「空を飛んだ...?翼で?」
何よりも先に困惑させられた。翼が生えた人間なんて物語の中にしか居ない存在である筈であって。いくら師匠が見た、と言っているとはいえ、流石にそれはあまりにも現実離れしすぎている。
「それはマジですか?」
「マジマジ。大マジさ。一発殴った後ぶわって飛んで逃げられちゃったんだって。ま、信じられないのはわかるけどね」
何せ実際に見たボクが一番信じられなかったんだから、と苦笑いしながら師匠は続ける。
「しかもね。どうやらそいつね、人間じゃないっぽいんだよ」
「は?」
再びの爆弾発言、本日二度目の驚愕。再び混乱の中に突き落とされる。あまりに荒唐無稽な内容に私の理解が追いつかない。
「鳥人間...とかそういうオチだったりしますか?」
「んにゃ、違うよ。ヒト型の体に背中から翼が生えてたからね。ついでに言うとツノも生えてたよ。しかもね、暗かったから見えにくかったけど、たぶん体ぜんたいが真っ黒でちょこちょこ白かった。あれは間違いなく服の柄じゃあ無いね。ちなみに、どうもガタイからして男っぽかったけど」
女の子だったら全力で捕まえに行ったんだけどね、なんて宣う
ぐるぐると脳を回して情報を整理する。まず夜道で女性が襲われていた。これはいい。そして師匠が彼女を助けた。これもいい。師匠は一発当てたが襲っていた人物には逃げられた。ここは師匠の実力からするとかなり信じ難いが、まあいい。師匠はその女性の連絡先を入手し損ねた。これはどうでもいい。問題は次。その犯人は翼を持っていてツノが生えていて体が黒くて白の模様入りで飛翔して逃げた。これが分からない。
人を襲う翼持ち全裸真っ黒白まだらツノあり人間。私はいつの間にファンタジーかSFの世界に入り込んでしまったのだろうか。なんだか悪魔みたいな姿だな、なんて現実逃避を始めてしまう程度には非現実的で、信じられない話だ。
次に考えたのが、これが師匠の
無意識のうちに頭を抱え込んでしまう。大体なんなのだそんな属性を詰め込みすぎた敵キャラみたいなやつ。与えられた情報が頭の中で悪魔のような姿として結びつく。
悪魔...女性が襲われていたという点からすると、まあ人に仇なす存在であるのは間違いないわけで。そもそも人を襲う目的は何なのか。食事?あるいはそういう嗜虐趣味?実は人類に変わって地球の支配者となろうとしている、とか?あまりに馬鹿馬鹿しい。物語としてもあまりにチープだ。
というより、そういうのは物語の中だからこそ存在を許されるのだ。現実にいてみろ。世界中が恐慌の渦に巻き込まれること待ったなしだ。
でも、師匠は実際にそれを見たと言う。そんなファンタジックな存在が居たと言う。師匠への信頼と非現実的事象を拒絶する理性とがせめぎ合い、より混迷を深めていく。
そして、数分の葛藤の末に私が出した答えは。
「まあ...信じがたいですが一応は信じます。それで?特徴は?」
「ああ、うん...自分で言ってて何だけどさ、本当に信じるの?」
「...師匠を信頼してるからですよ」
「マジ?ボクそんなに信頼されてるの?じゃあ下着見せ」
「調子のんなクソ野郎」
湯呑みを持ってぶん投げる。キャッチされてしまった。非常に残念だ。
「言っておきますけど、私が信頼したのは師匠がこういう類いの嘘を吐けない、という点ですので。師匠の人間性はあんまり信頼していませんので」
「ひどくない?なんで?」
「自分の胸に聞いてください。ってああもう。その悪魔モドキの特徴。教えてください」
「心当たりないんだけどなぁ...えーっと、特徴ね」
首をひねって心当たりを探していた師匠が軽薄な笑みを消して、特徴を指折り数えだした。
「んーと、まずは翼が生えてる。長さは片側1メートルくらいかな?」
「はい、1メートルくらいの翼ですね」
「それとね、体は黒い。白のラインが入ってたりもする。後はなんかねじれた感じのツノも生えてる」
「はい。それで?」
「身長はボクより大きかったな。1.8メートルはある」
「はい」
「これは暗かったから見間違いかもしれないけどね、歯がギザギザで尖ってた気がする」
「歯がギザギザ...ドラキュラみたいですね。次は?」
「ハハ。ドラキュラか。言えてるね。えーっとどこまで話したかな。あ、そうそう。尻尾生えてたよ。先っぽがとんがってるやつ。とりあえずはそんくらいかな」
「なるほど...こうして聞くと俄には信じがたい特徴ばっかりですね」
「まあね。なにげにボクも未だに信じ切れてない。あれはもしかすると夢かなんかだったんじゃ無いかな、ってね」
「夢オチとかホントやめてくださいよ....」
仮称悪魔モドキの特徴は覚えた。しばらくはこいつに気をつけておこう。
「ということで...今日呼ばれた理由はコレで良かったんですか?」
「うん。用事はこれで終わりかな」
どうやら私の予想は正しかったらしい。漸く用事が終わった。開放感に満たされる。背伸びをしながら壁掛けの時計を見ると30分ほど話し込んでいた。
「それじゃあ、帰りますね」
「ちょっと待ってよ」
これで終わりとばかりに私が立ち上がると、師匠が引き留めてきた。
「何ですか」
「久しぶりに一戦やってかない?ほら、悪魔モドキ取り逃しちゃう程度に鈍っちゃってたからさ。弟子の高校入学記念と成長の確認を兼ねて」
「却下で」
そんなお祝いがあってたまるか。あと
「というよりその悪魔モドキを捕まえるとき『型』使いました?」
「使ってないね。空飛ばれるまで人間だと思ってたから。殺しちゃマズイと思ってね...」
なるほど。確かに『型』を使えば一撃で戦闘不能にできるだろう。しかし、ただの暴漢に使おうものならそれなりの確率で殺してしまう。相手の正体が分からなかった以上、師匠の判断は間違っていないだろう。
「でも、飛ばれても『三式』使えば墜とせたのでは?」
「いやね...ちょっとビックリして使うの忘れてたんだよ...」
「あー、まあ、分かります」
確かに人間だと思ってた相手がいきなり空を飛んだら呆然とはするわな。
「まあ、そういうわけで...今回ちょっとボクやらかしちゃったと思うんだよね。ごめんね...」
「別に責めていたわけではないんですけども...」
珍しく師匠が落ち込んでいる。これは特に誰が悪いという訳ではないのだけれど、責任を感じているのなら励ましてあげるのも吝かでは無い。基本クズだけど彼も頑張っているのだ。
「落ち込まないでくださいよ。今回は運が悪かったんです。次会ったときに倒せばいいんですし、お姉さんも助けることができたんですから。ほら、元気出してください」
「うわー、ムツミちゃんが励ましてくれてる...励ましてくれるならお尻触らせ」
「励まそうとした私が間違いだった」
瞬時に距離を詰めて顎をブン殴る。師匠は顔を逸らして勢いを殺したようだけれども躱しきれずに倒れた。ざまあ。
「それでは今度こそ帰りますので。連絡があったら携帯にお願いします」
倒れたままのクズに向かってそう言い放って部屋から出る。気絶はしていないはずなので、対応はこれで十分だろう。
「帰り道は気をつけてね~」
やっぱり気絶はしていなかった。
◇◇◇◇◇
玄関に向かい、靴を履いて家から出て行く。いつ悪魔モドキと遭遇しても問題ないように気を張ってから無駄に立派な門を出た。
結局、悪魔モドキと遭遇することは無く。気の張り損だったな、なんて思いつつ我が家の玄関をくぐった。
ああ、明日は確認テストだったな。復習しなければ。
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次回、ちょっと時間飛びます