─レイラの覚悟─
ネイル村での昼の宴もお開きとなり、マァムは村人達からの暖かい気持ちを受け取りながら、この村を旅立つ前の生活を再び感じ始めていた。
「これからまた、あのいつも通りの日々が始まるのね……」
黄昏時、マァムは自宅でレイラとマトリフを前に呟くように言った。
「でも、もう魔の森のモンスターには怯える事はないんじゃないかしら?」
レイラがそう言うとマァムも頷いて応える。
「そうね、大魔王バーンの悪い影響もなくなったワケだし、大人しくなると思うわ……ま、でもいざとなったらクロコダインもいるしね」
「クロコダイン?」
「ああ、魔の森のモンスター共を束ねていた魔王軍の軍団長さ……コイツらがそいつを倒すどころかその後に仲間に引き入れちまったからな……」
「あら!モンスターを仲間に!?」
「でも、クロコダインは元々悪いモンスターじゃなかったから、私達と共に大魔王バーンと戦ってくれたのよ」
「まぁ……仁義に熱いヤツだしな……」
「モンスターにも色々なタイプがいるのね」
「そうね、そう言った意味で言えば姿形が違うだけで、中身は私達人間とそんなに変わらないのかも知れないわね……私がブロキーナ老師の元で武闘家として一緒に修行したチウって子も大ねずみなのよ!」
「まぁ!ブロキーナ様が!?」
「ヒヒヒッ……ブロキーナもつくづく変人だよな~」
「おじさんが老師のこと言えるの~?おじさんだって充分変人よ?」
「フフフ……そうよね!」
「おっ!?お前らなぁ!!」
マァムとレイラの親子に変人呼ばわりされてマトリフは声を上げる。
「でも、おじさんがいてくれて本当に良かったわ……特にポップの事では本当にありがとう……」
マァムはマトリフにずっと伝えたかった事を告げた。
「なんだぁ?急にアイツの事なんか出して」
「うん……初めて会った時の彼は本当にどうしようもなく臆病で、ダイに比べてとてもアバン先生の弟子だなんて思えなかったわ……でも、色んな戦いを乗り越えていきながら彼は私達にとって絶対になくてはならない存在になった……ううん、きっとアバン先生だけは気付いていたのね……彼の本当の強さを……」
「……まぁな……アバンはただ頭が切れるだけじゃなくて、人を見る目もあったみてぇだな……俺だって驚いたさ……出会った頃のあんな甘ちゃんな臆病者が、あそこまでになるとはよ……メドローアを授けたあん時にゃ心底感心したもんだ……」
「ええ、本当に頼もしくなったわ……」
マァムとマトリフの話しをレイラは黙って訊いていたが、ポップの事を語る二人の言葉に彼女も不思議と頷けるところがあった。
勇者と共にこの村を訪れたのは、後の自身の夫となったロカとそのポップの二人……レイラもさすがにここまで来ると、自分の娘の心の内に誰がいるのか想像するに難くなかった。
「そういえばポップ君のご実家は武器屋を営んでいるらしいわね……この村に彼がダイ君と初めて訪れた時に少し訊いたのだけど……」
レイラが訊ねる。
「ええ、ダイの剣を探している時に私も彼の実家に行かせて貰ったの、お父さんはポップにとても厳しい人だったけど、お母様はポップをとても優しく見守っている感じだったわ……でも、お二人共ポップの事を本当に大切に思ってる事は凄く感じたの……」
マァムはランカークス村で出会ったポップの両親の印象を語った。
「そう……いつかお会いしたいわね……」
「そりゃあ、コイツがポップとケッコンすればすぐにでも会えんだろ?」
「おっ!?おじさんっ……!?」
マァムは顔を真っ赤にしてマトリフに声を上げる。
「ふふふっ楽しみにしてるわよ、マァム♪」
「か、母さんまでっ!?もうっ!!」
「ハハハハハ!」
「フフフフ!」
二人にからかわれて膨れているマァムだったが、内心では決して悪い気はしなかった。むしろ、ポップがここにいたらどんな顔をするだろう?と、どこか楽しむ余裕もあったくらいだ。
「あ、そういえばおじさんがこの前ポップと父さんが似てるって言っていたけど、母さんどう思う?」
」
数日前のマトリフとの会話を思い出してマァムがレイラの意見を訊く。
「そうねぇ、勇者であるダイ君と始めから一緒に旅をしていたってところはアバン様と一緒だったロカと同じ様に思えるけど……戦士のロカと魔法使いのポップ君ねぇ……マトリフはどうして似てるって思ったの?」
「う~ん、まぁなんとなく、放っとけねぇってトコかな?……ロカが最初の頃、お前やアバンの足を引っ張るんじゃねぇか?って悩んでたのは覚えてるか?」
「え、ええ……そんな事もあったわね……ヨミカイン遺跡に向かっていた頃ね……」
「ああ、そん時に仲間のお荷物になりたくねぇ!って悩んでるアイツに出会った……が、それに比べてポップのヤツはちっとも悩んでなかったな……」
言いながらマトリフはマァムの方に不敵に笑い掛ける。
「ホントよね……全く!少しは悩みなさいって何度も思ったわ!」
「あら?そうなの?なら、尚更どうしてロカと似てるのかしら?」
レイラは首を傾げながらマトリフに訊ねる。
「まぁ確かにな……だがよアイツに、ポップに初めて会った時に何故かロカの事を思い出してな……あん時には、まだポップは自分が仲間のお荷物になるなんて思ってなかったようだが、それはアイツがそれまでに、たまたま運良く生き残れただけで、あのままいってたら間違いなく無駄死にしてるか、アイツの所為で仲間が危機に陥る事も考えられた……だからあの時点でケツに火を点けてでもなんとかしてやらねぇっとって思ったのさ……」
「なるほどね、だから放っておけなかったのね……でも、あなたらしいと私は思うわよ……私達といた頃だって、あなたがそういった仲間思いなところもあるってことは私だってアバン様だって解っていたわ……勿論、ロカもね……」
「へっ!ああ、そうかい……」
マトリフは照れ臭そうに二人から顔を背けるが、レイラもマァムもそんなマトリフに謝辞を込めて優しい眼差しを向ける。
「つまり、おじさんはポップがやがて大きな悩みにぶつかる前に彼を鍛えて上げたってことでしょ?」
「ま、アイツみたいな甘ちゃん野郎にはそのくらいしないとな……それにロカとは少し違う形ではあるが、結局アイツもあのアバンのしるしが光らねぇって時に仲間の足を引っ張っちまう事に苦しんでいたしな………だからよ……なんとなく放っておけねぇところが似てるんだよ………だが、もう今はそんな心配もない……アイツはポップに関してはもう、俺なんかじゃ足元にも及ばない所に向かってる……」
「え……?」
「………!?」
マァムはマトリフの突然の言い回しに怪訝な表情を見せ、レイラは何かを感じたのかマトリフの真意を探るように黙って彼を見つめる。
「おじさん?それってどういう意味……?この前言っていた平和の維持の為って事……?でも、それってポップだけの話じゃなくて私達みんなの話でしょ………?」
そう言ってマァムはマトリフに疑問を投げ掛けるが、マトリフは眉間にシワを寄せながら口を真一文字にして目を閉じて黙っている。
「おじさん!?」
マァムは黙ったままのマトリフを急かすように言うが、レイラがそれを制止する。
「待ちなさいマァム……」
「母さん……」
しかし、マトリフはそれでも黙っている。
「マトリフ……どうしたの急に……何か言えない事なの?」
レイラがゆっくりと丁寧に訊ねる。すると……
「やれやれ、俺もヤキが回ったな……ちと、お喋りが過ぎたぜ……」
そう言いながら席を立つ。
「待ってよおじさん!何処にいくのよ!?」
マァムがマトリフの背に問い掛ける。
「ここにお前を送ってきたのは、もう一つ目的があってな……ちとブロキーナのトコに行ってくらぁ……」
「こ、こんな夜に老師の所に!?」
「そうよマトリフ……いくらなんでもブロキーナ様にも失礼だわ……今夜はウチに泊まって明日にしたら?」
「女二人のウチになんて泊まれるかよ……それに、ブロキーナから今夜って言われてんだ……満月の今夜にな……」
「マトリフ……」
レイラの声にマトリフは扉のノブに手を置いてから、更に口を開いた。
「お前等には、色々と余計な苦労を掛けちまってすまねぇと思ってる……」
「余計な苦労……?」
マァムはその言葉に反応する。
「ああ、お前の親父のロカの事さ……俺がもう少しアイツの事をわかってやっていれば、今頃は……」
「マトリフ……それはもう……」
レイラがマァムの前に進み出てマトリフを制した様にマァムには見えた。
「レイラ……もうマァムには話してやれ……」
「え……?」
マァムはマトリフの顔をみる、そして目の前のレイラの背中を見つめる。
「マトリフ……でも……」
「いつかは話さなきゃならないんだ……それに、マァムだってもう子供じゃねぇ……支えてくれる仲間もいる……」
「なんなの?さっきからおじさんも母さんも……まるで私に何か隠し事でもあるみたいに……」
マァムは二人の間にある不穏な空気に耐えられず思わず口を挟む。
「マァム……ポップの事については、前も話した通りダイがいない今、アイツの肩にはこれまで以上の重いモノがのし掛かる……そして、この件に関してはそのポップ自身のレベルアップがどうしても必要だ……」
「彼のレベルアップ……?」
「ああ……俺が本当に足元にも及ばないくらいに……」
「何が……あるって言うの?彼の……ポップの身に……」
マトリフの言葉にマァムは不安が拭えない。ポップが関わることなら尚更そうだった。
「アイツにはある呪いを解いて貰う……」
「マトリフ!もう……ここまでにして……マァムには私からちゃんと…話すわ……」
今度はレイラがマトリフとマァムの会話に割って入った。
「母さん……」
「わかった……だがマァム……お前はとにかくアイツを……ポップを信じてやってくれ……」
「マトリフおじさん……ポップが一体何を……」
だが、マトリフはそれには応えずただマァムを真っ直ぐ見つめてから二人に背を向けた。
「レイラ……これからブロキーナと解呪の洞窟に行ってもう一度アレを確かめてくる……」
「な、なんですって!?これから!?」
レイラは青褪めながら声を上げる。
「お前だって知ってるだろ?満月の今夜が良いのさ……」
マトリフはそう言って表に出ようと扉を開く。
「マトリフ……ブロキーナ様と二人だけなの?」
「ああ、とりあえずはな……」
「危険だわ……」
「なぁに……俺達は何度も、あそこの洞窟には入っているんだ……問題はねぇよ……」
「でも……せめてアバン様と……」
「フッ……あいつは今頃ポップの方だ……アバンにはポップにも、その両親にもちゃんと話して貰う役目がある……だから、俺達には俺達の役目がな……」
「マトリフ……」
「待ってよおじさん!そんなところなら私も行くわ!私も役に立てる筈よ!」
マァムは話の流れからマトリフに同行を買って出る。
「………本来はそうした方がスジかも知れねぇが……今回ばかりはそれじゃあレイラの役目がなくなる……」
「え……?」
マァムは振り返りレイラを見つめる。そして、レイラも真っ直ぐとマァムを見つめた。
「覚悟を決めろ……」
「……マトリフ……今日この子をここへ送ってきたのはそれを伝える為でもあるのね……」
「………」
しかし、マトリフは背を向けたまま黙っている。
「わかったわ……私の役目をちゃんと果たすわ……だから、必ず無事に戻って来て……」
レイラはマトリフの背中にそう言葉を掛けた。そして、マトリフは振り返らないまま右手を上げると、ルーラを唱えブロキーナのいる山へと消えて行った。
「マトリフ……」
レイラはマトリフが消えた山の方を見つめている。すると、マァムが告げた。
「母さん……どういう事なの?何を隠してるの?」
レイラは暫く俯いて何かを考え込んでいたが、やがて顔を上げるとマァムに優しく告げた。
「今からあなたにとても大切な話をするわ……ただし強く……気持ちを持ってねマァム……」
「え………」
そうして二人は長い夜を迎える。レイラにとってもマァムにとってもその夜は忘れられない時間になった。
ロカの秘密をいよいよマァムが知ることになります。ここでのポイントは、やはり母であるレイラがその覚悟を決めて娘であるマァムにロカの真相を伝えるという事でした。その為に背中を押すのがアバンかマトリフが適任であるのは当然として、問題はそのどちらか?という事でしたが、アバンにはポップの両親とのケジメの他にもヒュンケルの事についてロン・ベルクに会う必要があったので、レイラとマァムの親子にはマトリフに一役買って貰いました。
また、作中にも少しありますが、今後の展開においてもマトリフがロモスに来た大事な意味があるので、これから更に注目して頂きたいところです。
因みに、マトリフのアバンは人を見る目があるという話しはアニメのオリジナルシーンでもあった、アバンとポップが二人旅をしていた中で、彼がポップにマトリフの事を語るシーンがありましたが、そこからの引用を少し使わせて頂きました。