子連れ番長も異世界から来るそうですよ?   作:レール

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第二章の後日談エピソードです。
今回はメタ発言ありの三人称視点となっています。


とある日の夢物語

カンッカンッ‼︎

何故か背景が暗く、何故か人物とその周りだけがはっきりと視認できる裁判所で裁判長ーーー古市が小槌を鳴らす。

 

「静粛にッ‼︎ ではこれより第三回、“結局お前、あれ勝ったって言えんの?”裁判を執り行います‼︎」

 

古市の開廷宣言とともに裁判が始まり、この裁判の被告人ーーー男鹿辰巳は中央の証言台に立たされていた。

 

「ーーーまたか。もう三度目だぞ。いい加減にマンネリ化してんぞこら。後な……」

 

ここは男鹿の夢の中。これまでに計三回も過去に開廷された夢裁判所である。だが、過去で開廷された経緯とは異なり今回は(今回も)異議を唱えたい男鹿であった。

 

「今回は鷹宮にちゃんと勝っただろうが‼︎ こんなもんやる理由がねぇぞ⁉︎」

 

第一回夢裁判の時は“ベヘモット三十四柱師団”のヘカドスに敗れた時、第二回夢裁判の時は同じく柱師団団長のジャバウォックに敗れた時に開廷された。今回は鷹宮に勝ったのだから第三回夢裁判は開かれないはず、というのが男鹿の主張である。

しかしそんな彼の主張は箱庭の神々が許そうとも古市が許しはしない。

 

「黙れヘタレうんこビチクソ弱虫‼︎ 貴様に意見する権利などないッ!!!」

 

「その名前引き継ぐの⁉︎ 原作知らない奴着いていけねぇぞ⁉︎ “男鹿辰巳”に戻せ‼︎」

 

「申請を却下します」

 

「ぶっ殺すぞてめぇ‼︎」

 

宣言通り、男鹿の意見を一切聞かない古市。男鹿の額には青筋がピキピキと幾つも立っているが、それすらも古市は完璧なまでに無視である。

 

「裁判長、よろしいでしょうか?」

 

そこに書記官として座っている飛鳥が手を挙げた。古市が発言を許可したことで彼女は手を降ろして口を開く。

 

「毎回“ヘタレうんこビチクソ弱虫”では書記官としての記録が面倒です。よって被告の呼び名を“男鹿辰巳”に戻すことを申請します」

 

「申請を許可します」

 

「さっき俺も言っただろうがぁぁッ‼︎ っていうか書記官って発言していいんだっけ⁉︎」

 

この夢裁判所では周り全てがボケとなり、ツッコミは男鹿だけの無法地帯となる。しかし男鹿にも法廷の知識はないため多少おかしくても問題なく裁判は進められていく。

 

「裁判長」

 

飛鳥に続いて手を挙げたのは弁護団の一人、春日部耀だ。彼女も古市が発言の許可を出してから手を降ろして口を開く。

 

「お腹空いた。ご飯食べていい?」

 

「駄目です」

 

それを古市はバッサリ切り捨てた。耀の他にも弁護士の姿は見えるものの、彼女の言葉を聞いてこれまで同様に今回も期待できそうにないと落胆する男鹿であった。弁護団の位置に座っているだけで本当に弁護士かどうかも怪しいものである。

 

「では検察官、起訴状を……」

 

「はい」

 

古市の言葉に答えて立ち上がったのは黒ウサギであった。彼女はウサ耳をピョコンと立たせると手に持つ起訴状を読み上げる。

 

「起訴状。被告“男鹿辰巳”は無理をしているのを隠して戦いに臨み、黒ウサギを心配させました。ーーー以上です」

 

「もはや勝ち負け関係なくね⁉︎」

 

「被告人は静粛にッ‼︎」

 

カンッカンッ‼︎ と再び古市の持つ小槌の音が響き渡った。全くもって納得がいかない男鹿を無視して黒ウサギは更に続ける。

 

「そもそも今回の戦いにおいて、レティシアが割って入らなければ負けていた、鷹宮が最初から本気で戦っていれば負けていた……と被告も地の文で想起しており「地の文って何だ⁉︎ メタな発言してんじゃねぇ‼︎」この事から被告は自らの罪を認識していることを考慮し、彼に“春日部耀への無限奢りの刑”を求刑します」

 

黒ウサギの求刑に傍聴席が騒つく。しかし、それ以上に騒つくを通り越してガクブル恐怖している人物がいた。

 

「か、春日部耀への無限奢り、だと……うっ、私の財産が……あれを無限……破産してしまう……」

 

「古市、いったいお前に何があった⁉︎ えっ、流れ的に軽い刑じゃねぇの⁉︎」

 

夢の中では常に堂々としていた古市が裁判の進行も忘れて縮こまってしまっていた。これまで理不尽なほど高圧的だった古市にいったい何があったのか、その内容を男鹿は知る由もない。

そんな使い物にならなくなった古市に変わって十六夜が裁判長の位置に座る。

 

「裁判長の代理としてアンノウン裁判官・逆廻十六夜が進行する。弁護士春日部耀、何か言うことはあるか?」

 

「ふぁんおうんふぁいあんふぁん、ふぁんおんあ「食べるの駄目って言われたじゃん‼︎ せめて飲み込んでから喋れ‼︎」……んく。アンノウン裁判官、反論はありましたけど独断でなかったことにします」

 

「それもうお前が奢られたいだけだろ⁉︎ 涎垂れてんぞ‼︎」

 

耀はじゅるりと口元から垂れている涎を拭い、何食わぬ顔でいつもの無表情を貫いていた。完全なる私利私欲である。

そんな耀の後ろからレティシアが姿を現した。

 

「春日部耀、法廷に私情を持ち込んでは駄目だ。あとは私に代わりなさい」

 

「おぉ、なんか大丈夫そうな雰囲気だ‼︎ 頼むぞレティシア‼︎」

 

耀を諌めてまともなことを言ってくれたレティシアに男鹿は期待を寄せる。だが忘れるなかれ。此処が夢裁判である限り、まともな人物など男鹿の味方にはいないということを。

 

「今回求刑された理由は検察官黒ウサギの私情が多分に入っているため刑を執行するには不十分だ。ーーーだが私は敢えてそれに反論を述べる」

 

ん?と後半のレティシアの発言に今までの経験から少し雲行きが怪しくなってきたように感じてしまう男鹿。そんな不安になってきた男鹿を置いてレティシアは話を続ける。

 

「私が割って入らなければ負けていた?私がヒロインとして活躍するのは当たり前だろう。鷹宮が最初から本気で戦っていれば負けていた?それではヒロインとして私が活躍できないではないか。つまり黒ウサギが心配しようがしなかろうが、物語上被告が危機に陥るのは必然だったのだ。よってこの裁判は無効だ‼︎ まだ続けると言うのならば作者を連れて来い‼︎」

 

「弁護してるお前に言うのもあれだが反論も百パー私情だろうが‼︎ 発言も余裕でアウトだ‼︎ 物語上ってなんだ⁉︎ 作者って誰だぁぁぁぁ⁉︎」

 

数秒前にレティシアへと寄せた男鹿の期待はレティシア本人によってすり鉢で粉々にすり潰されてしまった。ここは夢裁判所、例外なく周囲の登場人物はボケと化す。

ドガァンッ‼︎ と十六夜が古市の持っていた小槌を鳴らそうとしーーー机を豪快に破壊した。

 

「静粛にッ‼︎」

 

「お前が一番うるせぇよッ‼︎」

 

十六夜の規格外の力に机の方が耐え切れなかったようだ。同じく小槌も破壊されてしまったため手元に残った残骸を十六夜は第三宇宙速度で投げ捨てる。着弾点に人がいないことを祈るしかない。

 

「検察官黒ウサギ、弁護士レティシア=ドラクレア及び春日部耀、双方の言い分はよく分かった」

 

十六夜は何事もなかったかのように男鹿を無視して話を続ける。

 

「だがそれじゃあ話が進まねぇ。三つの話を考慮して平等を期すため、なんやかんやで俺の裁量で決定を下す」

 

「なんやかんや⁉︎ 職権乱用か‼︎」

 

現実は権力のある者の発言がどんなに理不尽であったとしても第一である。これは夢だけど。

 

「まずい‼︎ このままじゃ喧嘩馬鹿の逆廻に何をさせられるか分かったもんじゃねぇ‼︎」

 

「喧嘩馬鹿はお前だ。俺ちょー頭いいから。パソコンのセキュリティにハッキングしたり犯罪者を脅して資金稼ぎしたりピアノ線で殺人トラップ仕掛けたり、アナログからデジタル、インドアからアウトドアまで選り取り見取りにハイスペックだから」

 

「あいつが一番犯罪者臭えぞ⁉︎ 俺じゃなくてあいつを裁判に掛けろよ‼︎」

 

十六夜の発言に思わず叫ぶ男鹿。彼が挙げた例えは全て犯罪に繋げられるものであった。というか犯罪そのものであった。

そんな男鹿の訴えなど十六夜には微塵も届かない。

 

「ヤハハハハ‼︎ 法廷では裁判長が正義‼︎ つまり俺が正義だ‼︎ 誰も俺を裁くことなどできはしない‼︎」

 

「独裁者か‼︎ 誰かあいつに対抗できる奴はいねぇのか⁉︎」

 

そして傍聴人席へと視線を向ける男鹿。視線を向けられた傍聴人席に座る人々はそれぞれ自分の主張を口にする。

 

「私は黒ウサギのエロエロコスチューム製作で忙しいから」

 

「私は太陽への復讐計画の立て直しで忙しいから」

 

「Ra、GEEEYAAAaaaaa」

 

「魔王しかいねぇ⁉︎ あと最後の奴は分かる言葉で話せ‼︎」

 

傍聴人席はかなり濃いメンバーで構成されていた。武力としては十六夜に対抗できる存在なのに、この場では全くもって頼りになる気配がない。

 

「はぁ、はぁ……いい加減に疲れてきたぞ。夢なのに」

 

男鹿は開廷してから抗議とツッコミで叫びっ放しだった。ボケが多すぎるのである。というよりもツッコミが少なすぎるのだ。

その呟きを聞いていた司法委員として座るジンが声を上げる。

 

「辰巳さん。もう貴方が頼りにできるのは彼だけです」

 

ジンの言葉とともに男鹿の後ろにスポットライトが当てられ、それに気付いた男鹿は振り向いてそこにいる人物を確認する。

 

 

 

「ヤッホー、いよいよわしの出番かなー?」

 

 

 

 

 

 

「いや、お前が一番駄目だからッッ!!!」

 

叫びながら跳ね起きた男鹿は、一瞬状況が飲み込めずに周りを見回して場所を確認する。その部屋は鷹宮との戦いから目覚めた時と同じ部屋であり、傍には驚いた表情で目を見開いて固まっているレティシアがいた。

 

「ど、どうしたのだ突然?何か悪い夢でも見ていたのか?」

 

「……あれ?なんで俺は寝ててお前は此処にいるんだっけ?」

 

寝起き一番の男鹿の発言を聞いて、レティシアの驚いた表情は徐々に呆れた表情へと変化していった。

 

「まだ寝ぼけているのか?休んでいるように言った直後に歩き回って出掛けようとしていたから、部屋に連れ帰って睡眠を取らせていたんだよ。私も監視のついでにこの部屋で休憩していたのだ」

 

現在時刻は“黒死斑の魔王”・ペストとのギフトゲーム終了から一日後の昼間、つまり男鹿がゲーム後に目覚めてから数時間後である。

朝方に目覚めて食事を摂った後、誕生祭へ繰り出そうとしていた男鹿を見つけたレティシアが部屋へと連れ戻してベッドに押し込んだのだ。眠気はないと思って起き上がっていた男鹿だが、意識しないところでは当然のように疲労が溜まっておりいつの間にか眠ってしまっていたのである。

 

「あぁ〜、そういやそうだったな。夢裁判のインパクトが強すぎてつい忘れてたぜ」

 

「夢裁判?」

 

「気にすんな。ただの独り言だ」

 

レティシアの疑問を軽く流しつつ男鹿はベッドから出て立ち上がり、身体を軽く動かしてから調子を確認する。

 

「うし、問題なさそうだな。もういい加減自由に動いてもいいだろ?」

 

「ふむ。確かに問題はなさそうだが、それでもまだ疲労は溜まっているだろう?もう安静にしろとは言わないが、今日一日は様子見も兼ねて行動を共にさせてもらうぞ」

 

「そうと決まれば祭りに行くか。そういやベル坊は何処だ?」

 

「あぁ。今はヒルダ殿とーーー」

 

レティシアと会話しながら部屋を出ていく男鹿。祭りを楽しんで嫌な夢はさっさと忘れるに限るというものだ。残念ながらというか覚えておけるほど男鹿の記憶力は良くもないが。

 

だがこの約一週間後、大魔王からビデオレターが届き正夢のように大魔王の出番を迎えるとは知る由もない男鹿であった。


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