テンプラと自虐する男の㊙手記   作:Mak

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テンプラの秘密: 先祖は僧侶だったり武士だったり豪農だったりとよく分かってない


1年と3か月振りの投稿です。
前話も同じくらいのペースで投稿でしたね。ウマ娘も3.5周年と私にしては中々熱が冷めない素晴らしいコンテンツに出会えたなという気持ちですが、最近は競馬の方にお熱な状態です。

一応この作品は書き続けているのですが、書き切れずに下書きが山積みの状態です。

気ままに書いている状態ですので次もいつ投稿できるか分かりませんが、宜しければ楽しみ気長にお待ちいただければ幸いです。


書き散らし ウマの骨

ウマの骨

 

もしもこちらの世界に来てから何か生活習慣に変化があったかと聞かれたら連続TVドラマを頻繁に観るようになったと答えるかもしれない。

それ程までにあちらの世界では連続ドラマという娯楽には興味がなかったのだ。

 

なぜと聞かれても明確な答えが無いのだが、まあ、強いて言えば観たとて感想を共有できる知り合いが周りに居なかったのが理由かもしれない。

 

別に友達が居なかったとかではない。単に趣味が合わなかっただけなのだ。

 

それと来週も観てもらうための戦略とはいえ毎回歯がゆい場面で終わるあのモヤモヤ具合が苦手で、しかも続き出るまで一週間待つのが子供の心に苦手だったのだと思う。

 

まあ正直今もその辺は苦手ではあるのだが、大人になると一週間が過ぎることの早いことに加えて今は感想を共有する手段と相手が増えたためさほど苦痛には感じなくなったのかもしれない。

 

最近はSNSの普及により友達の少ない私でも他人との意見を交換しやすくはなったのだが私の場合は幸運にもトレセン学園に通う現役のウマ娘たちという生の声を聴ける相手も少なからず存在する。

 

勿論、友達感覚で彼女たちと話しているわけではない。

一応はこれも業務上の努力のうちであり、戦略でもあるのだが、まあ若々しい感性の持ち主である彼女たちと意見交換できるのは役得というやつだろう。

 

共通の話題というのはやはり会話のタネにしやすく、なにより取っ掛かりとしてはとても優秀なのだ。

既知のウマ娘相手は勿論のこと、大抵の子は話題のドラマを観ていることが多いので初めてのインタビュー(インタビューを受けることそのものや初めて私と喋る場合の両方)で緊張している相手と会話を弾ませるには持って来いなトピックなので非常に重宝する。

 

とはいえドラマの内容によっては注意が必要だ。

 

一度、ウマ娘たちが主役の青春モノのドラマ、「LOVEだっち」の伝説的最終回の放映後にその話題を振ったら物凄く恥ずかしそうにしながら避けられた上に、問い質そうとしたら変態の汚名を着させられそうになり危うくトレセン学園を出禁になりそうになったことがあった。

 

その時はたづなさんの仲介により事なきを得たがあの時は肝が冷えたものだ。

 

一応なぜそんな目にあったのかというと、それはこの世界特融の事象…ウマ娘が当然のように存在し共存する世界とはいえこちらの世界の人間もウマ娘については全てを知っているわけではないことに起因すると思われる。

 

問題になったのはドラマの最終回で出てきた尻尾ハグなる行為のシーンであり、登場人物のウマ娘同士が互いの尻尾を絡ませ合う表現だ。

 

尻尾の無い私からすればそんな芸当が可能なのかと感心こそしたがその程度であり、まあその名の通り通常のハグと変わりないか、アメリカ人などがやる仲間内だけの秘密のハンドシェイクの延長戦みたいな仕草だとその時は思ったのだがどうやらそうではなく、視聴した多くのウマ娘たちにも衝撃を与えたようだった。

 

曰く、「刺激的」「恥ずかしい」「特別な相手とするもの」と認識したらしく、そりゃ男性からそのことを聞かれるのは嫌だろうなと納得したものだ。

 

だが気になるのは何故このような描写がこれ程までに話題になったのか、そもそも何故こうした演出が採用されたかだ。

 

調べてみたら事実は至極シンプルな話で、調べた限りでは尻尾ハグが描写されたのがこのドラマが初めてであり、演出家がウマ娘ではなくヒトの女性だったのだ。

 

つまりはこちらの世界の人間でもウマ娘特有の感覚というものは例え同性であっても完全に理解できているわけではなく、尻尾ハグに関しては制作側にとっては思いがけない反響を生み出す演出となってしまったのだ。

 

演出側としてはドラマの内容に合わせウマ娘同士の友情を握手や通常のハグよりちょっとだけ深く演出できないかと模索した結果生まれたものであり、現実で受け止められたセンシティブ一歩手前にまで至るとは思いもよらなかったらしい。

 

また、この尻尾ハグを指示され実際に演じることになったウマ娘俳優のコメントによれば尻尾を互いに絡み合わせること自体をしたことも想像もしたことが無かったため撮影当時は恥ずかしさよりも困惑の感情の方が強かったらしく、放送後のコメントを観てからものすごく恥ずかしくなってきたとのことであり、もう一度演じることが出来るかの問いには心の準備に時間は掛かりそうだが機会があれば演じますとのことでそのプロ意識の高さには感服するばかりだ。

 

 

このように、尻尾ハグは私だけでなくこちらの住人にとっても目新しい演出だったのは間違いないのだが、あちらの世界でも観たことのある古典的な演出も勿論存在する。

 

するのだが…その意味合いや由来や経緯が異なる演出も存在したりする場合もある。

 

その一つに男性が女性のご両親の元へ結婚の許可をもらいに行き断られるときのド定番なセリフ、「どこぞのウマの骨とも知れない奴に娘はやれない」というセリフがある。

 

ありきたりなセリフ故、もはや懐かしく感じられるほどに今日日聞かなくなったセリフなのだがこちらの世界でもこのセリフは古典的な言葉として確かに存在しているのだ、馬が存在しない世界を知っている身からすれば違和感しかない。

 

そもそも馬の骨とは何かを振り返ってみよう。

馬の骨とは素性の知れない者という意味で使われており、上記のとおり娘についた悪い虫を体よく追い払うために使用される言葉である。

 

馬の骨と言われるのはそもそも中国で役に立たないモノの例えとして使われ、馬の骨は大きすぎて役に立たないばかりか処分に困る厄介者とされていることに由来する。

それが転じて素性の分からない者を現すようになったという。

 

すでにこの時点でお気づきかもしれないが、ウマ娘の骨は人間とさほど変わらないサイズである。

……まあ一部民謡で伝わる特殊な使い方(あれも実は史実とかではなく創作と知って愕然とした)が伝わっていたりもするが人骨と変わりないウマ娘の骨にどれほどの価値があるかも分からないし少なくとも我が国の文化圏では骨を役に立つ、立たないは関係なしにそういった評価にはそもそも至らないと思いたいが、とにかくこちらの世界では語源からこの言葉は変化しているのだ。

 

 

それでもなぜ同じ意味で使われているのか……

それは中世でのウマ娘の立場と出生方法に秘密があるのだ。

 

 

 

上記の通り、これらの台詞が主に使用されるのは基本的には男性とウマ娘の恋愛ドラマなどである。

今の時代こそウマ娘たちが恋愛ドラマのモチーフにされるほど自由恋愛が許されているが人類史からみればウマ娘が自由恋愛と結婚が許されたのはごく最近のことなのだ。

 

勿論、外国や時代によってウマ娘たちの恋愛事情は事細かく違うのだが今回は日本にだけフォーカスして説明をしていこうと思う。

 

 

日本の歴史の時代区分は主に原始時代、古代、中世、近世、近代、現代に識別されており、この国におけるウマ娘たちが存在した最古の記録は縄文時代とのことらしく、バ骨やウマ娘らしき埴輪が見つかっている。

 

この頃はそもそも婚姻制度というルールに基づく仕組み(とはいえ無秩序でもなかったとか)はなかったということもあり、正確な記録があるわけではないがウマ娘たちは普通に恋愛や同意婚などはあったと推察されている。

 

それらが一変したのは古代、飛鳥・奈良時代に貴族社会の誕生が影響している。

今までの結婚が単なる男女の結びつきから婚礼という儀式を取る形となり、特に高位の貴族たちの婚姻には政治や家と家の結びつきの傾向が強くなったためその相手には制限が掛かったのだ。

それらの制限には平民のほかにウマ娘たちも含まれた。

婚礼制度が貴族社会だけだった当時に平民はともかくウマ娘が対象外になったのかは諸説あるのだがウマ娘たちがその労働力を買われて農業に従事しているものが殆どとされている。

また、当時の有力貴族にウマ娘が主体の貴族が居なかったというのも理由とされている。

 

とはいえ、あくまで貴族社会だけの適用のため中央政権の力の及ばない地方や平民社会ではまだ普通に古代から変わらず自由に結婚出来ていたとされているのだがウマ娘たちの婚姻が完全に制限されたのは更にその後の時代、鎌倉時代から始まる長い長い武士が支配する中世の時代である。

 

武士の時代にはウマ娘の婚姻が平民も含め禁止されたのはウマ娘たちが武士にとっては重要な戦力であり、刀と同等レベルで武士の誇り扱いされていたからだ。

なので、意外なほどにウマ娘たちは武士たちに大事に扱われていたのだが手を出すことは強く禁じられていたし律していた。

その理由とは、武士は何時如何なる時も戦に備えなければならず、自分のウマ娘を身重にすることはその精神に反し、また恥とされたからだ。

 

勿論、自分が手を出すことは勿論だが配下、戦の度に召集される雑兵たちにも手を出すことは強く禁じられ、何時しか平民もウマ娘たちと交わることもタブーとなり近世になるまでウマ娘の自由結婚は長らく許されなかった。

 

 

ではその間ウマ娘たちはどうやって子孫を残したのかを説明する前に、ウマ娘という単語がどのようにして出来たか説明をしておこうと思う。

 

グラスワンダーちゃんにはとーても申し訳なく思うのだが彼女を始め現代っ子が想像する誇り高き武士の姿とは江戸後期ぐらいに出来たものであり、古代の武士は基本的にはならず者集団みたいなもので、使えるものはウマ娘も女も使う集団(というより古代の戦は子供以外全員参加が当たり前であり、初期の武士のやり方はその名残)だったのだ。

 

ある時、勢力を拡大する武士たちに危機感を覚えた貴族たちはか弱い女を戦場に使うとはなんて野蛮で情けない連中だと武士を非難し、あわよくばウマ娘の使用を制限させ弱体化を狙ったのだ。

その当時はウマ娘もヒト女性も一括りに「女」という扱いであり、ウマ娘はあくまで尾があって力が強いだけの女という扱いだったのだ。

 

貴族の狙いを理解していた武士たちは、ウマ娘は女ではありませんという反論と言い訳を通すためにウマ娘の語源とされる単語を生み出し、現代におけるウマ娘とヒト女性を明確に分けた切っ掛けを生み出したとされている。

 

その代わりに長らくウマ娘の婚姻には制限が課せられ、人種的な区別が長らく払拭されない状態が続くのだがそのことについては長くなるのでまた別の機会にまとめようと思う。

 

そんな複雑な武士のメンツを保つために割を食ったウマ娘たちだが、彼女たちも生物である以上は生きて子供を産み次世代に託すという生物の命題を無視することはできなかったし武士たちも自らが交じることは出来ないが決してウマ娘たちに滅んでほしかった訳ではない。

 

だがウマ娘というのは性別上女性しかいない種族である。

どうしても種となる男性の存在は必要だったのだがそれらの問題をどうしたのか……。

それはウマ娘から稀に生まれる男を共通財産として囲いこむという方法である。

 

ウマ娘は必ずしもウマ娘を産む訳ではない。

ヒトと違い、8割以上の確率でウマ娘が生まれ、残り2割以下の確率で男が生まれる……この男たちは俗に種ウマと呼ばれるのだが、あくまで俗称であり現代では蔑称になるため使用には注意が必要になるのだが、どうせこの手記は表に出ることはないので以降は種ウマと書かせてもらう。

 

一体だれがこのような仕組みを思いついたのか……残念ながらその詳しくは分かっていないのだが一説には自然発生的に各地の平野部でウマ娘専用の里が生まれ、そこへ各地に生息したウマ娘が集まってきたというのが有力な説である。

 

 

彼ら彼女たちの生活は以下の通りだ。

まず、ウマ娘たちは本格化を迎えると各地の有力武士たちの元へと奉公しにいく。

奉公とはいえ任官とは違いどちらかというと傭兵的な仕組みであり、雇うための金額は勿論高額である。

手付金はそのままそのウマ娘の生まれ故郷へと支払われ、契約中の金銭は彼女たちの取り分となる。

 

その後、任期明けやそのほかの都合により働けなくなったウマ娘たちは里へと戻り、種ウマと交わり次世代のウマ娘もしくは種ウマを出産する。

 

まあ簡単に説明すると上記のように里を子孫繫栄していったとのことだ。

 

種ウマたちの方はというと、幼年期は健康に育つことに専念し、青年期になると大量のウマ娘を相手にするという仕事に従事する。

 

そして中年期になると彼らは引退し、その他の引退したウマ娘と共に畑仕事や村政治に従事するのだとか。

 

一見よくできた仕組みに見えるが実は重要な懸念事項が存在する。

それはどうしても血が濃くなってしまうということだ。

ウマ娘の血縁だけで繁殖しなければならない都合上これは仕方がないことであり、1世代目はともかく次世代以降からはどうしてもこの問題は避けることは出来ないのだが、勿論当時のウマ娘たちもこの問題には神経を尖らせていたという。

 

様々な方法が存在するが、その一つとして採られた対策が血統表の作成だ。

各ウマ娘と種ウマたちにはそれぞれ誰々の子と子々孫々まで遡れるように出来る記録を残すことが重要視された。

 

これにより、里内は勿論のこと、別の里の種ウマを借りる(定期的に他里との交換はしていたそうだ)際にもその種ウマの血統表とを比較したうえで生殖の許可を得ることにより血の閉塞が起こらないように厳格に管理され、管理外のこと、素性の知れないタネの混入や記録の紛失などは物凄く忌避されたのだ。

 

この仕組みは明治の世まで続き、四民平等によりウマ娘の自由婚が復活した後にも一部のウマ娘家庭には風習として残り、昭和のころ、戦争により血統表の多くが焼失したことによりこの風習は完全に途絶えたのだがそれでもその風習は根深く、形を変えて現代でも受け継がれ続けているのだ。

 

それこそが冒頭で述べたドラマのあのセリフ、「どこぞのウマの骨」なのだ。

今では陳腐でウマ娘の父親からすれば都合の良い言葉に変化したのは非常に面白い。

 

形骸化したとはいえ、こうやって我々の使う言葉にその文化の名残と、私個人としては相違点を見つけた時に感じるこの得も言われぬ感情は一体どこから来るのか…、やはりこの世界は興味深いなとしか言いようがない。

 

 

最後に、やはり最近のウマ娘たちは「ウマの骨」の意味を知らない子は結構いたようでドラマ放映後にすぐさまネット検索を行いその由来などにたどり着いたのだとか。

 

その後実家や自身を担当するトレーナーに家系図が残っているのかどうか確認することがプチブームになり、特にトレーナーはその意図が理解できず困惑したとかしなかったとか。

 

今回私がこのことを調べたのは懇意にしているトレーナーに頼まれてのことなのだが、果たして真実を伝えるべきか否か悩みどころである。

 




如何でしたでしょうか?

下手すれば身分とか被差別民に触れなければならない内容になりかねなかったのでアイデアが思いついてから形にするのに時間が掛ってしまいました。

それでもセンシティブに捉えられてしまう内容な気がしなくもないですが書いている身からすれば正常な判断は難しく、良ければ感想等などでご指摘いただければ幸いです。

他にも野次馬の語源である親父馬、ゲノハラの由来とかも書きたかったですが、気になる方は感想等で質問いただければ嬉しい限りです。

それではまた。

次はどのような話が読みたいですか?宜しければご意見ください

  • ウマ娘世界におけるポロの扱い
  • URA幹部によるセクハラ発言
  • フィリーズなど牝馬を表す単語
  • マスタング族について
  • テンプラがそう名乗った訳
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