アストロツイン   作:山田甲八

4 / 12
四 西から昇る太陽

 しばらくするとコーヒーのショート缶を片手に一つずつ持った諏訪が戻ってきて元の席に座り、そのうちの一つを龍一の目の前に置いて、置いた方の手で、どうぞという仕草を見せた。龍一は少しかしこまって軽く頭を下げた。

「この缶コーヒーはジョージアという名前なのだけど、何でジョージアという名前なのか君は知っているかな?」と諏訪。

「さあ」と龍一。

「正解はコカ・コーラの本社がアトランタにあるからだよ」

「……」

 龍一は諏訪の言っていることの意味が分からず、黙ったまま首をひねった。

「この親父、何のこと言ってるんだろうという顔をしているな」

 諏訪は右に持っていたショート缶を左に持ち替えてから言った。

「…ええ」

「ジョージアを作っているのはコカ・コーラだ。コカ・コーラの本社はアトランタにある。そしてジョージア州の州都はアトランタだ」

 そう言いながら諏訪はショート缶を軽く振り、プルタブを起こして、ぐいっと一口飲んだ。

「ああ、そういうことだったんですね。今繋がりました」

「缶コーヒーは日本の文化、というか日本特有の不思議な飲み物だ。アメリカとかにはないんだよね。まあ、まったくないわけじゃないんだろうけど、日本みたいに普及はしていない。でも来日して、飲んで、好きになるアメリカ人もいる。僕はアメリカ人と缶コーヒーを飲むときは必ずジョージアにして、この話をするんだ。結構、受けるよ」

 そう言って、諏訪はもう一口飲み、続けた。

「さて、で、次は学費の話だね。親はもちろん、親戚縁者も頼れないという前提だけど、君はどう考えてる?」

「どう考えてると言いますと?」

「学費が払えないというこの困難な状況を君はどうすれば乗り越えられると思っているのかということだよ。先週、その、進路指導の先生とはどういう話をしたのかな?」

「先生には奨学金の話をしてみました。でも、無理だろうと言われました」

「なるほど、奨学金ねえ。そりゃ、先生も無理だとしか言いようはないだろうなあ。私立の医学部ともなれば準備しなきゃいけない金額が金額だからね。…で、そもそも奨学金っていうのはどういうものか君は知っているのかな。その辺からまずは整理してみよう。つまり、何がやりたいのかというと、これから君と僕は奨学金のことについて話をするわけだけれども、君のイメージしている奨学金と、僕の考えている奨学金が、微妙にでも違っていたりすると話がかみ合わなくなってしまうから、そうならないよう、二人で奨学金についての共通の認識を持っていたいということだ」

「…奨学金って、そんなに人によって違ってしまうものなんですか?」

「別に奨学金でなくても、まったく同じものでも見る方向によって捉え方が違ってしまうってことはままあることだよ。とりわけ珍しい現象じゃない。君は素人、僕はプロ。きっとギャップがあると思うから言ってるんだ。では聞こう。君の言っている、その奨学金って一体なんだ?」

「……スミマセン。僕は、奨学金の定義でそんなに悩むとは正直、思っていませんでした。奨学金って、就学の意思がありながら、経済的な事情のために就学できない人々を救済するための仕組みみたいなものなんじゃないんですか?そういう定義じゃダメでしょうか?」

「なるほど。それはその通りだ。…質問を変えよう。奨学金をもらった学生はそれを返済する義務があるだろうか?」

「…返済義務があるものとないものと、二種類あるように聞いていますが」

「実は今の質問には答えがないというか、答えるのはとても難しい。それは、じゃあ返済義務って一体なんなのか?という哲学的な問題に答えを出さないといけないからだ。まあ、君の考えは大体分かったから話を進めるよ。経済的に困難な学生を救済する仕組みが奨学金だというのは正しい。その通りだ。しかし返済義務があるかどうかということになると議論が分かれることになると思う。本来、奨学金というのは、…欧米で進化してきたその仕組みは返済の必要がないものだ。返済の必要のあるものは、それは教育ローンであって、欧米でいうところの奨学金、英語でいうスカラーシップではない。日本の奨学金は、厳密には借金であって、将来的には返済しなければならないものだ」

「しかし、日本では返済義務のない奨学金の方が珍しいんじゃないんですか?むしろ利息が付くか付かないかということが問題になるくらいですから。進路指導の先生にもそんなことを言われた気がします」

「そのとおり。日本では、というか日本学生支援機構のやっている奨学金は返済義務のあるタイプだよね。だから、あれを奨学金と呼ぶのは本来おかしいんだけど、これほどまでに日本学生支援機構の低利融資を奨学金と呼ぶことが定着してしまった以上、今さら、あれは実は教育ローンだったとは言えないんだろうね。でも、まあ、何の担保もない、将来の収入だけが担保になっている一学生に、あれだけの金額を無利息、あるいはあのくらいの低い利息で貸すか?と言われると街の金融機関は貸さないだろうから、奨学金という言葉を使いたくなる気持ちも分からないではない。…ごめん、何の担保もないは言い過ぎだな。親御さんが保証人になるんだろうから。ただ、奨学金は本来、返済義務のないもの。これは覚えておいた方がいいと思うよ。さっきのジョージアの話じゃないけど、昔、アメリカ人と話していて、奨学金の返済をしているって話をしたことがあるんだけど、そのアメリカ人は大学の先生だったんだけど、奨学金には返済義務はない。それは奨学金じゃなくて教育ローンだって怒られたことがある。英語の能力がないと思われたんだと思うよ」

「そうですか。でもどっちにしても僕には無理そうですよね。借金も無理そうですし、無償の奨学金なんてなおさらです」

「本当にそうかなあ?」

「そうですよ。僕がどこかの経済的支援を受けられるなんて絶対に無理です。しかも、数千万単位だなんて。西から太陽が昇るようなものです」

「……今、何て言った?」

「えっ?」

「今、言ったことだよ」

「今ですか?西から太陽が昇るようなものだと……」

「そうか。じゃあちょっと話を変えよう。地球の自転のスピードはどのくらいだか知ってるかな?」

「はあ?」

「地球の自転のスピードだよ」

「いいえ、知りませんけど」

「じゃあ、計算してみよう。地球の周囲の長さは知っているよね?」

「いいえ」

「子午線の長さくらい、理科で習ったんじゃないの?」

「ああ、一万キロメートルですね。じゃあ、地球の周囲は四万キロメートルですか?」

「まあ、赤道でその位だね。じゃあ自転のスピードは?ここに電卓がある。計算してみるんだ」

 諏訪はそう言って机の上に置いてある電卓を龍一に向けた。

「今までの話と何か関連があるんですか?」

「この話にはオチがある。すまないけどそれまで我慢してついてきてくれ。さあ、地球の自転のスピードは?」

 龍一は電卓に四万を入力し、それを二十四で割った。液晶には一六六六.六六六六六六六六というアラビア数字が現れた。

「千六百六十六コンマ六六六六六…、割り切れません」

「で答えは?」

「四捨五入すると時速千六百六十七キロメートルでしょうか?」

「秒速にすると?」

 龍一は電卓に表示された数字をさらに三千六百で割った。

「コンマ四六二九六二九六二九六。循環少数ですね」

 龍一はそう言って電卓に表示された数字を諏訪に向けた。

「そうだね。まあ、秒速、四百六十三メートルっていったとこかな。意外に速いね」

「はい」

「音速がどのくらいかは知っているかな?」

「音ですか?……たしか、東京タワーと同じという記憶がありますから、秒速三百三十三メートルくらいですか」

「当たらずとも遠からじかな。音の速さは気温や高度にもよるから一概には言えないけど、一般的には秒速三百四十メートルと言われている。ここでは秒速三百四十メートルとしよう。これがマッハ一だ。では、この電卓に表示されているコンマ以下の数字をコンマ三四で割ってみよう」

 諏訪はそう言って電卓を操作し、現れた数字を龍一に見せた。

「つまり、地球の自転の速さはマッハ一.三六ということだ。音速より少し速いね」

「はあ」

「音速を超える飛行機が存在することは知っているよね?」

「コンコルドとかですか?」

「随分、古いな。まあ、それでもいい。戦闘機とかの方が今では主流なんじゃないかな。僕はよくは知らないけど、でも音速を超える超音速ジェット機というのが世の中には存在する。さあ、ここまでは準備。これからが本題だ。想像してほしい。君は真夜中に超音速の飛行機に乗る。旅客機でも戦闘機でもなんでもいいけど、乗客よりはパイロットの方が見栄えがいいだろうな。もう少しでこの話は終わるからもうちょっと我慢して。で、君は真夜中にテイクオフしてマッハ一.三六を超える速さで西に飛ぶんだ。さあ、どうなる?」

「……、スミマセン。チンプンカンプンです」

 龍一はさっさと降参した。

「難しく考えないでくれ。じゃあ、もっと簡単に言おう。君は真夜中にテイクオフして地球の自転よりも早いスピードで西に飛ぶ。さあ、どうなる?」

「…、申し訳ありません。降参です。答えを教えてください」

「真夜中にテイクオフして地球の自転よりも早いスピードで西に飛ぶと、あら不思議、西の空が明るくなったかと思うと、西から太陽がどんどん昇ってくるじゃないか」

「……そういうことですか」

「そう。そういうことだ。君はさっき、学費を調達するなんて、西から太陽が昇るようなものだというようなことを言ったよね。そのとおりだと僕も思うよ。そして、西から太陽が昇るという例えの意味するところは、それが実現不可能なことではなく、とても面倒だけれども、決して不可能ではないということだ」

「…そうかもしれません。でも、ハードルは高過ぎますよね?」

「そのとおり。ハードルは高い。乗り越えられない高さかもしれない」

「どうするんですか?銀行強盗でもしますか?」

「銀行強盗でもいいのかもしれないけど、割に合わないなあ。オレオレ詐欺はもっと割に合わない。もっといい方法を考えよう。また、話を変えてしまうけれども、僕はファイナンシャルプランナーという仕事をやっているけれども、歯医者と同じようにファイナンシャルプランナーも二種類の人間しかいない」

「歯医者、ですか?」

「そう。歯医者。歯医者には色々な人がいるけれども、つまるところ二種類の人間に分けられる。削るのが好きな人と削るのが嫌いな人。FPも基本は二種類だよ。借金が好きな人と借金が嫌いな人。そして僕は後者の方、借金が嫌いなFPだ。僕は徹底した無借金主義だ」

「どう違うんです?」

「借金主義者の気持ちは理解できないでもない。特に一定の節税効果は認めざるを得ないところだね。でも僕が無借金主義なのは、それがリスクを背負うことになってしまうからだよ」

「リスク?」

「そう。例えばさっき言っていた日本学生支援機構の奨学金という名の教育ローンが受けられたとしよう。でも、私立の医学部ともなれば六年間で五、六千万とかにもなるよね?」

「その可能性はあると思います」

「そうなったとき、卒業してすぐに何千万も借金がある状態で社会人生活がスタートするというのに君は耐えられるだろうかということだよ。君に限らず、多くの人は耐えられないんじゃないかな?それで、結局、夢を諦めていく」

「じゃあどうするんです?さっきも話しましたけど、給付型の奨学金は日本にはほとんどないんですよね?あったとしても何千万という金額は無理ですよね?」

「君は『あしながおじさん』という物語を読んだことはあるかな?」

 諏訪がまた話題を変えた。

「…『あしながおじさん』はありませんが、『あしながおじさん』をモチーフにしたと言われている『キャンディキャンディ』は読んだことがありますから何となく筋は分かります」

「…『キャンディキャンディ』を読んだことがあるって?…ホント?だって、あれって僕らくらいの世代だよ」

「確かにそうなんですけど、僕は母の影響でそういうのが好きなんです。学校では、マン研、…漫画研究会のキャプテンやってますし」

「なるほどね。漫画のことなら何でも知っているってわけだ?」

「何でもは言い過ぎですけど、知っている方だとは思います。多分、今、この建物の中にいる人の中では僕が一番詳しいと思います」

「そうか。で、話し戻すけど、君の、というか、君と僕はもはやチームになってしまったので君と僕という言い方になってしまうけど、君と僕のやるべきことはそのあしながおじさんを探すことだ。これが今、考え得る一番現実的な方法だ」

「…さっきの超音速機の話じゃないですけど、ハードル高過ぎやしません?」

「君はそう思うだろうけど、僕もあてずっぽうに言っているのではないよ。世の中うまくできていて、お金がなくて困っている人がいる一方で、お金の使い道がなくて困っている人もいる。僕は商売としてマネーの相談を受け付けているから、そういう人の相談も受けているんだ。あの世まで持っては行かれないし、どうしましょう?って相談だよ」

「そんな人いるんですか?」

「まあ、あてはあるので、今日の君の話をしてみるよ。で、君にはしばらく僕からの連絡を待っていてほしいんだけど、連絡先はここでいいね?」

 諏訪はそう言って整理票に書かれた龍一の携帯番号を指さした。

「ええ。もちろん構いません。てか、どうぞよろしくお願いします」

 龍一はそう言って座ったまま深々と頭を下げた。

「じゃあ今日はこの辺にしよう。うまくいかなくても落ち込まないでね。うまくいかないのがあたり前なんだから。うまくいかなかったらそのときまた一緒に考えよう」

 諏訪はそう言うと帰り支度を始めた。

「一つ聞いていいですか」と龍一。

「うん」と手を休めずに諏訪。

「どうして初対面の僕にそんなに優しくしてくれるんですか?」

「優しくか。確かに優しくはあるかもしれないけど、それは君がアストロツインの蓬田百合花さんの紹介だからだよ。彼女の紹介でなかったらここまではしないと思う」

 それを聞いて龍一はまた訳が分からなくなった。そんな龍一の気持ちはお構いなしに諏訪が続けた。

「まあ、蓬田百合花さんの紹介だからっていっても、別に彼女と僕がそんなに親しいわけじゃない。さっき、君が説明したように彼女は僕の妻の知人の娘に過ぎないし、直接、会ったのは一回だけだからね。だからそんなに親しいわけじゃない」

「えっ?」

 龍一は思わず聞き返した。「一度会ったことがあるんですか?」という言葉が思わず口をついて出そうになったが、それは飲み込んだ。

「でも、うれしいじゃない。そんなに親しくないのに、僕のことをお友達の君に紹介してくれたんでしょ?しかも、お金とか受験とかとてもデリケートな問題でさ。そんなにも僕は彼女に信頼されていたのかなとか思ってね。だから、まあ、僕にどれだけのことができるかは分からないけど、できるだけのことはさせていただくよ」

そう言われて龍一は何と言ったらいいか分からず、とにかく一礼した。心の混乱を諏訪に悟られないよう、平静を装おうとしてもう一つ質問をした。

「スミマセン。もう一つ聞いてもいいですか?」

「ああ、いくつでもいいよ」

「さっきの、奨学金の話なんですけど、返済の義務があるかどうかは哲学の問題だというようなことを言っていたと思うんですけど、何がどう哲学の問題なんですか?」

「なるほど、哲学か。……例えば、金銭消費貸借契約書があって、…金銭消費貸借契約書というのが難しいのであれば借用書とか、証文とかでもいいんだけど、とにかく借金を約束した紙があるのであれば、借りたお金は返さなければならないというのは分かるよね?これは法律的な義務だ」

「はい。分かります」

「一方、給付型の奨学金の場合、奨学生には奨学金を返済する法律上の義務はない。もらいっぱなしだ。これもいいね?」

「ええ。それも分かります」

「問題は、それで本当に終わりなのかということだよ。給付型奨学金の奨学生は奨学金を受け取ってしまったらそれですべて終わりでいいのか?ということだ」

「…終わりだと思いますけど、まだ何かあるんですか?」

「僕はそれで終わりだとは思わないね。だから哲学的な問題だと言ってるんだ。僕は給付型の奨学金を幸運にも受け取ることができた奨学生は、自分が社会に出てビッグになったときには、それまでの恩に報いるために、自分と同じ境遇にいる学生に奨学金を拠出する義務があると思っている。奨学金ってそうやって世代を超えて引き継がれていくんだと思う。もちろん法律上の義務ではない。道義的な責任だ。だから、さっきは、奨学金は返済義務がないものと言ったけれども、それは法律上の返済義務がないという意味で、本当は、道義的な意味では返済義務はあるというのが僕の考えさ」

 そこまで言うと身の回りを整えた諏訪は席を立ち、龍一を促し、龍一も席を立ち、部屋を出て、二人で並んでエレベーターに向かった。

「君は貧乏のようだからこれから晩飯でもご馳走してやりたい気分だけど、家ではお母さんが待っているのかな?」と諏訪。

「はい。今日のこと、報告しないといけませんので」と龍一。

 本当は待っているのは百合花なのだがここは嘘をついた。

 エレベーターのかごが降りてきて二人は乗り込んだ。他にも乗っている人がいて、二人は黙ったまま一階まで降りていった。

「じゃあ、僕は事務室に寄るのでこれで。連絡、待っててね。まあ、一週間くらい音沙汰がなかったら督促の電話をしてくれてもいいから」

 かごから吐き出された諏訪はそう言うと、そのまま龍一の視界から消えていった。

 

 龍一が代沢の都営のドアを開けると電気がついていて、キッチンから高校の制服にエプロンをつけた百合花が現れ、龍一の前にひざまずき、両手をついて頭を下げた。

「お帰りなさいませ。お風呂にしますか?それともお食事にしますか?」と頭を下げたままの百合花。

「じゃあご飯かな」と龍一。

 こんな光景は日常茶飯事なので龍一も今さら驚かない。百合花は、自身のために何か困難なミッションを龍一に与えたとき、龍一にはいつもこんな風に接する。

「どうもお疲れ様でした。ありがとう。疲れちゃったかな?」と頭を上げた百合花。百合花はそのままダイニングテーブルに腰掛け、龍一はその対面に座った。

「思ったよりもいい人で、色々と面白い話も聞けたよ。でも、まずはゆっぴいの話かな」

「うん」

「ちょっと、おや?って思うことがあったんだ。……てか、本当に諏訪さんとは面識ないのかな?」

「ないはずだけど、何かあったの?」

「おや?って思うことは三つあった。一つ目は、受付票のようなものを書かされたんだよね。その受付票のようなものに生年月日を書く欄があったんだけど、書いてたら『蓬田百合花さんと同じだ』って言うんだよ」

「同じって、…誕生日が」

「まあ、誕生日というか、生年月日がね。それからアストロツインの話になったんだけど」

「何で知ってるんだろう?私の生年月日」

「そこまでは確認できなかった、ってか、俺はゆっぴいの紹介で諏訪さんと会っているわけで、ゆっぴいが諏訪さんのことを何にも知らないってことを知らないふりしないといけない。だから、まあ、諏訪さんとゆっぴいは古くからの知り合いで、諏訪さんがゆっぴいの生年月日を知っているのはあたり前ってなふりをしてたんだけどね」

「そういうことか。なるほど。了解。で、二つ目は?」

「二つ目は、諏訪さんがゆっぴいのパパとママが医者だってことを知っていたこと」

「ああ、そうなんだ。これもなんでだろうって感じだね?奥さんに聞いたのかな?……まさかね」

「で、三つ目は最後にどうしてそんなに優しくしてくれるんですか?って聞いたんだよね。そしたら蓬田百合花さんの紹介だからって言うんだよ」

「……なんだか気持ち悪いなあ。最後はハッタリで言えるとしても、生年月日と親の職業は知ってないと言えないよね?」

「そうなんだよ。しかも、諏訪さん、ゆっぴいに一度、会ってるって言うんだ。ゆっぴいは本当に心当りない?」

 龍一にそう言われて百合花は黙って目を閉じた。色々と思いを巡らせるがやはり何も浮かばない。百合花はその大きな瞳を開いた。

「可能性があるとしたら奥様だけど、仮に奥様から不倫相手の娘の話を聞いていたとしても、生年月日まで分かるかなあ?フツー」

「ゆっぴいみたいにメールを覗き見るとか」

「たとえそうだとしても生年月日までは分からないと思うけど」

「そうだよね。でも、諏訪さん、悪い人ではなさそうだったよ。まあ、口は悪かったけど」

「で、りゅうちゃんの方はどうだったの?」

「うん。一蹴されるかと思ったんだけど、結構、まともに話ができたよ。…てか、今、思うと本当に、真剣に相談に乗ってくれたんだと思う」

「うん」

「まず、偏差値は気にしなくていいって言われたよ」

「どういうこと?」

「医学部は、上位校はともかく、中堅以下のところは毎年、大量の補欠合格者を出すんだって。だから、正規合格できなくても補欠合格できればいいから、とにかく学校の勉強を一生懸命やって、過去問をやれって言われたよ。それはなるほどなと思った」

「ふーん。で学費は?」

「これが問題なんだけど、なんでも『あしながおじさん』を探すって言ってたよ」

「『あしながおじさん』って?」

「『あしながおじさん』読んだことないよね?」

「そもそも誰?何者?」

「『あしながおじさん』は本のタイトルで、俺も読んだことはないんだけど、匿名で貧乏な女の子のスポンサーになって、学費を出してあげる金持ちの物語だと思う」

「ああ、なるほどね」

「それで、お金はあるけど、使い道のない人に心当たりがあるみたいなんで、俺の学費を出してくれるかどうか聞いてくれるって言うんだよ」

「……なんか胡散臭くない?初対面だよね?」

「うん」

「初対面の人にそれだけのことってできる?」

「そこなんだよ。俺もそれが気になって聞いてみたんだけど、ゆっぴいの紹介だからって言うんだよね」

「……」

 百合花が沈黙した。龍一が続けた。

「だからゆっぴいに確認したいんだよ。しつこいけど。本当に諏訪さんのこと知らないのかどうか」

「分かった。じっくり考えるからとりあえずご飯にしよう。お腹空いてるよね?」

「ああ。もちろん」

「今日の晩御飯は和牛ステーキ。パパのところに贈り物が来てたんで盗んできた」

「おお、いいね。サンキュー」

 龍一がそう言うと百合花は軽く笑ってキッチンに移動した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。