─闇との因縁─
ヒュルトの心の内には、不思議と静けさが支配していた。
地上の強者達の技と力、そしてその源泉となる強固なる絆の奇跡により、今ヒュルトは完全なる己の敗北を知った。しかし、そのヒュルト自身はもう悔しさも憎しみも……そして、寂しさも何も感じなかった。
ただ、ただ、目の前で…自分の為に涙を流し続ける母の姿が……その瞳に熱いものを感じさせた。
「母……さん……ゴメン……」
「………っ!!!?ヒュルト……!!」
か細く、そしてまだ幼さが残る声……長い間自分自身でも忘れていた自分の本当の声をヒュルトは耳にした。
「ヒュルト……ごめんね……辛かったよね……」
カイアはその手でしっかりとヒュルトを抱き締めた。今度こそ絶対に離さないという想いと心の底からの懺悔、そして何より、この瞬間の幸福を優しく暖かく自身の全てでヒュルトに伝える様に抱き締めた。
「こんなに……暖かかったんだね……母さん……」
「お前もだヒュルト………」
「うん………良かった……オレの母さんが……母さんで………ホントに良かった」
「ヒュルト……!!」
ヒュルトの瞳からもカイアの瞳からも涙が溢れ出ていた。
そして、その光景を優しい眼差しで見つめるマトリフとブロキーナの瞳からも熱い涙が流れていた。
「マトリフ殿……ここまで色々あったが……この光景を見ることが出来て本当に良かったのう……」
「ああ……ヒヒ……アイツ等のあんな幸せそうな顔を拝めて生き返ってきた甲斐があったってモンだぜ♪」
「ホホ♪確かにそうじゃな♪」
そう言って二人が笑顔を浮かべていると、カイアが声を掛けてきた。
「マトリフ!ブロキーナ殿!」
その声に二人は顔を見合わせると、柔らかく微笑を浮かべながら、カイアとヒュルトの元に向かった。
「マトリフ、ブロキーナ殿……本当に二人にはいくら礼を述べても言い足りない……本当にありがとう……」
マトリフとブロキーナがカイア達の元に行くと、彼女は深々と頭を垂れて謝辞を表した。
「ヒヒ……よせよ……俺達はチームなんだぜ」
「ウム……本当に良かったのうカイア殿……そしてヒュルト殿……やはりお主は絆の強さを忘れてはおらんかったな……」
「オ、オレ……が……?」
「お主は確かに過ちを犯した。しかし、最後の最後に残されておった大切な絆は捨てきれなかった……その証拠にお主はこうして生き残っておる」
「ブロキーナ殿……」
ヒュルトとカイアは真っ直ぐにブロキーナを見つめて、その言葉に耳を傾ける。
「ああ……そうだぜ……最後のあのマホカトールは破邪の力……つまりお前が本当に邪悪な存在に染まっていたら、あの暗黒エネルギーの残穢と共に光の中で消滅していた筈だ」
「ならマトリフは、ヒュルトが本当の邪悪な存在にはなっていなかったと見抜いていたの?」
「見抜いていたかどうかは、正直俺にもわからねぇ……ただよ……お前が一番望む事を俺も信じたってトコさ……」
「マトリフ……」
漸く収まっていた涙が再びカイアの瞳を濡らす。
「ありがとう……でもオレはあんな酷いことしたのに……どうしてそこまで……」
ヒュルトは澄んだ瞳でマトリフに謝辞を示すと同時に疑問を呈した。
「オレは女は泣かせねぇ主義なんだよ……って……子供に言ってもわかんねぇか?」
マトリフはわざとらしくおどけて言う。
「フフフ♪そうね……」
「よくわからないけど、母さんを泣かしたくなかったってコト?」
「まぁな……それと、お前のこれからが楽しみなんだよ」
「オレのこれから?」
「ああ……」
「ホホ♪お主は見たところまだ若い……いくらでもやり直せる……これからじゃ♪」
「ああ……ま、とりあえず今はゆっくり休め……カイアの傍でな」
マトリフは目を細めてヒュルトにそう告げると、そんなマトリフを柔らかい視線で見つめるカイアと目があった。そして、その視線の意味もマトリフは理解しながら小さく頷いた。
「さてと……それじゃあ俺達のホントの目的を果たさねえとなんだけど……」
「そうじゃったな……」
そう言うと、マトリフとブロキーナはヒュルトに訊ねる。
「この洞窟の入口付近でデスペアドアって扉のバケモノを倒した後に俺達と話したコト覚えてるか?あの時にお前も知ってるようだったが“解呪の実”は今もあるのか?」
マトリフは今日この満月の夜に、この解呪の洞窟に来た目的を改めてここで話し出した。
「うん、覚えてる……前のオレの記憶はちゃんとあるから……」
そう言うとヒュルトは少し俯き加減で応じた。
「そうか……色々と思い出させてすまねぇが……そいつがある場所……教えてくれねぇか?俺達の大事なダチが……戻れるかどうか……その解呪の実にかかってんだ……」
マトリフは、ヒュルトの辛い記憶に配慮しながらも親友ロカを魔界から救出する為に丁重に申し出た。
「うん、わかった…あなた方には母同様、何度お礼を述べても足りないくらいのコトをして貰ったし……少しでも恩返しさせて欲しい」
「ヒュルト……」
ヒュルトのその言葉にカイアは優しい眼差しで微笑む。
「なんだカイア……しっかりとした出来たボウズじゃねぇか……」
「マトリフ……」
そう言ってマトリフがヒュルトの肩に手を回して明るく告げた。
「よっしゃ!ヒュルト道案内頼むぜ!!」
「うん!」
そう言ってお互いに連れ添って歩く後姿を見つめながら、カイアは心から幸せを感じていた。
そして、その二人の背中にいつかのラーノの背を見た。
愛しい人と愛しい我が子……今のカイアにはその目の前の光景が心の底から愛おしく感じられた。
「ここに地下への仕掛けがあるんだ」
ヒュルトはマトリフ達を伴って案内すると岩壁の目立たない場所に設えてあった仕掛けを動かした。
「殆ど岩壁にカモフラージュしてやがるな……これじゃおめぇ以外は気付かねぇや……」
「ココだけは部下にも入れされてなかったからね……ま、最も母さんは当然知ってはいたけどね」
「ええ、私も一時この洞窟を管理していたから」
「そういやそうだったな?」
そうして、ヒュルトを先頭にマトリフ達が続いて地下へと下って行った。
「でもよぉホントに驚いたぜ……お前がこんな子供だったとは……カイアも言っといてくれれば良かったのによぉ〜」
「ごめんなさい……つい言いそびれてて……」
「ホホ♪ヒュルト君を助けるコトで頭がいっぱいという感じじゃったからのう」
「え……そうなの母さん?」
ヒュルトは何故か少し照れくさい顔でカイアに訊ねた。
「ま、まぁ……それは大事な我が子だから……」
「ああ……コワイくらいにな♪」
「そっ!そんなに私、怖かった?」
マトリフが軽口を叩くとカイアは動揺する。
「ハハハッ!ジョーダンだよ!」
「もうっ……!ふふ♪」
そう言ってからかうマトリフにカイアは頬ふくらましながらも笑顔を見せる。すると、そんな二人をみてヒュルトが訊ねる。
「マトリフさんは母さんが好きなの?」
「へ……?」
「コ、コラ……!ヒュルト……っ!!!」
赤面しながら慌ててカイアはヒュルトを嗜める。
「ああ、好きだぜ♪お前と同じくらいな♪」
「オレのコトも好きなのか?」
「ハハハ!意味は違うがおめぇも好きだぜ!おめぇは母ちゃんのコト好きか?」
「ああ、母さんは怒るとコワイけど普段は優しいからな!」
「ちょっと……ヒュルト!またコワイとかって……!!」
「ホホ♪こりゃ賑やかでいいわい♪」
「ブロキーナ殿……」
「母さん、二人共良い人達だね、オレ安心したよ」
「ヒュルト……?」
そう言うとヒュルトはピタリと歩みを止めて俯きが語る。
「鬼眼族にいた頃は、ただ身体がデカくて、力が強いというだけでたくさん白い目で見られた……」
「…………」
カイアもマトリフもブロキーナも静かにヒュルトの言葉に耳を傾ける。
「でも、そんな中でも優しくしてくれる人は何人かいて……母さんや父さんとも親しかった人達だった……」
ヒュルトは幼い頃に感じていたツライ記憶と僅かではあったが、自分を助けてくれていた人達との触れ合いを忘れてはいなかった。
「でも……それでも本当につらい時は何度もあって……そんな時に……メドゥルザに声を掛けられたんだ……」
そう、それは当時の鬼眼族の長と元老院が、何者かにより殺害されたという一報が鬼眼の国に知れ渡る直前の話し。
そしてそれは、暗躍する闇の一族との一千年の永きに渡る因縁の始まりだった……
今回は、マトリフとカイア親子のこれからを少し示唆する様な話を中心にしました。マトリフがヒュルトにこれからはカイアの傍にいてやれと言った内容の言葉を告げた後にカイアと視線を交わすシーンやヒュルトがマトリフにカイアのコトを好きなのか?と、ストレートに訊くシーンなどは、新しい家族となる為の布石のつもりで書いています。今後の展開でどうなるかは、まだもう少し先の話になりますが、戦い以外でこちらも楽しめればと思います。