狙いだったんですよ」
「狙い?」
「あんまりマトリフがロカに言うもんですから、ロカに小言の一つも言えなくなってしまったんですよ。レイラが」
「母さん?が………?」
「ええ、だからレイラはロカに優しくすることしか出来なかったんです。」
「もしかして、父さんと母さんってそれでお互いに?」
「まぁ、私の見立てでは出会った頃から二人はお互いに意識はしていたたと思いますけどね。でも、ロカは昔から不器用な男でしたし、レイラも色恋沙汰には疎かったですから、二人とも始めはお互いの気持ちにはっきり気付く事はなかったんですよ」
「少しずつ距離が縮まって………おじさんもそれを知って………」
「背中を押した。ってところですかね」
「そうだったんだ………」
マァムは思いがけない両親の過去に少し気恥ずかしい気持ちにもなったが、その胸にはどこか暖かいモノも感じていた。
「あ、でも、レイラには秘密にしておいて下さいね。私やマトリフが叱られますから」
「はい、わかりました。」
そう返事をするマァムはふと傍らで眠る大魔道士の少年を見つめる。
(「ポップ………」)
アバンはマトリフが去り際にマァムに掛けた言葉を昔の風景と重ねていた。
(「レイラ!」
「?なぁに、マトリフ」
「そいつの事、頼んだぜ!」)
「あの………アバン先生」
「!?」
昔に思いを馳せていたアバンはマァムの突然の言葉にやや虚を付かれた。
「なんですか?マァム」
アバンは思い詰めた様子のマァムにただならぬモノを感じた。
「本当はこんな時にするには不謹慎な話しだとは、解ってるんですけど………」
そう言うとマァムはポップの表情をじっと見つめた。
ポップの手を握る手に優しく力が入る。
「実は……先生に相談したいことがあるんです」
真剣な眼差しを向ける自分の愛弟子にアバンも真っ直ぐに向き合った。
「なんでしょう」
そして、マァムはバーンとの決戦の前にポップから自分への想いを伝えられたことをアバンに話した。そして、自分がその時にどう話し感じたのか、更にメルルや………ヒュンケルとの事もエイミの事も、全て………。
アバンはマァムが切々と自分とポップの事、メルルに対する思い、そして、ヒュンケルの存在の大きさを語るのを静かに訊いていた。
そして、彼女が………ポップの想いに対する答えにまだ、気持ちが整い切れていない事も………
「先生………私はどうしたら………」
「そうですね。私からは言えることは一つですね………」
「えっ!?」
「悩み、苦しみ、あなたの中にある大切な存在はどうしたら幸せになれるのか?それをひたすら、ただひたすら考える事です」
「大切な………存在?」
「ええ」
「でも、私は………わからないんです。幸せ、そう幸せってなんなのか………自分の幸せも誰かの幸せも大切にしたいのに………一つを取れば一つがなくなる。そんな感じがして………」
「なぜ?そう思うのですか?」
「え?」
「幸せは一つ切りではないでしょう?」
マァムは目をしたたかせている。
「あなたの幸せ。ポップの幸せ。メルルの幸せ。そして、ヒュンケルの幸せ。エイミさんの幸せ。それらはその人の存在だけあります。一つ取ったらなくなるなんてありえませんよ?」
「でも!でも………!」
「マァムは本当に優しい子ですね。私もみんな幸せになって貰いたいと思います。でもね、幸せは誰かや何かがどこかから持ってきてくれるモノではありません」
「………」
「それぞれが、それぞれの想いを強くして得るものです」
「それぞれの想い」
「ええ、ですが一つだけ厳然としたルールはあります」
「ルール?何ですかそれは?」
「人の幸せを踏みにじらない事」
「人の幸せを………」
「そうです。つまり自分さえ幸せならそれでいい、と考えるのは最終的には自分も不幸にしますから決して許されない事なのですよ」
「それは、わかります。今回の魔王軍との戦いもそうでした。人々の幸せを奪う魔王軍との戦い……」
「ええ、その通りです。しかし、人を想うのも時に戦いです」
「そんな………」
「でも、それは相手のある戦いではありません」
「え?」
「自分自身との戦いです」
「自分………自身?」
「はい、だからこそ悩み、苦しみ自分と向き合い戦うのです。そうして自分を知るのです。本当の自分の気持ちを………」
マァムは俯いてしまった。しかし、アバンはそんな彼女が今の話しを理解出来ないとは思えなかった。そして、マァムも解ったのだ。自分がこれからどれ程の戦いに挑まねばならないのかという事を………
「また、昔の話になって恐縮ですが、レイラにも同じことを話した覚えがあります」
「え!?母さんにも?」
「同じ様な事を訊かれましたから彼女にも………ただ、今回ほど複雑ではありませんでしたが………でも、それでも私は結局は同じことだと思いますよ、レイラもあなたもみんなの幸せを望んでいる。ポップの幸せも。メルルの幸せも。ヒュンケルの幸せも。エイミさんの幸せも。そして、あなた自身の幸せも。優劣など決してつけてはいけない事ですから」
「みんなの幸せと私の幸せ………」
「そうです。大丈夫ですか?」
「私………間違えてしまうかも知れません。」
「いいんですよ、一生懸命やれば、自分から逃げなければ。時に失敗したと思っても必ず意味のある事に出来ます。もし、その仮定で誰かを傷付けてしまったり、もしくわ自分自身が傷付いてしまっても、相手があるのなら心から頭を下げて謝り、自分自身なら思いっ切り涙を流すのです。」
「涙を………」
「そうです。そして、また前を向くのです。本当の幸せを掴むまで。」
アバンの瞳は優しかった。握るポップの手は暖かかった。そして、メルルの事、ヒュンケルの事、エイミの事。それぞれの事を思うと胸が暖かくなった。
「先生………私はやっぱりアバン先生の弟子でよかったです。だってこんなにも私の気持ちに寄り添ってくれるんだもの………試練に立ち向かえってことですよね?」
マァムの表情は既に前を向いていた。
そして、アバンはゆっくりと頷いた。優しく、深い笑顔と共に………。
ここは、マァムが現状どういう立ち位置でどういう気持ちなのかを改めて表現しようと書きました。アバンの話しが少し分かりづらいかも知れませんが、作者の力量不足です(;´A`) すいません……
ただ、ここからマァムもポップもお互いの気持ちを整えて、うまくまとまる様にはしたいところです。最もマァムが爆風からポップを助けた際のアバンのしるしが光ったことや流麗な動きで抱き抱えたことをアバンが相手を想って舞う舞踏と表現したように、少なくともアバンやフローラにはマァムの本当の気持ちが、わかっていますがね。
また、アバンやマトリフ達の昔の話しも少し書いてみましたが、現在Vジャンプにて連載中の「獄炎の魔王」にはきっとないシーンですので、完全オリジナルエピです。
因みに、マトリフが少し口を滑らした「黒魔晶」の話しは後々重要な話しに登場します。特にマァムにとっては……