─鬼眼族の終焉─
「な……っ!!?なんてコトだ……」
その言葉と同時にその場に膝をつき落胆しているのは、一千年前当時のカイアだった。
この場所には、自身の最愛の子であるヒュルトが身を隠していた筈だったが、カイアが駆け付けたこの時には既に彼の姿は無くなっていた。そして、彼女は今し方、自分達の子であるヒュルトを手に掛けようとしたラーノをその手で葬って来たばかりだった。
「そんな……この手でラーノを葬り……もうアナタしかいないのに……私には……アナタしかいないのに……ヒュルト……」
この時、カイアはラーノとの間に五人の子供をもうけていたが、最後の五番目の子であるヒュルト以外は、その殆どの行方がわからなくなっていた。しかし、それは魔界という陰惨な世界ではそれほど珍しい事ではなかった。
かねてより、群雄割拠と言われているこの世界において、それぞれの種族はいかに他の種族に滅ぼされないようにするかが第一命題であり、その為には他種族の強者や後にその可能性を秘めている幼い子供までをも攫って、自分達の配下にするというコトも平気で行われていたからだ。
無論これはほんの一例に過ぎず、喩えどんな手を使ってでも、最後に生き残っていた者が真の勝者であると信じて疑わない者達の思考がこの魔界という世界を牛耳っていたのである。
「………っ!!?」
と、ラーノとヒュルトを失い悲しみのあまり項垂れていたカイアは、ふと耳に届いた微かな声に気付いた。そしてその声は、恐れを含んだ悲鳴の様にも感じられた。
「今のは……」
顔を上げて涙を拭うと、カイアは慌てて駆け出す。
やがて、ヒュルトが隠れ住んでいたその洞窟を抜け、鬼眼の城とその城下町が見渡せる場所に出ると、カイアは信じられない光景を目にした。
「ギャアァァァーーー!!!!」
「いやぁぁぁーーーー!!!!」
「あついよぉぉーーー!!!!」
「ま、まさか……っ!!!?あれは……っ!!!!」
見ると、鬼眼の国の城下町は激しい炎に取り囲まれていた。そして、そんな中で戦いに長けた鬼眼族の兵士だけでなく、女子供などの民さえもドラゴンライダーを始めとするドラゴン系のモンスター達に襲撃されていた。
「おのれっ!!!どこの種族だ!!!
ドラゴン系のモンスターばかり……ん?雲の切れ間から何か見えるな……なんだあの城下町の上空にいるアレは……竜……?黒い……竜……か?」
カイアはそう言って城下町の上空の分厚い雲の切れ間から覗く、巨大な竜の身体の一部をみて言った。そして……
「は……っ!!?ま、まさか……っ!!!アレは……っ!!!?」
「ヒャハハハハーーーーー!!!!」
「殺せーーー皆殺しだぁぁぁ!!!!」
「ギャアァァァーーー!!!!」
「グワァァァーーー!!!!」
ヴェルザー軍のドラゴン兵達は更に勢いを増して鬼眼族の城下町を蹂躙している。
「マヒャドーーーーーー!!!!」
「なにっ!!?」
すると、そこに駆け付けたカイアのマヒャドが次々とドラゴン兵達を氷漬けにしていく。
「カ、カイア様っ!!!」
「おおっ!!カイア様だ!!!」
「カイア様ーーー!!!」
みるといつの間にか一帯には、カイアが葬った多くのドラゴン兵達の亡骸がそこかしこに見受けられた。
そして、傷だらけだった鬼眼の民達はカイアの姿をみると希望の光を得たように笑顔を浮かべて集って来た。
魔界に於いて、いわゆる古豪と呼ばれている鬼眼族は、基本的には長や元老院達に従う者達が多かった為それなりに統率が取れていたりもしたが、一部の民達の中には長や元老院よりも軍を指揮していたノーラやその連れ合いのカイアに親しみを覚える者も少なからず存在していた。
「みんな遅れてすまない……だが安心してくれドラゴン兵達は残らず始末してきた!さぁ先ずは傷を治そう……ベホマラー!!!」
カイアはベホマラーを唱えると傷付いた民達を回復していく。
「ありがとうございます!カイア様!」
「なぁに気にするな……よしっ!動ける兵士達は民達を城の北の洞窟に避難させてくれ!」
「カイア様はどうされるのですか!?」
「私は……」
そう言ってカイアは上空に目を向ける。と、そこには巨大な黒い竜と化したヒュルトの姿が見えたが、鬼眼族の兵士や民達はそれがヒュルトであるとは思っていないようだった。
「あの黒い巨竜を討つのですか?」
「悍ましいくらいに邪悪なエネルギーを感じます……まさかあれ程の竜がいるとは……」
「あ、ああ……あの巨竜は私に任せてくれ……」
「わかりました!」
「カイア様気を付けて下さいな……」
「うむ、ありがとう……お主達も無事に避難するのだぞ……」
「はい……」
そうしてカイアは上空のヒュルトに向けて視線を走らせる。すると、まるでそのヒュルトを従えるかの様な素振りの一人の魔族の姿が見えた。
「アイツは……何者だ……」
「フフフ……どうだヒュルトよ……ただその身が巨躯という理由だけでお前を千年年以上もの間、理不尽に虐げてきた者達が苦しみ喘ぐ様は……」
すると、そこに配下の女魔族が現れた。
「メドゥルザ様……申し訳ございません……兵達が全て…」
「ああ……わかっているアギス……あの女がお前の母親か……ヒュルトよ……」
「………」
しかし、その問い掛けにヒュルトは黙したままだった。
「フッ……まぁいい……この時点ではまだ母親への情があるのも仕方ない……」
「貴様メドゥルザというのか……」
「貴様っ…!!!」
そう問い掛けて、カイアがメドゥルザの背後に現れた瞬間メドゥルザの傍らに控えていた女魔族のアギスが素早く剣を抜くとカイアに斬り掛かった。
「ウッ……!!!?」
「ほう……なかなかの腕前と言いたいところだが……はぁっ……!!」
「クッ……!!この女……」
カイアはアギスの太刀を素手で難なく受け止めると、逆に手刀で斬りつけアギスの左腕に浅いキズを負わせた。
「なるほど……さすがあの大魔王バーンの血族……お前達は手刀で攻撃するのが殊のほか好きらしいな……いつか見たバーンの手刀から繰り出されるカラミティウォールもなかなかの技だった……」
「質問に答えろ……貴様がメドゥルザか?」
カイアはメドゥルザの話には乗らず、再度同じ問い掛けをする。
「ああ、その通りだ……だが、本当に訊きたいのはコイツのことだろう?」
そう言ってメドゥルザは上空のヒュルトに視線を向ける。
「馴れ馴れしくコイツなどと言うな……」
カイアはそう言って内なる怒りを闘気に込めていく。
「メドゥルザ様……ここは私が……!!」
それを見てアギスが再びカイアに対する戦意を見せる。
「いや、いい……彼女とは少し話をしたい……平和的にな……」
「何が平和的だ……あの惨状を作り出しておいて……!!!」
カイアの怒りは吹き荒れる寸前だった。
「フンッ……自業自得というモノだろう?彼の様な優秀な戦士となる素質の持ち主を理不尽に虐げて来た報いだ……お前もヒュルトの母親ならばわかるはずだろう?」
「……クッ…!!だが、鬼眼の民の全てがヒュルトに背を向けていたワケではないっ!!!僅かだが心を通わせようとしてくれた者達もいたのだ!!!それを知らずに貴様らは……っ!!!!」
「フハハハ!!!愚かな……我々がまさかここまで遊びに来たとでも思っているのか?」
「なんだと……っ!!!」
「貴様らの一族の内情など我等にはどうでもいいのだ……我々は戦争をしに来たのだぞ?愚かな同族の者達によって不遇な目にあわされてきたヒュルトを救い出す為の戦争をな……?フハハハハハハーーー!!!」
「ふざけるなっ!!!ヒュルトが……!私の息子が!!貴様らなどに与するものか……っ!!!!」
メドゥルザの主張に対してカイアは怒りを込めて言い放つ。
「フフフ……ならばそのヒュルトに訊いてみたらどうだ?」
「なにぃっ……!!!」
すると、メドゥルザは上空に視線を向けてヒュルトに声を掛ける。
「ヒュルト……お前の母親が来たぞ!話がしたいそうだ……」
「ヒュルト……!!!」
その時、上空に浮遊していたヒュルトの巨躯がゆっくりと動き出す。しかし、何故かヒュルトはその巨躯で表情を隠すように血のように紅く光る目だけを見せて来た。
「ヒュルト……どうした?私だカイアだ……母さんだ!!」
「フフフ……逞しく変貌を遂げている最中だ……少々恥じらいを感じているのかもな?フハハハ!!」
「黙れっ……!!勝手なコトを言うな……っ!!!?……待て……っ!?変貌……貴様ら本当にヒュルトに何をしたのだ!!!?」
カイアのその言葉にメドゥルザは不敵な笑みを浮かべ、更にヒュルトに告げた。
「ヒュルトよ……母上殿はこう言っているぞ……見せてやったらどうだ?お前の力を……」
「………」
「ヒュルト……!!!!メドゥルザ!!!貴様ーーーーーー!!!!」
「母……さん……」
「………っ!!!?」
怒りのままにメドゥルザに向かっていこうとしたカイアの耳に、自分を呼ぶヒュルトのくぐもった声が届く。
「ヒュルト……」
「母さん……」
「ああ!母さんだっ!ヒュルト!!帰ろう!!!私と共に……」
「帰……る……?」
「そうだ……私と……一緒に鬼眼族の元に……」
「…………っ!!!?」
ヒュルトはカイアの言葉に動揺する。しかし、必死に説得するカイアにはヒュルトのその動揺に気付いていなかった。
「お前が安心して生きていけるように鬼眼の国は変わるはずだ……これからはお前も鬼眼の民と共に……」
「ウソだ……」
「え………っ?」
「そんなのは……ウソだ……!」
「ヒュルト……ヒュルト……?」
「母さんの言ってるコトは……ウソだ……!!オレは……オレは……また!どうせまたヒドイ事をされるっ!!!」
「違うっ!!そんなコトはないっ!!鬼眼の国は変われるハズだ!!!」
「母さんは……父さんと一緒にいつもオレに……そう言い聞かせてくれた……嬉しかった……だから……がんばって生きてこれた……」
「ヒュルト……」
カイアの瞳は既に潤んでいる。
「でも……でも……父さんは……父さんは……オレを殺そうと……した……」
「………っ!!!?」
「父さんも……結局……オレを……」
「違うっそれは違うんだ!!ヒュルト……!!!!」
「……っ!!!?母さん……父さんを庇うの?……まさか……まさか……やっぱり母さんまで……」
「やっぱり……?やっぱりってどういう意味だ……!!?」
「言っていたんだ……そうですよね?メドゥルザ様……」
「なんだと……?」
カイアはその言葉に、怒りと憎しみを込めてメドゥルザを睨みつける。
「どこまで……どこまで貴様というヤツは……!!!!」
「オイオイ……人の所為にするな……お前がヒュルトの不遇をいつまでも放っておいたのは確かだろう?」
「放っておいたワケではないっ!!それに何故私が大切な我が子を亡き者にしなければならないのだ!!!私がヒュルトを救う道をどれだけ模索し、奔走していたのか貴様らにはわからないだろうっ!!!」
「だから言っただろう?それはどうでもいいお前達の内情だと……大事なのは彼をいち早く救えたのは誰か?というコトだろう?それなのに哀れにも彼は実の父親に殺されかけ、そして母親であるお前はその父親を庇うコトをする……それが本当にヒュルトを救うコトになるのか?」
「ベラベラと勝手な理屈を並べるな……っ!!もう許さんっ……メドゥルザーーーーー!!!!」
カイアの怒りはとうとう爆発しメドゥルザに闘気弾による攻撃を仕掛けた。
バシィィィーーーーー!!!!
「なっ……!!!?なに……?」
と、カイアの闘気弾がメドゥルザに炸裂する瞬間、ヒュルトがその攻撃を弾き飛ばした。
「ヒュルト……お前……何を……?」
「メドゥルザ様は……オレを救ってくれた……あの暗く狭く寒い洞窟の奥から……不自由なオレの時間から救ってくれた……恩人だ……」
「違うっそれはお前を………!!?」
「違くないっ!!!父さんがオレを殺そうとしたコトも!!!オレが長い間ずっとずっと寂しかったコトも!!!」
「ヒュルト……!!!」
ヒュルトのその言葉にカイアは涙が溢れ出す。
「母さんの方が間違ってるんだ!!!ずっとずっと母さんの言葉を信じてオレはずっとずっと待っていたのに!!信じて待っているしかなかったのにっ!!!」
「ヒュルト……!!!」
「ヒュルト……もういいだろう……お前の母さんもツラそうだ……」
「メドゥルザ様……」
すると、メドゥルザが突然ヒュルトを宥める様に言う。
「メドゥルザ……」
「だから終わりにしてやろう、お前のかつての苦しみの元を……今ここで……お前の母さんの目の前で……なぁヒュルトよ!!」
その瞬間……メドゥルザはヒュルトに黒い暗黒エネルギーを注ぎ込む。
「貴様っ……!!!?」
「お前は黙ってみていろ……闘魔傀儡掌!!!」
「グガァァァァーーーッ」
メドゥルザは一方でヒュルトに暗黒エネルギーを注ぎ込み、一方で闘魔傀儡掌でカイアの動きを止める。
「クッ…!!こ、これは……なんだ!?」
「フフフ……闘魔傀儡掌と言ってな……お前の弟バーンの部下がコイツを使っていたのをみて真似てみたのだ……強制的に相手の動きを封じるこの技はなかなかに便利だぞ……特にこういう時にはな……」
そうしてメドゥルザは暗黒エネルギーを注ぎ切るとヒュルトに命じた。
「さぁヒュルトよ……自らの手で過去の遺恨を焼き尽くせ!!!!」
「ウオアァァァァーーーーーー!!!!」
ヒュルトの内側に暗黒エネルギーが広がっていく。
「ヒュルトォォォーーー!!!!」
「グガアァァァーーーーーー!!!!」
そうしてヒュルトはその身を激しくもがくようにうねらせ今までその巨躯で隠していた顔を現した。
「さぁ!!!見せてみろヒュルト!!!お前の新たな力をーーーーー!!!!」
「やめろぉぉぉーーーヒュルトォォォーーーーーーー!!!!」
悲痛なカイアの声が響く中、メドゥルザのその命令にヒュルトはその巨大な口に黒い炎を蓄える。
そして……!!
「ガアァァァァァーーーーー!!!!」
ズドォォォーーーーーーン!!!!!
「フハハハハハハーーーーー!!!!素晴らしい!!!素晴らしいぞヒュルトーーーーーーハハハハハハ!!!!」
「ヒュルト……何という……事を……」
メドゥルザが笑いカイアが嘆く中、ヒュルトはその紅く燃える様な瞳でかつて自身を虐げ、その自由を奪い続けた祖国である鬼眼の国が黒い炎で灰塵となった様を見つめていた。
この時、ヒュルトは長年自分自身を苦しめてきた鬼眼族に対する憎しみを晴らした爽快さと同時に、かつてない強さと自由を手に入れた喜びが、その胸の内の大半に広がっていく感覚を覚えた。
しかし、ほんの僅かなその瞳の端で、カイアの嘆き悲しむその姿をも捉えていた。
そして、それはこの先、鬼眼族に対する恨みを晴らした感情や新たな暗黒の力を得た喜びよりも、遥かに深くヒュルトの心の奥底に刻まれていく事となるのだった……。
鬼眼族の最後の話になります。そして、同時にヒュルトがヴェルザーに拐かされて本格的に鬼眼族を離れるエピソードです。父や母を信頼していたからこそのヒュルトの落胆は、種族を裏切ってまでヴェルザー陣営についていくといった悲しい展開ではありますが、このようなコトがありました。こうしてカイアはとてつもない苦悩に長い間、苛まれていくワケです。
しかし、僅かではありますがカイア達を慕っていた鬼眼族は生き残って後ほどカイアと合流します。それが新しい鬼眼族となり、カイアがその長となるといった展開になります。後ほどそのエピソードもどこかで書ければと思います。
ちなみに今回はダイの大冒険本筋のキャラが1個も出てませんが、ご了解下さい