─占い師の憂い─
レオナは寝室から出ると長い廊下を歩いてポップが運ばれた部屋に向かっていた。暫く歩くと大きな窓のある廊下に出る。窓からは朝の爽やかな日差しが射し込んで、レオナは思わず立ち止まった。
陽光と青空の眩しさに目を細める。
(あの空の向こうに君はいるの?ダイ君………)
レオナは心の中で呟いた。
昨日と同じ青空は、レオナの瞳には違ってみえる。
あの愛しき小さな勇者と共に見た青空も陽光も、もう戻らないのだろうか………
目を閉じて、ゆっくりと呼吸をし、陽光の暖かみを素直に身体に入れる。そうして、レオナはまた歩き出した。
(私は………諦めない!)
その瞳の清らかな輝きは、まだ不安定ではあるが、確実にその強さを増していた。
そうして、ようやくポップの部屋の前に着くと右の廊下から1人の銀髪の男が歩いてくる。そして、もう一つ別の気配も感じた。
「ヒュンケル!」
「姫、もう動いても宜しいのですか?」
ヒュンケルは昨日レオナが過呼吸で倒れた事で、その身を気遣った。
「ええ、丸一日寝ちゃったから、もう全快よ!心配させてごめんなさい」
「いえ、無理もないかと………ですが、ご無事で何よりです」
「ありがとう。ところであなたもポップ君の様子を見に来たの?」
「はい」
「そう……あなたもでしょ?メルル」
そう言うと、レオナは後ろを振り返って声を掛けた。ヒュンケルも同じ方を見ると、廊下の柱の影から申し訳なさそうな表情でメルルがその姿を現した。
「申し訳ありません、姫様!」
「もうっ!休みなさい!って言ったのに!ふぅ~まぁ仕方ないわ、でもポップ君の顔を見たら朝食食べて必ず休むのよ!命令です!」
「はい!わかりました」
メルルは恐縮しながら、頭を下げた。レオナもメルルがポップの心配をする事は理解しているので、これ以上は何も言わないでいた。
そして、レオナが扉をノックすると、部屋の中から応答があった。
「どうぞ」
「失礼します」
「レオナ姫!これはこれは、目を覚まされましたか、良かった。お身体は大丈夫ですか?」
「アバン先生、ありがとうございます。もうすっかり元通りです!ご心配お掛けしました。」
大魔王バーンとの最後の決戦前にレオナはフローラから最後のアバンのしるしを授かり、アバンもまた、レオナがアバンの最後の弟子として認めた事で、レオナ自身もアバンを自らの師として仰いでいた。
「ヒュンケル、あなたも大丈夫ですか?」
次にアバンは愛弟子のヒュンケルに目を向ける。
「とりあえず身体は休めたが、力はやはり全快には程遠いな………」
そう言って、目を伏せながら力の入らない右手を握る。
「そうですか、ブロキーナ老師からも昨日少し伺いましたが………」
大戦後、アバンはヒュンケルの容態を彼の回復治療を試みたブロキーナから訊いていた。
「全く不甲斐ない………それに、俺はまた弟弟子を守れなかった………」
「………!?」
ヒュンケルのその言葉にアバンもレオナもメルルも驚いていた。しかし………
「ヒュンケル………あなたはどうしてそう思うのですか?あなたはポップに言ったはずです。皆、死力を尽くして戦った、胸を張れ!と………」
そう言うアバンをヒュンケルは真っ直ぐに見つめた。
「確かに、あの黒の核晶(コア)の爆発の中にダイはその姿を消しました。しかし、私は信じているのですよ………」
今度はレオナもアバンを真っ直ぐ見つめる。
「ダイは必ず生きていると」
「アバン………!?」
ヒュンケルはアバンのその言葉に不思議な力を感じた。そう、このアバンという男の言葉にはいつも人の心に希望の光を当ててくれる確かな生命が宿っているのだ。
(これが、勇者たる者の力か………)
そして、ヒュンケルは隣でその瞳を潤ませ一筋の涙をみせるレオナに気付いた。
「姫………」
「え………?」
ヒュンケルに声を掛けられレオナは自身の溢した涙に気付いた。
「あ、あれ?私………どうしちゃったんだろう?」
慌てて涙を拭うレオナにメルルがそっと柔らかな綿のチーフを渡す。
「ありがとう、メルル………」
ヒュンケルもそして、アバンもレオナの澄んだ一筋の涙に胸を熱くしていた。
「信じましょう!彼もそう信じているはずですよ」
そう言ってアバンはポップの方に向き直る。
「ポップさんの容態はどうですか?」
メルルの表情に心配の色が浮かぶ。
「昨日までは大分うなされていて、ダイの名前を何度も呼んでいましたが、日を跨いだ頃から少しずつ落ち着いて来ました」
「良かった………」
メルルが心底ホッとした表情をみせる。
「本当に良かった。アバン先生ありがとうございます!」
「いえ、私にとっても大切な愛弟子ですから、それに私だけの力ではありませんしね」
アバンはポップのベッドの端で静かに眠るマァムを見やる。肩にはアバンが掛けて上げたであろうブランケットがある。
「マァム………」
「マァムさん………」
と、レオナとメルルはマァムの手がしっかりポップの手を握っている事に気付いた。
「彼女も夜通しポップの看護に当たってくれていましたからね、大戦の疲労も重なったのでしょう、つい先程眠ってしまいました」
「横にさせなくて良いのか?」
ヒュンケルがマァムを気遣う。
「私もそうしようかと思いましたが、見てください。あの安心し切った寝顔を………幼い頃の彼女を思い出してしまいまして、もう暫くそっとしておいて上げようかと………」
アバンは、まだマァムが幼い頃に彼女を弟子として指導していた。その時、修行で疲れた彼女はアバンの腕の中でよくああして眠っていた。
「そうか………」
ヒュンケルも優しい表情でマァムを見守っていた。
「しかし、ポップには驚きましたよ」
突然のアバンの言葉に三人は振り向いた。
「昨日から治療をしてますが、以前の彼よりは身体が強靭な印象を受けました。彼は魔法使いですから、身体的な強さは戦士や武闘家には敵わないはずですが、それに匹敵する賢者並みの強さを感じました。マァムから少し訊いたのですが、ポップは一度メガンテを仕掛けて………」
それを訊いていた三人の空気が一瞬強張った。
「ああ………前に一度、ダイの父であるバランとの戦いの時にヤツはメガンテを使った」
ヒュンケルは二度と思い出したくなかった時間を悔やむように、厳しい顔で語った。
「あの時は、ダイ君も記憶をバランに消され、私達もなす術がなくて………それで………ポップ君は………」
レオナも顔をしかめて語る。
「でも!戦いの終わりにダイさんのお父様が………!」
メルルはポップの死の場面より彼が息を吹き返した事を話した。
「ええ、マァムもその時はブロキーナ老師の元で修行中だったようで、実際にはそのバランとの戦いの場にはいなかったという事でしたね。後に戦いの詳細はダイとポップから訊いたと話して頂きました」
「正直言えば、思い出したくはない悲しい戦いだった」
ヒュンケルは思わず目を閉じた。レオナとメルルも同意と言うように、頷いている。
「そうでしたか、申し訳ありませんでした。辛い戦いを思い出させてしまいましたね」
アバン自身もその当時は己の力不足を痛感し、自分はダイ達と共に要られないと感じて一人修行中の身であった。しかし、マァムから話しを訊いた時、自分がいたらもしかしたら違う結果も………と考えたことがあった為にとても悔やまれる事であるとも思った。
「しかし、先程メルルさんからもありましたが、ダイの父上のバランさんがポップに自らの血を飲ませたところ、息を吹き返したという事でしたね」
「ああ、その通りだ。ポップは純粋な竜の騎士であるバランの血を飲んだ、そして死の淵から生還した。そしてこれはラーハルトから訊いた話しなのだが、ヤツ自身もバランの血で蘇った」
ヒュンケルはラーハルトを始めあの時に相まみえた他の竜騎衆との戦いを振り返った。
「あの時はバランとの決戦の前に、ポップと俺で竜騎衆を相手にしたが、ヤツは空戦騎ガルダンディを俺は海戦騎ボラホーンと陸戦騎のラーハルトを倒した。だか、その内で蘇ったのはラーハルトだけだった。ヤツの話しでは竜の騎士が古来より傷を癒すための泉の近くで目を覚ましたらしいが、その時に傍らにあったバランからの置き手紙で自分がバランの手で蘇生出来た事を知ったようだ。」
「その時に彼もバランの血を飲んだと?」
「ああ、バランの手紙には竜騎衆の中でも蘇生出来るのはラーハルトだけだろうとあり、それでも万に一つの可能性でしかない。と………」
「それでは、ポップが蘇生出来たのも………」
「奇跡に近かったという事なのね………」
ポップがメガンテでその命を落とした際、レオナはザオラルでポップの蘇生を図った。しかし、結果は失敗に終わった。ところが、敵である筈のバランの手により、ポップは蘇った。だが、今のヒュンケルの話しを訊いて、たとえ竜の騎士の血を施しても必ずしも死んだ者が甦るワケでは無いことを知り、レオナは奇跡を感じていた。
「確かにそうかも知れない、しかし俺はラーハルトにせよポップにせよ、二人の精神力が生んだ奇跡としか思えない………」
「そうですね。奇跡は起きるものではなく起こすもの。ポップとラーハルトがまさにそれを自身の命を持って証明したと言えるでしょう」
「ポップさん………やっぱりポップさんは凄いです!」
メルルは嬉々として心からポップを称えた。そして、アバンもヒュンケルもレオナもメルルと同じ気持ちでポップを誇らしく見つめていた。
「さて、メルルそろそろ行くわよ。私、お腹すいちゃったし!」
「そうですね、ポップの容態も大分落ち着きましたからね。私も朝食にさせて貰いましょう!」
「そうだ、エイミがさっき呼びに来ていた、待たせては悪いな」
「なぁにぃ~エイミったら、疲れてたわりにはしっかりヒュンケルを誘うなんてやるじゃない!」
レオナがここにいないエイミを冷やかすように言った。
「まぁそれでは、みんなで参りましょう!」
アバンが号令を掛けるとメルルが声を上げた。
「あ、あの!マァムさんは?」
「寝かせておこう。」
「そうですね、無理に起こすのは可哀想ですから」
ヒュンケルとアバンは優しく言った。
「で、でも………」
「なによぉメルル、二人がそんなにシ・ン・パ・イ?」
レオナの顔が完全ににやついている。
「そ、そんなんじゃありません!」
メルルは声を大にして否定したが、その途端三人がそれぞれ口の前に人差し指を立てて諌める。
「し~~~~~~!」
「あ、ご、ごめんなさい!」
「大丈夫よ、二人ともぐっすり寝てるし、しかもポップ君の方はしばらくは目覚めそうにないんだから」
「そ、それはそれで心配ですけど………」
「とりあえず、私が調合した薬と回復呪文でゆっくり休んでますから、しばらくは安心ですよメルル」
「そ、そうですか。わかりました………」
メルルはマァムとポップを交互に見ると渋々頷いた。ポップの手を握るマァムの手を気にしながら。
その後、アバン、ヒュンケル、レオナ、そしてメルルの四人はポップの部屋を出て朝食を取るための食堂に向かった。
メルルにとっては気が気でないところですね、ライバルのマァムにポップを取られてしまう不安を少し出したかったので、このような感じにしてみました。それにしても本当に色恋沙汰の話しを書くのは、苦手です……
ポップの竜の血ネタはずっと書きたい話しだったので、書いていて楽しいですね。このネタは彼のレベルアップには必要不可欠なので、今後ものすごい呪文も身に付けるかもしれません。楽しみです