うまぴょいしてたので投稿遅くなりました
部室で本を読んでいたらいつの間にか日がとっぷりと暮れてしまっていた。時計を見ると、既に7時を回っていた。
最終下校時刻も近づいていたので、鞄を持ち、電気を消し、戸締まりをしてそのまま生徒昇降口へ向かう。
靴箱を見ると、ほとんど人が残っていなかった。文芸部部室はかなり昇降口に近いにもかかわらず、私は下校する生徒たちに気づかなかったとなると自慢の集中力についても考えものだな。
そんなことを考えつつ、家までの道をてくてく歩いて行く。いくら春も盛りだとはいえ、流石に夜は冷える。スカートを履いて脚を曝け出している女子ならなおさらだ。そういえば、以前は、冬でもスカートを履いているのだから、女子というのは寒さに強いものだと思っていた。しかし、TS転生して初めて、寒空の元でミニスカを履いている女子は寒さに強いのではなく、強靱な意志の力で耐えているだけであるということを理解した。
寒さに震えつつ、とりとめの無いことを考えているとコンビニが見えてくる。喉も渇いたことだし、少し暖を取るついでに飲み物でも買っていこう。
◇◇◇◇◇
いらっしゃいませー、という店員の声と小気味良い電子音を聞き流して店内に入る。まずはカフェオレでも買おうか─っと、飲料を陳列している棚に向かうと、見知った人物の後ろ姿があった。
「ん...渡邊くん?」
「あ?...田川さん?」
そこに居たのは制服こそ着ていなかったが、我がクラスの帰宅王、渡邊レイジ。図らずして、彼との入学式以来二回目の会話となった。
「やっぱり渡邊くんか。何しに来たの?」
「コンビニ来る理由なんて買い物しかないだろ」
「そりゃそうだけどさ。じゃあ、何買いに来たの?」
「甘いもんとなんか飲むもん。姉さん...姉に買って来いって」
なるほど、つまり彼はパシらされたわけか。それはご愁傷様なこって。確かにそれなら制服でない理由も分かる。しかし、彼には姉がいたのか。まあ、一回しか話したことはないし、知らなくても当然なことである。
「それはお疲れ様。にしても、お姉さんいたんだね。いくつなの?」
「二つ上。今年三年になる」
「へぇ。なら先輩にあたるわけねぇ」
「まあ」
会話をしながら、私はカフェオレから宗旨替えしてミルクティーを棚から取る。彼は隣の棚からサイダーを取っていた。
一旦会話を切って会計をする。焼き鳥串が目に入ったから、ねぎまを一緒に買った。ちらと彼の方を見ると彼もちょうど会計を終えたところだった。一緒にコンビニから出た。
「そういえばさ、ここのコンビニに来たってことは家この辺にあるの?」
このあたりにコンビニはここの一軒しかない。だから彼がこのあたりに住んでいると考えるのは当然かもしれない。だが、私は彼をこの付近で見たことがない。私はなんだかんだ15年近くここに住んでいるし、小学校もこの近辺にあるところに通っていた。80人くらいしか同学年はいなかったから、名前か顔を見れば同窓かどうかは分かる。それを踏まえて、私は渡邊レイジを知らない。だから、彼の家についてはとんと見当がつかない。おそらくは引っ越してきたのだろう。
「ああ。最近引っ越してきた。両親が転勤になって。もともとねえさ...姉が春学に通ってたし、ちょうどいいってなって」
そりゃ知らないわけだ。
「田川さんはここ住んでんの?」
「ん。15年間ここ住み」
そんなことを話しながら、二人で夜道を歩く。その合間に雑談をしていくうちに、彼について色々なことを知るに至った。
例えば彼が以前は東京に住んでいたこと、親が転勤になったはいいものの、今度は海外出張に行く羽目になり四日後から姉と二人暮らしになること、好きな食べ物は甘いものであること、誕生日が10月であることetc.
お互いがお互いの情報を話しながら歩いて行くとあと数分で私の家というところまで来た。
「いや、送ってもらって悪いね」
「夜遅くに女の子一人で帰すのは危険だからな」
彼はそんな風に宣う。なかなかスマートでイイじゃないか。実際彼と話していると、誰ともコミュニケーションを取らない姿からは想像ができないくらい話しやすいし、話していると彼が案外いい人であると分かってくる。顔も地味目ではあるが比較的整っているし、あと少しだけ他人と会話をするような性格だったら女の子にかなりモテていただろう。
私は、内心彼のことをそんな風に評価していた。
そのとき。
─キャアー─
「ッ!」
悲鳴、それも女性のもの。声の高さからして成人か。緊張感があたりを支配する。どちらともなく息を呑んだ。
「今のって」
彼が狼狽えて、そう聞いてくる。
「悲鳴だね。間違いない」
対して私は冷静に返す。師匠と一緒に居るとこういうことはよくあるがゆえだった。
「ッ助けに行かなきゃ」
「あ、ちょい待って」
言うが早いか、彼は飛び出すように駆けていった。私は一瞬彼より駆け出すのが遅れたため、彼を追いかける形となった。
悲鳴の声の大きさからそこまで離れてはいない。飛び出していった方向も間違えていない。直に着くだろう。ここで走っているときに思い出したのは師匠の忠告だった。
─夜道には気をつけて─
一週間何もなかったから完全に油断していた。どう考えてもファンタジーの住人が犯人なのだ。もっと警戒しておくべきだった。
後悔しながら彼を追っていると再び悲鳴が聞こえてきた。さっきより切羽詰まっている風だった。
「まずい...」
渡邊くんはもう一段スピードを上げた。いくら私が本気を出せば追いつけるとは言え普通の男子高校生にしては早すぎる。普通に走っている私は中々距離を詰め切れずに、とうとう悲鳴の発生地点と思われる場所に近づいた。このままだと彼は間違いなく女性の前に無策で飛び出すだろう。女性が悲鳴を上げている原因が例の悪魔モドキだとしたらそれは非常に困る。だから、私は、彼が角を曲がる直前に、少し速度を上げて彼を拘束した。
「ッ何すんだ」
「静かに」
彼の口を背後から塞いで、慎重に角から先をのぞき見る。すると、そこには。腰を抜かしたのか座り込んで壁を背後にした女性と。
街灯で照らされた黒い体に白いライン。180センチほどの体躯。人にはない、先の尖った尻尾。頭の上から飛び出した捻れた二本のツノ。何より背中に翼を生やした姿。
あの日師匠が見たと言った、悪魔モドキ。それが女性を襲っている姿が在った。
「何だよ...アレ」
渡邊くんは信じられないといった風にそう言葉を漏らす。実際私も信じられない。百聞は一見にしかずと言うが、まさにその通りで。目にした衝撃は計り知れない。
「やめて...こないで...」
と、目の前の謎生物に呆気にとられていると、いよいよ女性の方が危なくなってきた。悪魔モドキは女性の恐怖を増幅させるようにゆっくりと近づいていく。
「やめろ!」
渡邊くんが悪魔モドキに向かい叫ぶ。反応した悪魔モドキがこちらを向く。
「ひっ」
そこにあったのはあまりにも凶悪な顔。つり上がった、三日月のような口とそこから覗く鋭い歯。歪に歪む、狂気に染まった目。それら全てが生理的嫌悪感をもたらす。渡邊くんは腰が抜けたようにして蹲ってしまった。
やつは一旦はこちらを向いたものの、すぐに興味を失ったのか、女性の方を再び見る。
このままでは不味い。早急にやつを排除しなければなるまい。渡邊くんは一切役に立たなさそうだからここは私がどうにかする必要がある。そして、私はこの状況を打開するすべがある。
やつとの距離はおよそ20メートルほど。このくらいなら1秒も掛からない。悪魔モドキは女性を弄ぶようにゆっくりと顔を近づけている。
「これなら間に合うか」
一つ深く息を吐いて、精神を統一する。師匠から聞いた話として耐久力はそれほどでも無い。ならば、選択する型は一つ。
右腕を引いて若干前傾姿勢を取り、脚に力を込める。
狙うのは、今まさに女性を食らわんと顔を近づける悪魔モドキ、その胴体。
「食らうがいいよ」
溜めた力を爆発させる。これより放つは最速にして基本の型。
その威力、とくと御覧じよ。
悪魔モドキはものの見事に吹き飛んだ。