さよなら、あたしのエヴァンゲリオン   作:三只

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※注意! 
独自解釈を用いた劇場版シンヱヴァのアナザーエンドを目指しています。
劇場版の重大なネタバレを含みますので、未視聴の方はご注意下さい。









さよなら、あたしのエヴァンゲリオン 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昔のあたしは、アンタのこと好きだったみたい」

 

14年以上鬱屈した果ての言葉。

それはきっと、アイツの答え合わせへのご褒美みたいなもので。

 

「じゃあね」

 

さっと踵を返し、あとは振り返らない。

 

「―――姫。未練じゃないの?」

 

並んできて、ニシシと笑ってくるコネ眼鏡。

チェシャ猫みたいな表情がむかつく。

 

「はッ! ようやっと清々したわ」

 

「本当にそーなのかにゃ?」

 

「良く戻ってきました、えらいえらい、って頭でも撫でてやればいいワケ?

 冗談じゃないわよ。あんなガキなんか端から宛てになんかしてないっつーの」

 

紛れもないあたしの本心だ。

中途半端なままのガキシンジに、期待なんかしていない。期待しても裏切られるに決まっている。

そもそものあたしがアイツに抱いていた好意すら―――いや、それだってもうどうでも良かった。

 

拠るべないあたしに残されたものがあるとすれば、あの場所だけだ。

もはや人としての形しか持っていないあたしにとって、あの村で生きる人を守ることだけが、最後の存在証明(レゾンテートル)となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ニア・サードインパクトによって、人類の生存領域は大幅に減退していた。

セカンドインパクトより、さらに陸地の奥へと追いやられた人々は、最小単位のコミュニティをどうにか形成している。

 

あらゆる物資は欠乏していて、その文化レベルは推して知るべし、だ。

全ての大人には作業にノルマが課され、クレイディトによる相互扶助的な配給はあっても、自家農業が生命線。

もはや水しか必要としないあたしは別にしても、人が生きていくために大地と、引いては地球との関りは絶対に避けられないことを思い知る。

 

そして、人は決して絶望しないことも知った。

どんな地獄のような状況でも、愛を育んだあたしの友人がいる。

粛々と己の役割を果たそうとする人の生き様を、あたしは間近で見続けている。

 

「産めよ、増えよ、地に群がり地に増えよ…か」

 

創世記の一説を呟いて、あたしはどんな表情を浮かべていたのだろう?

エヴァの呪いによって成長を止めたあたしの身体。

人としての存在の位相をずらされた肉体は、次世代を産むどころか生理現象すらない。

 

ヒカリの子供が産まれても、あたしは一度も顔を合わせていなかった。

どころか、村の子供たちとも話したことさえない。

 

別に同じ時間を歩けないことを拗ねていたわけじゃない。

人のカタチをしたあたしは、明らかにこの村の異分子だ。

それでも、まったく昔と変わりなく友人は心配してくれている。

「君は君のままでいいんだ」と言ってくれた人がいる。

だから、あたしは―――。

 

 

 

刹那の回想。

濃密でいて、しゃぼん玉のように弾けた思考は、きっとあたしに残された最後の人としての証。

 

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおぁあああああッ!!」

 

痛みという感覚すら理解できなくなるような曖昧と変動の狭間で、あたしは左目の封印柱を引き抜く。

 

エヴァ13号機を封印し、フォースインパクトを阻止する。

 

そのために、人であったあたしを捨て去ることに躊躇(ためら)いはない。

この身を賭けて、全てを終わらせることに意味を見出す。

あたしがいなくなっても世界が残ればそれが勝利だ。

 

誰の勝利?

あたしを滾らせているものは何?

アンタの本当に望むものは何なの?

 

変じていく身体と精神の、分裂過程における相対的思考。

はッ! と雑音(ノイズ)をねじ伏せて、あたしはあたしだけに可能な奥の手を解放する。

裏コード999。あたしの中の使徒の力を解放する最終手段。

エンジェルブラッドを注入された弐号機は、もはやその形状どころか存在すら現実事象から逸脱しているはずだ。

 

「さっさと…くたばれええッッ!!」

 

歯を食いしばり、心の中で絶叫する。

ずんッ! と喉あたりに衝撃。

13号機の腕が喰い込んでいる。

うそッ! 封印状態にあったはずでしょ!?

 

全身から力が抜ける。

最後の切り札が通じなかったことを悟らざるを得ない。

ほぼ同時に、あたしは目を見開く。

 

あたししかいないはずのコックピット。

その目前にいる、もう一人のあたし。

 

―――式波シリーズ。

 

デザインチルドレンとして作られた群体。あたしもその一人にすぎないことを思い知らされる。

 

同時に、理性の欠片が囁く。

 

これは悪手だ。

いまの状態のあたしの前に、概念存在的なもう一人のあたしが迎えに来ていること事態が、何者かの悪意による作為の一旦だ。

 

「…そう思い通りになってたまるかってのッ!」

 

喉のDSSチョーカーへと手を伸ばす。

ほとんど使徒へと変貌した今となっても、これを起動さえすればあたしは消え去ることが出来る。

 

『無駄よ』

 

せせら笑うもう一人のあたし。

次の瞬間、あたしの意識はあたしの身体ごと―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はッ、と目を見開く。

ぼんやりとした視界に映るのは、見知らぬ天井。

カナカナカナ…と鳴くのは、きっと久しぶりに聞くひぐらしの声。

 

薄暗い部屋で、あたしはそろそろと身体を起こす。

開け放たれた窓から漂ってくる、濃い土の臭い。

夕飯の支度をする、どこか懐かしくて、食欲をそそる匂い――。

 

―――食欲?

 

意識したとたん、ぐるるとお腹が鳴った。

ほぼ同時に、がちゃんと何かが床に落ちた音。

足元でアルミ製の洗面器がぐわんぐわんと回る中で、あたしの見知った人が驚きの声を上げる。

 

「あ、アスカ!? 目を覚ましたのねッ!?」

 

「…ヒカリ?」

 

言われて、ああ、ここは村の診療所の病室だと気づく。

 

「大丈夫、アスカ!? 痛いところはない? ねえ! あなた! 誰かーっ!」

 

駆け寄ってきたヒカリがベタベタとあたしの背中や頭を触る。

きょとんとしているあたしに対し、ヒカリはなんかパニック状態みたい。

一緒に背中の赤ん坊も泣きだしたのは、もはやカオスだ。

 

「目ぇ覚ましたんか、式波ィっ!」

 

白衣を着た鈴原が飛び込んでくる。

それを皮切りに、ぞくぞくと入ってくる村人たち。

知っている人もいた。知らない人もいた。

そんな人並みをかき分けて、一番最後に駆けつけてきた人がいる。

 

「―――アスカ」

 

抱きしめられる。

 

「ケンケン…!」

 

されるがままに、彼の肩越しに集まった面々を見回すあたし。

皆が笑顔を浮かべていることに戸惑ってしまう。

 

「…いったい、何がどうなっているの?」

 

「あ、アスカはねッ! いきなり村外れに倒れているのを、隣の家の子が見つけて…!」

 

なお興奮状態のヒカリを、鈴原がまあ落ち着けと宥めている。

替わりにケンケンがゆっくりと説明してくれた。

 

「君が村外れに倒れていたのは本当さ。なんの前触れもなかったから、みんなびっくりしてね…」

 

アンチLシステム外の活性化現象。

結界の中で、村の人たちは誰もが肩を寄せ合って事態を見守ることしか出来ない。

そんなニア・サードを想起させる異常現象を前に、ひょっこりと村外れ―――ケンケンの家の近くに横たわっていたあたし。

直後、活性化現象は緩やかに沈静化。

同時に通信障害も解消され、ヴィレの方から連絡があったんだそう。

 

『我ラ作戦ヲ完遂セリ』

 

 

 

「アスカたちがこの村を守ってくれたんでしょ?」

 

意気込んでくるヒカリに、あたしは曖昧に笑う。

あたしはフォースインパクトを防ぐべく、最大限の努力をしたつもりだ。

同時にそれは、大いなる矛盾となって今のあたしへと突き刺さる。

 

「その目。眼帯をしなくても見えるようになったのね。良かった…」

 

涙ぐむヒカリの姿は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

ズキリと頭に痛みが走った。

思わず頭を押さえて呻いてしまうあたしに、鈴原がパンパンと手を叩く。

 

「ほら、皆して一旦散ってくれや! ちーっと詳しい検査をするからのうッ!」

 

まだ心配そうに、それでも嬉し気に帰っていく村人たち。

残ったのはケンケンと鈴原夫妻だけ。

何かを察したようにヒカリたちも席を外し、夕闇の迫る診療所には、あたしとケンケンの二人きり。

 

「―――何が、あったんだい?」

 

「良くは分からないけど…。きっとアイツ―――シンジの仕業よ」

 

ヒカリの貸してくれた手鏡を覗きこみながらあたしは答える。

あたしの左目は、完全に元通りになったよう。

 

その原因を思い出そうとして―――またしても鋭い痛みが走った。

酷い痛みに涙が滲み、視界が二重にブレて見える。

 

あたしは使徒化したはずだ。

それの後遺症だろうか?

 

「大丈夫か?」

 

心配そうに顔を覗き込んでくるケンケンに、大丈夫よと頷こうとして、あたしは視界の端にヒカリの姿を見つける。

茶碗やら何やら小鉢の乗ったお盆を抱えていて、そこから湯気が立ち昇っていた。

 

「食べられそう? お腹空いたかと思って…」

 

その気遣いは嬉しくて、困惑してしまう。

エヴァの呪いに縛られたあたしは、人間の食事を受け付けない。

ヒカリには何故か言いづらくて、今日、この日まで伝えていなかった。

 

「ありがとう。せっかくだけど―――」

 

ぐるるっ、とはっきりとあたしのお腹の音。

口の中が水気を帯びる。

なんだろう、この感覚?

とても懐かしいような…。

 

あたしの事情を知っているはずのケンケンが、ヒカリからお盆を受け取っている。

小鉢から箸で挟んだそれを、差し出された。

おそるおそる口に含んで、あたしは目を見開く。

 

懐かしくも甘じょっぱい味に、ほくほくとした芋の歯ごたえと匂い。

 

「………ッ!!」

 

ケンケンから箸を引っ手繰り、無言で小鉢の中味を掻きこむ。

噛んで噛んで飲み下し、お腹の底からほっこりと温かくなっていく感覚に、あたしは涙を流していた。

 

「…そんなに美味しかった? その芋の煮っころがし」

 

怪訝そうにヒカリが見てくる。

 

「ううん、最高よ」

 

涙を流しながら何度も頷いて見せる。

そんなあたしをケンケンはただ微笑んで眺めてくれていた。

 

 

 

 

ヴンダーに乗艦したメンバーたちは、人類生存圏に戻るのはまだ少し時間はかかるかも知れないけれど、大半の乗員は無事だとのこと。

ただ、ミサトが戦死したのだけは間違いないらしい。

ヴンダー本体を最後の希望へと変えてシンジへと届けたそうだ。

酷く疲れた表情のリツコから教えてもらった。

 

『もしかしたらミサトは、最後の最後に母親らしいことをしたかったのかもね…』

 

通信の切れる寸前、呟くように口にしていた台詞は、もしかしたらリツコの独り言だったのかも知れない。

その意味を理解しようとして、あたしは止めた。

時として言葉とは、ただ発せられたことだけで価値が生じることもある。

分からなくても、ただ感じらればそれだけでいいこともあるのだろう。

 

 

平穏な暮らしが戻った村。

そこであたしも静かに大地と関わり合いながら暮らす。

朝起きて、畑を耕して、ご飯を食べて。

仕事が終わったらお風呂に入り、夜はぐっすりと眠る。

 

もう二度と戻れないと思っていた人間としての生活。

 

食事を摂らなきゃ死んじゃうなんて、人間って面倒くさい。

そんな風に思っていた時期が長すぎたのか。

今のあたしにとって、ただものを口に入れて味合うという行為は、懐かしさより喜びの方が勝る。

 

そうは言っても、決して村の食糧事情は改善されたわけじゃない。

細々と全員が食べていくのがやっとなのは相変わらずだ。

 

「アスカは育ち盛りだからな」

 

そう言ってケンケンはあたしに食事を分けてくれた。

 

「14年分をしっかり食べて取り戻さないと」

 

笑って自分は専ら不味いレーションを食べているケンケンに申し訳なく思ったけれど、復活したあたしの食欲は、なかなか自分でも制御が出来ない。

エヴァの呪縛が解けたらしいあたしは、髪だけではなく身長も少しだけ伸びている。

 

けれど、決して暗い話題ばかりじゃなかった。

 

村の周囲で見られた『ハイカイ』が姿を消した。

ケンケンが詳しく調べたところ、どうやら連中はただの土くれに戻ったらしい。

 

同時に、結界外のLCL濃度も減少傾向にあるとのこと。

それはつまり、人類の生存可能領域が広がることを意味する。

今まで近づけなかった場所にある施設や、機材の回収なども楽になるだろう。

単純に農地に使える土地が増えれば、人口が増えても食料を賄えるはずだ。

 

ここに至り、世界統治機構としての性質を前面に出してきたヴィレは、クレイディトによる配給量の増加を決定。

結界内に新たなプラントが発見出来たとか、対ネルフに割いていたリソースを食料供給に全振りできたからとか、噂では聞いたけれど、今やメンバーではないあたしにとってはどうでもいいことだ。

今のあたしに重要なのは、搬入されるコンテナの増加に目を輝かせる子供たちと、折よく収穫時期を迎えた作物たちを前に、鈴原が叫ぶように宣言したこと。

 

「よっしゃ! 祭りをしようやっ!」

 

 

 

祭りの本来とは、収穫の恵みを神に感謝することらしい。

それに半ば無理やり戦勝会という名目を組み合わせた結果、第三村はかつてない喧噪の中にある。

この日ばかりは食べ物も大盤振る舞い。

それどころか、どこから持ってきたものか、綿あめ機にタコ焼き、かき氷の屋台まで建つ始末。

盛大な照明に、太鼓とお囃子。さざめきあう人々の笑い声。

どこか懐かしいそれらに背を向けて、あたしはケンケンに肩を貸しながら家路を歩む。

 

「ったく、ケンケンってば、飲みすぎ」

 

「ああ、ごめん。でも今日くらいは…」

 

珍しくケンケンが酔っ払っている。いつも冷静であろうとする彼がこうやって隙を見せてくれるのは、本当は嬉しい。

 

「よっ、と」

 

軒下のコンテナの上へと、足元の覚束ないケンケンを座らせる。

すかさず家の中からコップに汲んだ水を持ってきて手渡す。

 

「ああ、ありがとう」

 

そういって一気に水を飲み干すケンケン。

 

「く~っ、酔い覚ましの水は甘露の味ってね」

 

「なんかオヤジクサい…」

 

「仕方ないだろ。俺ももう28を過ぎているんだし」

 

そんなこと、と言いかけて、ミサトのことを散々オヤジクサいと思っていた過去を思い出し、あたしは口をつぐむ。

替わりとばかりにケンケンは饒舌だ。

 

「…この分だと、ツバメちゃんが大人になる頃には、防護服なしでも自由に出歩けるようになるかも知れないな」

 

ヴィレの観測員とも親しい彼の予測は、おそらく間違いないと思う。

 

「そっか。うん、色んなものがどんどんといい方に転がっているね…」

 

ケンケンの隣に並んで腰を下ろし、丸めた膝を抱えてあたしは笑う。

 

「でも、あんまり幸せなことばかり続くのも、ちょっと怖いかな」

 

最後の戦いが済んで、全てが順調だった。

あたしの呪縛は解け、平凡で平穏な暮らし。

昔みたいな利便性はないけれど、それなりに文化的な生活を送れていると思う。

あまりにも順調で、だからこそあたしの胸の中の何かがチクチクと騒めく。

頭の奥の奥で、何か大事なことを忘れているような、見落としているような感覚がある。

 

何気なく呟いたつもりだったけれど、そんな不安はきっと態度に出ていたのだろう。

ポンと頭に手を置かれた。

 

「幸福も不幸も、時には重なることもある。これは真理さ」

 

ゆっくりとあたしの頭を撫でながら、ケンケンは語ってくれた。

 

「けれど、幸せだと思うのも、不幸せだと思うのも、結局は人の心の持ちようなんじゃないか?」

 

ハッとあたしは顔を上げ、多いに納得する。

思い浮かべるは友人の姿。

どんな酷い場所で暮らしていても。

辛い生活を強いられていても。

全てを忘れてしまえるような幸せは確かに存在する。

 

他人を不幸だとか断ずるのはきっと傲慢なことで。

自分が自分を幸せだと思う気持ちは、決して誰にも止められないんだ。

 

―――だったら、あたしは?

 

頭を撫でられたまま、あたしは視線を上げる。

夜空に瞬く星の数々。本当に今にも降ってきそうなほどで。

 

最高にロマンティックでリリカルな気持ちを胸に、あたしはケンケンの方を向く。

 

「うん。今のあたしは、とっても幸せだよ?」

 

はにかんで、それからゆっくりと目を閉じた。

そっと顔を斜めに持ち上げ、唇を軽く突き出すようにする。

 

チュッと、額に柔らかな感触。

 

目を開けて不満顔を作るあたしの髪を、ケンケンは笑いながらかき回している。

 

ちぇっ。

こんな気障な真似、まるで加持さんみたいじゃないの…。

同時に、ケンケンってばミサトみたいだな、とも思う。

 

ああ。この懐かしい雰囲気は、14年前のあの頃を同じなんだ。

加持さんがいて、ミサトもいて、あたしは学校でヒカリたちと―――。

 

「ッ!」

 

激しい痛みが頭を駆け抜ける。またもや二重にブレる視界。

 

「どうした、アスカ?」

 

心配そうにのぞき込んでくるケンケンの前に手を翳し、あたしの脳裏に克明に浮かぶのはあのバカの姿。

あの頃は、確かにあたしの一番近い場所にいた男の子。

ナヨナヨしててウザいとは思ったけれど、あの関係もあれはあれで居心地の良いもので―――。

 

「―――うん、大丈夫」

 

見捨てられた過去。赤い浜辺の光景。

それらを纏めて記憶の箱に閉じ込めて、厳重に鍵を下ろすあたし。

 

「ひょっとして、シンジのことか?」

 

なのに、その鍵穴を回すのは、他ならぬケンケンだった。

 

「…違う。違うわ」

 

ムキになって否定するあたし。

 

「あんなバカのことなんてどうでもいいのッ! あたしは、あたしを見てくれる人がいれば、それだけで…!」

 

ケンケンに縋りつく。

優しく抱き留められて、あたしは幼いころの姿へと戻っていく。

 

作られた子供。

有能さを証明できなければ取って代わられるクローンの一体。

オンリーワンにして、結局は膨大なストックの一人に過ぎないあたし。

そのことに無自覚でいられなくなった日こそ、あたしの幼年期への決別。

誰にも文句が付けられない存在であろうとした結果、誰もがあたしを必要としてはくれなかった。

 

認めて欲しかった。

必要だと言って欲しかった。

好きだと言って欲しかった。

好きだと言ってみたかった。

 

けれど、碇シンジに抱いた感情さえ、そう仕向けられるように作られたものであったことに、あたしは絶望する。

おまけに人の身体ではなくなったことには、絶望を通り越して笑うしかない。

半ば自棄になったあたしを破滅から救ってくれたのがケンケンだった。

 

ただ隣にいてくれた。

おそれるでもなく、嫌がるでもなく、普通に接してくれた。

君は君のままでいい、とさえ言ってくれた。

 

ここがあたしの居場所だ。

この居場所を護るために、あたしは頑張ったんだ。

だから、お願い。

誰も、あたしからこの場所を奪わないで―――!!

 

 

 

 

 

 

 

『…そっか。あたしは幸せを手に入れたんだね』

 

 

 

 

 

 

 

 

どこからか、あたしの声。

ううん、あたしは、あたしで。

 

そう思ったとたん、二重にブレる視界はゆっくりと、けれど確実に補正された。

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

驚きの声はケンケンの上げたもの。

彼の腕の中で泣き疲れたように眠る小さな少女がいる。

それは間違いなく、幼い頃のあたしだ。

 

そしてその光景を、確信を込めて見下ろすあたしがいる。

 

「ア、アスカが二人いる…!?」

 

まあ、驚くのも無理ないか。

いきなりあたしが分裂したみたいなもんだからね。

あたしは微笑む。

 

「そのあたしのこと、よろしくお願いするわ」

 

「って、いきなりそんなこと言われても…」

 

「式波・アスカ・ラングレーにとって、あなたの隣が一番幸せな場所なの」

 

そう宣言したとたん、左の視界は暗くなる。

同時に右腕も包帯で覆われた。

身体を見下ろせば、ボロボロの真紅のプラグスーツ。

これら全てをひっくるめて、あたしの聖痕(スティグマ)であり決戦仕様。

 

「…君は一体…」

 

さすがのケンケンもひたすら驚くだけ。

ゆっくり説明してあげたかったけど、時間がない。あたしはあたしが向かうべき場所へと赴かなけれならない。

だから、万感の思いを込めて、あたしは礼を言う。

 

「今まで本当にありがとう…相田」

 

「…ッ! そうか…」

 

何を察したのか。何を察しさせてしまったのか。

申し訳なく思うあたしだったけれど、驚きも一転、相田はゆっくりと笑顔になる。

 

「それじゃ、最後に一つだけ聞かせてくれ。君は、何者なんだい?」

 

それは、とてもいい質問だった。

こちらも笑顔を作り、髪を跳ね上げ、あたしは声高に答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしは、惣流・アスカ・ラングレーよ!」

 

 

 

 

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