─破邪の救済─
「ウォォォーーー!!!!!!」
マトリフは、その極大消滅呪文に渾身の魔法力と深いある思いを込めていた。
一度目にヒュルトにメドローアを放とうとした際に、マトリフは躊躇した。それは、メドローアがヒュルトに直撃すれば、愛する人カイアにとって掛け替えのない存在をこの世から完全に消滅させてしまう事になるからだ。仮にヒュルトがあの時のメドローアを防いだり躱したり出来たとしても、究極破壊呪文デステマなどという超大呪文を身に着けていたマトリフには、あの完璧なタイミングでメドローアを放てばヒュルトに甚大なダメージを負わせていた可能性の方があったと確信出来たからだ。
しかし、今は……
「キサマァァァァァァーーーーーー!!!!!!」
ヒュルトとて気付かないワケはなかった。完全に虚を突かれた形で上空から放たれたその光輝く閃光がどれ程のモノか……ヒュルトはその瞬間に間違いなく”死“というモノを覚悟した。と、同時に走馬灯というのか、自身が捨てたと思い込んでいた過去が目まぐるしくその脳裏に浮かんで来た。
そして、そこには常に母であるカイアの姿があった……
「母さん………」
「………っ!!!!?」
カイアの耳に、いやその心に確かに聴こえた。おおよそ千年振りに聴いた本当のヒュルトの声……
小さく呟く様な……しかし確かなその声……
「ヒュルトォォォォーーーーーー!!!!!!」
カイアの悲痛な叫びが漆黒の異次元世界に響き渡る。そして、再び繰り返される悪夢。
それは、愛する人の手によって今、自分の愛する存在がこの世から消え去ろうとしている。そう、あの時の最愛の人ラーノが我が子ヒュルトに手を掛けようとしたように。
しかし、カイアはふと思い出す。マトリフが息を吹き返し、この戦場に再び向かうその時に……
(「ヒュルトの事は
俺に任せろ……」)
その言葉の真意をカイアは敢えて訊ねていなかった。そして、その瞳に涙を溢れさせながらも、訊ねていなかった事にカイアは一抹の希望を感じていた。
希望の閃光(ひかり)ーーー!
その瞬間カイアは見た。
マトリフの手から放たれたメドローアのその閃光は、天を貫く様なヒュルトの巨大な角を一瞬にして飲み込んで、この世から消滅させていたのだ。そしてカイアは、その時その瞳に飛び込んで来た光景に再び、いやこれまで以上の滂沱の涙を零しながら、その瞳を大きく見開いていた。
「ギィィアァァァァァァーーーーーーーーー!!!!!!」
それは、形容し難い程の強烈で悍ましくも、しかしどこか悲壮が感じられる苦悶の叫び声だった。
「ヒュルト……」
カイアの涙は留まることなく流れ続けている。しかし、その胸にはゆっくり安堵の気持ちが拡がっていった。そうして、ゆっくりと視線を上空の愛しき大魔道士に移す。
「マトリフ……あなたって人は……本当に……」
その言葉と共に、またカイアの瞳は潤い、想いが溢れ出す。
「本当に凄い男じゃよ……我が友マトリフという男は……」
気付くとブロキーナも上空を見上げる、というよりも頼もしき親友マトリフを仰ぎ見ている。
「ああ……本当に……」
カイアは改めて心に深く深く、マトリフという一人の男に熱い愛情を感じていた。
と、その時……!!!
「こ、これはっ……!!!!?」
「ヌウグゥゥオォォォォォォーーーー!!!!!!」
マトリフを始め、カイア、ブロキーナが驚愕していると、その場の漆黒の空間が突如として歪み始めた。
「空間が……!!?異次元の空間が……歪んでいる!!!!?」
マトリフがそう口にしながらキョロキョロと周辺を見廻している。
一方ヒュルトが先刻最終形態となる時にこの異次元の空間がその暗黒エネルギーの凄まじさによって歪むといった状況を目の当たりにしたブロキーナだったが、今はその時とはまた少し違う感覚を覚えた。
「カイア殿、これは……」
流石のブロキーナもこの状況を訝しみながらカイアに訊ねる。
「ヒュルトが作り出したこの異次元の空間が……崩壊する」
「崩壊……っ!!!!?」
そして……次の瞬間!!!
ヒュルトが作り出した暗黒の異次元空間が消滅し、その場が元の解呪の洞窟の状態に戻った。
「おおっ……!!!!」
「戻ったか……!!!!」
ブロキーナとマトリフが辺りを見渡している中で、カイアはヒュルトの姿を探している。
「ヒュルト………!!!!!」
その声に、マトリフとブロキーナが視線を向ける。すると、カイアが思わず駆け出したその先には、巨大な暗黒竜の姿ではなく、元の魔族の姿でうずくまるヒュルトがいた。そして、そのヒュルトを囲う様に禍々しい暗黒エネルギーの残穢が蠢いている。
「コイツは……っ!!!?」
「ミストバーンの様な暗黒闘気の集合体なのかのう……」
マトリフとブロキーナがその怪しく蠢く暗黒エネルギーに警戒を示す。
「いや、私もミストと呼ばれる暗黒闘気のモンスターは見知っているが、ヒュルトを囲うあの暗黒エネルギーには意思などない……あくまでメドゥルザがヒュルトに植え付けたモノ……いわば呪詛」
「呪詛……呪いか……」
「呪神冥竜と呼ばれる所以じゃな」
「ああ、だがその暗黒エネルギーも最早あんなザマだ……その殆どがヒュルトのあの巨大な角に集約されていたようだったからな……」
そう言ってカイアはヒュルトに視線を向けながら憐れむかの様に顔を顰める。
「ならあの暗黒エネルギーの残骸はどうなる?」
マトリフも心配そうな表情でカイアに訊ねた。
「あの残穢の状態であれば、ヒュルトにもこれ以上悪い影響はないだろう……ただ破邪の効果があるマホカトールでなら、全ての暗黒エネルギーを完全に払拭出来るだろうが、残念ながら私にはあの破邪呪文は使用出来ないのだ」
「マホカトール!?アバン殿が得意とするあの……!?」
「ホウ……アバン殿という方はマホカトールまで使えるのか……という事はアバン殿とは賢者なのか?アレは本来賢者しか扱えぬ呪文だ……」
「いや勇者だぜアバンは、まぁただアイツは特別製だからな……勇者のクセにドラゴラムも使えるしな」
「ドラゴラムを……っ!?ハハハ!そうなのか!!それはまたそのアバン殿にも一度お目に掛かりたいものだ!!」
「ああ、逢わせてやるさ!俺達のダチにはみんな逢わせてやるよ!なぁブロキーナ!!」
「ホホ♪賑やかになりそうじゃな♪」
マトリフ、カイア、ブロキーナの三人はそう言って笑顔交わし合った。
「さてと、マホカトールか……よっしゃ!!」
すると、マトリフは腕捲くりをしながらキョロキョロと辺りの地面を見渡している。
「どうしたの?マトリフ」
「探しモノかのう?」
「ああ、まぁな……お!やっぱあったぞ!お、ここにも……」
「???」
「???」
カイアとブロキーナが顔を見合わせて首を捻る中、ある程度周辺を見て廻ってから、マトリフがニタニタしながら戻って来た。
「何を探していたの?」
「コイツさ……」
そう言ってマトリフがその手の中にあるモノをみせると……
「これは?魔法石かの?」
「ああ、ヒュルトのヤツの玉座に設えてあったヤツさ……最初にここに来た時に魔法石だと気付いていたんだけどよ……」
そう言うとマトリフは再びスタスタと歩き出す。
「マトリフ……!!?」
カイアは、マトリフの向かう先を見て、慌てて声を掛ける。
「おお!大丈夫だよ♪」
マトリフは手をヒラヒラと振ってみせながら暗黒エネルギーの残穢の中で蹲っているヒュルトの方へ歩いていく。
「ワシ等も行こう」
「え、ええ!そうね!!」
ブロキーナの言葉にカイアも頷くと二人はマトリフの後を追った。
「ヒュルト……大丈夫か?」
「………っ!?」
マトリフの呼び掛けに、僅かながらヒュルトは反応する。
「安心しろ……お前の周りのそのきったねぇヤツはなんとかしてやるからよ……」
そう言ってマトリフはゆっくりとヒュルトの周りに先程集めて来た魔法石の欠片を置いていった。
やがて、そうこうしているとカイアとブロキーナもマトリフに追い付いてその場に現れた。
「マトリフ……どういう事なの?」
目の前でマトリフが魔法石の配置を完了させるとカイアが訊ねる。
「さっきマホカトールの話が出たろ?それでちょっと試してみようかと思ってな」
「マホカトールの?でも、さっきも言った通り私はマホカトールは扱えないし……あ!」
「そ、そうか!!マトリフ殿は確かに大魔道士ではあるが!!言わば一般的には賢者と同義!!!」
カイアもブロキーナも、思い至った自分達の考えに思わず声を上げた。
「いやぁ……俺は賢者じゃねぇよ……あくまで大魔道士……賢者ってのは俺の師匠みたいな存在さ……」
「でもアナタは、マホカトールを使えるのでしょう?」
カイアは優しく微笑みながら訊ねる。
「残念だが、俺の師匠やアバンのヤツのようにはいかねぇ……だが、てめぇの弟子が出来た事すら出来ねぇんじゃさすがに立つ瀬が無ぇからな……ヒヒ……」
「弟子?」
「ホホ♪なるほどのう……」
カイアが首を傾げている中で、ブロキーナは、マトリフのその言葉の真意に気付いていた。マトリフの弟子であるポップが、かつてロモス王国でのクロコダインとの戦いで、ダイの育ての親であるブラスをマホカトールで救った際の話を恐らくブロキーナ自身の弟子であるマァムから聞いていたのだろう。
「んじゃいくぜ!!ちょっと離れてろよ……フンッ……!!!」
マトリフが自身の右手に魔法力を集中させて徐々に高めていく。すると、ヒュルトの周辺に配置した魔法石の欠片が光を放ち、更にその一つの一つが光の柱となって立ち昇っていった。
「おおっ……!!?これが!!!」
「ああ、見てろよ!!!はぁぁぁーーーーーー!!!!」
そして、全ての光の柱が最大限に輝きを発すると、マトリフはそこに更なる魔法力を注いであの破邪の呪文を唱えた。
「マホカトーーール!!!!!」
その瞬間!!!光の柱とマトリフの放った魔法力が完全に合わさり激しい破邪のエネルギーを放つ。そして、ヒュルトを囲っていた暗黒エネルギーの残穢は完全にこの世から消滅した。
「こ、これはっ……!!!!」
「おおっ……!!!?」
「ふうっ……!!ま、こんなトコだろう」
そうして、三人の目の前には光の柱とその破邪の魔法陣に守られる様に佇む幼いヒュルトの姿が現れた。
「……って、あ、アレ?子供……?」
「本当じゃな……さっきまでの青年のような魔族ではないぞ?」
マトリフとブロキーナがマホカトールの光の中から現れたヒュルトの姿をみて不思議そうに首を傾げている。それもその筈で、明らかに目の前のヒュルトと思われた存在は、彼等がつい先刻まで見ていた青年の魔族ではなく、せいぜい十二〜三才くらいの子供のようで、そう丁度あのダイと同じ位の年頃な姿だったからだ。
「ヒュ……ヒュルト……?」
カイアは思わず、そんなヒュルトに歩み寄る。しかし、その足取りはゆっくりで、恐る恐る伸ばす手やその指先も震えていた。
「ヒュルト……ヒュルト……」
子供の安寧を望む母の姿で、カイアはゆっくりと歩を進める。
そして、ついさっきまでその子供のような姿のヒュルトに首を傾げていたマトリフとブロキーナも我が子に涙ながらに歩み寄るカイアの姿に目を細めながら、ただ優しく見つめていた。
そうして漸くカイアがヒュルトの側に行くと、崩れる様に跪き涙を流し始めた。
「ヒュルト……ヒュルト……ごめんね……私の力が……ううん……心がもっと強ければ……あなたをこんなにも苦しめることにはならなかった……」
「…………」
「一族の長になれば……あなたをヴェルザー一族の呪縛から解き放てると思っていた……でも、本当は……もっと……もっと前からあなたを守るべきだった……鬼眼一族の闇を払拭すべきだった……」
カイアによる懺悔だった。
カイアはかつて愛した鬼眼族の戦士ラーノとの間に五人の子供をもうけた……しかし、五人目に生まれたヒュルトだけは、その巨体とありあまる力を当時の鬼眼族の長やそれを影で操る元老院達に疎まれ一千年以上もの間、不遇の時を強いられてきた。無論、その間もカイアとラーノは何度もヒュルトの扱いの改善を長や元老院に求めたが、一切聞き入れて貰えず、最終的には言わばクーデターを起こす形でヒュルトを救い出した。
しかし、その時には既に事態はカイアの思わぬ方へ動き出していた……
あの冥竜王の息吹が知らぬ間に……しかし確実にヒュルトに迫って来ていたのだった。
これにて、ヒュルト戦完全決着となります。やはり一番考えたのはマトリフのメドローアによる決着をどうしようかといった点でした。そんな中で、ヒュルトの角を暗黒エネルギーの源泉にしようと思い付き、その角を消してしまえば暗黒エネルギーそのものをこの世から消滅させる事が出来る!と閃いた感じですね。マトリフが一発目のメドローアを外した伏線回収も出来たし、マトリフ的にもヒュルトを殺すワケにもいかなかったので、これで良かったかな♪と考えております。因みに角が折れればどうなる?と考えたきっかけはキン肉マンのバッファローマンからヒントを頂きました♪読んでおくものですねキン肉マン(笑)