そしていよいよ古市が活躍するかも?
それではどうぞ‼︎
「ーーーていうことがあったんだがどうなんだ?」
「知らん」
審議決議後、大祭運営本陣営の大広間で十六夜は早速ペストに言われたことを男鹿に訊いてみたのだが、やはりというべきか聞いた通りである。
「ヒルダさんは何かご存知ないですか?」
男鹿からの回答は難しいと考え、黒ウサギはヒルダへと話を向ける。
「そうだな・・・貴様らは魔力というものをどう認識している?」
黒ウサギがヒルダに質問したのだが、質問返しで問い直されて少し考える。
「えぇっと、私は辰巳さん達の世界における悪魔の気配で、攻撃にも使えるという程度にしか・・・」
「最初は俺もそう思っていたが今は少し違うな。俺は男鹿の世界だけでなく、箱庭における悪魔も含めた悪魔の気配・攻撃手段だと考えてる」
十六夜との認識の違いに黒ウサギは戸惑ってしまう。どうしてそう思うのかを尋ねたところ、
「だって絶大な魔力を誇るっていう大魔王は箱庭出身なんだろ?」
と端的な答えを返してきた。確かに大魔王は箱庭出身だと判明しているのだから、男鹿達の世界の悪魔だけが魔力を持っているという考えでは矛盾が生まれてしまう。
「その通りだ。少し訂正を加えるならば魔力とは悪魔における気配ではなく生命エネルギーや気と呼ばれるものに相当する。そして悪魔は無意識的であれ意識的であれ魔力によって肉体を強化できるのだ」
ヒルダの言葉を聞いた十六夜は、なるほどといった感じで納得していた。
「つまり人間でいう仙人みたいなイメージか。魔力を操ることで身体を強化して戦闘力に変換したり、抗体が強化されることで病気に対抗してるってわけか」
「まぁそれでも人間と同じで衰弱していたり身体に無理をさせれば発症するだろうが、基本的には発症しないと考えていい。仮に発症しても魔力を強めることで病気の進行を防ぎ、時間を掛ければ治癒させることも可能だ」
ペストが当たり前のように言ってきたことから、十六夜は箱庭と男鹿達の世界にいる悪魔の違いは魔力を操れる者の絶対数の差だと考えている。箱庭で魔力を操れるのは力のある悪魔だけなのだろう。
「ていうか箱庭にあるはずの概念なのに黒ウサギは知らなかったとか、貴種のウサギさんマジ使えね」
審議決議の時に分かっていなかった黒ウサギに対して、十六夜はジト目で彼女を見据える。
「そ、そんなことはありません‼︎ 確かに知識が少ないのは認めますが、今回は魔力があまり有名ではないというだけです‼︎」
これは余談だがレティシアにも同じ質問をしたところ、簡単になら理解していて近くで意識的な魔力操作をされれば少しなら感知もできるとのことである。それを聞いた黒ウサギが何も言い返せなくなり項垂れることになるのは後の話だ。
「それよりも気になることがある。鷹宮とかいう“紋章使い”は黒い歪から現れたといったな?そして石矢魔の制服を着ていたと」
「ああ。その石矢魔ってのが男鹿が通ってた学校なら多分そうだ。何か分かったのか?」
ヒルダが口に手を当てて考えながら確認するように聞いてきたので十六夜も聞き返す。
「それは転送玉による空間の歪みだろう。一介の高校生が手に入れられるような代物ではないのだがな」
「転送玉・・・ですか?瞬間移動のギフトを物として確立されているなんて凄いですね」
箱庭では
「しかし転送玉は数も少ない。もしかすると何かしらの後ろ盾があるのかもしれん」
「まさか“ペルセウス”の時と同じ奴か?」
十六夜が後ろ盾と聞いて真っ先に思い浮かべたのが“ペルセウス”とのギフトゲームだ。ルイオスをダンタリオンと契約させて悪魔憑きにし、“ノーネーム”のことを入れ知恵して対策を立てさせたという謎の男。
「ルイオスの情報では恐らく組織だと言っていたな。可能性としてはあり得るだろうが・・・今はギフトゲームを優先するぞ」
そう、まずは正体の分からない組織よりも目の前の魔王とのギフトゲームだ。休止期間を利用してやることは山程あるため、今は話を切り替えてゲーム攻略を目指すのだった。
★
飛鳥がネズミに襲われたという境界壁の展示場。
伽藍ーーー・・・と、響くような金属音によって古市は目を覚ました。最初に知覚したのはラッテンにやられた時にできた傷による痛みだ。
「いてて・・・あの女の人容赦ねぇな。何処だここ?」
次いで周りを見るとどうやら物置のような場所らしく、燭台などの小さな展示品が固定棚に並べられている大きな部屋に古市はいた。入り口は施錠されており、逃げ道となる窓はあるものの埃が溜まらないように空気を循環させるだけのものが五m以上高い場所にあるだけで、よじ登れるような取っ掛かりもないためただの人間には脱出できそうにない。
「ん〜、どうするかなぁ」
だが
自分がいる場所も構造がどうなっているのかも分からない場所で情報を集めつつ逃げた方がいいか、男鹿達と一刻も早く合流するために大人しく逃げた方がいいか、ということである。
逃げることには変わりないが、“契約書類”を見た限り今回は謎解きがゲームクリアへと繋がるものだ。危険は伴うが敵の拠点で集められる情報というのは大きいだろう。
古市の出した結論は・・・
「よし、さっさと逃げよう」
五秒ほど考えて逃げることにした。
情報?そんなものより自分の安全第一だ。
「よし、アランドローン。・・・あれ、来ない?」
実はアランドロン、近しい人間が呼べば跳んでくるという設定がある筈なのだが一向に現れる気配がない。
「あのおっさん、いらねぇ時に来るくせにこういう時はホント来ねえのな」
アランドロンへと愚痴を零すが、古市は捕まったことで立場が一時的に“主催者”側となっているためここから逃げ出さない限りは“契約書類”の追加ルールである“休止期間は相互不可侵”に引っかかってしまうのだ。
「それじゃあこっちを使うか。少しなら大丈夫だろ」
アランドロンを頼れないなら自力でなんとかするしかないとポケットからティッシュを取り出す。このティッシュは魔界屈指の戦闘集団である“ベヘモット三十四柱師団”の思念体をランダムに呼び出して、しかも使用者に有利な簡易契約ができるという貴重な代物なのだが、その代償として毒物という厄介な側面をもつ。
前回は半日以上使いっぱなしでも治療できたのだから少しなら大丈夫だ、と依存症患者のような理由付けで両鼻にティッシュを詰める。
「第五の柱、エリムちゃんだーーーって、あっ待って待って⁉︎」
出てきたのは魔法使いの格好をした幼女だったので契約を解除しようとしたのだが止められてしまった。
仕方なく役に立つのかどうかの確認をする。
「えーと、エリムちゃん?君は何ができるのかな?」
「エリムちゃんは助けを呼びに行ったりーーー」
言葉の途中で消えてしまった。
古市がティッシュを抜いたのだ。
「俺から離れられないんだから無理だよ・・・。よし、今度こそ・・・‼︎」
とにかくここから逃げ出せるような強い奴をと願って再び挑戦する。
「いったい何かと思えば、ベルゼ様の契約者と一緒にいた人間か。何の用だ?」
次に出てきたのは水色の髪と瞳を持つ少年ーーーナーガだ。ナーガは“水竜王”の異名をもつ柱師団の柱爵で、暗黒武闘を習う前の男鹿とはいえ未契約状態で対等に戦ったことのある悪魔だ。
ちなみに柱師団は十名の柱爵と二十四名の柱将、その他の団員を含めた四百人弱の悪魔で構成されているので、ナーガは柱師団で十番近くに入る実力者ということになる。
「いえ、ちょっと敵に捕まってしまいまして。男鹿達と合流するために隠密に逃げるのをナーガさんに手伝って欲しいんですけど、いいですか?」
「まぁ今の簡易契約状態でそう言われれば手伝うしかないな。身体を借りるぞ」
「はい。ていうかなんか慣れてます?」
「前回あれだけ乱用したのだ。柱師団内で報告されて当然だろう」
古市へ魔力を送り込んで五mを容易く跳躍し、窓の縁に掴まり外の状況を確認してから部屋を脱出する。
外は回廊のようになっていて展示物が並べられている。
「ここが箱庭というものか。不思議なものが多いな」
「あれ?ナーガさんって箱庭のこと知ってるんすか?」
「ああ。ベルゼ様の侍女悪魔が箱庭に行ってから定期的に王宮へと報告がされているのでな」
「偶にいなくなることがあったけど、そんなことしてたんだヒルダさん」
そんな風に話し合いながら慎重に出口へ向かっていたのだが、大空洞に差し掛かったところで前から足音が聞こえてきた。見つからないように脇道に逸れて息を殺して足音の方を覗き見る。
「あの子達、頭が回るようでしたけどこのゲームの謎が解るかしらねぇ?」
「俺がやり合った坊主は謎をほとんど解いてやがった。アレは切っ掛けがあれば間違いなく解けるな」
「時代背景にまで気付くっていうの?」
「多分な。どんな頭の仕組みをしてやがるのか気になるほどだよ」
入り口と思われる方向からラッテンとヴェーザーが何やら話しながら歩いてきた。それに続いてペストと鷹宮が静かに歩いてきたのを見て古市は怪訝な表情を浮かべる。
「あれは石矢魔の制服・・・。あいつ、石矢魔の生徒か?」
「それよりも帰ってきたのならば近いうちに見回りに来るのではないか?」
「そうですね。気付かれないように急いで「は、はぁ⁉︎ 捕まえた二人も部屋から消えた⁉︎」・・・遅かったみたいです」
ネズミから脱走の報告を受けたようだが、何やら鉄人形も消えただの鉄人形を作ったのはどこだのと彼らにとって予期せぬことが起きているようだ。今のうちにと逃げようとした時に、新たにネズミが現れてラッテンはまた報告を受けていた。
「・・・ヴェーザー‼︎ そこの脇道にいるから捕まえて‼︎」
「ゲッ、見つかっちまった⁉︎」
どうやら何処からかネズミに見られていたらしい。もう隠密なんて考えていられない。古市はナーガによって魔力強化された肉体をフルに使って出口を目指す。多少入り組んだ構造になっているとはいえ展示場なのだから出口の場所は簡単ながら示されている。もう少しで出口だと最後の直線を走り抜けようとしたところで不自然な岩壁の崩落により道が防がれてしまった。
「嘘ぉ⁉︎ ナーガさん、何とかできませんか⁉︎」
「問題ない。少し負担が掛かるかもしれんが耐えろ」
そうして送られる魔力が増大していき圧迫感を感じるようになる。しかし、前に使用した時に限界まで魔力を入れられた経験かどうかは知らないが、身体が耐え切れずに皮膚が裂けるなどということはない。
「水燼濁々ーーー蛇竜掌」
そうして溜め込まれた魔力が黒い奔流となり、出口を埋め尽くす瓦礫を吹き飛ばした。
「すっげぇ。てかこのティッシュみんなの技も使えるんすね」
「魔力を放出する技なのだから、威力は落ちても使えないという道理はない」
そんな彼らの後ろには、ナーガが魔力を溜めているうちに追いついたヴェーザーが驚愕の表情で立っていた。
「どういうことだ?今の魔力にその悪魔・・・てめぇも契約者か?」
「私が見えているということは悪魔か?ならばどういう結果になるかは分かるだろう?」
言われたヴェーザーは僅かに逡巡する。
どう足掻いても絶対的に覆せない程の実力差・・・というわけではないが、現時点で“アレ”を使っても同等といったところか。出口はすぐ後ろ、手の内がバレて逃げられる可能性の方が高い。岩壁を崩壊させて魔力を溜める必要を作ったために追いつけたのだから、逃げられたらそのスピード差で撒かれてしまうだろう。
「だったら少しでも足止めさせてもらうぜ‼︎」
ヴェーザーは地面を変化させて拘束しようとする。さっきの轟音と魔力を感じて誰かが向かってくる筈だと考えたヴェーザーは時間稼ぎに専念することにしたのだ。
それを見たナーガは空中へと跳び、魔力を黒い龍に形成してからその上に立って宙に浮く。
「チッ、浮けんのかよ。便利な魔力だな」
いかに地面を変化させても浮遊されてはどうしようもない。自ら突撃しても、避けられて滞空中に逃げられるかカウンターを食らうかのどちらかだろう。何もしてこないヴェーザーを見て古市とナーガは警戒しながらもそのまま飛び去るのだった。
はい、ティッシュを散々引っ張っておいてあっさりと出したなとは自分でも思っています。
一回はここぞという時に出すパターンも作ってみたのですが納得いかずにこちらにしました。
少し説明不足の部分を解説しておきますと、レティシアが魔力を感知できて黒ウサギが感知できないというのは語弊があります。
黒ウサギも気配は感知できるがそれが魔力によるものかどうかの判別ができないというだけのただの経験不足です。