─温もり─
コト………
レイラが温めたミルクを入れたマグカップをマァムの前に置いてレイラも自分のカップを置きながらマァムと対面する形で席についた。
「ありがとう母さん……母さんのホットミルク久しぶり……」
「小さな頃から大好きだったわねマァムは……」
「ハチミツが丁度良い甘さなのよね……心も身体もホントあったかくなる……」
マァムはカップを両手で包みながら呟いた。
「父さんが好きだったのよハチミツ入りのホットミルク」
「え……?そうなの?知らなかった……」
「あなたがハチミツを口に出来る前に彼はもういなくなってしまったから……」
レイラのその憂いを含んだ瞳にマァムは優しい言葉を掛ける。
「母さん、ありがとう……」
「え……?」
「父さんがいなくなって……本当はきっと私なんかが思うよりもずっとツラく悲しい想いをしてきた筈なのに……それなのに……私の前では一度もツラい顔なんてしなかったわ……」
「マァム……」
「だから、本当に感謝してるの……私の為に……強くて優しい母さんでいてくれて……本当にありがとう」
マァムは心からレイラに告げた。
「ふふ……本当に立派になったわマァム……母さんの方こそあなたには沢山助けられた……ううん、あなたがいたからきっと耐えてこれた……」
「……母さん……話して……私に隠している事……」
「マァム……」
「母さんがそんなに思い悩む事なら私も一緒に背負うから!」
マァムは今度は強い眼差しでレイラを見つめた。そして、レイラはそのマァムの眼差しをみて瞳をゆっくり閉じてから一つ息を静かに吐いて再び目を開いた。
「マァム……私はこれまであなたに一つ大きな嘘をついて来たわ……先ずはそれを謝らせて欲しいの……」
「嘘……?」
マァムのその問いにレイラはゆっくり頷くと告げた。
「ごめんなさいマァム……あなたにはお父さんはあなたが幼い頃に亡くなったと言ってきたけど……ロカは……あなたのお父さんは、ある場所で……きっと生きているわ……」
「え………!?生きている……?」
マァムはあまりの事に一瞬、何を耳にしたのかわからなかった。そう、あの時……バーンパレスで、死んだと思われていたアバンが、生きて自分達の前に現れた時の様に……
「でも、この世界にはある理由から存在する事が出来なくなってしまったの……」
レイラのその言葉には父ロカがこの世にはもういない、という意味とは微妙に異なった意味が含まれている事をマァムは受け止めたが、それでもロカが生きているという事の衝撃にまだ、完全に頭がついていかなかった。
「わからないわ……どうして……」
マァムの問いにレイラは目の前のカップを握り締めながら自分の気持ちを落ち着かせて語り出した。
「今から14年前の話よ……」
14年前。このネイル村を始め、ここら一帯の町や村の女児達を襲った忌まわしい呪い。ここで、マァムはレイラの口から幼い頃、その身に起きていた事実とその事から生まれた悲劇を知ることになるのだった。
ゆっくりと、ネイル村の夜が更けていく中、レイラはマァムに切々とロカやマァム自身の身に起きた14年前の忌まわしい出来事を語った。
「父さんが……その洞窟で見つけた呪いを解く実を食べた……?」
ロモス大陸の北西の町ポルトスには、かつて伝説の魔道士が遺したミーミルの書という魔導書があり、ロカはそこから得た知識で、その町の北東の洞窟に赴き、そして、そこで解呪の実を口にしてマァムを始めとする子供達に掛けられた呪いを解いたと、レイラは説明した。
「父さんは戦士だったから、アバン様やマトリフのような魔法の知識や呪いを解く方法など何も知らなかった……でも、たった一つだけ残されていた可能性に藁をもすがる思いで手を伸ばしたのよ……でも、その代償に……」
レイラは普段のあの朗らかで優しい表情からは考えられない様な沈痛な面持ちで語った。
「私やその当時の女の子達に掛けられた呪いを、父さんがその身に移して……それで、地上で生きられなくなって魔界へ………でも、その呪いってどうして起きたの?何か原因があるんじゃ!?」
マァムはレイラに訊ねる。しかし、レイラは静かに答える。
「14年前のあの時もアバン様やマトリフ、そして、ブロキーナ様と共に私もあらゆる可能性や原因を探ったわ……それが解ればもしかしたらロカは、魔界からこの地上に帰れるかも知れないと思ってね……ポルトス周辺の町や村、更にロモスのお城にも出向いてお城の学者様にもお願いもして………でも、それでも何の手掛かりも掴めなかった……」
「そんな……」
マァムは落胆する。その呪いの原因がなんなのか、それが解ればその呪いを解いて父ロカをこの地上に取り戻せるかも知れないと考えたからだ……しかし、残念ながらこれまでそれは実現出来ていなかった……
「けどね、アバン様もマトリフも決して諦めなかった……そう、それは14年も経った今でも……」
「今でも?」
マァムはレイラの言葉に俯いていた顔を上げる。
「ええ、だからこそアバン様はなんとしてもロカの受けた呪いを解く方法を見つける為に、故郷のカール王国にその身を置くこともなく世界中で旅を続けていたの、そして、その過程であなたを弟子として育ててもくれた……でもね、あの呪いの事を考えると、また、いつどんな事が起こるかわからないからと、アバン様はあなたに色々な事を教えながら近くで見守って下さっていたのよ……」
「そうだったの………“正義なき力が無力なら力なき正義もまた無力″……そっか、きっと先生のあの言葉は、私自身にも自分を守る為の強さを教えてくれたんだわ……」
マァムはアバンからかつて、あの魔弾銃を託された時に告げられた言葉を不意に思い出していた。
「そうね……あなたはとても優しい子だから、アバン様は少しだけ戦う強さの大切さをあなたにわかって貰いたかったのかも知れないわね……ロカの様な強さを……」
「父さんの様な……強さ……」
「ええ、そしてアバン様だけではなくもう一人……あなたにその強さを授けてくれた方がいたわね……」
「………!?ブロキーナ老師!」
「そうよ、あなたがブロキーナ様のところに弟子入りをしてから、暫くしてお手紙を頂いたわ」
「え!?老師が、母さんに!?」
マァムはさすがに驚いた様子を見せた。
「あなたが弟子入りに来た時は、まさに運命を感じたって……初めてブロキーナ様がアバン様達と共に魔王ハドラーに挑むきっかけとなったのも、私とロカがあなたを産む為に一時アバン様達のパーティーから離れた時……つまり入れ違いという形だったから……」
「そうね、その話しは老師から訊いたわ……私も本当に驚いたもの……」
「それにブロキーナ様は、あなたを武闘家として育てながら、ロカの面影をみたと手紙に綴っていてくれたわ……」
「父さんの……?」
「ええ、私もロカもブロキーナ様とは一緒には戦えなかったけど、それ以外の交流はあったから……あなたが産まれた時だってマトリフと一緒にこの村に来てくれたのよ」
「え!?そうだったの!!そんなこと老師は一言も……」
マァムのその言葉にレイラは俯き加減で応える。
「それは、きっと……あの時の……14年前の事を思い出してしまうからなのかも知れないわね……幼いあなたの事を思い出すと、きっとあの時のロカの事も……」
マァムには、そんなレイラ自身もロカがこの地上を去った時の事を思い出している様にみえた。
(「アバン先生やマトリフおじさん、それにブロキーナ老師も父さんの事で随分と胸を痛めていたのね……でも、きっと母さんはそれ以上に……」)
マァムはこの時、申し訳ない気持ちになった。14年前なら自分は2才くらいの頃だから、その身が得体の知れない呪いに冒されたとしてもどうすることも出来なかったのは解る。しかし、父ロカの犠牲や目の前の母の姿を見ていると、どうしてもいたたまれない気持ちになるのだ。
だが、レイラはそんなマァムの気持ちに寄り添う様に告げた。
「でもね、マァム……私やロカはあなたの無垢な笑顔に救われたわ……」
「え……!?」
「あなたが笑う度にロカは必ずこの笑顔を守るって口癖の様に言っていたわ……そして、彼が一人この村を去ったあの日もね、まだ村の皆が寝静まっている暗い時間に私だけがロカを見送ったの……でも、ロカは最後にあなたの顔が見たいって言って……眠るあなたの顔を優しく見つめながら″一緒にいれなくてごめんな……"って……一言あなたに告げて旅立ったわ……」
「父さん……」
マァムは記憶の片隅にある父の背中を思い浮かべていた。温かい大きな背中……その背中におぶさって眠る自分、近くには優しい母の香り……記憶の深いところに確かに感じられる暖かさが、マァムの瞳に熱いモノを浮かべた。
「マァム……だからあなたは決して自分の所為だなんて思わないでね……」
「え……?」
「あなたの笑顔を守る為なら、母さんも父さんもどんな事でもする……」
「母さん……!でも……!?」
マァムはレイラの言葉に思わず声を上げる。しかし、レイラはゆっくりと首を振ると言った。
「掛け替えのないたった一人のあなたは私達の宝物よ……だから下を向かないでねマァム……」
「母さん……」
母レイラの愛情深い眼差しにマァムは胸を熱くした。溢れ出る涙もそのままにマァムは母の胸でその暖かさを感じていた。そして、レイラは優しく娘の薄桃色の髮を撫でながら、信じていた。
必ずロカは戻ってくると……
マァムとレイラの親子のシーンで、最も書きたかった話が書けて作り手としては、満足出来る内容です。ロカを失ってからレイラを支えてきたのはマァムであったことは想像に難くありませんでしたが、その二人の関係性を改めて表現するにはロカの生存や帰還の可能性に希望を持たせる展開にしたいと考えました。それが、表現出来れば未来には親子三人で笑い合っているシーンにも繋げられるということも考えました。そして更にそこに、アバンやマトリフ、ブロキーナ、そしてポップ達がどう関わっていくのか、ということになりますが、まだまだ物語は序盤に過ぎませんので、広く深く展開していく事になります。