子連れ番長も異世界から来るそうですよ?   作:レール

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まず始めに。
一ヶ月という自身で決めた締め切りを十日もオーバーしてしまい申し訳ありませんでした‼︎
空いている時間にちょくちょく進めていたのですが、予想外に難産でもう遅々として進まない進まない……。

とまぁ他にも色々と言いたいこともありますが、それは後書きに回しましょう。
それではどうぞ‼︎


湿地帯での戦い

湿地帯での戦い。

赤星の要望に沿って暴食の魔王・ベルゼブブとの一対一を実現させるため、ベヘモットとバティン、プルソン、エリゴスの三人はその場から離れていく。

 

「おい爺さん、露払いなんて安請け合いして後悔すんなよ?」

 

「ホッホッ、お手柔らかに頼むわい」

 

バティンとベヘモットは変わらぬ調子で会話を続けていた。移動中は軽い雑談混じりで緊張感に欠けているとは思うが、お互い普段の振る舞いの中でもすぐ動けるようにはしている。

 

「あ、始めたみたいですよ」

 

プルソンが来た道を振り返り残った二人を確認していた。かなり離れてはいるが、そこから激しく炎が舞い上がっているのが目で見える。

 

「みたいじゃの。ベルゼブブの奴もギフトを発動したようじゃし」

 

後方に続けて空を仰ぎ見れば晴れていた湿地帯に暗雲が垂れ込み、陽の光を遮るように辺り一帯を覆っていく。

 

 

 

「ーーーさて、儂らもこの辺で戦うとするか」

 

 

 

それまでと変わらないベヘモットの声音。だがそれを聞いた三人はすぐさまその場から跳び退き、プルソンを後衛・バティンとエリゴスを前衛に置いたフォーメーションを組んだ。声音ではなく醸し出す雰囲気がピリピリと伝わり緊張感を高めていく。

 

「先手は譲ろうかの。先程こちらの意を酌んでくれた礼じゃ」

 

先程とは、赤星とベヘモットが二手に分かれると言った時に大人しく付いてきてくれたことである。優勝を狙うならば乱戦に持ち込んで関門であるベルゼブブの隙を窺うべきであろうが、どういう意図があったにせよ三人は提案に乗ってきてくれた。その借りを早めに返しておこうという考えだ。

 

「……さっきまで色々と言ったものの、あんたが罪源の魔王(リーダー達)と古い知り合いだという時点で只者じゃないのは分かってる。最初から本気で行くぜ」

 

バティンが拳を、エリゴスが槍を構えるのと同時にプルソンがトランペットによる演奏を開始する。響き渡る音色は軽快で力強く、それでいて美しいため純粋に傾聴していたいと思えるような演奏だ。

しかしその音色が様々な効果を周りに付与する魔笛であることを知っているベヘモットは相手の戦闘準備が整ったことを理解した。

 

「シッ‼︎」

 

瞬時に距離を詰めたバティンが高速で拳を放つ。一撃の威力はそれほど高くない代わりに速度を追求した拳なのだが、ベヘモットはそれを苦もなく躱していく。

このまま真正面からの打ち合いでは意味がないと判断したバティンはサイドステップも入れて翻弄しようとし、横へとずれた瞬間に彼の身体で隠れた背後からエリゴスが槍を突き出した。

だがそんな不意を突く連携すらもベヘモットは軽々とあしらってしまう。

 

「ほれ、どうしたどうした。あっちのお嬢ちゃんの補助が発揮されなければ当てられんのか?」

 

「……ッ」

 

エリゴスは絶妙な槍捌きでバティンの邪魔にならないようにし、尚且つ力をしっかりと槍先に乗せて振るい続ける。さらにエリゴスと挟むように移動したバティンも容赦なく拳を振るい続ける。

 

「そんな軽い拳では簡単に防がれてしまうぞ」

 

「クソッ、爺さんのくせに俊敏過ぎるだろ‼︎」

 

エリゴスが加わったことで流石に全ての攻撃を躱す余裕はなくなったようだが、それでも手足で攻撃の悉くを防がれてしまっているのだ。悪態も吐きたくなるというものだろう。

エリゴスは槍を大きく後ろに回し、薙ぎ払いの一撃を放つ。バティンは横薙ぎの一撃に巻き込まれないよう大きく跳躍し、既に槍の攻撃範囲内から抜け出している。

 

「そんな予備動作の大きい攻撃が通じるとでもーーー」

 

ベヘモットは槍の穂先を受け止めようと右手を伸ばしーーー急激な加速によってタイミングがずれた。

 

「っと‼︎ いきなりじゃな……そろそろ本領発揮といったところか?」

 

槍が加速した瞬間、受け止めようとしていた手と反対の左手を伸ばしてギリギリ押さえ込んでいた。いつものベヘモットならば加速しただけの攻撃など瞬時に見切って右手で掴めていたであろうが、身体の動きがイメージに着いてこなかったのだ。今の攻撃はなんとか防げたものの、プルソンの付加能力(エンチャント)が始まったということはここからが本番だということである。

跳躍していたバティンが重力に従って落下しながら拳を振り下ろすのをベヘモットは躱したが、躱された拳が地面に突き刺さると(ひび)割れが生じていた。落下による衝撃を踏まえて考えても明らかに力が上がっている。

 

「おい爺さん。さっきまでと同じように行くとは思うなよ‼︎」

 

「……ッ‼︎」

 

これまであしらわれ続けた鬱憤を晴らすような過激な攻めを繰り出す二人に、ベヘモットはやれやれと嘆息する。

 

「もう少し年寄りを労わろうとは思わんのか」

 

「だったら年寄りらしく家でゆっくりしとけ‼︎」

 

「それは偏見じゃぞ?年寄りはどちらかと言えば散歩をしたりじゃなーーー」

 

軽い言葉で受け答えしているベヘモットだが、行われている攻防は見た目以上に精緻なものであった。

プルソンの付加能力で最も面倒なのは、味方に対する“強化”と相手に対する“弱体化”を常時ではなく変幻自在に付与することである。ベヘモットが弱体化を付与された中で強化された二人の攻撃を変わらず凌げているのは、偏に膨大な魔力で繊細なコントロールを実現しているためであった。

自分が弱体化した分だけ魔力強化し、相手が強化した分だけさらに魔力強化する。それを付加されたと感じた刹那の間に行うことで、ずれる動作イメージと身体機能の増減に対応しているのだ。

その細やかな対応に慣れてきたベヘモットは、一度バティンとエリゴスから大きく距離を取った。二人はベヘモットの行動の意味が分からず、プルソンから離れすぎて彼女が狙われても対処できるようにするため深追いはしない。

 

「ふむ、そろそろ此方から仕掛けるとするか」

 

左右交互に耳を穿りながらという緊張感の欠片もない動作で反撃宣言をするベヘモットだが、対面する二人はこれまで以上に集中力を高める。ずっと防御と回避のみで様子見に徹していたベヘモットが攻撃に移るというのだ。どれだけ警戒しても警戒し過ぎということはない。

ベヘモットはモスグリーンのギフトカードを手に取り、鉄でできたヌンチャクを取り出した。そして再び接近してバティンとエリゴスへ攻撃を仕掛ける。

二人とも迎撃するように拳と槍を振るうものの、すぐに違和感を感じることとなる。

 

(……攻め気が感じられねぇな。いったいどういうつもりだ?)

 

防ぎ躱していただけの宣言前に比べれば武器を取り出して自分から攻撃しているのだが、その攻撃が単調過ぎるのだ。

バティンが迫るヌンチャクを躱して右ストレートを放つと、戻したヌンチャクの鎖部分で防いで蹴りを放つ。それをバティンが避けて入れ替わるようにエリゴスが槍を突き出すと、前を向いたまま蹴りを放った片足立ちの状態で跳び上がって後ろ回し蹴りで穂先を弾きざまにヌンチャクで殴り掛かる。エリゴスは槍から片手を離してヌンチャクによる攻撃を鎧の腕部で受け止め、弾かれた槍を片手で薙ぎ払うもベヘモットはしゃがんで回避する。

このように攻撃をしては防御や回避に移り、防御や回避をしては攻撃に移る。二人相手で一人に構っている暇がないのかもしれないが、追撃はせずまるで何かのタイミングを測っているかのように単調な戦闘を(こな)していた。

 

硬直し始めた戦闘を動かすため、バティンは足元の泥濘(ぬかる)む地面を掬うように殴り上げて視覚を潰しにかかる。

広範囲に拡散して避けられないと判断したベヘモットは、とんでもないことに自身に降り掛かる全ての泥をヌンチャクで叩き落としてしまった。

そんな中、エリゴスは鎧で降り掛かる泥など露ほども気にせず槍を腰だめに構えて突っ込んでいた。さらにプルソンの“強化”も合わさり加速していく。

相対的にベヘモットは“弱体化”を受け、泥を叩き落とした瞬間を狙われて躱すことも難しい。防ぐにしてもバティンよりも力の強いエリゴスの強化された突進は慣性も合わさり蹴りで弾ける威力を超えていた。たとえ倒せなくとも確実に手傷は負わせられるだろう。

 

 

 

ーーーと、考えたエリゴスの突進は、唐突に視界から姿を消したベヘモットのいた場所を刺突するに終わった。

 

 

 

「……⁉︎ ガハッ‼︎」

 

次の瞬間、エリゴスの腹部に強烈な衝撃が幾つも走り抜け、堅固な鎧を砕いて身体を吹き飛ばした。それから起き上がる気配がなく、気絶していると思われる。

バティンは目の前で起こった現象に訳が分からず動揺を露わにした。

 

「は?いったい何ーーーガッ⁉︎」

 

バティンも気付けば吹き飛ばされていたが、エリゴスとは違いなんとか意識を保っている。

 

「グッ……」

 

「ほぉ、無意識に後方へ跳んで衝撃を軽くしたか。なかなか筋がいいの」

 

純粋に感心している様子の口調で話し掛けるベヘモットに目を向けると、悠々とヌンチャクを振り回して飄々とした笑みを浮かべていた。

が、バティンにはそれよりも気になることがある。

 

「……おい、あんた。なんで……“弱体化”が効いてねぇんだ……?」

 

バティンは不思議に思ったことを訊く。プルソンの付加能力はそこまで低くない。同レベルの敵が相手であった場合、“弱体化”と“強化”の相乗効果で単純計算なら倍近くも戦闘力の開きが出るほどだ。それを魔力で調整して二人相手に戦えるベヘモットが異常なだけである。

だが最後の攻撃する瞬間は明らかに“弱体化”が働いていない動きだった。低下していない身体機能に、調整していた分の魔力を注ぎ込んだような動きである。

 

「……ん?あぁ、悪いの。()()()()()なんで聞こえんかったわ」

 

そう言ってベヘモットは自身の耳に指を突っ込み、耳栓を取り外した。

バティンはそれで全てを理解した。外界の音を完全にシャットダウンすることでプルソンの演奏を遮断していたのだろう。

 

「そうか。あの時か、クソったれ……」

 

「あっちのお嬢ちゃんが音で相手を嵌めるのは予選で見ておったからの。小細工で不意をつけるなら安いもんじゃよ」

 

ベヘモットが反撃宣言をした時に耳を穿っていたのは、手に隠し持った耳栓を押し込んでいたのだ。

 

「ハッ……何言っ、てやがる。あんた、ほどの実力なら、小細工なしでも、()れたくせに……よ」

 

途切れ途切れに喋っていたバティンの声が尻すぼみに小さくなっていき、遂には聞こえなくなった。エリゴスと同様に気絶してしまったようである。

 

「……さて、お嬢ちゃんはどうする?できればお嬢ちゃんのような娘を殴り倒すというのは控えたいんじゃが」

 

ベヘモットは振り向きながら少し離れたところにいるプルソンに問い掛けた。

しかしその問いに対するプルソンの答えは考えるまでもない。

 

「直接戦闘の二人が倒れてしまった時点で私に勝ち目はありません。大人しくリタイアさせていただきます」

 

「ん、それがえぇ。じゃあ儂は二人の決着でも拝みに行くかの」

 

ベヘモットはプルソン達が転移するのを見届けてから、暴風が巻き起こり、炎が舞い上がっている方向へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

ベヘモット達がその場から離れて少しした後。身に纏う炎を舞い上がらせている赤星に対し、ベルゼブブは天候を支配しつつもその場で身動ぎ一つせず平然と待ち構えている。

 

「君の要望に応えるため、実力を見るという意味でも最初からギフトを展開しました。何か問題はありますか?」

 

「いや、願ったり叶ったりだ」

 

赤星としても実力差があるのは承知で勝負を挑んだが、それでも負けるつもりは毛頭無かった。格上相手だからと言って尻込みするほど気弱な性格はしていない。

 

「よろしい、では来なさい」

 

暗雲から雨が降り雷が鳴り始める中、返答を聞いたベルゼブブは片腕を持ち上げ指を伸ばし、手刀を構えつつ戦闘姿勢を取る。

 

「そのスカした(つら)、すぐにでも崩してやる」

 

赤星は上から目線のベルゼブブとの距離を一息に詰めて拳を振るい、右拳と左拳のコンビネーションで攻め立てた。

だがベルゼブブはそれら全てを手刀で払い落としてしまう。その対応は炎を纏う赤星との接触を少なくし、防御とともに拳や腕に打撃を加える無駄のない迎撃であった。手刀で迎撃しにくい蹴り技なども織り交ぜるが、そちらは最小限の動きで躱されてしまっている。

 

「格闘技術はまぁまぁですね」

 

実力を見るという発言通り迎撃しながら評価を下すベルゼブブに対し、赤星は皮肉気に返す。

 

「過大評価じゃないのか?軽くあしらわれてるようにしか感じないが」

 

「純粋に私が感じた評価を述べたまでです。その技量では私に届かなかったと言うだけのこと」

 

自分で言っておいてなんだとは思うが、事実とはいえ流石にこうも上から目線だと多少イラッとしてしまう赤星であった。

 

「ですがその纏っている炎に意味はあるのでしょうか?極力触れないようにしていますが、微量の魔力を垂れ流して派手に見せているだけでダメージを与えられるとは思えないのですが」

 

「あぁそうかい。じゃあその意味を教えてやるよ」

 

取り敢えず意地でも一発入れることを決めたが、決意一つで目に見えて強くなれるわけがない。赤星の猛攻は変わらずベルゼブブには届かず終わってしまう。

 

「ふっ‼︎」

 

今度は右斜め下から打ち上げるように拳を打ち出した。手刀で迎撃するには難しい角度であり、顎を狙っていると判断したベルゼブブは上体を逸らして躱すことにする。

想定通りにベルゼブブから見て左下から振るわれた拳を躱して顔の右側へと通り過ぎたのを確認し、

 

 

 

あり得ない軌道で方向転換した拳が裏拳の如く再び顎を狙って打ち出される。

 

 

 

「ッ‼︎」

 

突然のことで驚くベルゼブブだが、瞬時に反応してさらに上体を逸らした。さらに不安定となった体勢をバックステップとバク宙でなんとか立て直そうとする。だが赤星とて初めてできた相手の隙を逃すはずもなく間を置かずに殴り掛かった。

それでも一瞬早く迎撃可能な体勢を立て直すことに成功したベルゼブブは、赤星の左拳が迫るのを見つめながら先程のことについて考えを巡らせる。

 

(さっきのはいったい……しかし軌道が変わることを理解していれば対策はーーー)

 

ベルゼブブの思考が止まった……いや、強引に止められてしまった。何故なら余裕とは言えなくとも迎撃可能であった赤星の拳が瞬時に加速し、彼の頰へと一撃を入れたからだ。

 

「まだまだぁ‼︎」

 

それに留まらず赤星の怒濤のラッシュは尚も止まらない。左拳に続いて右拳を流れるように繋げて逆の頰を殴り、勢いを殺さず鳩尾へと左回転肘打ちを突き刺す。

普通なら威力を落とさないための無理な連続駆動で一度動きを止めざるを得ないが、初撃の拳同様に不自然な加速をした脚でベルゼブブを蹴り上げた。

赤星は手を銃の形にして空中のベルゼブブへと照準を定め、指先に炎の球体を形成する。

 

紅線銃(レッドガン)

 

球体から炎のレーザーを四筋発射し、ベルゼブブの手足を貫こうとする。あのまま打撃を与え続けられるような相手とは思えないので、予選で男鹿相手にも使用した動きを阻害するための一手だ。

球体から伸びた熱線が真っ直ぐに到達ーーーする直前、暴風が吹き荒れ全ての熱線を霧散させた。

 

「……なるほど、そういうことですか」

 

霧散させた張本人であるベルゼブブは暴風を纏って宙に浮き、重力を無視してゆっくりと地面に降り立つ。

 

「その纏っている炎は身体の推進力を得るためのブースターであり、推進力に身体が振り回されないようにするスタビライザーの役割も担っているのですか」

 

ベルゼブブの推察通り、赤星の予測困難な変則駆動の要は身に纏っている炎にあった。

赤星が左斜め上に拳を振り抜いた時は炎の逆噴射により慣性を無視して裏拳に方向転換し、拳や脚が加速した時は炎の噴射により推進力を付加していたのである。

だが人間の身体構造でそれをやれば無理な動きですぐに関節が悲鳴を上げるだろう。それを防ぐために拳や脚といった局所的な加速だけではなく、加速後の相対的な身体位置の調整にも炎の噴射を利用していたのだ。

 

「しかし炎の噴射による推進力を生み出すためには溜め、もしくは何かしらの兆候があるのではないですか?微量なりとも魔力を消費し続けてまで常に纏っている炎がその何よりの証拠でしょう」

 

「……全てお見通し、か」

 

それを隠すために纏っていた炎なのだが、完全に虚を突いた裏拳を躱されたところを見るにもう炎を出し続ける必要はないだろう。ベルゼブブ程の実力者であれば事前に予測を立てて反応することもできるであろうし、何よりも魔力の無駄である。

そう判断した赤星は纏っていた炎を消した。

 

「賢明な判断でしょう。……たとえ結果は変わらないとしても」

 

「なんだと?」

 

ベルゼブブの気配が先程の一言から変わった。上から目線なのは変わらないが、赤星の感覚的には実力を見ると言って戦っていた時より遥かに圧迫感がある。

 

「大まかな実力は把握しました。ここからは私も攻勢に転じさせてもらいます。その上で宣言しておきますが……」

 

そこでベルゼブブは一旦言葉を区切り、

 

 

 

「ーーー殺す気で来なければ一方的な戦いになりますよ?」

 

 

 

宣言とともに、周囲一帯を先程の比ではない暴風が吹き荒れた。降り(しき)る雨が一層激しく変化し、頭上では幾筋もの雷光が迸り雷鳴を轟かせる。

 

「漸くまともに戦う気になったか」

 

赤星の顔には自然と笑みが浮かんでいた。

確かに自分の実力を測りたいとは言ったが、何も実力を見てもらいたかったわけではない。自分を叩き潰すつもりで戦うベルゼブブと相対する、この展開こそが本当に望んだ展開と言えるかもしれない。

 

「暴食の魔王・ベルゼブブ。その力の一端を見せてもらうぞ」

 

罪源の魔王による小手調べが終わり、その猛威が振るわれる。

 

 

 

 

 

 

「行きますよ。当たれば致命傷ですが……まぁ契約(ギアス)が機能する攻撃なので心配は無用です」

 

さらっと恐ろしいことを呟いてからベルゼブブは行動に移した。吹き荒れている暴風が強さを増して範囲を狭めていき、さながら台風の目のようにベルゼブブを中心に暴風が吹き荒れる。

意のままに嵐を操るベルゼブブは圧巻の一言だったが、赤星にはそれを眺めているだけの余裕はなかった。次の瞬間には、目に見えるほどの密度を保った風の刃がベルゼブブから放たれる。

 

(速いッ、それにデカイ‼︎)

 

赤星は知らないものの、耀も旋風を操って鎌鼬を作り出せるのだが規模が圧倒的に違う。耀の作る旋風の刃は裂傷を与える程度のものだが、ベルゼブブの作る台風の刃は容易く胴体を真っ二つにできる威力を秘めているであろうことが窺える。

地面を這うようにして迫る風の刃を跳んで躱し、空中で足場に紋章を展開してベルゼブブへと突っ込んでいく。加えて吹き荒れる風の影響を打ち消すために炎の噴射によってバランスの制御と推進力を生み出している。

 

「おおおおぉぉぉぉっ‼︎」

 

そして全身に纏った炎とは異なる、圧縮された炎が右手を包み込む。その拳は言うなれば爆弾だ。その拳が何かを殴った途端に圧縮された炎が連続して接触面での小爆発を引き起こす。

 

紅い爆発(レッドエクスプロージョン)‼︎」

 

赤星は突っ込んだ時の慣性も利用して右拳を振り抜く。だが振り抜いた右拳はベルゼブブに届く前に風圧を増した暴風の塊に阻まれてしまった。

直後に小爆発が引き起こされ、暴風と爆風がせめぎ合う。が、それもほんの少しのことであり、小爆発は暴風の前に吹き散らされて赤星さえも吹き飛ばした。

 

「うぉ⁉︎ くっ……」

 

赤星は地面をバウンドするほど勢いよく吹き飛ばされたが、すぐに体勢を立て直して再び突っ込む。だが愚直に正面から突っ込んでも先ほどの繰り返しとなってしまうので、今度は螺旋を描くようにして距離を詰めながらレッドガンを連射していく。

炎のレーザーを時間差で様々な方向から打ち込んでみたが、暴風の塊どころか纏っている暴風の壁にすら防がれてしまう。

 

(もっと貫通力のある技じゃねぇと突破できそうにないな)

 

反撃として放たれる、自らを吹き飛ばした空気砲を避けつつ分析を進める赤星。先ほど接近して殴りに行った時は放った攻撃ごと吹き飛ばされたので、それを越える貫通力がなければベルゼブブには届かない。遠距離からの攻撃では尚更だろう。

 

(もう一度接近して高貫通力・高威力の技を叩き込む‼︎)

 

攻撃方針を決定した赤星は空気砲の照準から逃れるため、紋章も展開した三次元的な動きで一気にベルゼブブへと迫る。

その途中で、今まで全身に纏っているだけだった炎が膨張して明確な形を形成していった。赤星の身体より一回り以上膨らんだ炎に目と口を模した顔のようなものが形作られ、赤星の腕と連動するように炎の腕が浮かび上がる。

端から見れば、炎でできた巨人の上半身に赤星が取り込まれているといった感じであろうか。そのまま完璧に動きが連動している炎の右腕を後方に引き絞り、力を貯めて解き放つ。

 

紅い弾丸(レッドバレット)‼︎」

 

炎の腕から解き放たれた弾丸は、普通の人間相手に使用すれば身体の三分の一を跡形もなく消し飛ばせるほどの威力を秘めている。言ってしまえば、“紅い弾丸”を人間相手に使用できるように破壊力を落としたものが“紅線銃”なのだ。

再び暴風の空気砲と炎の弾丸が激突し、今度は吹き散らされることなく拮抗する。しかしそれでも突き破るには至らず、暴風の壁を揺らすまででそれ以上突き進むことができない。

ならばと赤星は空いている炎の左腕をさらに打ち込んだ。炎の左腕による追撃は不安定になっていた暴風の壁を見事に突破し、

 

 

 

「ーーーまだまだですね」

 

 

 

ベルゼブブに難なく受け止められた。

 

「……やはり化け物か」

 

ベルゼブブは特に不思議なことをした訳ではない。魔力を手に集めて盾にしただけ、それだけで掌に焦げ目を付けることもなく赤星の技を防いだのだ。

愕然として冷や汗を流す赤星だが、ベルゼブブはそんな赤星の言葉を聞いて否定する。

 

「失礼な。今の私はギフトゲームの性質上、手加減をしなければならない状態なのですよ?それなのに圧倒されるのは()()()()()()()()()()()からに他なりません」

 

「気付いていたのか」

 

「霊格が明らかに摩耗しています。何故そのようなことになったのかは知りませんがね」

 

ベルゼブブの言う通り、七大罪のうち大魔王であるベルゼバブ以外は過去の勢力争いに敗れて霊格が摩耗したことにより力を失った。それに伴って姿形も変化し、身体の活動を停止した封印状態とも呼べる深い眠りに就いていたのだ。

そんな彼らを呼び起こすことで現代に七大罪を顕現させ、何かのために利用しようとしているのが“ソロモン商会”である。その目的や詳細は未だに不明なのだが今は置いておくことにしよう。

ともかくそうして目覚めた彼らだが、呼び起こされただけで霊格が回復するわけではなかった。結果として潜在能力の多くを引き出せていない赤ん坊のベル坊と同等の力しか発揮できていないのである。仮に今戦っているのが赤星ではなく、ベル坊やルシファーと契約している男鹿や鷹宮であったとしても罪源の魔王と単独で戦って勝つのは厳しいであろう。

 

「それで、どうしますか?」

 

ベルゼブブの問い掛けには主語が抜けていたが、言いたいことは分かる。このまま戦闘を続けるのかどうかということだ。確かに赤星が()()()()()()使える技の中に“紅い弾丸”を越える技がないのも事実であった。

 

「……ハッ。どうするか、だと?決まってんだろ」

 

弾けるように距離を取り、言葉ではなく行動で答えるように拳を構える。勝てないからと負けを認めて引き下がるほど赤星は大人しい性格ではなかった。

 

「……分かりました。戦闘続行です」

 

赤星の返事を受け取ったベルゼブブも、再び暴風を纏って拳を構えた赤星と正対する。

勝つ可能性の限りなく低い勝負からも逃げない赤星。その覚悟を認めて迎え撃つベルゼブブ。

両者は三度ぶつかり、そしてーーー

 

 

 

 

 

 

「ーーーで、戦ってみてどうじゃった?」

 

遠くから見ていたベヘモットは戦闘が終わったのを確認してから近付き、その場に立っている勝者へと言葉を掛ける。

 

「ーーー彼はこれから伸びますよ。箱庭で上を目指すならば、自然と」

 

ベルゼブブは目の前で仰向けに倒れている赤星に視線を向けたまま言う。

 

「貴方も私と戦うのですか?」

 

「いやいや、儂は此奴の意志を組んで参加したまでじゃよ。あとは若いもんに任せて年寄りはゆっくりと見物に回るとするわい」

 

倒れている赤星を担ぎ上げながらリタイアする(むね)を伝えるベヘモット。

 

「……()()()()()()()()()()()優勝も難しくないでしょうに」

 

「予選で一瞬だけ開放して疲れたんじゃよ。あまり老体を働かせようとするもんじゃない」

 

わざとらしく嘆息しながらその場から消えていったベヘモット。

何はともあれ、赤星が実力を測るという目的の達成とともに敗退が決定したのだった。

 

 

湿地帯での戦い。勝者、暴食の魔王・ベルゼブブ。




ベヘモットの戦闘がイメージできない‼︎ 原作で攻撃してる描写が一つもないし、あるとすれば初登場時の攻撃とも言えない靴ヌンチャクだけ……。取り敢えず“飄々としているイメージで余裕を持って戦う”という感じにしました。

“べるぜバブ”の人物設定がよく分からん‼︎ 特に七大罪、シルエットと実物(ルシファーとマモン)が合っていない。ということで本文にある“力の消失に伴う姿形の変化”に繋がってます。
あと早乙女禅十郎と縁のある大戦と勢力争いの戦いって別物?調べても分からないんで別物で扱ってますが、同一のものだとすれば設定として進めている年代記がだいぶ変わってしまう……。

ゴホン、失礼しました。
それと赤星が使用した“紅い爆発(レッドエクスプロージョン)”はオリ技という訳ではなく、最後の方で藤相手に使用していた技を参考にしてます。

そんなこんなでいよいよ第三章もピークを迎えつつあります。いったい誰が優勝するんでしょうね?

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