とは言っても今回は前話の続きですので物語は進みませんが。
それではどうぞ‼︎
一時の別れ
“火龍誕生祭”から帰ってきた翌日、レティシアは屋敷を見て回っていた。
昨日は農園区復興という希望を前にして瞳を輝かせた子供達と土壌の肥やしになるものを集めていたが、メイドとしては本拠を留守にしていた間も屋敷の手入れを怠っていないか確認したかったのだ。
しかし無用の心配だったようで特に目立った汚れも散らかりもなく、年長組を中心として主力陣が留守の間もしっかりと働いてくれていたようだ。
「よし、屋敷の方は問題ないな。後は食糧や日用品の残量確認、昼食の準備、それから・・・」
レティシアが残りの仕事を反芻しながら移動していると、不意に魔力の高まりを屋敷の中から感じた。今までなら離れた魔力を感じることはなかったのだが、どうも王臣として魔力を使用した結果として魔力を敏感に感じ取れるようになっていたようだ。
さらに左手の王臣紋も無意識に共鳴して光り輝く程度には魔力は高まり続けており、もしかしたら自分だけではなく十六夜達も気付いているかもしれないと思う。
とにかく何が起こっているのかを知るために急いで魔力を感じる方向へと走り出す。
戦闘音がしないことから大きな問題ではないと思いたいが、感じ取れる魔力量が半端なく多いため不安になる。
と、考えていたら今度は急速に魔力が少なくなっていき、次第に感じ取れなくなるのと同時に魔力を発していた部屋へと到達した。
「入らせてもらうぞ。いったい何、が・・・」
“あった”、と続けようとしたレティシアは部屋に広がる光景に言葉を詰まらせる。
床には男鹿がうつ伏せ、古市が仰向けで倒れ込んでいて、ベル坊がそんな二人を起こそうと叩いていた。近くのソファーには鷹宮もぐったりとして座りながら俯いており、隣にちょこんとルシファーも座っている。
そんな三人を他所に鷹宮が座っているのとは別に机を挟んで向かいあっているソファーでヒルダが優雅に紅茶を飲んでおり、部屋の中央にはアランドロンが肌を瑞々しくさせ、顔をホクホク顔にして立っている。
「・・・本当に何があったんだ?」
唖然としているレティシアの疑問にヒルダがティーカップを置きながら答える。
「ん、レティシアか。これから元の世界に帰ろうと思ってな。こいつらから魔力を搾り取っていたところだ」
確かに昨日、“サウザンドアイズ”から帰ってきた時に軽く説明はされたが、まさかこんな死屍累々の状況になるとは誰も思わないだろう。
「そ、そうか。ではもう行くのか?ならば見送りにみんなを呼んでくるから少し待っていてくれ」
「いや、俺達ならもう来てるぜ」
レティシアが踵を返して呼びに行こうとした横から十六夜の声が掛けられる。
その後ろには飛鳥、耀、黒ウサギ、ジンとみんな揃っている。
「やはり主殿達も気付いていたか」
「あれだけの魔力なら流石に分かる」
耀の言葉に他のみんなも頷いている。
戦闘力の高い十六夜や黒ウサギはともかく、飛鳥やジンも戦闘力はないとはいえ膨大な魔力を感じ取れたようだ。
「全員揃っているなら都合がいい。私達はもう行くぞ」
「えぇ、何か魔界特有のお土産でもよろしくね」
代表した飛鳥の見送りの言葉を受けてアランドロンが割れると転送段階に入り、ヒルダはその中へと消えていったのだった。
★
時は大魔王のビデオレターが再生されて本題に差し掛かったところまで遡る。
『じゃ、本題ね。実はこっちで・・・えっと、ソロバン教室?『ソロモン商会です』そうそれそれ、ぶっ潰したんだけどさー』
「はい、ちょっと一時停止」
大魔王から送られてきたビデオレター、その本題を聞いた瞬間に飛鳥はリモコンを取って映像を止めた。
飛鳥はなんだか痛くなりそうな頭を押さえて質問する。
「・・・ねぇ、十六夜君。私達“ノーネーム”の敵である可能性が高いって話していた組織の名前ってなんだったかしら?」
「ソロモン商会だな」
この場で一番記憶力が高いであろう十六夜に確認するが、飛鳥の記憶にある組織の名前と変わらない。
「・・・ねぇ、春日部さん。大魔王さんの言っている壊滅させたらしい組織の名前ってなんだったかしら?」
「ソロモン商会だね」
この場で一番五感が優れているであろう耀に確認するが、飛鳥の聞き間違いというわけではないらしい。
「・・・えっと、じゃあ私達の敵(仮)は既に空に浮かぶお星様になったと考えていいのかしら?」
ソロモン商会なる組織が明確に敵対する前に亡き者になっていようとは、予想外を通り越してもはや拍子抜けだ。
「いや、それはない」
そんな飛鳥の確認に対して否定したのは、この場で唯一ソロモン商会と繋がっていた鷹宮である。
「オレはソロモン商会の手によって箱庭を訪れ、その後はペスト達のバックアップも多少している。少なくとも残党と呼べるレベルじゃない」
鷹宮はそう言うが、では大魔王が潰したというのはいったいどういうことなのだろうか。
「とにかく続きを見てみようぜ」
大魔王の報告と鷹宮の記憶情報とで食い違っている現状を打破するためにも、男鹿の言う通りビデオレターを再生するのが一番だろう。
飛鳥もそれに従ってビデオレターの続きを再生する。
『あ、その時の写真あるけど見る?』
そうして再生された映像に割り込まされた写真には、何処かのビルの上階が何かによって吹き飛ばされたかのように土煙が立ち昇る中、吊るし上げられた三人の老人に矢印を向けて“うんこ三兄弟”という字とそのイラストを描いている大魔王の後ろ姿が写っていた。
「おい、老人虐待現場の証拠を嬉々として撮ってるぞこいつら」
「悪魔だからな。別段おかしくもあるまい」
十六夜のツッコミを“悪魔だから”であっさりと流すヒルダとのやり取りが為される中でも映像は流れていく。
『なんかガヤガヤしてたところをうちの情報網に引っ掛かったみたいでさー、ついでに色んな情報も引っ掛かってわしに報告が来たから仕方なく出向いたんだけど、そん時にはこいつら情報の半分もいなかったんだよね』
『そんでこいつらに聞いてみたら、うちの息子の一人を追って箱庭の拠点に一ヶ月前から本格移転したとか言ってんだよこれが。もう面倒だからぶっ潰したいけど、箱庭に帰るのも面倒なんだよねー』
ようやくここで報告と記憶情報がすり合わさってきたのだが、今この瞬間も映像ではカエルとウシのパペットが交互に話す動きをしているのだから緊張感などまったく生まれない。
『要するに、人間滅ぼす前にそっち滅ぼしてくんね?ってことでよろしくー。あ、あと言い忘れてたんだけどーーー』
と、大魔王が話している途中で“ピーッ”という突然の音とともに映像がブラックアウトしてしまった。
「む、なんとも気になるところであのアホ・・・」
気になる映画の予告みたいな終わり方に白夜叉も愚痴ってしまう。
どうやら途中で会話に出てきたビデオカメラのバッテリーが切れたようだ。
「・・・
そんな不満が漂う中でも、十六夜は今の映像によって得られた情報から何かを導き出したようだ。
「一ヶ月前っていうと・・・ペルセウスか?逆廻達が喧嘩した時期と一致するな」
古市も十六夜の言葉から連想して答えを導き出す。流石に自らを知将と呼ぶくらいには頭の回転が早い。
「あぁ。ダンタリオンっていう、使役する奴によっては手に負えない悪魔をルイオスに貸した人間。そいつがソロモン商会で間違いない」
十六夜は暗に“ダンタリオンをルイオスに貸して、もし反抗されても対応できる力がソロモン商会にある”と言っているのだが、気付いた人はいなかった。
どうやら予想以上に強大な組織だと十六夜は一人考える。
「ふむ、大魔王様の最後の言葉が気になるな・・・一度魔界に戻るか」
「え、戻れるんですか⁉︎」
ヒルダの一言に素早く反応したのは古市だ。一度前に同じ提案をした時には断られていたので無理もない。
「前に言っただろう。帰るには大悪魔級の魔力が二、三人分は必要だと。条件はお前達三人で揃っている」
そう言ったヒルダは順番に男鹿、鷹宮、古市と指差していく。
「お、俺もですか⁉︎」
「あぁ、魔力量の多い柱師団の奴を頼むぞ。ついでにできることならティッシュも調達してこよう。もう残りが少ないはずだ」
特別製とは言ってもティッシュはティッシュ。無限にあるわけではないため、このまま使い続ければ無くなるのも時間の問題だ。
ティッシュについては送ってもらうだけで解決できるのだが、ビデオレターの最後の言葉を確認する意味でも一度は帰った方がいいだろう。
「俺も一緒に帰っていいですか?」
「貴様のことを名前で呼んでくれる女子がいる世界と底辺の渾名で女子に呼ばれる世界、どっちがいい?」
「行ってらっしゃいヒルダさん‼︎ 早く帰ってきてくださいね‼︎」
ヒルダの遠回しな拒否に古市は速攻で元気よく返事を返す。
実際は古市を連れて帰ることもできるが、ベル坊がいる間は必ず箱庭へと戻るつもりであるし、なんだかんだ言って古市も奴隷以外に戦力として使えるようになったため外界に戻ったとしてもまた箱庭へと引っ張って来るつもりだ。それならばアランドロンのキャパシティに少しでも余裕を持たせたいとヒルダは考えたために拒否したのだった。
「おい、俺達に拒否権は?」
「無論無い。心配するな、疲れるのは契約者だけだ」
「何処に心配しない要素があんだよ⁉︎」
契約悪魔は魔力を持っているだけで、そこから引っ張り出して使用するのは契約者である。悪魔が意識的に使用したり枯渇状態であれば人間の体力のように疲労速度は上がるが、普通に過ごす分には何も問題無い。
でなければベル坊に負担となることをヒルダがするわけがないだろう。
余談だが、何故魔王と組んでいた鷹宮が隷属という枷もなく“ノーネーム”に加入ーーーというより自由に生活できているのかというと、“階層支配者”である白夜叉に“魔王の残党として信頼を得るために余程理不尽でない限りは従順にしておけ”というような釘を刺されていることと、目の届く範囲であり戦力を求めている“ノーネーム”に加入することを条件に自由を許されたりしているので、強権を使われれば本当に拒否権がなかったりする。
「し、白夜叉様?大魔王様が人間を滅ぼすと言っているのですが・・・」
と、ここまで黙っていた黒ウサギが大魔王の発言に誰もツッコミを入れなかったので声を上げる。存在がボケの塊みたいな大魔王に黒ウサギもスルーすることを選んだが、流石にこれは聞き流せなかったようだ。
しかし、
「うむ、問題なかろう。次の日には忘れているだろうからな」
「だろうな。大魔王は人間滅ぼすって言ったの忘れて自分の
白夜叉と男鹿はいつものことととして特に気にしない。
そんな二人の証言にもう笑うしかない黒ウサギであった。
次からは本格的に物語に関わっていきたいですね。
でも関わるだけで大きく進むかどうかは謎ですが。