リリカルBuddyStrikers   作:やまさんMK2

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第一話 光になった日 Apart

 単なる空港火災事故で済むはずだったその出来事は、予期せぬ乱入者により一変した。

 海中より突如として出現した50メートル級の巨大生物。全身を泥付いた海藻で覆われたような巨大生物の乱入により、空港は完全に壊滅。消火作業に従事していた時空管理局の災害救助隊及び、その救援に駆け付けた陸士部隊、空戦部隊はおろか要救助者にすら犠牲者を出すほどとなった未曽有の大災害となったが、突如として現れた巨人により巨大生物が一蹴された事であっさりと解決を見たのだった。

 そして、空港内に突入後。巨大生物乱入と空港壊滅の混乱で連絡がつかなくなっていた時空管理局執務官、フェイト・T・ハラオウンの生存。彼女の手で、空港内に取り残されていた一人の少女が救助された。

 

「フェイトちゃん凄いね。私達、外にいたのに何にも出来なくて……」

「そんな事ないよ。こっちも、落ちてくる瓦礫に手間取って身動き取れなくて、そっちを手伝えなかったし」

「いやいや、絶望視されとった生存者を無事に救助したやん! それに、フェイトちゃんもよく無事で……」

 

 幼馴染二人と言葉を交わすフェイト。思わず涙ぐむ二人を必死になだめながらも、彼女の視線は今まさに医療スタッフの治療を受けながら、先に空港から救助されていた妹と、地上部隊を率いていた現場指揮官である父親との無事の再会を喜ぶ、自分が救助した紫色をした長髪の少女へと向けられていた。

 

(あの子……なんで、あの状況で助かったの……?)

 

 確かに見たのだ。彼女が崩れる通路に飲まれ、瓦礫に埋もれていく様を。助けが間に合わず、己の無力さに打ちひしがれそうになったフェイトが見たのは、ほんの一瞬だけの眩い光。そして、瓦礫の上で静かに寝息を立てている少女の姿。困惑しながらも自分を押し潰さんとする瓦礫を排除しながら少女を抱き抱え、空港の外へ出た。それが事の真相だと、今の絶望を脱した高揚感の中で口にするのは、なんとなく憚られた。

 

「ほんと、嘘みたいな奇跡だよな」

 

 誰かが呟いたその言葉の通り、フェイトとその少女の生存を誰もが奇跡と謳った。

 この時現れた巨大生物は別次元でも度々出現例が確認されるようになり、怪獣と総称される事となる。この事件が、後にミッドチルダ全域を震撼させる大事件の予兆であった事等、誰もが予想し得なかった。

 

 

 

 四年後。空港壊滅事件で奇跡の生還を果たしたと一時騒がれた少女、ギンガ・ナカジマも十七歳となり、時空管理局陸士部隊所属の捜査官となっていた。最も、今日は休日。同じく管理局員である妹が休日かつ何の予定も無く一人だと聞かされ、丁度溜まっていた有給消化も兼ねて休みを合わせたのだ。クラナガンの郊外にある店で昼食を取り終え、食後のデザートにとアイスを買っての食べ歩きと、姉妹の時間を満喫中なのだ。

 

「ありがとねギン姉。奢ってもらっちゃって」

 

 五段以上重ねたアイスに目を輝かせる青色の短髪をした少女。件の妹であるスバル・ナカジマが笑顔で礼を述べる。その顔は申し訳なさそうでもあった。姉に連れられるまま入った店が、少しばかり背伸びをしないと手が届かないお値段であったからである。

 

「気にしないでいいわよ。スバルへのお祝いみたいなものなんだし。憧れのなのはさんと、一緒の部隊に行くんでしょ?」

 

 数日前、嬉しそうに連絡してきた様子が今でもついさっきの事のように思い出せる。

 期間限定で新設される実験的な部隊との事だが、妹の憧れであり目標でもあるエース・オブ・エース。高町なのはから親友と一緒にお誘いを受けたと、それはもうテンション高めに嬉しそうに伝えてきたものだから、話を聞いてるだけのこちらも自然と笑顔になってしまうというものだ。可愛い妹のそんな顔を見てしまっては、お祝いの一つでもしたくなるのが姉というものだろうとギンガは心の中で断言する。

 

「それに、お姉ちゃんのほうが階級上でお給料も多く貰ってるんだからね」

「えへへ……そういう事なら、お姉ちゃんの好意に甘えま~す」

【いや、だからってあの量は食べ過ぎなんじゃないか? っていうか、まだ食べてるし】

「デザートは別腹よ。べ・つ・ば・ら」

 

 二人で合計十数段重ねのアイスを頬張りながら、そう答える。

 おかげで財布の中身は軽くなった。時間を見て預金を下ろさないと自分の生活が危うくなるレベルで軽くなったが、自分も妹も満足しているのだから一切問題ないと思考して、ふと気づいた。

 

「……えっ、誰?」

 

 今さっき聞こえた声は、果たして誰の物なのだろうか。あまりにも自然に会話に混ざってきたというか、当たり前のように返事をしてしまった。なんというか、ずっと前から一緒にいる相手に返事をするような感覚があったので、不思議と不愉快さは無いのだが。

 

「ん? どうしたの?」

 

 少なくとも、アイスで頬を膨らませている妹の声ではない事は確かだ。そもそも声色が明らかに男性。それも少年と言って良いだろう若々しい声だったのだから。たまに少年に見間違えられるとたまに愚痴っているし、実際遠目で見れば男の子に見えなくも無いかなと、ギンガからみても思ってしまうぐらいにはボーイッシュとはいえ、妹のそれと聞き間違えるわけがない。

 

「いや、今……誰かの声、聞こえなかった? 男の子の声だと思うんだけど」

「え? 全然聞こえなかったけど」

「そう? 気のせいかしら……」

 

 今日の休暇を確実の物とする為、舞い込んできていた仕事を一気に片付けたせいで疲れが溜まっているのだろうか。上司や同僚からもちょっと根を詰めすぎだと注意されたので、昨日の夜は定時退勤した後に早めに睡眠を取ったのだが。

 

「ギン姉、疲れ溜まってるんじゃない? 来週マリエルさんのとこにいくんだし、念入りに診てもらった方がいいんじゃないかな」

「……そうしてもらおうかしら」

 

 残ったアイスをコーン毎頬張って、先の幻聴をとりあえず思考の外へ追いやる事にする。滅多にない妹と一緒の休日なのだ。余計な事は忘れて、夜まで存分に楽しむ事に全力を傾けるべきだろう。腹ごなしも兼ねてウインドウショッピングと洒落込むか、スバルが好きなゲームセンターにでも足を運ぶか。などと色々なプランを脳内に描き、とりあえずレールウェイで中央区へ移動してからの話かなと思っていると。

 

「誰かぁ! ソイツを捕まえてくれぇ!」

 

 悲鳴にも似た声が、背後から聞こえてきた。

 振り向くと、ミット帽を深く被り、マスクをした男が全速力でこちら目掛けて走ってきている。その後方から、スーツ姿の初老の男性がそのマスクの男を追いかけてくる。マスクの男は灰色のバックを持っており、初老の男性はそれを追いかけているというまさに絵に描いたようなひったくりの構図であった。

 

「スバル、ちょっと持っててくれる?」

 

 肩にかけていた鞄を預け、ギンガがマスクの男を待ち構えるようにその正面に立つ。

 

「邪魔だ! そこどけぇ!」

 

 マスクの男は、ぎっしりと中身が詰まっている事が一目でわかる程にパンパンになったバックを武器代わりとばかりに振り回す。対して、ギンガは小さく息を吐いて。

 

「ふっ!」

「おわっ!?」

 

 マスク男の手からバックを叩き落とし、足払いをして体制を崩し、男の右手を背中側へと捻りあげて地面へとうつ伏せに組み伏せた。その間、文字通り一瞬である。

 

「ぐぇ!? いってぇぇ!?」

「大人しくしなさい!」

 

 自身の膝を背中に押し付け、マスク男の身動きを封じるギンガ。男から叩き落としたバックは、スバルが回収して遅れて走ってきた初老の男性へと手渡している。

 

「はい。これ、あなたので間違いないですか?」

「あ、あぁ……ありがとう。たす、かったよ……」

 

 息も絶え絶えの男性は、感謝の言葉を述べつつ、スバルからバックを受け取る。一方で、ギンガに組み伏せられたマスク男は、なんとか抜け出そうと必死にもがいていた。

 

「こ、このガキ! 邪魔しやがって!」

「邪魔はこっちの台詞よ。せっかくの休日だったっていうのに」

 

 若干苛立ち混じりの声と共に、ギンガは上着のポケットから手帳を取り出し、それに収められた管理局員である事を示すIDカードを提示する。

 

「陸士108部隊、ギンガ・ナカジマ陸曹です。あなたを窃盗の現行犯で逮捕します。言い訳は署でお好きなだけどうぞ」

「管理局!? なんでこんなところにいんだよ!?」

「さぁね。スバル、連絡よろしく」

「オッケー」

 

 ギンガの指示に従って、スバルが待機状態のデバイスを取り出し通信を試みる。それを確認し、マスク男には拘束魔法をかけて手足を封じてから、ギンガは初老の男性にも声を掛けた。

 

「あなたにも確認の為にお話を伺う事になりますので、応援が来るまでこの場に待機していただけますか?」

「い、いや……それは……」

 

 ひったくりの被害者であるはずの男性は、バックを両手に抱えたまま言葉に詰まる。このまま管理局と関わるのは都合が悪いと言わんばかりの態度。成程、これは単純な被害者と加害者という構図ではない。この男性にも、相応に後ろめたい事情があるのだなと察するには十分すぎた。

 

「すいませんが、その荷物……検めさせてもらえませんか?」

「そ、それは駄目だ!」

「何故ですか? 見られちゃ困る……って事ですか?」

「そういう、わけでは……」

「そうじゃないなら、検めても問題ないはずですが」

 

 ギンガの男性を見る目が、事件の被害者から加害者相手のそれへと変わる。少なくとも、単なる被害者と言い切るには怪しすぎる。これほど露骨なのを見抜けないのは、新人捜査官どころか、訓練校入りたての見習いにもいないだろう。

 

「ギン姉、一般市民からの通報もあったみたい。あと三分もしないうちに応援来てくれるって」

 

 スバルのその言葉が男性を決意させたか、二人に背を向けて脱兎の如く走り去ろうとして、ギンガが彼の足元に設置していたバインドが作動。両足を固定されて間抜けな悲鳴を上げながら男性は転び、バックもその勢いで放り投げられ乱暴に地面に落下。その拍子にバックのロックが外れて、中身がゴロンという音と共に飛び出した。

 

「しまった!?」

 

 飛び出したのは銀色の箱。一斗缶程度の大きさのそれが何やら機械的な電子音を発したかと思えば、一瞬で箱が分解されてその中身が吐き出される。否、立ち上がったと表する方が正しいだろう。真っ黒なセミロングの髪をした十歳にも満たないであろう虚ろな目の少女が、分解された箱の中から現れたのだ。

 

「女の子……? え、どうやって入ってたの!?」

 

 明らかに箱の中に入る筈の無いそれに、驚愕の声をあげるスバル。ギンガも流石に予想外だとばかりに目を見開くも、すぐ様に男性の両腕にもバインドを仕掛ける。

 

「応援が来るまで、大人しくしてもらいます

 

 バインドで四肢を完全に拘束され、もがく男を尻目にギンガは箱から出てきた少女を見やる。青いワンピースに赤い靴を履いた黒髪の少女は、虚ろで焦点の合わない瞳を彷徨わせていた。明らかに普通の様子ではないなと、ギンガは安心させるように声を掛けながらそっと少女へと歩み寄る。

 

「えっと……君、大丈夫?」

「…………?」

 

 声に反応した少女は、不思議そうに首をかしげる。見た目は普通の子供だが、あんな箱に入れられていた時点で何か訳アリなのは間違いない。宇宙人が持っていた箱なのだから、常識外の技術が用いられた見た目以上にハイテクな代物だったのだろう。誘拐を初めとした様々な可能性を脳内に浮かべながら、ギンガは少女の目線に合せるようにしゃがみ込み、話しかける。

 

「私はギンガ。あっちは妹のスバル。あなたのお名前は?」

「……メモール」

「メモールちゃん、か。可愛い名前だね」

 

 正直、ちょっと変わった名前だなと思わなくもなかったが、そんな事は欠片も顔に出さず、ギンガは念話を通してスバルに指示を出す。

 

《局の方に届けが出てないか、調べてもらって。名前が解れば、だいたい絞れると思う》

《解った》

「こ、の! こうなりゃヤケだぁ!」

 

 突如、男性がそれまでの態度を一変させて吠える。

 バインドを力づくで引き千切り、スーツを引き裂くようにして男性がその本性を露わにする。シルエットこそ人型だが、黄金の能面を被ったかのような顔に金色の髪。更に金色のプロテクターを全身に装着した異形の姿だ。変身魔法を使うわけでも無く、そんな真似ができる存在はここミッドチルダでは限られる。それは、管理局も存在を認識しつつも公にされてはいない外宇宙からの旅人達。

 

「う、宇宙人!?」

 

 正体を現した男性、ババルウ星人はフゥッと、わざとらしく格好を付けながら髪の毛を掻き揚げる。

 

「スマートに行きたかったが仕方ねぇ。おい、そのガキをこっちに渡せ!」

 

 両腕のプロテクターから飛び出した刃を見せつけ、威嚇する。

 

「管理局ってんならヴィランギルドの名、知らねぇわけじゃねぇだろぉ?」

 

 宇宙人と一言で言っても、人間と同じように多種多様であり、性格も当然それそれ違う。人間に擬態してひっそりと暮らしている者もいれば、正体を堂々と明かしたうえで社会的ルールを守り、平和に暮らしている者達もいる。当然ながら犯罪に手を染める者達も。ヴィランギルドはそういった犯罪者の宇宙人達が寄り集まった非合法組織である。

 

「っ!?」

 

 宇宙人の存在も知っているし、目にした事もあるスバルではあったが、こうして殺意にも似た感情を向けてくる個体と出会ったのは初めてである。管理局員ではあっても、彼女の属する部隊はヴィランギルドといった犯罪者を相手取る事を主としていないが故であった。対して、ギンガは落ち着いた様子でスバルに念話を送る。

 

《メモールちゃんの事、ちょっとお願いね》

 

 姉の言葉に我に返って、スバルは小さく頷きメモールを庇うように自分の後ろへ。それを見ながら、ギンガは懐から待機状態のデバイスを取り出した。

 

「セットアップ」

 

 言葉に反応し、デバイスが展開。ギンガの全身を光で包み込んで戦闘用防護服、バリアジャケットが装着される。白いボディスーツに紺のジャケット。胴に銀色のプロテクターを、両足にローラーブーツ。そして、左腕に白を基調とした巨大な手甲型デバイス。リボルバーナックルが装着される。

 

「一応警告します。抵抗を止めて、大人しくしてもらえますか?」

「はぁ? 何を言ってる? そっちこそ大人しくしろってんだよ!!」

 

 ギンガの物言いが癪に障ったのか、両腕のカッターを持ってその体を切り裂かんと迫るババルウ星人。ギンガはすぅっと目を細めて、振るわれる二対の刃の動きを見切り最小限の動作で回避。そのまま懐に潜り込んで。

 

「はっ!」

「おがっ!?」

 

 ババルウ星人の顔面に思いっきり、左ストレートを撃ち込んだ。

 

「警告はしました。罪状は色々出てくると思いますが、とりあえず公務執行妨害で」

「こ、この! 調子に乗るなぎゃばぁっ!?」

 

 キレて反撃に転じようとした矢先に、また顔面へとギンガの鉄拳が吸い込まれた。ますます頭に血が上り、カッターを振り回してくるババルウ星人の動きを的確に見切り、掌に展開した最小限の防御フィールドで受け止めて流しながら、三度懐に潜り込んで左腕の一撃。今度は裏拳が、またババルウの顔面を強打した。

 ギンガが強いというよりは、このババルウ星人が弱すぎるだけなのかもしれない。姉と同じ格闘技術シューティングアーツの使い手――姉に比べればまだまだ未熟だと自覚はある――のスバルからみても、ハッキリ言って弱い。

 

(一方的だなぁ)

 

 姉の所属する陸士108部隊は、普通の犯罪の他にヴィランギルド絡みの案件も多数取り扱うだけに、そこで捜査官をしているギンガも当然ながら宇宙人相手の実戦経験は嫌というほど積んでいる。その辺を差し引いたとしても、ちょっとババルウ星人が可哀想なぐらいにボッコボコにされているのであった。

 

「どぉわぁあああっ!?」

 

 最後に顔面に一発。リボルバーナックルによる打撃を受けて、ババルウ星人は吹っ飛んだ。ギンガは軽く息を吐きながら、半開きの目で仰向けに道路へ転がるババルウを睨みつけ、手足だけと言わず全身にバインドを何重にも掛ける。文字通りボッコボコにしたのだから、これで今度こそ完全拘束である。

 

「そこで大人しくしてなさい」

「こ、こんなガキに俺が……っ!? 俺の仕事邪魔しやがって! ギルドが黙ってねぇぞ!」

「話は署で担当の者が伺います」

 

 この程度のチンピラ一人をギルドがイチイチ気にかけたりしないだろうとギンガは結論付けて、聞き流す。ヴィランギルドは規模こそ大きい物の、利害関係だけの横の繋がりしかない組織なのだ。所謂大物であれば話は別だろうが、このババルウは間違いなく小物だ。勝手にギルドの名を語っているだけの可能性だってあるし、まず間違いなくこのクラナガンで活動するギルドの大物が出てくるようなヤツではない。そうこうしてる内に、サイレンの音と共に通報を受けた応援が駆けつけてくるのが確認できた。

 

「とりあえず一段落ね。ちょっと話つけてくるから、スバルはメモールちゃんの事、見ててくれる?」

「うん、任せて」

「任せます。さて、さっさと立つ!」

「いってぇ! 痛いって!」

「えっ!? 俺もですかぁ!?」

「あなたもです。ひったくりには違いないでしょ」

 

 左手でババルウを、右手でひったくり犯を強引に立ち上がらせて、駆けつけた局員達の下へローラーブーツで走っていく。年若い少女が男二人。片方は宇宙人を連行してくる様に一瞬面食らった局員達だったが、すぐ様に仕事に取り掛かる。見るからに歴が長そうな男性局員や、バリアジャケットを展開し、臨戦態勢を整えている魔導士達を相手に堂々とやるべき事をこなすギンガの姿をじぃっと見やるメモールに、スバルはどこか嬉しそうに声を掛ける。

 

「私のお姉ちゃん、格好いいでしょ?」

「おね、え……ちゃん?」

「うん。私の自慢のお姉ちゃんで、二人いる憧れの人の一人なんだ」

 

 その言葉にメモールは顔をあげてスバルを見る。姉を見るスバルの瞳は、ヒーローでも見ているかのように輝いていた。スバルに連れられるように、もう一度ギンガへと視線を向ける。男性局員達に混じって仕事をこなすギンガ。凛々しいという表現がピッタリの横顔が、自分達の視線に気付いて目線を向けると、一瞬で優しい物に変わる。右手をこちらに向け、軽く手を振ってくる仕草は、年相応の少女のそれ。

 

「………」

 

 メモールは、数秒ほどそれをじぃっと見つめた後に同じように手を振って返す。ギンガもそれをみて笑顔を浮かべ、とりあえずこの場で済ませられる手続きはさっさと片付けてしまおうと気を取り直して。

 

【ギンガ! 右斜め上、ビルの屋上!】

「えっ!?」

 

 また急に聞こえてきた声にハッとなり、反射的に言われた方向へ視線を向ける。そこには何もない。当然ながら人気も無い、ありふれたビルの屋上しかなかった。

 

「……何もない……けど」

【おかしいな。確かに、視線を感じたんだけど】

「っていうか、またこの声? もぉ……何なのよ、ホントに」

 

 幻聴というには、やたらとハッキリ聞こえてくるそれに肩を落とす、本当に疲れが溜まっているのかもしれない。暫く、残業は避けたいところである。

 

 

 

 声の主が示したビルの屋上。ギンガの立ち位置からは決して見えない場所に、その男は立っていた。真ん中で白と黒に解れた服に身を包んだ黒髪の青年。芝居がかった笑みを張り付かせながら、その瞳は真っ直ぐにギンガへ、彼女の中にいる声の主へと向けられていた。

 

「ようやくお目覚めか。早寝早起きはちゃんとしないと駄目じゃないか」

 

 どこからともなく、青年は指輪を取り出した。獣の顔のような装飾が施された、銀色に赤い刺し色が入った指輪だ。

 

「では、目覚まし時計を進呈しよう」

 

 無造作に指輪を、空へ放り投げる。

 

「おいで、ヘルベロス」

 

 そして、空が暗雲に包まれた。

 

 

 

 被疑者二人の引き渡しを終え、ふぅと一息履いてギンガは自分を待っている二人の方へ向き直る。この後はメモールの身元確認等、色々とやる事が山積み。どうあがいても、久方ぶりの姉妹揃っての休日はここにて打ち切り確定だ。

 

(ま、仕方ないわよね)

 

 非常に残念ではあるが、そういう事も込みでこの道を選んだのだ。またそのうち機会はあると言い聞かせ、未練を飲み込んで二人の下へローラーブーツを走らせる。

 

「ごめんね、スバル。せっかくのお休みだったけど」

「仕方ないよ。私はお昼奢ってくれただけでも十分」

「そう? なら、そういう事で」

 

 スバルと言葉を交わし、続けてメモールに声を掛ける。勿論、目線を合わせる為に腰を下げてから。

 

「メモールちゃん、お家の人に連絡しないとだから、お姉ちゃん達と一緒に来てくれないかな?」

 

 ギンガの言葉に、メモールは静かに首を横に振った。

 

「……私、一人だけ。お家、無い」

「あ、ぁ……そう、なんだ……」

 

 その言葉でだいたい察してしまう。色々と浮かび上がる嫌な可能性に、ギンガもスバルも表情を曇らせるが、それでもなんとか笑顔を浮かべて、ギンガはそっとメモールの頭を優しくなでる。

 

「とりあえず、一緒に来てくれる? 大丈夫、怖い事も何もない、安心できるところだから」

 

 優しく言い聞かせるその言葉に、メモールは数秒ほどの間を空けて小さく頷いた。

 

「よし。それじゃ、行こっか」

 

 メモールの小さな体を抱き抱え、見た目以上にずっしりと感じる重さに少々驚きながらもスバルと共に局員達の乗ってきた車まで移動する。今後、この子をどうするかは色々と考えてはいるけれど、果たして父が何と言う事やらが、今現在一番の悩みである。

 

《ギン姉、なんだかお母さんみたいだったね》

《まぁ、スバルの面倒色々見てましたから? 夜怖くて一人じゃトイレいけなかったのは誰でしたっけ? 寝る時に電気消したら、暗いの怖いーって泣いたりとかぁ?》

《ちょっ!? いつの頃の話ーっ!?》

 

 何気ない話題を振ったら黒歴史を掘り返され、赤面する妹へ意地悪そうな笑みで返したところで、陽の光を遮る何かによってその場を影が包み込んだ。

 

「え……?」

 

 空を見上げると、そこにあるのは不気味な色の暗雲。紫電が走り、生命のようにうごめく気味の悪い、見ているだけで不愉快さとおぞましさが湧きたってくるようなそれに、その場にいた者全員が視線を奪われた。呆然としたその表情は、その雲の中より無造作に吐き出された光弾の雨によって、驚愕へと変わる。

 

「っ! 退避ぃ!」

 

 誰かがそう叫ぶのと同時に、光弾が着弾。激しい爆発と共に地面が吹き飛び、抉れ、爆風と炎に巻き込まれた局員達が悲痛な悲鳴をあげる。ギンガとスバルの下へも容赦なく降り注ぐ光弾。二人は防御障壁を展開しながら、どうにか破壊の雨を掻い潜ろうと必死に走る。

 

「ギン姉! 危ない!」

「スバル!? きゃぁあっ!?」

 

 妹の悲痛な声が聞こえたかと思えば、横合いから何かに突き飛ばされるような衝撃を受けて道路に転がされる。それでもメモールだけには怪我をさすまいと自身を盾にするように、背中から倒れ込んで痛みに表情を歪めるのと、何か巨大な物が地面に落下してきたのは同時。

 

「……えっ?」

 

 ついさっきまで自分がいて、今まさにスバルが立っていたであろう場所に、崩れ落ちたビルの外壁があった。視界いっぱいに広がる瓦礫の山。そこにいる筈の妹の姿は、どこにも見えなかった。

 

「スバ、ル……?」

 

 まさかと、最悪の予想が脳裏を過る。さらに追い打ちをかけるように、光弾の嵐を降り注がせる暗雲から聞こえるのは、不気味な唸り声。

 

〖グギャゥウウウウウウウッ!〗

 

 天を割く雄叫びと共に、漆黒の皮膚に血のような赤い甲羅を持った巨大な獣が暗雲より飛来し、クラナガンの地に降り立つ。60メートルはあろう巨体に獰猛な獣の顔。身の丈程はある尻尾の先端を初め、全身から伸びる鋭い刃。魔導士の中でも数少ない召喚魔法の使い手が呼び出す召喚獣とも違う、破壊の権化。

 

「……あれ、は……」

 

 四年前、空港壊滅事件の時に確認されて以来、時折各次元世界でその存在が確認されはじめた巨大生物。怪獣と総称される巨大な獣の一種。

 

 

 その名を、最凶獣ヘルベロス。

 クラナガンに置いて、四年ぶりに出現が確認された怪獣であった。




Bpartは日付が変わった頃にでも
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