なのはによって救護班に引き渡され、スバル共々病院に直行させられたギンガは人気の無い廊下に設置されたソファーに腰を下ろし、ため息をついた。大げさに巻かれた包帯が若干鬱陶しいが、こればっかりは仕方ない。何せそれなりに重傷だったのだから。奇跡的に入院の必要はないと判断されたが、父からは――怒鳴られこそしなかったが――こっぴどく絞られた精神的疲労も相まって、ため息の一つ二つはつきたくもなる。
【お前、結構丈夫な体してるよな】
空中で胡坐かいて座っているウルトラマンの存在だってあるのだ。ため息ぐらい、許してほしい。本人曰く、こことは別の次元、別の宇宙からやってきた
「それ、普通にセクハラだからやめて」
年頃の少女に、宇宙人とは言え異性が一体化しているという状況自体が相当なセクハラな気がするが、最早その辺を突っ込む気はなかった。実際、タイガのお陰で色々助かったのは事実であるから、それぐらいは――大幅に妥協して――許容しても良いだろう。
「というより、病院で話かけないでっていうか出てこないで。内緒にしてっていったのはそっちでしょ?」
視線の先。手乗りサイズの大きさにまで縮小したタイガへ物申す。ここに来るまでの間、タイガからいくつかの説明と要望があった。そのうちの一つが自分と一体化している事は内緒にしてほしいと言う物。バレれば不要な混乱を招き、様々なトラブルを引き起こしかねないからというのが主な理由だった。ギンガとしても、そういった事に家族を初めとした人々を巻き込みかねないのは望むところでは無かったので了承したのだが、こうして堂々とどこに人目があるか解らない場所に出てこられるのは矛盾しているように思えた。
【安心しろ。俺のこの姿も声も、お前にしか認識できない。右手のタイガスパークや腰のキーホルダーだって、気付かれなかっただろ?】
「……そういえば、そうね」
それに対しては、なんともご都合主義だなと思ってしまう返答が帰ってきた。
右腕に装着されたままのガントレット、タイガスパークを見やる。自分とタイガの一体化及び変身、意思疎通等全てを仲介するデバイス。様々な惑星で活動する事が多い彼らの種族はこの手の装備を複数揃えているらしく、この装備もタイガが故郷を発つ際に他星の人間と一体化する際の為にと、彼の父から託された物なのだそうだ。ベルトに取り付けられたラックに掛けられているタイガの顔の意匠があるキーホルダーもタイガスパークの力で構成した物だという。どちらもかなり目立つはずなのにここに来るまでの間、医者どころかスバル達すらもスルーしていたのを、不思議に思っていたが。
【普通の人間には、見えない物質で作られてるからな】
「へぇ……」
ただし、自分とタイガの関係を知ったものには丸見えになるのだとか。一種の認識阻害を引き起こす仕掛けでもあるのか、興味は尽きないが多分聞いてもさっぱりわからないだろう。それに、もっと気になる事がある。
「それより、タイガ。何時から私の中にいたの?」
少なくとも、覚えている範囲で彼と出会った覚えはないし、一体化を了承した覚えもない。そのくせ、昔から一緒にいたような感覚があるのはどうにも解せない。
【四年前だ。ほら、あの空港の時】
「え……空港って……」
忘れろと言われても忘れられない。四年前に巻き込まれた空港災害。そういえば、あの事件の時も巨人がほんの一瞬だけあらわれ、怪獣を撃破したと聞かされていたが。
「まさか、その時の巨人も?」
【あぁ。あの時、お前と一体化してほんの一瞬だけな。お陰で残ってたエネルギーもほぼ空になっちまった】
それ故に、今までギンガの中で休眠状態に陥っていたと言う。たまに目を覚ます事はあっても、ギンガの見聞きしている事をぼんやりと一方的に見ているだけの状態。こうして言葉を交わせるまでに回復したのも、本当につい最近の事だったらしい。人の体を勝手に使わないでほしいとか、色々と突っ込みたい部分が多数あるのだが、イチイチ突っ込んでいると話が終わら無さそうだなとスルーする事にした。
【お前の中にいれば、俺も回復して肉体を取り戻せる。お前は必要になったら俺の力を使う。そんなに悪くない条件だろ?】
タイガから聞かされた彼の事情の一つ。彼は肉体を失っているという事だった。かつて、彼の出身世界でとある敵と仲間と共に戦ったが敗北。仲間共々肉体を文字通り消滅させられ、彼自身は精神エネルギー体となって宇宙や次元を越え、彷徨っていたそうだ。その果てに四年前、ギンガを見つけて一体化したという事だ。回復の為には現地の人間と一体化しなければならない事情もあった。それらの話を整理して、また一つ疑問が浮かぶ。
「ねぇ。なんで私だったの?」
あの時、あそこにいたのは自分だけではない。魔導士なんて何人いたか解らないし、それこそなのはやフェイトといったエースだっていたのだ。当時十三歳で局員候補性でしかなかった自分をわざわざ一体化する相手に選んだ理由が、どうしてもわからない。
【あぁ、それはな……】
「ギン姉、お待たせ―」
軽快な足音と共に、スバルが自販機で買ってきたジュースを持ってきた。それと入れ替わるようにタイガは音もなく姿を消す。自分以外には見えもしないし、声も聞こえないと言った矢先にそれかと思わなくもないが、姉妹の時間を邪魔しないようにと気を使ってくれたのかもしれない。
「あれ? 誰かとお話してたんじゃ……?」
「え? そんな事ないけど……気のせいじゃない?」
妹の疑問をすっとぼけてごまかして、買ってくれたジュースを受け取る。
この話題はこれで終わりだという姉の意思表示に、スバルは不満気に唇を尖らせながらもそれ以上に気になっている事があったので追及する事はなかった。どうしても、あの巨人と姉がダブって見えて仕方なかったのだ。まさかとは自分でも思うが、何故かそう見えてしまったのだから。
「ギン姉、あのさ……」
「何?」
「………そのジュース、私が欲しかったヤツなんだけど」
「早い者勝ち」
「ひっどーい」
流石に、それを聞くのも憚られて適当に誤魔化す。別にあの巨人が姉だろうが、気のせいだろうが別にどうでも良いじゃないかと自分に言い聞かせる。ほんの少しだけ、心の片隅に浮かんだ姉が別の何かに変わってしまったのではないかという恐怖心も誤魔化すように。
一方的に姉への罪悪感を抱きそうになったスバルだったが、それを打ち消すように彼女の端末に通信を告げるアラームが鳴る。
「誰だろ……はい、スバルです」
『あ、スバル? フェイトなんだけど……ギンガ、そこにいるかな?』
「一緒ですよ。私に何か?」
通信機越しに聞こえてくるフェイトの声は、どこかしょんぼりとしていた。
『可能なら、すぐにこっち来てくれるかな? ちょっとその……ギンガが助けた子が、ね?』
フェイト・T・ハラオウンは語る。私、子供の扱いには自信があるんですと。
実際、彼女は様々な理由で親から引き離されたり、犯罪に巻き込まれて独りぼっちになってしまった子供達の保護責任者となり、その将来を可能な限り明るい物にしようと活動している。そういうのを抜きにして子供は好きだし、ギンガから託された子供に会いに来たのも、彼女にしてみればごくごく当たり前の事なのだが。
「あれこれ、試したんだ。色々な話題振ったり、ぬいぐるみとか使ったり、色々」
「は、はぁ……」
「目も合わせてくれなかったんだ。一言も口、利いてくれなかったんだ。フフ……」
「あ、あははは………」
ギンガとスバルがフェイトに指定された病室に来ると、ベッドの上にいた少女。メモールがそれを見初めて、真っ直ぐにてくてくとギンガの下へ歩いて来てひしっとしがみ付いてきた。それだけなら、自分を宇宙人から助けてくれた恩人が来た反応と思えばそこまで不思議でも無い。部屋の片隅で項垂れているフェイトを除けば。
「おまけにさー、しっしってされたんだー。アハハ……顔、こっちに向けてもくれずにだよ? 流石に……ちょっと、立ち直れないかも……一言も口利いてくれないまま嫌われるって、キツイねー。アハハハ」
ついでにいえば、目からハイライトが消えていた。
「フェ、フェイトさん……その、なんか……」
「なんか、ごめんなさい……」
怪我を診てもらう為に、ここで来るのが遅れてしまって、その間にフェイトが来てくれたのは本当に感謝しかない。だが、そこまで酷い扱いを受けていたとは思いもせずである。
「メモールちゃん。フェイトさん、とっても良い人なんだよ?」
あなたを救護隊に引き渡したり、色々やってくれたんだよとか、子供のお世話するの慣れてる人なんだよとかフォローしてみるが。
「………あの人…………なんか、嫌」
少女は容赦なくトドメを刺した。
「……無理」
ご丁寧に追い打ちまでついてきた。
遂にその場で膝を抱えて座り込んだフェイトを必死に宥めようとするスバルと、ひきつった笑みを浮かべるしかないギンガ。そんな物知るかとばかりにギンガにしがみつくメモール。軽い地獄絵図がそこにあった。
(フェイトさん……ホント、ごめんなさい……)
「……一緒にいてくれる?」
はてさて、傷心のフェイトにはもう興味も無いとばかりにメモールはギンガの顔を見上げて、ボソッと呟いた。まさかここまで懐かれるとは思いもせず、あの箱から出てきた時に最初に声を掛けたのが自分だからなのか。鳥の刷り込みじゃあるまいしと思いながら、ギンガは優しく答えを返した。
「そうだね。今日はもう、ずっと一緒にいてあげる」
こうして、フェイトと共に帰路につくスバルに破損した自分のデバイスを預けて、ギンガはメモールと共に病院に残る事となった。純粋に甘えてくる少女を無下にし辛いのもあったが、ヴィランギルドがこの子をまた狙ってくる可能性も捨てきれず、その護衛も兼ねて。
「フェイトちゃんが子供相手に撃沈とは……ちょっと見てみたかったなぁ」
「怒るよ」
一晩経って、どうにか回復したフェイトは機動六課隊舎の隊長室で、親友兼部隊長の八神はやて。そしてなのはと三人でちょっとしたお茶会。という名目の諸々の話し合いを行っていた。昨日の無断出撃に関しては、状況が状況だったのでお咎めなし。むしろ現場からは感謝の声すらあったという事だった。
「なんていっても四年ぶりの、突然街中に出現した怪獣や。現場になった区画はほぼ壊滅、死傷者は計十六名……こんなにも犠牲を出してしもうたというべきか」
「その程度で済んでよかったって思うべきか……っていうのは、正直嫌な考え方だよね」
なのはの言葉は三人共通の見解だった。だが、あれだけの規模の破壊活動が行われた結果と考えると思っていたよりも少なかったというのも事実。特に、突如として出現した巨人による救助が無ければ、六課隊員の一人であるスバルを含めた十数名が死傷者リストに名前を連ねていたのは間違いなかった。
「怪獣と巨人がともに四年ぶりに出現って……誰かが意図して演出したんじゃないかってぐらい、出来過ぎてる気ぃするわ」
その意見に同感だと頷いて、フェイトは端末を操作して宙に複数のモニターを表示する。
四年前の空港災害。昨日の一件。全く関係ないようでいて、怪獣と巨人の出現という偶然で片付けるには出来過ぎた共通点のある二つの事件の関連データだ。
「四年前の方は姿形がぼんやりしてて解りにくいけど……多分、昨日現れた巨人と同一個体。簡単な画像解析だけでも複数の共通点が見られるしね」
言葉通り、ぱっと見だけでもいくつかの共通点は見られる。ごくごく簡単な画像解析とはいえここまでヒットしているのなら、本格的な解析に掛けずとも間違いないとみて良いだろう。
「同一個体として、なんで四年間も姿を見せなかったのか。この四年間どこで何をしてたのか。そもそも何者なんか……昨日のうちに無限書庫にも問い合わせたし、近いうちに返答が……っと、噂をすれば」
隊長室に備え付けの通信端末へのコールサイン。手早くそれに応え、受信画面を開くとそこに眼鏡をかけた長髪の――女性のようにも見える――青年の姿が映し出された。無限書庫司書長にして、なのはにとっては魔法の師でもある人物。
「ユーノ君!」
『やぁ、なのは。久しぶりだね。フェイトとはやても』
「なんや、私とフェイトちゃんはついでみたいな言い方して……二人とも、何時の間にそういう関係にってあいたぁっ!」
下衆の勘繰りを始めるはやての後頭部に、フェイトの平手打ちが叩き込まれた。
「はい、そこ。空気読もうね」
『とりあえず、依頼されてた件だけど……単に巨人ってだけなら複数該当するのがあって、絞り込むのに苦労したけど……』
二人のボケとツッコミをスルーして、ユーノは手早く情報をまとめたデータを送信する。
複数のモニターが表示され、そのどれもに巨人に関する記述が掲載されていた。
『そっちのと近そうそうなのがこれ等、かな。四年前にも一度調べてたから、そこから更に絞り込んでみたんだ。複数の次元世界で出現例が確認されてるみたいで……管理局発足前の時代にも何例かあったみたいだね』
「そんなに? あの巨人、随分昔からいたんだね……」
『いや、どうも巨人は複数個体存在するみたいだ。そうでなきゃ説明がつかないってぐらいに、発見された記録が多すぎる』
そう言いながら新たなモニターを表示させるユーノ。そこに記されているのは、彼の言う通り多種多様な巨人に関する伝承、記録であった。
ある世界では、宇宙を支配せんとした帝国を打ち倒した勇者として。
ある世界では、どんな強大な敵にも真っ向から立ち向かい、最後は己を犠牲にしても宇宙を救った勇者として。
ある世界では、混沌を振りまいた全ての元凶をも救った心優しき慈愛の勇者として。
その全てにおいて、人々を救い、導き、共に戦いながら戦い続けた巨人として語られる数多の逸話。英雄譚のようであり、御伽噺のようでもある記録がそこにあった。
「これはまた……色々とおるもんなんやね」
『次元の海も、星の海も……時には時間の壁すら超えたって例もあるみたいだ。いくつかは流石に眉唾っていうか、後世に伝わるまでに盛られていった部分もあるのかもだけど』
ユーノの言う通り、全て真実だと鵜呑みにするにはいくらなんでも……と言いたくなるほどの記録。伝説なんてものは後々いくらでも盛られていくのが当たり前。無限書庫で発見された記録だというのなら、全くの出鱈目なんて事はあり得ないだろうけれど。
「とりあえず、昨日のはこの記録が見つかった巨人達の仲間か何か……って事で間違いないのかな」
『胸の宝石らしき部分とか、色々共通点は見られるし……少なくとも同族だろうね。巨人達は光の使者。光の巨人。人々を守り導く神……色々な形で記されているけど……すべてが共通して、こう呼ばれてるよ。ウルトラマンって』
「ウルトラマン、か……」
『現地の人々がそう呼称したとか、自らそう名乗った、とかこれも色々あるけど全ての記述に残ってるからね。これが名前と見ていいと思う』
名乗ったなんて話まであるのなら、もしや意思の疎通が可能なのだろうか。確かに昨日の戦いの最中、こちらへの意思表示のように頷いて見せたりといった行動をとっていたが。言葉が通じる可能性までは、考えていなかったと三人は驚きの表情を浮かべていた。
『ウルトラマンには共通する事項がもう一つ……それは、どの世界でもその世界の人間に擬態するか、もしくは人間と一体化して活動するという事』
「それって、つまり……」
なのはが口に出さずとも、その場にいる皆の考えは一致していた。昨日現れたウルトラマンもあの後、もしかすると四年前からずっと、ミッドに暮らす人々に擬態したか一体化を果たしている可能性が高いという事だ。
『とりあえず、現状だとこんな感じかな。本局の方でも本腰入れて調べるべきかって動きが出てるってクロノも言ってたから、そう遠くないうちにもっと深く調べた情報を伝えられると思う』
四年前は各次元世界に姿を見せ始めた怪獣への対処で、
『じゃぁ、僕はこの辺で。また何か解ったら連絡するよ』
「うん。よろしく頼むわ」
「またね、ユーノ君」
なのはの言葉に軽く手を振って返してから、通信が切断される。巨人の、ウルトラマンの事がある程度解ったのは僥倖と言えるだろう。流石にクラナガンに住む誰かと一体化しているか、擬態しているかもと言うのは予想外ではあったが、無限書庫から見つかった記録通りならば人間の味方をしてくれる存在であるという可能性も十分にある。
「そういえば、昨日ギンガが助けた子の事は何か解ったの?」
そっちの話題は一段落として、なのはは気になっていた事をフェイトに問う。嫌われたというオチがついたといえ、子供好きの彼女が一切調べようともしないとは思っていない。フェイトも小さく頷き、険しい表情を浮かべて、決して面白くない事が解った事を暗に伝えてきた。
「うん。ナカジマ三佐が朝一で情報回してくれた。あの子、メモールちゃんについてはまだまだこれからの検査結果待ちだけど……犯人の方、思ってたより厄介なのが出てきたからね」
フェイトが表示したモニターに映し出されるのは、眼鏡をかけた老人。優しい笑みを浮かべた、人の良さそうな男性。話の流れからして犯人に絡んでいる人物なのは間違いないのだろうが、見た目の印象だけでいえばそんな人には見えないというのが、なのはの素直な印象だった。対して、特別捜査官としてあちこちを飛び回っていた経験もあるはやてはその老人の顔を見て露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。
「うわ……ゾリンかいな。確かに、これは陸士部隊だけじゃ手に負えんかもやね」
「ゾリン?」
「あぁ、なのはちゃんは基本的に犯罪捜査は関わらへんかったやろし、知らんのも当然やね。ゾウリン・セトって言うんがこのお爺ちゃんの名前。表向きは富裕層向け集合住宅の管理人やけど……私が知る限り、クラナガンの裏社会で一番ヤバいヤツやね」
続けて表示されるのは、黒い皮膚をした一つ目と触角を持つ異形の姿。つまりはミッド人に擬態した宇宙人というのが、この老人の正体と言う事だ。
「本性はこっち、ゼットン星人ゾリン。ヴィランギルドの幹部で、紛争が起きてる次元世界や犯罪者を相手に違法薬物や改造デバイス、質量兵器の売買からロストロギアの密輸。数え上げるとキリがないぐらい色々な方法で利益を得てる」
「この虫も殺さなさそうな顔も、あくまで仮面。コイツが関与してるとみて間違いない殺人事件もいくらかある……他人の命になぁんの値打ちも感じてない上に、自分の手ぇだけは絶対に汚さへんヤツや」
はやての口調に次第にイラつきが混じる。六課立ち上げ前に関わっていた案件で何度か苦渋を飲まされましたと暗に言っているのが解る。
「そこまで解ってるのに、なんで逮捕されてないの?」
なのはの疑問も最もである。そこまで真っ黒であるのなら、今すぐにでも逮捕されて良いはずだ。だというのにモニターに表示される彼の経歴には、逮捕歴のたの字すら見当たらない。
「単純に証拠が無い。逮捕した犯罪者から名前があがる事はあるけど、ゾリンがホントに関与してるって確実なのが一切出てこないんだ」
「表向き、社会的ルールをしっかり守って暮してる善良なお爺ちゃんやからなぁ……単に宇宙人ってだけで逮捕は出来んし」
つまり、狡猾に立ち回るタイプの犯罪者という事か。堂々と街中で暮らしている辺り、絶対に捕まらないという自信の表れで、捕まえられるものなら捕まえてみろと言う挑発でもあるのかもしれない。
「で、昨日ギンガが逮捕した
「ゾリンからの依頼で、商品として運んでた真っ最中だったそうだよ。勿論、証拠が残らないように何人も間に挟んだ上での依頼。ヴィランギルド自体、その時だけの横のつながりが基本だから足を掴みにくいっていうのも、逮捕に至らない理由だね」
忌々し気に語るフェイト。彼女がここまで嫌悪感を剥き出しにする相手は珍しいなと、なのはは思う。そこまでの感情を親友に覚えさせるほどの事を、このゾリンという男はやっているという証でもあると理解するのに、そう時間はかからなかった。
「運ぶ予定だった場所は廃棄都市区画。そこで先方の代理人と落ち合う話になってたみたい……そっちは誰なのかまでは知らなかったそうだけど」
正直、思い当たる相手はいると言わんばかりの表情を浮かべながらも、確証も無しに口には出せない。わざわざゾリン程の大物が関わって運ばれていたあの少女には何かある。そして、そんな処から子供を買い取ろうとするような者は、絶対にまともではない。そんなまともではないヤツはフェイトの知る限り……想像通りの人物なら、まだ何か仕掛けてくるかもしれない。
「……ごめん。私、ちょっと出てくる」
二人の返事を待たず、席を立つ。
どうにも嫌な予感がする。こういう時のこういう予感だけは、何故だかよく当たるの物なのだ。
クラナガン中央部に近い位置にある高級住宅街。富裕層が主に暮らすエリアにある集合住宅の中庭で、花壇を手入れする老人がいた。道行く人々からの挨拶にも愛想よく返答し、せっせと花壇に映えた雑草を抜く老人のすぐ傍のベンチに、一人の女性が腰かける。
「ど~も~。件の商品、待ちぼうけ喰らっちゃったんですけど……どういう事ですかね~?」
丸眼鏡をかけた十代後半の少女。目立たない程度にそこそこ値の張るファッションに身を包み、コートを羽織った少女は老人に向けて、目線だけは老人に向ける事無く嫌みったらしい口調で話しかけ続ける。
「こういう商売は信用第一。あなたのとこの配達員、ろくなのいなんじゃないですか?」
「はっはっは。手厳しいご意見をどうも」
少女の嫌味など聞き流すかのような、温和な笑い声が返される。
「最近の若者はやる気に満ちていて馬鹿に出来ない働きをするんですが、今回ハズレを引かせたのはこちらの落ち度。アフターサービスは無償で請け合いますよ」
「へぇ? 具体的にどのような?」
「とりあえず、商品の回収。そこそこ腕の立つ奴に行ってもらいましたよ」
その程度は当たり前だろう。とは流石に口に出さず、それでも態度には一切隠さず少女は鼻で嗤ってみせた。
「あら、そうですかぁ。でぇも、こちら的にはちょぉっと面白い事になりそうなんで現状維持でもいいかな~なんて、ドクターは言ってましたわ」
「……成程。ですが、こちらとしても面子がありますので。それに他にも頼んでる仕事があるんですよ」
ほんの少しだけ、少女の言葉にイラつきを覚えたらしい老人は平静を保ちながらも、口調に感情が乗る。それだけでも少女にとっては若干の腹いせにはなった。待ちぼうけを喰らわされた事に対するお返しとしては、これで十分だろう。
「他に頼んでる仕事? 良ければ、教えてくださいません?」
「なぁに、ちょっとした花壇の手入れですよ。花を綺麗に咲かせるコツを、知っているかね?」
質問の答えは期待していない。老人、ゾリンは一瞬だけ本性たる顔を見せつけて元の温和な老人の仮面をかぶる。
「
ゾクッと悪寒が少女の背筋を駆け抜けた。
この爺さんは、穏やかな笑みを浮かべたままえげつない事をやってのけるタイプだと少女は確信している。それでいて自分は決して表舞台に出ず、一切手を汚さずに結果だけを得てみせるタイプ。そういう意味では、自分よりも悪趣味だと言い切っていいかもしれないと姉や妹達からは絶対に同意を得られないだろう事を思いながら、少女は腰を上げた。
「そうですか。なら、こちらとしては言う事はありません」
ゾリンの返答を聞き終えるよりも早く、少女はスゥっと姿を消した。まるで最初からそこにいなかったかのように、あるいはカメレオンのようにその場から自分の姿を消し去った上で足早にゾリンの元を去っていく。それを気にも留めず、ゾリンは独り言として口にする。
「欲張りな
犯罪者を勾留する留置所で、爆発事故が起きたのはこの数分後の事であった。
昨日、帰る前にフェイトが貸してくれた予備の通信端末への着信を受け、ギンガは思わず大声をあげそうになったのを必死に堪える。ベッドの上に腰かけたメモールが不思議そうに自分を見ているから不安にさせないためだ。
「お父さん、それホント?」
『あぁ、マジだ。お前が捕まえたチンピラ、とんでもねぇのを怒らせたみてぇだな』
父にして自身が序属する陸士108部隊隊長、ゲンヤ・ナカジマからの通信内容にギンガも驚きを隠す事は出来なかった。自分が逮捕したババルウ星人を勾留していた留置所で突然の爆発事故。件のババルウを含め、勾留中だった軽犯罪者と警備の職員が犠牲になったのだ。
『ゾリンに取って単なる小遣い稼ぎってんじゃなく、相当デカい山を潰したって事だ。ギンガ、そっちも十分注意しろ。ナックル、今持ってないんだろ?』
「昨日の騒ぎで派手に壊れたからね。何とかできなくもないけど、バリアジャケットは着れないかな……」
リボルバーナックルは原型は留めていたが目に見える破損が酷く、ローラーブーツに至っては修理するより新品に取り換えた方が早い有様。スバルに預けて修理に出してもらっているが、手元に戻ってくるのは何時になるか解らない。少なくとも今日中はあり得ないだろう。
『こっちからもそっちに応援は回してる。その子はお前にべったりみてぇだから、交代はさせづれぇかもしれんが』
「そっちは気にしないで。応援が来るだけで十分だよ。情報ありがと」
『あぁ……ついさっき、テスタロッサ執務官もそっちに行くって連絡があった。一人で無茶はすんなよ』
そうして通信を終える。108部隊の応援人員にフェイトまで来てくれるなら、心強い事この上ない。僅かに浮かんでいた不安を息と共に吐き出し、メモールへと向き直る。
「ごめんね、私のお父さんから連絡があったから」
「おとうさん……」
「うん、お父さん。メモールちゃんも、きっと仲良くできると思うから……いつか紹介するね」
他愛のない、それでいて実現したら良いなと思う事を口にしながら少女の小さな手を握る。
「それじゃ、ちょっと遅いけど朝ご飯食べにいこっか?」
「……うん」
ギンガの手を握り返し、メモールはベッドの下に置いてあった赤い靴を履いて、二人で病室を後にする。メモールの小さな掌を握っていると、スバルの小さい頃。毎日のように手を繋いで一緒に歩いていた日々を思い出し、自然と笑みがこぼれた。
「……何?」
「ん? こうやって手を繋いで歩いてると、なんだかメモールちゃんが妹みたいに思えてきちゃって、ちょっと嬉しくなっちゃった」
「妹……? じゃぁ、お姉ちゃん……なの?」
「そうだねぇ。私がメモールちゃんのお姉ちゃんになっちゃうねぇ」
案外、それはありなのではなかろうか。色々と厄介事を抱えている子なのは間違いないが、だからこそ自分に出来るのなら助けになってあげたい。必要なら家族になるのだっていい。かつて、自分達がそうされたように。母が生きていれば、きっと同じことをしただろうから。
「……お姉ちゃん、なってくれる?」
「えぇ。メモールちゃんが、いいならね」
他愛のない事のように軽く返して、それでも込めた感情は結構本気で。ギンガのそれを察したのか、無表情だったメモールの口元が僅かに吊り上がって、愛らしい笑みを浮かべる。つられてギンガも笑顔になり、自然と互いを握る手は強くなって。傍から見れば年の離れた姉妹のように、仲良く廊下を歩いていった。
病院の裏手にある駐車場で、応援に駆け付けた108部隊の同僚たちが無残な姿を晒している等、今はまだ知らぬままに。
ゾリンに関しては原作より盛ってます というか、これぐらい盛ってもいい悪役だと思います
Bpartも近いうちに