それなりの期間が空いてしまって申し訳ない。
これからも更新が遅れていくと思いますが、夏休み中になんとか書き溜めていきたいです。
それではどうぞ‼︎
舞台区画のある一画。
「サンドラ様‼︎ 前後で挟み込みます‼︎」
「分かった‼︎」
ハーメルンの街で魔王ペストを相手取っているのは、黒ウサギとサンドラの二人である。
黒ウサギが前方から放つ“擬似神格・金剛杵”の轟雷に合わせて、サンドラは“龍角”の紅蓮の炎を後方から放出する。ただの人間からすれば天変地異と形容してもいい程の力の奔流を、ペストの黒い風は悉く防いでしまう。
「ずっと同じことの繰り返し。いい加減飽きてきたんだけど」
そしてこれまでと同じように黒い風を竜巻かせて二人へと向けるが、二人はペストから跳び離れることでそれを回避。戦闘開始からずっと同じ展開である。
明らかにペストが手加減をしているのは分かるが、タイムオーバーの総取りを狙っているのであれば不思議ではない。その隙に各個撃破を狙う作戦をこちらは立てているので、お互いに時間稼ぎは望むところなのだ。
「“黒死斑の魔王”。貴女の正体は・・・神霊の類ですね?」
「えっ?」
黒ウサギはこちらの攻撃が通らないのなら、と疲弊したサンドラを見て会話による時間稼ぎに変更する。
サンドラは黒ウサギの言ったペストの正体に、ついペストから視線を外して黒ウサギの方を向いてしまっていた。
「そうよ」
「えっ⁉︎」
サラッと肯定したペストへと再び視線を向けるサンドラ。そして驚きながらも黒ウサギに説明を求める視線をまた向ける。
「貴女の持つ霊格は“一三〇人の子供の死の功績”ではなく、黒死病の最盛期に亡くなった“八〇〇〇万人もの死の功績”ではありませんか?」
八〇〇〇万。その数字にサンドラの顔色は蒼白に変化していた。確かにそれだけの功績があれば、神霊に転生する事も可能ではないと。
だがその考えは続く黒ウサギの説明で否定される。
「神霊に成る為には“一定数以上の信仰”が必要となります。しかし人類史上最悪の疫病という恐怖の信仰も医学の発達によって薄れてしまった。だから貴女はハーメルンの伝承に出てくる斑模様の死神を恐怖の形骸とすることで神霊になろうとーーー」
「残念ながら所々違うわ」
そして黒ウサギの絶対の自信による推測も、ペストにあっさりと否定されてしまった。
「私は魔王軍・“
“まぁその魔王は召喚儀式の途中で誰かにやられて、私達は偶然召喚されたんだけどね”、と肩を竦めて説明するペスト。
「そんなことよりいいの?私に割り振る人数が二人で?」
ペストは話を区切ると、切り替えるように訊いてきた。
「・・・その質問は“魔王である自分にたった二人で挑むのか?”という意味ですか?」
黒ウサギは質問の意図が分からなかったので、自己解釈してその真意を聞き出そうとする。
しかし、その予想は的外れどころか予想外の情報とともに返ってくる。
「そうじゃないわ。少ない主力を
「え・・・」
ペストから齎された情報に黒ウサギは言葉を失ってしまった。
ゲームが始まる前まで男鹿とは一緒にいたのだから、黒死病に罹っていれば気付かないはずがない。そんなことはありえないと考えつつも、ペストがそんな嘘をつく理由も思い付かない。
「その様子じゃ知らなかったみたいね。まぁ魔力で身体強化すれば普通に動けるんだし、気付けなくても不思議じゃないかしら」
ペストの指摘通り、男鹿が無理をしていることに気付けなかった事実に黒ウサギは歯噛みする。
「それでも相手が格下なら問題ないんでしょうけど、今回は相手が悪いわ。たとえ男鹿辰巳が“七つの罪源”の魔王級悪魔と契約していても、忍の契約悪魔もまた“七つの罪源”の魔王級悪魔なんだから」
「な、なんですって・・・⁉︎」
“七つの罪源”。
人間を死に至らしめる、又は罪に導くなどといわれる七つの感情である“傲慢”、“強欲”、“嫉妬”、“憤怒”、“暴食”、“色欲”、“怠惰”のことを指し示し、同時にそれらに当てはめられた最上級の悪魔のことを言う。
男鹿と契約しているベル坊は“暴食”に当てはまる悪魔だ。
「忍の契約悪魔は最も美しく、最も聡明であった知恵と光の大天使長にして、神の意思に逆らい天界から追放された堕天使とも悪魔とも言われる存在。その名はーーー」
★
男鹿と鷹宮の戦いは男鹿が先手に出ることで開始を告げた。
黒死病を打ち消すために魔力を使用している男鹿に長期戦は厳しい。最初からミルクを飲んで魔力を底上げし、出し惜しみ無しで技を振るわなければ勝率は下がる一方だ。
距離を詰めると紋章を拡大し、鷹宮に向けて拡大した紋章を乗せて拳を叩き込む。
「ゼブルーーーエンブレムッ・・・!!!」
紋章に拳が到達すると同時に爆発が巻き起こるーーーはずだった。
「ーーーこの程度か?」
男鹿の拳は、鷹宮に平然と受け止められていた。
本来ならば、鷹宮の全身に乗せた紋章は防御しようが防御した部分を殴って爆発させることができる。そんな回避することでしか防げないような技を鷹宮は受け止めてみせた。
「おい、気が抜けているぞ」
一瞬だけ戸惑いを見せた男鹿は腹部へと拳を入れられ、身体がくの字に曲がり、落ちた頭のこめかみを蹴り抜かれる。
蹴り飛ばされた男鹿は煉瓦造りの家の壁が崩れる程の力でぶつかり、土煙を上げて家の中へと消えていった。
「あーあ、簡単に飛ばされてんじゃねぇよ。本当に禅十郎の弟子か・・・?」
期待外れだというように淡々と告げて蹴り飛ばした男鹿へと歩み寄ろうとする鷹宮の目の前に、再び幾つもの紋章が伸びてきた。
そして一つ一つの紋章による連鎖的な爆発ーーー“魔王大爆殺”による爆発が鷹宮に迫る。
「さっきので学習しなかったのか?そういう技は効かない」
そう言って鷹宮は爆発に手をかざす。
確かに鷹宮の前で爆発は止まった。しかし、すでに爆発によって発生している爆煙が消えたわけではない。それを目隠しにして雷撃が空気中を駆け抜ける。
「グッ、ォア・・・‼︎」
鷹宮の全身を雷撃が駆け巡り、身体の動きを数瞬止めた。
魔王大爆殺とゼブルブラストとの時間差に防御が間に合わなかったのか、紋章術と純粋な魔力攻撃は別なのか、とにかく攻撃が通ったことを確認した男鹿が頭から血を流しながら土煙の中から現れる。
「早乙女の弟子だからなんだって?お前、あのヒゲと知り合いか?」
男鹿は頭から血を流しているものの、まだまだ問題なく戦えそうだ。
身体の痺れが取れてきた鷹宮の顔は、表情には表れにくいが喜びに染まっているかのように口角を吊り上げている。
「フフ、咄嗟のことで食らってしまったぞ。やはりお前との喧嘩は楽しめそうだ」
鷹宮は雷撃によって至る所に焦げが残りつつも、固まった筋肉をほぐしながら男鹿の質問に答えていく。
「あぁ、禅十郎との関係だったな。そうだな・・・お前は禅十郎の弟子だが、何も弟子はお前だけではないということだ。お前が三番弟子、俺は二番弟子。つまりはお前と同じ師弟関係で、俺はお前の兄弟子になるというわけだ」
「・・・お前が二番?じゃあ一番がまだいんのか?」
「その通りだが今は関係ないだろう。俺が紋章術を習ったのは十二の時だ。お前とは紋章術の年季が違う」
鷹宮が喋っていると、その右肩に空間の歪みが生じていた。
「それだけじゃない。さっきの雷、俺が致命傷を負わない程度の温い攻撃だったな」
空間の歪みが消え、新たな存在が現れる。
服の中央に大きな花をあしらったドレスを着た西洋人形のような、幼い容姿に腰まである銀髪、無感動ながらも綺麗に映る銀色の瞳、美少女といって過言ない少女がそこにいた。
「だが、俺のルシファーはそんなに優しくないぞ」
ルシファー。
ベル坊と同じ“七つの罪源”の内の一つ、“傲慢”に当てはまる悪魔だ。
いきなり現れたルシファーに男鹿が目を向けていると、片腕を持ち上げて此方に伸ばしてきた。何かしてくるかとさらに注視していたが、突然見えない手で引っ張られるように引き寄せられる。
突然の現象に男鹿は反応が遅れてしまうも、身体の前に紋章を展開して垂直に四つ這いという姿勢で踏ん張った。
「な、んだ、いきな、り・・・⁉︎」
「ほぅ、紋章術歴が浅い割にはいい反応だ。・・・が、まだ甘い」
ルシファーが掌を向けながら腕を横に振ると、男鹿も腕の軌道を追うように横に振り回されてしまう。
そこに合わせて鷹宮がアッパーを決めることで男鹿を空中に殴り飛ばし、追撃として跳躍からの踵落としを放つ。
「ッ、舐めんな・・・‼︎」
そんな鷹宮に負けじと男鹿も蹴りを合わせて攻撃を逸らして凌ぎ、二人共バランスを整えて空中で紋章に着地した。
「まだ足りないぞ。どうすればお前は限界を超える?俺を倒す明確な理由が必要か?」
少し考える素振りを見せ、今度はルシファーの手前の空間が歪む。歪みが消えてその手に現れたのは、写真立て大のガラス細工のようだ。
「分かるか?“真実の伝承”が描かれたステンドグラスだ」
そう、それは今も探索チームが必死に探しているゲームクリアの鍵の一つ。敵を足止めしている間に見つけようとしていたのに、それを敵が持っているとは予想外だ。
「“ハーメルンの笛吹き”に関係のない俺だからこそ持ち歩ける一つだ。流石に自ら壊すことはできないがな」
確かに、壊すことができるならもうゲームとしては成り立たないだろう。
それだけ見せるとルシファーはステンドグラスとともにまた消えてしまう。
「つまり、俺を倒さなければどうやってもゲームクリアできないということだ。負ければステンドグラスは差し出すと約束しよう」
これではどれだけ探索チームが奮闘しても無意味になってしまう。男鹿は知らないことだが、相手が防衛に出ず全員戦闘に参加できているのはこれが理由なのだ。
「そしてあいつらには俺の魔力を渡してある。お前の仲間が強かろうが苦戦は免れない。死ぬ確率の方が高いかもな」
死ぬと言われて男鹿の頭に過ぎったのは“ノーネーム”のみんなの顔だ。
元の世界から一緒にいた古市、ヒルダ、アランドロン。
一緒に箱庭に飛ばされて来た十六夜、飛鳥、耀。
箱庭に呼び出した“ノーネーム”の黒ウサギ、ジン、レティシアに大勢の子ども達。
それに加えて“火龍誕生祭”に参加している人々もいる。
男鹿は改めて背負っているものが多く、また大きいものであることを実感した。
「・・・いい目だ。どうやら仲間のために戦うことで意識が高まるようだな」
今までと雰囲気が変わった男鹿を見て鷹宮は口元に笑みを浮かべて構える。
「さぁ、第二ラウンドといこうか」
そして“紋章使い”同士の戦いはさらに激しさを増してぶつかり合う。
★
ステンドグラスを敵が持っているとは露知らず、探索チームはハーメルンの街に隠されたステンドグラスを探していた。
「“真実の伝承”はヴェーザー川が描かれたステンドグラスです‼︎ それ以外は砕いて構いません‼︎」
参加者の中で多少の知識をもつジンが指揮をとり、地図と発見された場所を照らし合わせながら効率良く探索を進めていく。
「おい見ろ‼︎ 操られている奴らだ‼︎」
探索チームの一人が前方の火蜥蜴に気付いて声を上げる。そこには此方に向かって走っている火蜥蜴が何十匹も確認できた。
「奴らは操られているだけだ‼︎ できる限り殺さずに取り押さえろ‼︎」
マンドラが戦える探索チームの者に指示して臨戦態勢を取らせる。しかし操られて殺そうとしてくる相手を取り押さえるにはそれなりに実力差が必要だ。同じ“サラマンドラ”の戦士にそこまでの実力をもつ者は少ない。それ以外は仕方なく殺そうとしても拮抗した実力が戦いを長引かせる。
「ーーー苦戦している者は下がって他の奴らに加勢しろ」
そんな中、苦労を微塵も感じさせずに火蜥蜴を圧倒している者もいる。
「フン、殺してしまえば楽なものを」
ヒルダが抜刀していない傘で周囲の火蜥蜴を叩きのめしていく。
「ーーーそうだな。操られる時点で邪魔だ、殺そう。・・・と言いたいが今は従うしかないな」
「殺したら駄目ですよ‼︎ 俺も殺しなんて御免ですから‼︎」
古市も呼び出した悪魔ーーー穏やかそうな顔をして冷酷な言動をしている“ベヘモット三十四柱師団”の柱爵、夜刀の力を借りて火蜥蜴に峰打ちを叩き込んでいく。
普段の古市ではありえない速度の動きだが、魔力で強化された肉体は容易くそれを可能にする。
「それよりヒルダさん。少しおかしくないですか?」
「貴様も気付いたか。雑魚ばかり寄越してネズミ使いどころか他の奴も現れる気配がせん」
ネズミ使いとはもちろん火蜥蜴を操っているラッテンのことだ。ヒルダの実力を垣間見ているラッテンなら火蜥蜴では足止めにしかならないことは承知しているはずだ。
「防衛する気がないとなれば・・・本格的に足止めが目的か」
魔王であるペスト以外は一対一の勝負に持ち込んだが、魔王側も参加者側の主力と渡り合える自信があれば邪魔が入らないよう足止めをする意味は十分にある。
「マンドラさん。他のみんなが気になります。操られている“サラマンドラ”の人達はこれだけですか?」
「あぁ、もう数でも此方の方が多い。あとは任せてくれて構わん。それでいいな、小僧?」
「はい。ここまで相手が来ないとなればそれぞれ戦闘中のはずです。ここの護衛はもういいですから援護に向かってください」
マンドラが指揮中のジンに確認して護衛を離れる許可が降りた。
「それで、私達は何処に向かうんだ?」
行動方針が決まったところで夜刀が行き先を聞いてくる。呼び出されて大まかな情報しか教えていない中で、迅速に行動した方がいいと判断したのだろう。
「逆廻とレティシアさんの元に向かいましょう。二人が相手にしているのは“グリムグリモワール・ハーメルン”の初期メンバーですから、この舞台で何かしら劣勢になっているかもしれません」
古市は進んで荒事に突っ込んでいくような性格ではないが、結果的に主力陣に含まれている現状ではそんなことは言っていられない。
「ならば私が逆廻の方へと向かおう。レティシアの方へは貴様らの方が適任のはずだからな」
ヒルダは意味深に言うとすぐに跳躍していってしまう。古市には意味がわからなかったが、ヒルダがそういうのであれば何かしらあるのだろう。
古市も身体強化された肉体で跳躍し、激戦の真っ只中へと赴いていく。
今回は男鹿と鷹宮の戦闘を中心に進めました。
原作との違いを出すために色々と工夫しましたが、もしかしたら人によっては違和感を感じさせてしまったかもしれません。
ルシファーの銀髪銀眼、吸引中の操作は独自設定です。
他にも追加要素は増えていきますが、不自然なところがあればご報告ください。