─アリアの夢─
クルテマッカⅦ世は青空を仰ぎ今はまだ空に消えたままの、小さく……そして世界にとってなによりも大きな存在となったあの勇者を思い、未だ目を細めていた。
やがてどれくらいそうしていただろうか、彼は空の青を名残惜しそうにしながらもゆっくりと窓から離れていく。
「家族か……」
改めてこの執務室の自分の机にある家族のポートレートを見つめる。
再び、ほんの一年前を振り返りながら………
「父上、本当によろしかったのでしょうか?」
眉間にしわを寄せてオルヴァは父クルテマッカに問うた。
「確かに私達はとんでもないモノをパプニカで目にしました。しかし王は!パプニカ王ご自身は本当にあのことを……いや!アレで我がベンガーナに侵攻するなどとはやはり……!?」
「お主がそう口走ったのたぞオルヴァよ……」
父クルテマッカのその言葉にオルヴァは狼狽えた。
「……っ!!?あ、あの時は……あのキラーマシンのあの威圧感というか恐ろしさというかそれにあの二人の会話を耳にしてしまい……つ、つい……ですが!父上……っ!!?」
「お前もいずれは私の跡を次ぎベンガーナの王となる者……つい、などとそんな軽はずみな言葉は赦されんぞ……」
「はっ!はい……も、申し訳ございません……でした」
オルヴァは父クルテマッカの厳しい言葉に己の浅はかさを突き付けられた。しかし、この会話が始まる前からずっとこの帰国の船上で遠くの海を眺めその瞳に憂いを浮かべる父のその言葉にはいつもの覇気はなくそこはかとない悲しみさえ浮かんでいる様だった。
「パプニカには信頼出来る兵士も何人か置いてきたパプニカを探る動きを申し付けてな、だから直に何かわかるだろう……」
「は、はい……」
クルテマッカは急な帰国の様にみせてその帰国直前に同行していた自国の兵士を少数パプニカの調査に充てていた。無論、兵士とは知られない様に重々念を押して城下町での情報収集や一部パプニカ城の関係者などにも巧みに接触を図り少しでもあのキラーマシンやパプニカ王の思惑を掴む手段を講じたのだ。
「スパイ……というワケですか?」
「ああそうだ……戦になればより多くより的確な情報を掴んだ方がその勝利に近付くというモノ……基本中の基本だ……」
「しかし!まだ戦になると決まったワケじゃ……!?」
「馬鹿者、戦は始まる前からその勝敗が決まっておる前に何度も教えた筈だ……」
「そ、それは……確かに教わりましたが……」
オルヴァは項垂れる様に頷く。
「案ずるな……兵士達には旅の行商人にでも変装して上手くやれと言い聞かせた金も充分持たせた。吉報を待とう……オルヴァ……」
クルテマッカは項垂れる息子に優しく告げると去り際に彼の肩にポンッと手を置いて船内の自室に戻って行った。そしてオルヴァは父のその後ろ姿を見つめながらその背にある重みを感じずにはいられなかった。
「何よりも、父上が心を痛めておられる……」
あのパプニカ王と満面の笑みを交わし合ったのはつい昨日のこと……オルヴァはあの時の父の顔がきっと本当のクルテマッカⅦ世の顔だったのだと強く信じていた。
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その頃、ベンガーナ王国ではアリアがクルテマッカとオルヴァの帰りを今か今かと首を長くして待っていた。
「ねぇお母様♪パプニカのお土産ってなにかしらね?」
「そうね……パプニカは金属や布製品がとても高値で取引される程の裕福な国だからきっと素敵なお土産を選んでくれているわよ♪」
「フフ♪楽しみだわ♪」
「ええ……♪」
娘の満面の笑顔に王妃ミネルヴァはその娘の艶やかな髪を撫でながら同じ様に満面の笑みで返す。こうして健やかな娘をみていると昨年までの不憫な娘の姿が噓であったかのように思えた。
「お母様ホラ見て見て♪毎日綺麗に磨いているからこの指輪も頂いた頃と同じ様にピッカピカなの!」
そう言ってアリアは自慢気にその華奢な指に輝く祈虹の指輪を母に見せた。
「まぁ!本当ね!偉いわアリア♪この前の生誕会でもフローラ様に喜んで頂けたものね……」
「うんっ!いつかアバン様にもお見せしたいわ♪」
アリアは先日ようやく参加出来たカール王国で開かれたフローラ王女の生誕会での彼女との触れ合いを思い出しながら母と笑顔を交わした。
すると、アリアはふと母の傍らに控える侍女のマギサに気付くと彼女に笑顔を向ける。
「そうそう!マギサさん!この前頂いたお人形とてもかわいいわ!ありがとう!」
アリアはそう言ってマギサに礼を述べる。
「いえ……気に入って貰えて私も嬉しいですアリア様。私の小さな頃に遊んでいたお人形でしたので少し差し出がましいかと思ったのですが……」
そう言ってマギサは微笑みながらも申し訳なさそうな顔で言う。
「ううん!そんなことないわ!この祈虹の指輪とあのお人形が今の私のお気に入りだもの!」
「そんなに喜んで頂けるとは……本当に良かったです♪アリア様……」
マギサはアリアにそう言って頭を下げると傍らのミネルヴァとも優しい笑顔を交わした。
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数日後。クルテマッカとオルヴァがパプニカの旅路から帰国した。
予定よりも遥かに早い帰国にミネルヴァとアリアは戸惑いもあったがベンガーナ城でクルテマッカとオルヴァをしっかり出迎えた。
「お帰りなさいませ陛下」
「あ、ああ……今帰った……」
国王の帰還にミネルヴァ王妃は甲斐甲斐しくそう告げる。しかし彼女は心なしか夫クルテマッカの表情が冴えないことに気付いた。
「どうなされました?お顔の色があまりよろしくない様ですが……」
「ん……あ、ああ……少し疲れただけだ……」
「そうですか……とにかく今日はゆっくりとお休み下さい」
「そ……そうだな……」
「お父様ぁぁぁーーーーーーっ!!!」
「おおっ!!?」
「アリア!!」
突然クルテマッカの背後からアリアが抱き着いて来た。
「お、おお……アリアか……」
「お父様!お帰りなさいませ!パプニカ王国は如何でしたか?」
アリアは無邪気な笑顔をクルテマッカに向けてパプニカの印象を訊ねる。
すると……
「アリア!お父様はお帰りになったばかりなのよ?お疲れなのだからお話しは後になさい!」
ミネルヴァはクルテマッカの様子を気遣う気持ちもありアリアにやや厳しい口調で言いつける。
「でもお母様……」
アリアは珍しく母に叱られ項垂れるがすぐさまクルテマッカの方に振り返る。
「ねぇ!お父様!お約束……」
しかしクルテマッカはアリアの呼び掛けに全く反応することなく既にアリアから離れて長い廊下をゆっくりと歩いていた。
「アリア……」
そこに兄のオルヴァが優しくアリアの肩に手を置くと……
「すまないな、お父様は少しお疲れなんだ……お土産なら今、船から降ろしているところだから時期に部屋に運ばせるよ……」
オルヴァはそう優しく妹に語り掛ける。
「お兄様、お父様は……お父様は……」
「アリア……?」
アリアの肩が小刻みに揺れている。
「アリア!どうしたの?アリア!」
母のミネルヴァもアリアの様子に彼女の顔を見つめる。
「また……戻ってしまう……」
「えっ?」
「ううん!違う……!お父様は……ねぇ!
お父様は!!お兄様っ!!お父様はどうなされたのっ!!私の大好きなお父様はっ!?どうなされたのお兄様っ!!?」
「アリア!?落ち着くんだ!!!」
「アリア!!?」
突如取り乱して大声を上げるアリアにオルヴァもミネルヴァも困惑する。
「お父様が……遠くへ行ってしまう……」
そう力無く呟くとアリアはゆっくりと項垂れた姿勢で自室に向かおうとする。
「ミネルヴァ様、オルヴァ様ここは私が……」
「あ、ああ……」
侍女のマギサがミネルヴァとオルヴァにそう告げると彼女はアリアの後を追う。
「マギサ、お願いね……」
「はいミネルヴァ様……」
ミネルヴァはマギサにそれだけ伝えるとアリアの姿を心配そうにみつめながら静かに見送る。
やがて彼女はクルテマッカの後を追うために歩き出した。
「母上っ!!」
「父上のことは任せてオルヴァ……」
オルヴァの声に振り向いたミネルヴァのその瞳には深い優しさとそれと同じくらいの強い意思が籠もっていた。
「はい……」
そうしてオルヴァは去っていく母の背中に深々と頭を下げた。
コンコン……
ミネルヴァは夫が執務室に入るのを見てスグにその扉を叩いた。その際に側近や侍女たちには遠慮して貰いミネルヴァ一人だけでクルテマッカの様子を窺いに来た。
しかし執務室にいる筈のクルテマッカからノックの返答がない。いつもなら必ずなにかしらの返事がありその声でミネルヴァは夫の心中を図っていたくらいなのだ。それなのに今この時ばかりはその声も聴こえずミネルヴァは胸がざわつく思いだった。
やがてやや逡巡した後にミネルヴァはそっと執務室の扉を開いた。
「失礼します……陛下……」
ミネルヴァが控えめな声で部屋の中のクルテマッカを窺うと窓から遠くの空を力無く見つめる彼の姿があった。
「陛……」
ミネルヴァはその背中にいつものように呼び掛けようとしたが敢えていったん口を閉ざし……
「クルテマッカ様……」
と、出逢った頃のその呼び名で彼の名を呼んだ。
「……久し振りにそう呼ばれたな……」
クルテマッカは振り返ることもせずにミネルヴァに小さく言う。
「覚えていてくれましたか……」
「………フ……忘れるものか……」
ミネルヴァはそっとクルテマッカの隣に立ちその手を握る。
「こうして夫婦でゆっくりと時間を過ごすのは久し振りですね……」
ミネルヴァがそう言うとクルテマッカはやはり力無く言う。
「……怖い……のだ……」
「怖い……?」
ミネルヴァはその言葉と同時にクルテマッカの手が震えているコトに気付く。
「話して下さいクルテマッカ様……私は貴方に救われて貴方の元にこうしております……今度は私が貴方をお救いする番です……」
するとクルテマッカの肩が小刻みに震え彼の小さな嗚咽が聴こえてきた。
「怖い……のだ……怖い……のだ……」
「クルテマッカ様……」
ミネルヴァはゆっくりと彼の広い背中を擦る。
「守れないかも知れぬ……そんな不安が……恐怖が……ワシを……このワシを……」
「大丈夫……大丈夫……貴方は強いわ……」
「ミネルヴァ……」
一つ、二つ……と、クルテマッカの目から大粒の涙が零れ落ちる……それはクルテマッカが感じる恐怖からの涙だった。そしてその恐怖はあのパプニカの夜に見た冷徹な無機質の機械人形に由来するモノであるコトは明白だった。
「受け止めますクルテマッカ様……あなたのその思い、私も……だから訊かせて下さい……」
ミネルヴァは優しい声でゆっくりとクルテマッカを落ち着かせながらやがて時間を掛けて彼の口からパプニカの夜の出来事を訊いた。
その日の夜………
アリアは昼間の父クルテマッカの様子を気に掛けながらもこの日はろくに彼と口を訊くこともなくパプニカの土産も封を開けずにベッドに入った。
(「あれ…?この夢は……」)
アリアはこの夜およそ一年振りにあの不思議な夢を見た。あの時はまだ体調も良くなかった時だったがある意味あの不思議な夢の中の小さな勇者に生きる力を貰っていた。
(「小さな勇者様の夢を……私また……」)
アリアはそれが夢だと理解しつつもその夢の中の小さな勇者をみつめているなんとも不可思議な気持ちであった。
(「アレは?あの恐ろしい機械人形は……」)
アリアの脳裏には前回と同じ様に何処かの島が浮かぶ。と、そこに小さな勇者が剣や弓矢を携えた恐ろしい巨大な機械人形と対峙している姿が浮かんで見えるようだった。
(「あら?勇者様のあの額のしるしは……」)
更にアリアの意識に強く印象付けられたのはその勇者の額に浮かぶ竜の形をした紋章だった。
(「バギクロス!!!」)
(「ス!スゴイわ……!!勇者様っ!!」)
その勇者が真空呪文の最上位バギクロスを放つと巨大な機械人形は堪らず海の中に勢いよく倒れ込む。
しかし夢はそこから少しずつ薄れて行き、やがてアリアの意識も深いまどろみの中に落ちていった………。
若い頃から強いベンガーナ王国を作るという意気込みの元に人にも自身にも厳しいクルテマッカではありましたが、キラーマシンのあまりの悍ましさにさすがの彼も打ちのめされてしまいました。また兵器や武器に精通しているクルテマッカだからこそキラーマシンの恐ろしさも必要以上にわかるのかも知れません。
そして、気になるのがアリアの夢です。次回に少し詳しく説明されますが前回の夢とはまた異なる内容の夢でした。彼女の力も元は母と同じ祈祷師一族に関わりがあるモノですが、それが何を意味するのかは今後の展開次第となります。
そろそろベンガーナ王国及びクルテマッカ一家を助ける救世主も登場しそうです。