アストロツイン   作:山田甲八

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十 紅葉狩り

 翌々日の水曜日の午後、百合花に呼び出された龍一は明大前の駅の改札を出て、商店街の少し奥にあるファミリーレストランへと向かった。

 百合花と外で会うときは大抵、学校のある下高井戸か家の近くの下北沢だが、周囲の目を気にするような場合には京王線と井の頭線がクロスする明大前で会ったりすることもある。

 目指すファミリーレストランに入り、客席を見回すと龍一に気が付いた百合花が手を振り、龍一も手を振ってそれに応えた。

「お待たせ~」

 そう言って龍一が百合花の対面に座ると百合花はテーブルに広げていた本をそのまま上にあげて「じゃじゃん」と言った。本は「赤本」で表紙には「Y医科大学」と書いてある。

「買っちゃった~」と百合花。

「どっ、どうしたの、それ。受けるの?」と龍一。

「うん。りゅうちゃんにLINEもらって、私もここ受けることにした。まあ、りゅうちゃんには申し訳ないけど、滑り止めとしてね」

「滑り止めって、ゆっぴいは内部推薦で上の大学に行くんじゃないの?」

「まあ、色々な事情があってのことだよ」

「色々な事情?」

「そう。色々な事情。結構複雑だよ。まず、内部推薦は無理そうなので、私はN大、一般入試で受けることになる」

「ああ、そうなんだ。推薦の基準に達しないとか?」

「まあ、そうだね。バスケばっかりやってたし。それに元々うちの学校は附属の中ではレベルが低い方で、相当成績良くないと医学部は無理なんだよね。ここ何年かは、医学部は出ていないって聞いてる」

「へ~、そういうもんなんだ」

「歯学部なら大丈夫だって言われてはいるけど、パパもママも、私もそうだけど、それはパス。それに、パパは相変わらずK大を受けろってうるさいからK大第一志望にするので必然的に内部推薦は辞退することになるの。かっこいいでしょ?基準に達してないくせにK大受けるんで内部推薦は辞退しますって」

「でも本命ではあるのかな?N大が」

「それはそのとおり。結局、K大が第一志望でもこれは絶対に受からないだろうから。志望校の判定がアスタリスクから抜け出したことはないし。N大が本命校、それでY医大が滑り止めってことになるね。Y医大はこれまで眼中になかったから模擬試験でも書いてないけど、きっと十分合格圏に入ると思う。案外、りゅうちゃんとは大学で一緒になれるかもね」

 百合花はニッコリ笑ってそう言った。

「でもY医大は四国だよ?パパはもちろん、ママも受験自体許さないんじゃないの?」

「そうでもないんだなあ。昨日、この話、ママにはしたんだけど、『横浜の大学?』とか言ってて、私はそれに肯定も否定もしなかったんだけど、それ以上の突っ込みはなかった。東京試験会場はS大だし、申し込みからなんから全部自分でやるつもりだからごまかせるとは思うよ」

「なかなかやるね」

「へへへ。ところで諏訪さんからはY医大受験にあたって何か指示みたいなのはあったの?」

「うん。学力試験はとにかく過去問の問題と答えを丸暗記しろって言われてるのでとにかくそれにチャレンジだね」

「丸暗記ねえ」

「それだけでも今の俺には高いハードルだよ。まあ、ポイントを絞って勉強しろってことなんだろうけどね。それと小論文と面接、もう知ってると思うけど、保護者同伴の面接ね。それが重要になってくるからその訓練というか準備に力を入れるって」

「準備って具体的に何やるの?」

「さあ。それは、今は教えてもらってない。もう少ししたら小論文の準備から始めるっていうんだけどね。取り敢えず、それは中間テストが終わってからってことになってる。十一月の初め頃かな?」

「へ~、随分のんびりだね」

「ああ、それと、ラジオ体操を毎朝やるようにって言われたなあ」

「ラジオ体操?」

「そう、ラジオ体操」

「何でまた?」

「さあ。理由は俺も聞いたんだけど、それはまたそのうち教えるって。ただ、これが一番重要で、ラジオ体操を毎朝、決まった時間にできるかどうかが合否を決すると言っても過言ではないって言ってたよ」

「はあ?なんで?」

「さあ。また謎が増えたんだけど、諏訪さんには諏訪さんの計算があるのかな。まあ、規則正しい生活をすることが受験勉強の基本中の基本だっていう単純なオチかもしれないけどね」

 そう言うと龍一の注意が百合花の食べているパフェに向かった。

「それ何?」

 百合花は黙ってメニューを広げ、指でさして「これ」と言った。

「じゃあ俺もそれを」

 龍一はそう言ってワイヤレスチャイムのボタンを押し、店員を呼んだ。

 

 中間テストが終わった後の十一月八日の月曜日、学校を終えた龍一は図書室で少し時間を潰してから時間を確認し、下高井戸駅へと向かった。駅前では背の高い制服の少女が待っていて、龍一に気付くと笑顔で手を振った。

「お待たせ~」と龍一。

「別にお待たせでもないよ。上の本屋で立ち読みしてて、今、降りてきたところだから」

「じゃあ行こうか」

 龍一は言うと百合花を促し、東急世田谷線のホームへと向かった。ちょうど停車中の三軒茶屋行き二両編成の二両目に乗り込み、電車はすぐに発車した。

「私も行って、お邪魔じゃないかな?」

「それは諏訪さんの了解を得てるから大丈夫だよ」

 吊革につかまった二人はそんな言葉を交わし、二両編成はすぐに三つ先の宮の坂に到着した。

 二人は東側の緑の多い静かなエリアに足を踏み入れ、しばらく舗装路面を歩くと仰々しい豪徳寺の門が現れた。

 中に入ると左側に何重かの塔があり、しばらくキョロキョロしながらさらに進むとベンチに座って手を振る諏訪の姿が見えた。二人は近付いて「こんにちは~」と龍一、百合花の順にあいさつした。

「やあ。どうだ。こういう風景もいいだろう?」とベンチに座ったままの諏訪。膝の上にはコンビニの袋が置かれている。

「いいですね。なんか秋って気がします」と百合花。

「スケッチブック持ってくれば良かったです」と龍一。

「スケッチブックか。そうか。絵を描くのは龍一君の特技だったな」

「どうして今日はここに?」

「まあ、僕の事務所や近所のファミレスとかでも芸がないんで、せっかく秋だし、ここに二人を連れて来てみたいと思ってね。ここに来たことはあるのかな?」

「いいえ。世田谷にはもう十八年暮らしてますけど、ここに来るのは初めてです」と龍一。

「私も初めてですけど、なんかいい感じの所ですね。それと、…外国人、多くありません?」

と百合花。

「そうだね。外人さんは多いかな。僕は、あまり承知していないのだけど、海外の日本旅行サイトでこの豪徳寺、結構紹介されているみたいなんだよね。だから日本人よりもむしろ外国人によく知られているようで、東京の穴場ということで外国人がよく来る。ちょうど今、紅葉が見ごろで、…まあ本当の見ごろはあと一、二週間先なんだろうけど、受験勉強で疲れた頭を癒すにはここがいいかなとか思って、今日のミーティング会場はここにしてみたよ。まあ座って肉まんでも食べなよ」

 そう言って諏訪は二人にベンチに座るよう促し、諏訪の右隣に龍一が、龍一のさらに右隣に百合花が座った。

 二人が座ると諏訪は膝の上のコンビニの袋を覗き、肉まんの入った紙袋を取り出して龍一と百合花に渡し、「どうぞ」と言い、二人はほぼ声をそろえて「ありがとうございます」と言った。

「こんな風情の中で肉まん食べるのも情緒がありますね?」と百合花。

「情緒はないだろう。茶会でもやれば別だけど、肉まん程度ではね。でもここに来ると京都に行く必要ないだろ?そう思って地元の集まりやなんかでも意見して、地域の人も好感を示してくれるんだけど、残念ながら行政が動かない。僕としてはもっと宣伝したいところなんだけどね。でも、宣伝し過ぎると人が多く来過ぎて情緒が失われてしまうから、こんな風にひっそりしている方がいいのかもしれないけど。さて、小論文の話だけど、百合花さんもその話が聞きたいということでいいのかな?」と諏訪。

「ええ。私もY医大を受験することになりましたから」と百合花。

「ええっ。なんでまた?」

「滑り止めです。結局、N大の内部推薦は受けられそうになくて、それで一般で臨むんですけど、そういう事情で滑り止めが必要になりましたから。滑り止めだからどこでもいいなと思っていたらりゅうちゃんがY医大を受けるって聞いたんでじゃあ自分もと思って」

「Yはついてるけど、キャンパスは四国だよ」

「それは知ってます。でも滑り止めだし、東京試験あるっていうし、それにりゅうちゃん一緒なら四国でもどこでもなんとかなるかなあと」

 百合花は両手で肉まんの袋を握ったまま言った。

「親御さんは反対しないの?別に東京でも似たようなレベルのところはあると思うけど」

「パパには内緒にしてます。ママはYから始まるので神奈川県の大学と思ってるみたいです」

「……そうか。アストロツインということかな?同じ星の下で運命を共にすると。でも現実はもっと複雑怪奇だけどね。まあいいや。小論文の話をしよう。今まで特に論文を書く練習をしたことはないね?」

「はい。漫画はたくさん描いてきましたけど」と龍一。

「なるほど。では論文とは何か?その辺から始めよう。論文と似て非なるものにエッセイというものがあるけど、君は論文とエッセイの違いって分かるかな?」

「はあ。…エッセイって随筆のことですよね?」

「うん」

「エッセイは軽めのモノとか、生活に密着したものとかそういうことでしょうか?一方、論文は学術的なモノ」

「うん。分かりませんと言わなくなったのはいい傾向だけど、答えはブブーだ。正解は、論文は論理的だがエッセイには、論理は必要ないということだ」

「論理、ですか?」

「論文はロジカルなものだと言ってもあたり前すぎて伝わらないかな?もっと簡単に言うと、論文には説明するのに理由がいるけど、エッセイにはいらないということだ」

「具体的に言うとどういうことでしょう?」

「なるほど、例を挙げた方が分かりやすいかな?例えば、冬にコンビニで一番売れる商品は何か?という問題が出されたとしよう。小論文のテーマとしてね。その場合、冬にコンビニで一番売れる商品は肉まんである。なぜなら、温かくて、安価で、美味しいからであると書くのが論文だ。理由が必ず記載される。一方、エッセイでは、理由は要求されない。冬にコンビニで一番売れる商品は肉まんである。あなたもそう思いませんか?でいいんだ」

「…なるほど。ポイントは理由ということですね?」

「そう。理由。それで、理由も何でもいいから並べればいいというものではない。量と質が肝心となる。まず量。理由は三つ述べなければならない。もちろん問題文に理由を三つあげろなんて書いてない。でも理由をあげる場合、それは三つであるべきで多くても少なくてもいけない。なぜかというと、二つ以下では理由づけが乏しい印象を受けるし、四つ以上では読む方が読みこなせないからだ。だから理由は三つ、まず…、また…、さらに…、そうやって論理を展開していく」

「分かります」

「次に質だけど、これはロジックが合っていないと駄目だということだ。でもこれはそんなに難しくない。例えばさっきの肉まんの話では、冬にコンビニで一番売れる商品は肉まんである。なぜなら今日、ラーメンを食べたからである、という文章では駄目だということだ。文法は完璧だよ。でもロジックが滅茶苦茶だから点はつけようがない」

「論理的であればいいということですか?」

「ただ論理的だというのでは足りないね。それは君自身の経験に基づいた論理でなければならないということだ」

「経験?」

「つまり、個人的な経験を文章にして読み手を読む気にさせるということだよ。一般論は大人なら誰でも知っている。大学教授ともなれば君との人生経験は比べ物にならない。そんな一般論を採点者である大学教授は読む気にはならないよ。でも君の経験だと読まないと分からない。その経験を採点者は知らないんだから分かりようがない。だから経験に基づいた論理が展開されていると、採点者は読む気にならざるを得ず、結果的にいい点が付くということだ」

「しかし、僕はまだ高校生に過ぎませんし、そんなに多くの経験をしているわけではありませんよ。ゆっぴいと違って海外旅行とかもしてないですし」

「何言ってるんだ。君はこれまで数え切れないほどの漫画を読んできたんだろ?別に直接の経験でなくても漫画のような疑似体験でもいい。僕は三年前に○○という漫画を読んだ、というのでも十分だよ」

「ああ、それならなんとか行けそうです」

「だろ?で、実際のテスト対策なのだけど、どうするのかと言われると、それはあらかじめ書いておくという答えになる」

「あらかじめって、どんな問題が出るかなんて分かりませんよ」

「そう。どんな問題が出るかは分からない。でも過去問は公表されているし、傾向は分かる。その傾向から大きく外れる問題は出ないし、出せないだろう。あくまでも医学部の受験なんだから。だから過去七年分くらいを題材にあらかじめ書いておき、それを覚えておく。自分の書いたものだから記憶するのは簡単だ。それを実際の問題に合うようにアレンジする。そのアレンジにたくさん時間を使えばいい」

「そんなんで対応できるんですか?」

「とにかくパターン化することだ。まず最初に結論。そしてその理由を三つ書く。まず、また、さらにとね。それで外すことはないよ」

「過去問を題材に書くのは分かりましたが、書いたやつを諏訪さんはチェックしてくれますか?」

「もちろんだよ。僕がリライトして完璧に近いものを作って、君が記憶するんだ」

「書いたらどうしましょう?原稿用紙はその辺で手に入れられるとは思いますが」

「メール添付で僕に送ってよ。アドレスは分かるだろう?名刺に書いてある」

「アドレスは分かりますけど、僕、パソコン持っていないんで」

「ああそうか。ではスマホで写メでもいいよ」

 諏訪がそう言うと「あの~」と百合花が割り込んできた。

「私も参加させていただいていいですか?その論文の作成チェック」

「それは、…別に構わないけど」と龍一に目配せしての諏訪。

「じゃあ、私のパソコンから諏訪さんのところに送りますね。りゅうちゃんの分も。りゅうちゃんのはスキャナーで読んで」

「ああ、そうしてもらえるとありがたいや」と百合花に続けて龍一。

「じゃあ、そういうことで取り敢えず肉まんを食べよう。冷めちゃったね」

 諏訪はそう言うと袋の中から自分の分の肉まんの入った紙袋を取り出し、袋から頭だけを出してかじり、龍一と百合花に「どうぞ」ともう一度言った。

 諏訪に言われ、二人も紙袋から肉まんの頭を出してかじった。

「スミマセン。後一つ聞いていいですか?」と龍一。

「ああいいよ」と肉まんを咀嚼しながらの諏訪。

「ラジオ体操なんですけど、何の意味があるんですか?」

「ああ、ラジオ体操ね。ちゃんとやってるかな?」

「ええ、ちゃんとやってます」

「六時半に起きて?」

「最近は六時頃起きてます。母にはうるさがられますけど」

「じゃあ、聞くけど、ラジオ体操の始まる前に交通情報が流れるよね?」

「ええ。…はい」

「そのアナウンサーの中で誰が一番好きかな?」

「はあ?」

「道路交通情報センターのアナウンサーの中で誰が一番好きかなって聞いたんだよ。穂香さんは声優だし、君も他の人よりかは声にはうるさいだろ?」

「はあ、…じゃあ、…コエチヒロミさん」

「おお、いいね。ちゃんと時間どおりラジオ体操やってるようだね。まあ、ラジオ体操の理由はまだ内緒だ。そのうち種明かしをしよう。ただ毎日欠かさずやることは忘れないでね。まあ、土日は少しサボってもいいけど」

 諏訪は言うともう一度肉まんにパクついた。

 

 年が明けた一月二十八日の金曜日の午後五時頃、龍一は代沢の自宅アパートで諏訪を待っていた。

 Y医科大学の入学試験は第一次試験の学科及び小論文と第二次試験の面接に分けて行われる。第一次試験を通過した者だけが面接試験に臨めるのであるが、二日前に発表があり、龍一はこの週末に行われる第二次試験へと進んでいた。

 面接は保護者同伴面接であり、穂香ではなく、諏訪が偽の父親役ということで面接に臨むので、諏訪はその打合せにやってくるのだ。

 この日はたまたま仕事が早く上がり、穂香も家にいる。ダイニングチェアは二脚しかないので、穂香は小さい丸椅子に座り、ゲストの到着を待っている。

「ホントにご飯準備しなくていいのかなあ」と母親ボイスの穂香。諏訪と会うのは久し振りだ。

「それは俺もしつこく誘ったんだけど、酒が飲みたくなると駄目だって言われてね。明日、面接本番だし」と龍一。

「それにしたって、こんなボロアパートまで来てもらうんだから」

「まあ、ご飯準備しないのは正解だと思うよ。カップラーメンってわけにはいかないだろうし、我が家のご馳走といえばせいぜい肉の入ったカレーくらいのもんだろ?それも鶏のひき肉で一度作ったら二、三日は続く」

「カレーは一晩寝かせるのが美味しいんだよ」

「それは言い訳でしょ?」

「そうだけど。でもなんでわざわざこのおうちなの?」

「それは諏訪さんなりの配慮。明日が本番、ってか最後だからね。ここで普段と違う行動をして体調崩したら駄目だろうからって」

「この前みたいにカラオケボックスでも良かったのに」

「それって自分が歌いたいだけだろ?」

 母子でそんな会話をしているうちに玄関の鉄の扉をトントンと叩く音がした。立ち上がろうとする龍一を制して穂香が席を立ち、玄関の扉を開けた。開けると諏訪が立っていて、手に買い物袋のようなものをぶら下げている。穂香の目が輝いた。

「ご無沙汰致しております。いつも龍一がお世話になりまして。スミマセン。こんなところまでお越しいただきまして。汚いところですけど、どうぞおあがりください」

 穂香はかつてアニメの母親役で口にしたことがあるようなボイスで言った。

「では失礼します」

 諏訪はそう言って部屋の中に入り、ダイニングテーブルの龍一の対面を勧められて座った。龍一も座り、穂香も元の丸椅子に座った。

 諏訪は持ってきたビニール袋の中から長方形の物体を取り出して龍一と穂香の前に置いていく。

「これはまあ差し入れです」

「きゃー。諏訪さん素敵~っ。こんなことだろうとは思っていたんですけど~」と妹系ボイスにチェンジしての穂香。すかさず龍一が「期待してたのかよ」とたしなめた。

「僕は古い人間でゲンを担ぐんでね。まあ、穂香さんのような電波少女には分からないかもしれないですけど」と諏訪。

「ゲン?」と龍一。

「トンカツ弁当だよ。池ノ上からここに来る間にとんかつ屋があるだろ?そこで買ったのさ。まあ勝ちに行くということでね」

「分からないなんてとんでもありません。スミマセン。久し振りにお肉を見て興奮してしまいました。冷静になります」と妹系ボイスから段階的に母親ボイスにチェンジしての穂香。

「では、まあ、おいしそうなものを前にして長話するのもなんなんですけど、でも、今日、僕がわざわざ出向いてきたのは明日の打合せなわけですから、まず、明日の話からしますね」

「はい」と穂香は母親ボイスで元気に返事をしてかしこまった。

「まずは一次試験合格おめでとう。まあ、こうなるとは思ってはいたけどね」

「ありがとうございます。諏訪さんのお蔭です」と龍一。

「で、面接だ。まず最初に一番大切なことから話しておこう。龍一君。君に質問だ。君の長所、あるいは君が今まで生きてきて自慢できること、これだけは自信のあることってあるかな?」

「はあ。これって、面接の練習ですか?」

「いや、あくまでも打合せだ。だからまずは気楽に答えてもらいたい」

「はい。やはり…漫画ということになりますでしょうか。知識もそうですけど、作品もそれなりのモノを描いてきたと思っていますし。マン研では中学でも高校でもキャプテンやりましたし」

「そうか。残念ながらその答えはブブーだ」

「確かに大学受験の面接の答えとしてはふさわしくないかもしれませんけど、他に思いつくものはありません。漫画なら自信はあります」

「穂香さんはいかがですか?龍一君の長所」

 諏訪は、今度は穂香に振った。

「長所ですか?…考えたことないなあ。…優しいところとか。この子、とっても優しいんですよ。疲れているときはご飯作ってくれたりして。ていってもインスタントとかレトルトとかですけどね。でも時々はご飯炊いてくれたりもして」と落ち着いた母親ボイスの穂香。

「残念ながらそれもブブーですね。正解は、僕は毎朝六時半に起きてラジオ体操をやっています、だよ」

「はあ?」と龍一。穂香もあきれ顔だ。

「なんだそりゃ?と思っているな。でもそれが、僕が君に毎朝六時半のラジオ体操を命じた理由だ。よく考えてみてくれ。毎朝六時半にラジオ体操ができる人間はすべてを兼ね備えていると思わないか?もちろん学力は測れない。だからそれは学力検査で判断すべきことだ。でも人間性はさ。早寝早起きであること。健康であること。毎日続ける忍耐力を持っていること。大学の先生はそんな学生に自分の知識を伝授したいと思うんじゃないのかな?毎朝几帳面に六時半に起きてラジオ体操ができる学生ならきっと自分が与えるどんな困難な課題にも真面目にチャレンジしてくれると期待するんじゃないのかな、ということだ」

「そうかもしれません」と冷静に龍一。

「これが一番大切なことで、もっと言ってしまうと、僕は毎朝六時半に起きてラジオ体操をやっていますと君が面接官の前で言えればその時点で君の合格は決定するだろうと思っている。補欠合格でなくて正規合格だ」

「それはいくらなんでも言い過ぎでは?」

「言い過ぎだとは思わないね。僕が面接官ならそうするよ。君が学科試験最下位でも最後に逆転さ。入学試験なんてそんなもんだと思うよ。ただ一つ問題がある」

「問題?」

「そう。面接官がそういう、君が、僕は毎朝六時半に起きてラジオ体操をやっていますと答えるにふさわしい質問を君に投げかけてくれるかどうかという問題がある。そういう問いかけがなければ君はこのセリフを言うことができない。だから今度は僕の登場だ。僕は面接官がそれにふさわしい質問を投げかけるように面接官を誘導する。そしてチャンスが来たらすかさず決めゼリフを決めてもらいたい」

「……そういうことだったんですか?」

「そういうこと。そしてこのセリフは口から出まかせでは言えない。本当に毎朝六時半にキチンと起きてやっていないとね。その辺は、面接官もプロだから嘘か本当かを見破るはずだ」

「分かりました」

「後はテキトーでいいよ。僕もいるし、何かあれば助け舟を出せると思う。ただ、一つ気を付けてもらいたいのは、僕は君の父親だということ。それは忘れないでね」

「はい」

「面接会場以外でも、待合室とかでも、とにかくS大のキャンパスに入ったら気を付けてほしい。どこに目があって耳があるか分からないからね。僕もそういう風に演技するから」

「そんなところでいいですか?」と今度は妹キャラにチェンジしての穂香。龍一は嫌な予感がした。

「そうですね。そんなところですけど、穂香さんからなにかありますか?」と諏訪。

「トンカツは揚げたてが美味しいと思うんですけど」

 穂香が妹キャラでそう言うと龍一は思いっきり嫌な顔をし、諏訪を見た。諏訪は苦笑いをしていた。

「じゃあ、明日の勝利を祈ってトンカツでもつつきますか」

 諏訪はそう言って弁当に巻かれてる輪ゴムを外し、穂香も「いただきま~す」と言って続き、龍一も続いた。

「ところで一次試験、百合花さんとは一緒だったのかな?」と割り箸を手にして諏訪。

「ええ。試験会場、そんなに広くなかったですし、すぐに分かりましたよ」と龍一。

「まあ、彼女目立つしね」

「目立たなくてもお互いにすぐ分かりますから」

「そりゃそうだけど、面接は時間ずれるのかな?」

「そうですね。集合時間は僕達の方が少し早いと思います」

 そんな二人の会話をよそに、穂香は一口トンカツをほおばると「おいし~」と妹系でもないキャバクラ嬢系のボイスで叫んだ。

 

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