─継承─
ギュータ───。
そこは、地上世界から隔絶された様相で、ギルドメイン山脈の標高の高い地に存在する言わば天空の修練の里。
大賢者バルゴートが創りし伝説の地である。
そして、その地においてバルゴートに継いで後世に語り継がれるであろう存在がいた。厳しいバルゴートの修練を乗り越え、地上世界において最強の大魔道士と呼ばれた男。
マトリフ───。
若き彼は今、最後の修行を終えてこれまでの師バルゴートの教えの一つ一つをその命に染み込ませるかの如く静かに瞑想に耽っていた。
そうしてどのくらいの時間が経ったのか、マトリフはある気配に気付き高めていた魔法力を抑え込んでその目を開いた。
「うむ、よいだろうマトリフ」
「師匠……」
「抑え込んだワシの気配もよく捉えられる様になったな、その精神の安定を戦闘の場でも忘れぬようにな、魔法使いは常にクールであることだ」
「はい」
そうして、バルゴートは徐に懐から一冊の魔導書を差し出した。
「師匠これは?」
そう訊ねるマトリフにバルゴートは一度静かにその瞳を閉じ、そして再び目を開くと告げた。
「これは夢想魔法の書」
「夢想魔法の書?」
「お前は既にワシの書斎にある書物のその殆どを頭に入れてあるとは思うが、コイツだけは実は常にワシが持ち歩いていたのでな……お前が初めてみるモノだと思うが……」
「師匠が常に持ち歩いていたという事はそれ程までに大切な魔導書という事でしょうか?」
そう訊ねるマトリフにバルゴートは再びその瞳を閉じる。
と、そんな二人のやり取りをこの瞑想部屋の外で伺う者がいた。それは、バルゴートの娘であり、マトリフと同じバルゴートの弟子でもあるカノンだった。因みにマトリフの元カノである。
しかし、バルゴートもマトリフも彼女のその気配に気付いてはいたが互いに特に何の反応も示さず話を続けた。
「大切か……そうだな大切なモノと言えばあながち間違いではないが……」
そして、バルゴートは再びゆっくりと目を開く。
「では、ワシがこの魔導書を手に入れた経緯を話しておこう……」
バルゴートがそう言うとマトリフは自然と居住まいを正す。
「もう何十年も前のことだ……。ワシが賢者と呼ばれる様になって久しい頃、あの破邪の洞窟にワシは入った」
「破邪の洞窟にっ……!!!?」
「ウム、ワシは賢者として更なる揺るぎない力とそして、一つの真理を求めてその洞窟に挑んだ……やがて、その先にはあらゆるトラップや未知の魔物などが、ワシの行く手を阻んではワシを幾度も試してきた。だが、そんな中でもいくつかの秘呪文と呼ばれるモノや伝説のアイテムともいわれるモノも手にして来た……」
そうして、バルゴートはマトリフの前に差し出した夢想魔法の書を指差す。
「そして、この夢想魔法の書もそんな破邪の洞窟の幾多の試練の先において手にしたモノだ」
マトリフは師バルゴートのその言葉に思わず顔をあげてその力強くも澄んだ目を見つめる。
「それでは、この書には何か特別な曰くでもあるのですか?」
マトリフは、師バルゴートがこの魔導書に込めた思いを求める様に、夢想魔法の書の仔細を訊ねた。
「ウム、ワシも破邪の洞窟に入る前に、この夢想魔法というモノを僅かだが耳にする機会があってな、果たしてそれがどの様な魔法なのかその仔細を知りたくなったのだ……しかし、地上世界のあらゆる書物や文献に触れてみても明確にこの夢想魔法を解き明かしているモノがなく、それどころかせいぜい出てくるのは夢想魔法という名称くらいのモノで、若いワシは暫くその事に落胆していた程なのだ……」
「師匠がそれ程までに……しかし、今はこうして……」
マトリフがバルゴートに示すように夢想魔法の書に視線を落とす。
「フフフ……」
「師匠……?」
そう含み笑いを見せるバルゴートにマトリフは怪訝な表情を向ける。
「その通りだ……心底求めていた故にワシはこの本を破邪の洞窟で手にした時、これこそがワシが探し求めていた夢想魔法の書であると確信し歓喜に震えた……しかしだ……」
「……??……!?」
「そこからが更なる……いや本当の試練の始まりだった……」
「本当の試練?」
すると、バルゴートは夢想魔法の書を手に取り最初の1ページ目をマトリフに示す。
「師匠……え……と……これは?」
バルゴートが示すページは、何も書いていない白紙だった。すると、バルゴートは更にページを捲り再びマトリフに指し示す。
「……っ!?えっ……また白紙…!!?」
更に数回、同じ様にバルゴートはページを開いてはマトリフに指し示す事を繰り返した。しかし、何処のページを指し示されてもマトリフには白紙にしか見えなかった。
「……師匠!?これって……!!?」
当然ながら、マトリフは混乱してバルゴートに訊ねる。
「やはりそうか……」
そういうとバルゴートはゆっくりとページを捲りながら告げた。
「ワシにはこの魔導書に、びっしりと夢想魔法の事について書かれた文字が見える」
「えっ……!!?師匠には見えてる!!!?お、俺の目にはさっぱりですが……!?」
「フフフ……だが案ずるな、ワシとてこの本を手にした時はお前と同じ様にどのページを開いてみても白紙にしか見えなかった」
「えっ……!?それは、どういう事ですか!?」
すると、バルゴートは本を閉じマトリフに訊ねる。
「先程話した破邪の洞窟にワシが入った目的を覚えているか?」
「え……えと、それは賢者として更なる力をつける為に……それと……」
「一つの真理を求めて」
「は、はい!そうです!!師匠は確かにそうおっしゃいました!!」
「つまりワシが求めたその一つの真理というのが、これなのだ……」
バルゴートはそう言いながら自身の掌を夢想魔法の書に重ねる。
「この魔導書……夢想魔法の書が一つの真理……?」
「先程もお前に話した通り、ワシも始めはこの魔導書の白紙に大いに混乱し、悩まされた……何故これ程の書が白紙なのか?ワシが求めた夢想魔法の真実を解き明かせるだけの情報が、いや真髄がこの本に収められていると信じ切っていたからだ……だがしかし、この魔導書はやはりワシに夢想魔法の真実とそして、一つの真理を教えてくれたのだ」
「この本が……?」
そして、バルゴートは静かに頷いて改めてマトリフにその魔導書を差し出した。
「受け取れマトリフ」
「え………」
「この魔導書に夢想魔法の真髄を刻み、お前自身が掴んだ真理を元にこの夢想魔法の書を完成させてみよ」
マトリフは真剣な目で、そしてそれ以上に熱い、師バルゴートの目を見つめてその夢想魔法の書を受け取った。
「いつか、いつの日か……お前がその魔導書の全てに真理を刻めた時には、お前が真から認めた者にこの書を託すがよい………今日のワシの様にな……」
そして、今……マトリフが師バルゴートより託され、引き継いだ夢想魔法の書は……
彼の唯一にして最後の弟子である若き大魔道士の部屋で、月の光を浴びていたーーー。
と、微かな淡い光を帯びていたその魔導書が強く蒼い光を放った。
「マトリフ師匠……」
ポップは眠りに落ちながらも、その名を口にしていた。
個人的には、とても面白い話に出来たかと思います。夢想魔法という名称をつける際に思い至ったのは、ポップがバランにメガンテを使った後に、あの世にいく過程でゴメちゃんと会話をしているシーンでした。あくまでイメージなので、あのシーンとの明確な繋がりは一応ないのですが、ある意味この夢想魔法、もしくわ夢想魔法の書はその人の求めるモノを具現化する夢の魔法というコンセプトで生み出したので、もちろんオリジナルではありますが、神の涙が失われた今、それに変わるモノとして働いてくれたら良いなぁ〜と思います。