私が目の前の悪魔モドキを殴りつければそれは簡単に吹っ飛んでいった。襲われていたとおぼしき女性─OLかな?─も口を開けて呆然としている。おそらく隣にいた渡邊くんも私が何をしたか分からなかっただろう。悪魔モドキはしらん。
山田流戦闘術(仮称)『一式 隼』。身も蓋もない言い方をすると高速の突進からぶん殴るだけの単純作業。ただし最低でも目にもとまらぬ速さでないと「隼」としては認められない(らしい)ので普通の人間が習得するにはかなりきついだろう。さっきは二割程度だったけれども。
「大丈夫ですか?」
襲われていた女性に尋ねかける。腰を抜かしていたみたいであったがなんとか大丈夫であるとの返事が返ってきた。
女性の手を引いて立ち上がらせていると渡邊くんがやってきた。
「おい!田川さん!」
「どうしたの」
かなり語気が強めである。どうやらどうやら彼は少し怒っているらしい。
「いきなり飛び出していくな!あんなおかしい奴どうみても危ないだろ!」
へたり込んでいた奴に言われましてもねぇ...
「でも私がそこで飛び出さなきゃこの人がどうなってたかわかんない。それに私には助けられる自信があった。渡邊くんはさっきの私みたいに動ける?」
私が正論込みで問いかければ押し黙った。まあ悲鳴を聞いただけで駆け出すような正義感のある人間からしたら私が危ないからといって女性を見殺しにしても良かったなんて口が裂けても言えないだろう。
「っ、それでもっ...」
まだ何か言いたそうにしている。まあ前途有望な青年の説教くらいは中身おじさん(推定)が聞いて─
「っまだ!」
私は渡邊くんと女性の襟をひっつかんで投げ飛ばす。
「いてっ、何するん─」
その反論はついぞ最後まで口に出されることは無かった。なぜなら─
「...思ってたより耐久力ありましたね」
私が吹き飛ばしたはずの悪魔モドキが再び攻撃を仕掛けてきていた。振るわれた爪を飛び退いて避ける。三人全員無事で躱せたが、今度は正面からそれと向かい合う形となった。
「■■■■■■」
「何言ってんだかさっぱりですね」
しかし─見れば見るほど数メートル先に立つ姿は醜悪だ。師匠が挙げた特徴とほぼ一緒で、黒い体、鋭い爪に飛行できそうな程度には大きい羽、先が尖った尻尾。それに何よりも三日月型につり上がった口が一番気持ち悪い。それとそそり立ったモノを見てなぜ女性を襲っていたのかも理由が分かった。まるで私を欲望のはけ口か、あるいは餌としか見ていないような下卑た顔だ。しかも何を言ってるかも分からないと来たものだ。これは普通なら夜道で無くても遭ったら腰が抜けるだろう。
「でもまあ私は普通じゃないもんで」
恐ろしさならガチモード師匠の方が万倍恐ろしいし、「隼」に対応できていなかったところを見るとそこまで強くも無い。つまりまったく怖くなんて無い。いくら二割程度とはいえ、耐えられたのは予想外だったが。それに、効いてない訳でもない。私が打ち付けたところの辺りが大きく陥没している。たぶん堅い外皮が装甲の役割を果たしたのだろう。
「でも、分かればなんてこたぁないですね。次で仕留めます」
集中─再び身体中に力を入れていく。急に雰囲気を変えた私を「獲物」ではなく「敵」、それも格上と認識したのだろうか、悪魔モドキは慌てたように急に翼をはためかせ、空へと飛び上がった。中々速いが、問題ない。
「逃がすわけ...無いでしょうが...!」
腰だめに拳を構える。既に高度10メートルほどの高さにいる悪魔モドキへ狙いを定める。
「墜ちるといいよ!」
そして私に背を見せたままの、上空のそれに向かって、拳を振り抜いた。
今度こそは耐えられなかったか─「飛ぶ打撃」は悪魔モドキを打ち抜き、悪魔モドキはそのまま墜落することとなった。
◇◇◇◇◇
「三式 飛燕」は簡単に言うと空間を殴りつけてその衝撃波、あるいは空気塊を相手に直撃させる技だ。山田流(仮称)唯一の遠距離攻撃でもある。一応拳だけでなく手刀や蹴りを飛ばすことも可能ではある。相手に得物がないなら完全なアウトレンジから攻撃ができるので非常に重宝する技だ。
さて、そんな「飛燕」が直撃した悪魔モドキは私の目の前に墜落してきた。ここで問題となるのが「どうやってこれを処理するか」である。胸の辺りに風穴が開いていて、先ほどからピクリとも動かないこれは確実に死んではいる。そうなるとこれはどうするのが正しいのか。コレが出てきそうなRPGなんかだと時間経過で消滅するのが普通だけれども、現実でそれはまず、ない。まあ「こんなの」がいることもありえないんだけれどねぇ。
悪魔モドキの遺体を突っつき、その堅さに呆れながら思考を回していると、ようやく落ち着きを取り戻したらしい渡邊くんがやってきた。女性はどうやら気を失っているらしい。
「田川さん、それ...」
少し声が震えている。まあ仕方あるまいて。さっきまで話してた一般JKが目にもとまらぬ速さで動き、目の前でヒト(の形をした凶悪なナニカ)を平気な顔して殺したのだから。とはいってもどう考えてもこいつはヒトではないし、明らかに人に害為す存在であるため私もそこまで良心が痛まなかっただけである。流石に人間を殺すのは躊躇するだろうし、まだ実際殺めたことはないのだけれど。
「んー、こいつねぇ。どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって...それよりアンタ、大丈夫だったのか?」
「は?」
言うに事欠いて私の心配か。私からすれば渡邊くんのほうがよっぽど大丈夫ではないように見えるのだけれど。
「いや、こんなやつと戦ってたわけだから、その、身体とか」
「別にこんくらいならなんとも。一応鍛えてるしね」
「いや鍛えてるっても...」
明らかに納得がいってない顔をしてらっしゃる。まあそうよな。
「私のことはまあいいとして。大丈夫といえばあの女の人ケガしてなかった?」
少し先で横たわっている女性に目をやる。緊急避難とはいえ投げてしまったからケガが心配だった。胸は微かに上下してるから死んではないみたいだけど。
「あ、ああ。気絶してるだけでケガとかは問題ないと思う」
「ん、そう。よかった」
女性が無事だったと聞いてホッとした。仮に私が放り投げたせいでケガとかしていたら片手落ちなんて話じゃない。
「まあ、無事だと分かったところで『コレ』どうするか話し合わない?」
一旦意識の外に置いていた悪魔モドキに目を向ける。相変わらず凶悪な面がそこにあった。渡邊くんが息を吞んだ。
「どうにかするったって...」
当たり前の話ではあるが私に死体処理の経験はない。彼も同様だろう。つまりここからは素人二人がどうにかして完璧に証拠を隠滅しなければならないということであった。
「...とりあえず考えを出していこう」
◇◇◇◇◇
「ダメだねこれ」
「ダメだなこれは」
女子高生と男子高校生が二人、人気のない夜道に蹲って死体の処理方法を考えているという一見猟奇的な絵面は案外長くは続かなかった。警察に通報するにも起こったこと全てを話さないといけないし、あんな不思議経験は決して信じてはもらえないだろう。そういうわけで警察に引き取ってもらうという案が潰れてからは何方もゴミみたいな意見しか出せなかった。
「埋めるとかどうかな」
「その辺の空き地とかだったら100パー即バレするだろ...山に行くにもこの時間から行くには遠すぎる」
だとか、
「海に沈めるとかはどうだ」
「まずこれを海までバレずに持っていける?」
だとか、
「燃やす」
「別の意味で通報されるから却下」
だとか、
「いっその事放置する」
「明日の朝はこの辺は規制線だらけだろうな」
だとか、愚にもつかない案が大量に出ることになった。
「あー、もうこれ信じてもらえない前提で警察に通報したほうがいいような気がしてきたんだけど」
「そうよねぇ...素人が完璧な隠ぺいを試みるにはちょっとばかし無理があったかぁ」
結局いい案は一つも出ることはなく、ひたすらに無駄な時間を過ごすことになった。
「...そういや、悪かったな」
110番をかけようと電話を取り出していると彼がそんなことをのたまった。
「悪いって、何が?」
「悲鳴が聞こえたとき、田川さん止めてくれてただろ。それに、そっから先も何回か」
「うん、止めたね」
絶対碌なことにならないと思ったからね。
「その...そん時話聞かなくて、それに面倒ごとに巻き込んじまって、悪かった」
なるほどね。
「いや、別にそこは気にしてないよ。結局女性を助けられたわけだしね」
これは本心。私のモットーは「知り合い以外大体どうなってもいい」ではあるけれど、あの状況で見捨てて翌朝のニュースに死体が見つかったとかなっていたら流石に罪悪感を覚える。
「まあ、私からしたらキミの勇気ある行動をむしろ褒めたいんだけどね」
とまあ、賛辞をぶつけると少し照れたように首の後ろを搔いていた。初心な反応が少しだけかわいらしく見えた。
「それじゃあ、通報するよ」
110番をかけるのなんて初めてだから、少し緊張して変な宣言までしてしまった。先ほど悪魔モドキと対峙した時の100倍は緊張しているな、私。
そうして1,1,0と一つ一つ確認しながらゆっくりとタップしていき、ついに発信ボタンを━
「それは困りますわ」
━押すことはできなかった。突如、何かが私の携帯のあった場所を通り抜けた。辛うじて、手を引いて携帯が真っ二つになることは避けられたが、例え携帯が両断されていたとしても、それは目の前で起こっている事実からすれば全くの些事であっただろう。
「そんな...どういうことだよ...」
渡邊くんの声が震えている。目の前の事実がどうにも受け入れ難いらしい。かくいう私も信じられない。
なぜなら、下手人は。
「どういうことか教えてくれるかな...二条さん」
「見ての通りですわ」
刀の切っ先をこちらに向け、油断なく見つめながら、金を溶かし込んだような髪を持つ美少女、二条サヤカは私たちにそう言った。
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