それではどうぞ‼︎
「クッ、切りが無いな・・・‼︎」
レティシアとシュトロムの攻防は一進一退の様相を示していた。影による破壊を幾度も繰り返すが、その度にラッテンの魔笛によって蘇ってくる。十体を超えるシュトロムの内、一撃で確実に破壊できるのは二体までが限度だった。
再び影を振るうための切り替えのタイミングで突風を巻き起こして瓦礫を飛ばしてくるので回避、または防御に回らなければならず、その隙に再生されてその数は減ったり増えたりを続けている。
「そうピリピリしないでゆっくり楽しんだら?」
「さっきの話を聞いてゆっくりなどできるか・・・‼︎」
ラッテンは戦闘よりもお喋りが好きなようで、戦いながらも魔笛を鳴らしている時以外はそれなりにレティシアに話掛けていた。
会話の内容はペストが神霊であること、ヴェーザーが神格を得ていること、鷹宮の契約悪魔がルシファーであることなど。紋章については曖昧な説明しかされなかったが、レティシアを最も焦らせているのは男鹿が黒死病に罹っていることによる影響についてだ。
ラッテンの話では、魔力をわざわざ消費しなければならない程に黒死病によって疲労しているというのだ。それなのに自分は前日に気付けていながらきちんと確認するのを怠ってしまった。ヒルダは男鹿の性格や力を知っているから放置したのかもしれないが、不確定要素の多い魔王のゲームに病人である男鹿を一人で向かわせたのは間違いだった。その結果がルシファーという魔王級悪魔の契約者との無茶な一騎打ちである。
レティシアはギフトカードから大盾を取り出し、影を展開しながら突っ込んだ。ラッテンは盾なんて防具でどうするのかと不思議に思ったが、今までと同じようにシュトロムを操って乱気流で妨害しながら瓦礫で攻撃する。
しかしレティシアは今までと違い、乱気流にそのまま突撃していった。風に混在している小さな破片で傷つきながらも速度を落としてバランスを取りながら進んでいく。
その後方から飛ばされてきた瓦礫へと反転して向かい合い、影で迎撃するのではなく大盾で受け止めた。いくら大盾が頑丈でも岩塊を跳ね除けられるはずもなく、衝撃によって吹き飛ばされるーーーもっと正確に言えば乱気流を突っ切るように吹き飛ばされた。
予想外の強行突破に一瞬だけラッテンの思考に空白が生まれたが、伸びてくる影を前にすぐさまシュトロム四体を立ちはだからせた。
レティシアの影ではシュトロムを二体しか破壊できない。だが、それでも余力で動きを抑えるぐらいはできるのだ。二体破壊した後、減速して威力が落ちた影を分裂させて残り二体を拘束して退かし、ランスを構えたままラッテンへと迫った。
「ッ、あっぶな〜い。急に本気にならないでよね」
しかし、冷や汗をかきながらもランスはラッテン本人に笛で受け止められてしまう。ヴェーザーのような如何にもな戦闘用の笛ではなく一般的な大きさの笛だが、魔力で強化することでランスと競り合える強度に達していた。
「ハァァアアッ・・・‼︎」
レティシアは競り合っている状態から吸血鬼の腕力に物を言わせて横薙ぎにランスを振り抜くが、ラッテンには後ろに跳躍されて避けられてしまう。
「本気になるな、だと・・・?」
ラッテンの言葉に返しながら、レティシアは改めてランスを構え直す。
「辰巳が、我が主の一人が黒死病によって文字通り命を削りながら戦っているんだぞ」
もし万全の態勢で向かったのならばそれは適材適所、主力の一人として男鹿を信じるのみだが、今回は体調を無視してまで作戦を崩さないように戦っているのだ。
レティシアの赤い瞳には決意の光が宿っており、鋭い眼光をさらに輝かせている。
「“箱庭の騎士”として、“ノーネーム”の仲間として、こんなところで足を止めているわけにはいかないッ‼︎」
レティシアが力強く言うのと同時に、その気持ちに応えるように左手の甲が光り輝いた。
(なんだ?熱い・・・)
突然の現象に左手へ目を向けると、そこには1の数字が描かれたゼブルスペルが爛々と浮かび上がっていた。
「まさか、王臣紋⁉︎ たった今発現したっていうの⁉︎」
驚きからラッテンが声を荒げているが、そのおかげで紋章の名称をうっかりと口にしてしまっているのをレティシアは聞き逃さなかった。
(王臣紋というのか、これは・・・。力が溢れてくる。この感じは・・・魔力、か?)
「シュトロム、全方位射出ッ‼︎」
王臣紋の力を知っているラッテンは、レティシアの意識が王臣紋に向いているうちに片付けようと全てのシュトロムに攻撃を命ずる。
しかし乱気流による妨害がなければその程度の攻撃を避けることは容易い。翼を広げて舞い上がり、破壊できる限り破壊しようと今まで通り影を振るった。
「・・・これは凄いな」
その結果に攻撃したレティシア本人が一番驚いていた。
二体破壊した後に防がれる三体目を拘束して四体目に叩きつけようと考えていたのだが、影は防がれるどころかそのまま突き進み、今までの苦戦が嘘のように近くにいた五体のシュトロムを軽々と葬っていた。
残りのシュトロムも攻撃を仕掛けてきたので応戦するが、その時点で既にラッテンの姿が消えていることにレティシアは気付いていなかった。
★
(やっぱり王臣紋同士がぶつかれば地力の大きい吸血鬼の方が有利ね)
ラッテンはレティシアがシュトロムの相手をしている隙に攻撃に乗じてその場を離脱していた。
供給される魔力に差はあれど相手も同じ力を得ている以上、一度引いて態勢を立て直した方がいいという判断だ。
「ーーーコソコソと何処へ行くつもりかしら、本物の“
ラッテンが色々と算段を立てながら街並みを走り抜けていると、進行方向から少女の優雅な声が響いてくる。
声に反応して前を見れば、そこには真紅のドレスを身に纏い、肩にとんがり帽子の精霊を乗せた飛鳥が待ち構えていた。
「・・・貴女の方こそ、今まで何処で何をしていたのかしら?」
「私?私は“ラッテンフェンガー”のコミュニティで貴女を倒すためにちょっとした試練を受けていたわ」
警戒しながらのラッテンの問い掛けに自信満々に答える飛鳥。
自分と同じグリム童話を冠する偽物のコミュニティは気に食わないものの、しかし飛鳥の登場はラッテンにとって好機であった。
「そう、じゃあ相手をしてあげるわ。貴女を人質にすれば魔王ドラキュラも抑え込めるかしらね」
「ドラキュラ・・・レティシアかしら?でも私が足を引っ張るわけにはいかないわね」
魔笛を構えるラッテンに対し、飛鳥は悠々とギフトカードを掲げる。
「さぁ、貴方の初陣よ。ーーー来なさい、ディーン‼︎」
「ーーーDEEEEeeeeEEEEN‼︎」
ワインレッドの輝きと共に雄叫びを上げて現れたのは、紅い巨躯の総身に太陽をモチーフとした塗装を凝らした鋼の巨人である。
「貴女と同じで何処に消えたのかと思っていたけど、やっぱり一緒にいたのね。その鉄人形」
展示場から消えていた時点である程度は予測していたのか、ラッテンにそこまでの驚きはないようだ。
「余裕でいられるのも今のうちよ、この前の借りを返すわ。行きなさい、ディーン‼︎」
飛鳥の命令に従ってディーンは動き出し、その拳をラッテンへと放っていく。
約十mの巨体から繰り出す拳はド迫力の一言に尽きるが、ラッテンは余裕をもって躱していた。
(う〜ん。この辺りにシュトロムは仕込んでいないし、この鉄人形をどうしようかしら?)
シュトロムを仕込む、とはシュトロムを形成している核のことである。
レティシアとの戦いでは無尽蔵に増殖していたように見えたが実はそうではなく、魔力で生成した核を元に鷹宮から供給される魔力を使用したラッテンの魔笛で再生させていたのだ。
(こんなことになるなら、もう少し“あのコミュニティ”から色々と提供させればよかったなぁ)
ラッテンにディーンを破壊できる程の攻撃手段はないため、無い物ねだりをしながら徐々に後退していく。
ラッテンを追って一歩、二歩と前進するディーンの巨体を引きつけていく。そして三歩目を踏み出して腕を振りかぶった瞬間、ラッテンは魔力強化された身体をフルに使って加速し、巨体の股下を抜けて飛鳥に迫る。
ディーンの背後に回った時点で飛鳥を巻き込む可能性のある攻撃はできないはずだ。
そう考えて飛鳥の身体能力では避けようの無い速さで魔笛を突進のままに突き出した。しかし、そのような状況でも飛鳥の自信に満ちた表情が崩れることはない。
「言い忘れてたけど、この前の借りを返したいのは私だけではないわよ?」
ギィィンッ‼︎
という甲高い音とともに、突き出されたラッテンの一撃は飛鳥に届く前に止められてしまった。
もちろん止めたのは飛鳥ではなく、
「いや久遠さん、俺は別にこの前のことはそこまで根にもってないけど」
「貴之君、そこは空気を読んで合わせなさい」
刀を構えた古市と霊体の夜刀が二人の間に割り込んでいた。
「・・・ハァ。私、肉弾戦は専門外なんだけ、どッ‼︎」
ラッテンは魔笛を乱打するも全て弾かれる。ヴェーザーの情報で古市が契約者であることは知っているので、無理はせずに蹴りを入れてから距離を開ける。
「なかなかーーーッ⁉︎」
一週間前とは違って簡単にはいかない古市に対して語りかけようとしたラッテンだったが、跳躍から着地した瞬間に彼女の態勢が崩れる。
痛みを感じて足を見ると、いつの間にか蹴り出した足の腱を断ち切るように斬られており血が流れていた。
「クッ、いつの間に・・・⁉︎」
「ーーー悪いが私の剣は神速だ。間合いに入れば気付かぬうちに斬りつける」
気付けば夜刀が消えて古市の口調が変化し、さっきまで抜いていた刀を今は納めている。夜刀が斬ることを止めたのではなく、抜刀術による一撃のための構えだ。
「なら近付かなければいい話でしょ・・・‼︎」
ラッテンは魔笛を口に添えると流麗な音が辺り一帯に響き渡る。
足を負傷して戦うことも逃げることも困難になったラッテンの最後の手段は、目の前の二人を操って手駒にすることしか残っていない。たとえ完全に操れなくても動きを封じることができれば、と考えていた。
しかし、
「グフッ⁉︎ な、なんで・・・」
「目の前で敵が構えを解いて笛を吹いていれば、それは攻撃するだろう」
ラッテンの演奏は夜刀の峰打ちを腹に打ち付けられたことで中断されて膝から崩れる。
ヒルダでさえ多少の影響を受けていた魔笛に対して、夜刀の操るその動きに淀みは全くと言っていいほど見られなかった。
「そ、そうじゃない。なんで操られないの?」
「は?・・・あぁその笛、他人を操作できるのか」
再び霊体となった夜刀が、峰打ちによって吐血しながらのラッテンの言葉を吟味しながら答える。
「これは憶測だが、それは音を聞いた者を操るのだろう。今は霊体である私の身体は異世界に存在するため、私の身体は操りようがないということではないか?」
「じ、じゃあ、その坊やの身体を操れなかったのは・・・」
「私が身体を借りていたからではないか?外部からの干渉と内部からの干渉、どちらが干渉力が大きいかは明白だ」
夜刀が身体を借りている、つまりは操っていたからラッテンの魔笛を防げたのだ。それに加えて夜刀と古市は仮契約状態で魔力も高まり、霊格がラッテンの操作強度よりも大きくなっていたことも一因だろう。
「最後に一つ。なんで殺さなかったの?」
ラッテンは腹部に手を当てて息を整えながら今度は三人に聞く。
躊躇なく足を斬ってきた夜刀がわざわざ敵を生かすようなことをするとは思えなかったし、飛鳥も距離が開いた時にディーンに攻撃させなかったのも不思議だったのだ。
「あ〜、それは俺が殺しなんて嫌なのと、久遠さんが事前に殺すなって言ったからですよ」
代表して古市が答えた後、名前を出された飛鳥が前へ進み出る。
「貴之君達には私の我儘で悪いと思うけど、私は中途半端に勝ちたくないの。同じ支配する者として勝負を挑むわ。一曲分の演奏で私に服従しているディーンを魅了してみなさい」
腕を組みながら、完全に借りを返すための方法を口にする。
最初に遅れをとって昏倒させられた相手のギフトを打ち負かすことに意味があると言う。魔笛で操れない者がいる時点で、この提案はラッテンにとっても最後のチャンスだ。
「いいわ、一曲奏でましょう。幻想曲“ハーメルンの笛吹き”、どうかご静聴のほどを」
演奏者としての前口上を述べてから静かに流れるような動作で魔笛に唇を当てる。
響き渡る旋律は先程の支配しようとする威圧感漂わせる音色ではなく、聞いた者の心を解きほぐしていくような魅惑に溢れた音色だ。聴いていた三人は、気付けば穏やかな表情で目を閉じて聴き入っている。
この曲を聴いて何を思い、どんな夢を見ているのかは本人にしか知る由もないが、演奏が終わった後も暫くは目を閉じたままだった。
「・・・とても素敵な演奏だったわ」
「あぁ。芸術には疎い方だけど、良かったと思いますよ」
口を開いた飛鳥と古市の言葉は称賛だった。しかし紅い鋼の巨兵に変化は見られない。
それでも二人は拍手をしながら演奏者に感想を送る。
「負けちゃったわね。まぁ最後に渾身の一曲を演奏した結果だから、結構清々しい気分だけど」
ラッテン本来の明るい表情でそう言いながら足元から消えていく。
レティシアとの戦いから連戦の疲労、神速の峰打ちから内蔵の負傷、そこへ全力の演奏をしたものだから悪魔の霊格に限界がきたのだろう。
「残念ね。敵対していなければ定期的に演奏を依頼したい位には気に入ったのに」
「あら、最後に新しいファンの人を獲得できて嬉しいわ。じゃあね、可愛いお嬢さんと坊や」
そのままラッテンは消え去り、残った笛が音を立てて地面に落ちる。飛鳥がそれを拾って物思いに耽っていると、空から現れたレティシアに声を掛けられた。
「飛鳥‼︎ 無事だったのか、よかった。貴之はどうしてここに?」
空から着地したレティシアが飛鳥の姿に安堵し、二人に説明を求めた。
古市が探索チームの状況とこの場で起きたラッテンとの戦闘を話すと、レティシアは苦い表情になってしまう。
「すまない。私が油断していなければネズミ使いを逃がすことはなかったのに」
「過ぎたことを言っても仕方ないわ。次の行動に移しましょう」
飛鳥の言葉でレティシアは気持ちを入れ替えて提案していく。
「貴之はその状態で長時間いるのは危険だから、ジン達と合流して探索に加わって欲しい」
「分かりました」
古市が普通にしているから忘れがちだが、柱師団の悪魔と簡易契約している間はティッシュの毒物を摂取しているのだ。ある程度は問題ないとしても蓄積すればどうなるかは分からない。
「私は辰巳のところへと加勢に向かうが、飛鳥はどうする?」
「私はディーンを連れて魔王と戦いに行くわ」
レティシアはここで男鹿の状態については言わなかった。魔王との戦いに挑む飛鳥に不安を与えるのは避けるべきだという判断だ。
そうして行動に移そうとしたその時、彼方の空一帯を包み込むような光が展開されていた。
「あれは・・・辰巳君のゼブルスペル?」
「あぁ、間違いない。私の王臣紋とも共鳴しているからな」
言われて二人がレティシアを見ると左手にゼブルスペルが浮かび上がっていたので驚いたが、今は追求している場合ではなさそうだ。
「あそこって黒ウサギさん達が待機していた区画付近じゃ・・・」
「なら向かうべき場所は一緒ね。行くわよ、レティシア‼︎」
飛鳥の号令で二人は古市と別れ、最終決戦の地となっているでだろう場所へと急ぐ。
少し早いですが男鹿のアレがついに展開されました‼︎
その流れは次回ということになります。
シュトロムの核については独自設定ですね。
この章のラストで“あのコミュニティ”については色々とわかりますのでしばしお待ちを。