─因縁─
「お前と我が祖父との間に一体何が…っ!?」
かつては魔王ハドラーの手からこの地上の平和を取り戻し、更に先の大戦に於いてもその類稀な叡智と勇姿であの魔界の神と呼ばれた大魔王バーンに仲間と共に立ち向かったアバンではあったが、今の彼は珍しくその胸の内に動揺を感じざるを得なかった。
凶神という初めて耳にするその恐るべき存在……そして、その存在と自らの祖父であるジニュアールⅠ世との只ならぬ因縁……
アバンは祖父のあの言葉を今その胸の内で思い出していた。
幼いアバンが一度だけ、あの温厚で優しい祖父にこっぴどく叱られたあの時の言葉を……
「この扉に近付いてはならんと言った筈だぞ!!アバン……っ!!!!」
「お、おじいさま…っ!!ご、ごめんなさいっ!!!」
古くからカール王国に住まうジニュアール家の大きな屋敷の中……
5歳になったばかりの幼いアバンは祖父のジニュアールⅠ世から決して近付いてはいけないと言われていたその屋敷の地下室の前で祖父に叱責されていた。
「アバンよ……お前はワシに似て好奇心が旺盛なところがある……しかしな……だからこそ触れなくとも良いモノに触れてしまう危険もあるのだ……」
「おじいさま……」
「お前はワシにとっての宝じゃアバン……息子夫婦を失い妻にも先立たれたワシにとって……絶対に失いたくない大切な家族なのじゃ……」
「ごめんなさい!ごめんなさいっ!!もう二度とここには来ませんっ!!おじいさまぁぁーーーわぁぁぁーーん!!!!」
「わかってくれれば良い……アバンよ…お前を失うワケには行かないんじゃ……」
アバンは泣きじゃくりながら祖父の暖かい胸の中で必死に謝った。そして、この時の祖父の厳しい言葉も優しい言葉も彼の胸に深く刻まれこの地下室には祖父が空に旅立った後にも一度として彼は近付くことは無かったのだ……
「ククク……お前は自分の屋敷の地下室に入ったことはあるのか?」
「……っ!!!?な……っ!!?なんだと……っ!!?」
と、その時、アバンは目の前のアリアの姿をしたマナルガから自分の過去を見透かすような衝撃の言葉を突きつけられた。
「ほう?その様子だと……お前の祖父からは何も聞かされていない様だな……」
マナルガはアリアの中で不敵に嗤う。
「昔……幼い頃に祖父にこっぴどく叱られたことがある……あの地下室には近付くなと……」
「フハハハ!!成る程なあの男らしい……自らの業を一人抱えてあの世に持って逝きおったか……ククク」
「業……だと?」
「ああ……だが亡き祖父に感謝すると良いアバン……だったかな?幼い頃あの地下室に入っていれば確実にお前は今こうして妾と対峙してはいない……」
「それは私がこの世にいなかったという事か……っ!!?」
アバンは鋭い視線をアリアの中のマナルガに向ける。
「半分正解だ……だが今のお前を知っていたらと思うと我らにとっては本当に惜しいことをしたのかも知れんな…」
「どういう意味だ……」
「今まで我々はお前の存在を知らなかった……無論それはお前の祖父ジニュアールⅠ世がお前の存在を懸命に我等に悟らせなかったからだ……お前をあの地下室に近付けないようにしてな?」
「私の存在……?」
アバンはまだマナルガの真意を読めない。
「しかし今のお前ではもう遅いのだよアバン……」
「今の私では……遅い?」
その言葉にアバンは今の状況を重ね合わせ……そしてその脳裏にある事を思い出した。
「まさか……!!?お前達は………子供をっ!!?ならば!!?あのポルトスの一件もお前達と関わりがあるのかっ!!?」
「ポルトス?ククク……我等と同じ様なことを考えている陣営があることは承知の上よ……そちらは察するに冥竜王の差し金かな?ククク……」
アバンはこの時に戦慄した。地上の幼い命が魔界の得体の知れない邪悪な輩の手によって遥か昔から危機的な状況にあったのだ。しかもその悪しき手は一つではないことも今マナルガの口から示唆された。
だが、本当に恐ろしいのはその幼い命を狙うその理由が解らないことだ……
「一つ訊かせて貰いたい……」
「なんだ?」
「お前達はなんの為に幼い子供を狙うのだっ!!?今の私では遅いとはそういうことだろうっ!!?当時の幼い私や……お前が今その身を奪っているアリア様もっ!!!」
アバンは自分自身の状況や今の目の前のアリアの状況を分析した上でマナルガに問い質した。
「この短い時間でよく分析したな……と、褒めてやりたいところだが、あのジニュアールⅠ世の孫なら驚く程のことでもないな……だがお前の祖父も同じ事を我等に訊いてきたぞ?お前がこの世に生まれる遥か昔にな……」
「私の生まれる前から……っ!!?」
「そうだ……ついでに言えばそこのクルテマッカⅦ世が生まれたばかりの頃だな?ククク……」
「な……っ!!?ワシの生まれた頃だとっ!!?」
アバンの後方でアリアの身を案じていたクルテマッカは自分の名を出されて思わず驚きの声を上げた。
「それだけ貴様らの想像を遥かに超えた計画を我々は遂行していたという事だ……だが……忌々しいお前の祖父ジニュアールⅠ世の計略により我等は永き眠りにつかされたのだ……それとあの祈祷師の一族にもな……」
アリアを通してマナルガはクルテマッカを睨み付ける。
「お前達の企みを祖父は知っていたのだな?」
アバンは強い視線をマナルガに向ける。
「それがヤツのジニュアールⅠ世の業よ……ククク……さて、もういい加減いいだろう?お前の祖父とは浅からぬ因縁があることは解っただろう?」
「祖父のっ!祖父の業とはなんだっ!!お前達の企みとはっ!!子供たちの命を狙うのは何故だっ!!?」
「アバンよ……忘れたのか?その幼い命の一つはこうして我が手にあるのだぞ?」
するとマナルガはその身を宿しているアリアの身体に邪悪な力を込めていく。
「アァァァーーーーーー!!!」
マナルガの宿主であるアリアは更なる苦しみのあまり声を上げる。
「アリア……っ!?アリアーー!!?」
「いけません陛下っ!!」
アバンはアリアを思う余り駆け出そうとするクルテマッカを制した。
「ククク……そんなに知りたいか?アバン……我等がなんの為に子供の命を狙うのか?」
「そうだ!教えて貰おうっ!!!」
するとアバンのその言葉にマナルガを宿したアリアがアバンに向けて掌を翳した。
「幼い命であれば何でも良いワケではない……我等に選ばれし者でなければ優秀な道具としては採用出来んのだ……このようになっ!!!」
ヒィィィィーーーーーーーーーン
アリアが翳すその掌には黒い禍々しい力が集中していく。
「それは……っ!?まさか……っ!!?」
「地上では先ずお目に掛かれない呪文だろうが……ホウ?知っておったかアバンよ?」
アバンはその禍々しい魔法力から過去に文献で知ったとある呪文のことを思い浮かべる。
「確かにこの目で見るのは初めてだが……祖父の残した蔵書の中からその呪文のことは知識として得ていた……間違いがなければそれは闇呪文……!!」
「闇呪文……っ!!!?」
クルテマッカが驚愕の表情で叫ぶ。
「そのとおりだ……闇呪文その名もドルマ!!」
「ドルマ……っ!!?」
「ククク……まぁこの一発でくたばるお前ではないだろうが……存分に味見をさせてやろう……くらえっ!!ドルマーーーー!!!」
その瞬間!マナルガが宿ったアリアの手から闇色の黒いエネルギーの塊がアバンに向けて放たれた。
「くっ……!!?」
ヒュンッ!!
と、その闇色のエネルギーに向かってアバンは懐からゴールドフェザーを飛ばす。
「なに……っ!!?それはさっきの金色の羽……っ!!?」
バチバチバチバチーーー!!!
アリアとアバンが向き合う中間地点でドルマとゴールドフェザーが相殺し合って消滅した。
「ゴールドフェザーが消滅した!!?」
「ホウ……これはなかなか興味深いモノを持っているな……」
しかし、アリアの中のマナルガからは先程の驚きの言葉にも関わらず今はその声の様子から少しも動揺が感じられない。それどころかアバンのゴールドフェザーに興味を示して来た。
「破邪の力を込めたアイテムだ……」
「それもジニュアール家の秘宝かな?」
「いや製法は確かに我がジニュアール家のモノを引用しているがコレ自体は私の手作りだ…」
「クククそうか……闇呪文のドルマをも打ち消すとはなかなかだ……しかしまさかこのドルマが限界だとは思ってないだろうな?アバンよ……」
「なんだとっ!!?あの闇呪文にまだ上があるのか……っ!!?」
「ああ無論よ……だが、この娘の身が持てば……の話だが?」
見るとアリアの身体には少しずつ黒い闇色の筋が広がり始めている。
「このアリアという娘に目をつけたのはこの娘の中に眠る未来予知の力の為だ……」
「未来予知だと?」
アバンはそれを問う様にクルテマッカの方を一瞥する。
「た、確かに……娘から会ったこともないダイ君のこれまでの冒険の話を夢で見たと訊いてはいたが……」
「お前達はどう考えてるのかは知らんが未来予知というのは時の魔力の一種……そう生半可な魔力量で発動するシロモノではない……そしてその力は幼い無垢な頃に抽出してはじめて意味を成すのだ……」
「アリアが再三に渡って原因不明の高熱に晒されたのもまさか……その……未来予知の所為なのですかっ!!?」
いつの間にクルテマッカの傍まで来ていたミネルヴァが母の顔で問う。
「それはその娘が我等の誘いに抵抗するからさ……大人しくその身を捧げれば苦しまずに済んだモノをククク……」
アバンはマナルガのその言葉に激しい怒りを顕わにした。
「許せんっ!!喩えどんな理由があろうとも……幼い命を……アリア様をまるで道具のようにしか思わないお前達を……私は絶対に許さんっ!!」
「フハハハ!!地上の人間などその殆どが道具にもならぬガラクタよっ!!しかしそれでも使いようによっては我等の役には立つ……いや、立たせてやっているのだ!!このようになっ!!!」
すると、アリアの身体に更に禍々しい黒い筋が張り巡らされる。
「アァァァァーーーーーーッ!!!!」
「アリアァァァーーー!!」
アリアの苦悶の叫び声とクルテマッカ、ミネルヴァの悲痛な叫び声が地下牢全体に響き渡った。
「フハハハハハーーーーーー!!くらえーーーーーーっ!!!ドルクマーーー!!!」
「これはいけないっ!!!ゴールドフェザー!!!」
アバンはすかさずゴールドフェザーを構える。
「バカめっ!!ドルマでも消滅したそんな羽ごときにその上位呪文のドルクマを抑え込めるモノかっ!!?」
「どうかな?」
と、再びアリアの手から放たれた闇色の呪文は先刻のドルマよりも遥かに強力なエネルギーを帯びていたが、アバンは不敵な笑みを見せる。
「なに……っ!!?」
ヒュンッ!!!
「このゴールドフェザーは輝石によりその込められた呪文の魔法力を増幅する!!」
そのアバンの言葉と共に放たれたゴールドフェザーからは先刻のフェザーとは違うエネルギーが込められていた。
ズバババババーーーーーー!!!!
「ウォォォーーーーッ!!!!」
バァァァーーーーーーーン!!!!
「それは……っ!!?」
「マホステとマジックバリアという防御呪文をこのフェザーに込めてその力を増幅した特別製だ!!さぁ!これで……っ!?」
「ククク……やはりお前は面白いなアバンよ……幼いお前を取り込めなかった事が本当に悔やまれるわ……ククク」
「……っ!!?」
(「なんだ?ヤツのあの余裕は……二度も闇呪文を破られて尚、あの落ち着き振り……なにかある……ヤツの秘密がまだ……」)
アバンは余裕を見せるマナルガのその姿勢に得体の知れない不気味さを感じた。しかし、そんな中でも彼は必死にこの恐るべき相手の秘密を解き明かそうとしていた。
「ホーホホホ!!」
一方、こちらではウィングデビルが高らかに勝利宣言でもするかのような笑い声を上げて目の前のオルヴァを嘲るように見下ろしている。
「はぁっ…!はぁっ…!くっ……っ!!おのれ…っ!!!」
オルヴァはウィングデビルの上空から襲い来る攻撃に対応出来ず、その全身には鋭い爪の傷跡が刻まれていた。
「思っていたよりもなかなかしぶとい小僧だが……その出血ではそろそろ時間の問題だろう?ホホホホ!」
「はぁっ…!はぁっ…!ふ、ふざけるな……!!」
息も絶え絶えなオルヴァはそれでも去勢を張りながら上空のウィングデビルを睨み付ける。
(「クソッ……っ!!トゥルースヴァロースラッシュがまともに命中すればこんなヤツ……っ!!」)
オルヴァはつい先刻、自らの剣より放った闘気による真空斬をウィングデビルに命中させることが出来なかったことを心底悔やんだ。
と、そんな中……オルヴァとウィングデビルの戦いを遠目で見ていたある人物が意を決してその戦いの場に駆け出した。
「オルヴァ様ぁぁーーーーーー!!!」
「……っ!!?メティス先生っ!!」
「なんだ女ぁぁぁ!!!貴様などに用はないわーーーっ!!死ねぇぇぇ!!
カァァァーーーーーー!!!」
と、ウィングデビルはオルヴァに駆け寄って来たメティス目掛けて凍える吹雪を吐き出した。
「フバーハーーーーーー!!!」
「な、なにぃぃぃっ!!!?」
ところがなんとメティスは高度な防御呪文であるフバーハを唱えて凍える吹雪のダメージを防いだ。
「メティス先生……!?す、すごいっ!!はっ!?そうだ今ならっ!!」
オルヴァはメティスの高度な呪文に感心していると彼女に向けて凍える吹雪を吐き出しているウィングデビルの隙に気付き再び納刀すると先刻の様に抜刀の構えを取る。
(「メティス先生が作ってくれた千載一遇のチャンスだ……っ!!これを命中させなければ男じゃないっ!!!」)
その瞬間!!オルヴァは勢い良く鞘から剣を抜いた。
「くらえっ!!
トゥルース
ヴァロースラーーーシュ!!!!」
「……っ!!?な!!?なにぃぃぃぃぃーーーっ!!!」
メティスの思い掛けないフォローによって作り出されたこの機会を、絶対に無駄にしないという命懸けの思いでオルヴァは渾身の必殺剣をウィングデビルに放ったのだった!
凶神とアバンの祖父ジニュアールⅠ世との間には、アバンでさえ知らなかった深い深い因縁がありました。
そもそもアバンは勇者という存在でありながら、およそ勇者が使わないマホカトールや過去にはダイのスペシャルハードコースでドラゴラムなど使っていましたが、その魔法の才覚にも遺伝子レベルでの影響があると考えました。だとすると、祖父もなんらかの力を持っていたのではないか?そして更にその力によって過去には凶神の封印に一役も二役もかったのではないかと…そんな考察巡らせております。