「……お二人は、同じクロスベル警察特務支援課の同僚同士であり、そこで自然と親しくなったと聞いております。ご存じの通り、特務支援課はクロスベルの独立にあたり多大な貢献を為した部署であります。ここ数年、クロスベル自治州には数多の事件に見舞われましたが、そのたびに、お二人と、同僚の方々は試練を乗り越えて参りました。今後は特務支援課と家庭を両立するということになりますが、お二人であれば、悩みも簡単に解決できるものと確信しております。我がラインフォルト・クロスベル社も、クロスベル自治州の一員として、陰ながらサポートできれば幸いであります。
長くなりましたが、おふたりの輝かしい未来をお祈りしまして、お祝いのあいさつとさせていただきます。それでは、ロイドさん、エリィさん、末永くお幸せに」
クロスベル自治州ミシュラム迎賓館ーー
その場所では、誰もが友人だった。
もちろん、職場のライバルとか、商売敵とか、日常では対立関係にある人々も居たが、その場所ではそういう対立関係は一時預かりするものとされた。当人たちもそれを当然のこととして受け入れた。祝宴の席では争いごとは避けるべきだ、というのが暗黙のルールであった。
祝宴の参加者は、争うようにしてホストに群がり、お祝いの言葉を述べていた。新郎ロイド・バニングスには、警察の同僚達が、そして新婦エリィ・マクダエルには、学生時代の同僚達や警備隊の知人達、そして祖父繋がりであろう州政府のお偉方達が。
そんな中、一人だけ所在無げにぽつねんと壁に寄りかかっている男が居た。手にウィスキーロックのグラスを持ち、場内の雰囲気を観察するようにぼやーと眺めていた。顔には少し赤みがさしている。
「教官!」
彼をそう呼んだのはピンク髪の女性だった。ワインレッドのワンピースを着て、ミネラルウォーターの入ったタンブラーを持っている。
「教官、お久しぶりです!」
「ユウナか。久しぶりだな。また会えて嬉しいよ」
「そんな他人行儀なー。リィンさんがこちらに来たと聞いて、すぐにでも会いに行こうと思ったんですけど、会う機会作れなくて、ついつい延び延びにしてしまいました。すいません」
「それは俺も同じだよ。新しい仕事はとにかく時間がなくてね。仕事の関係者と挨拶回りをするだけで手一杯だったんだ」
「さっきまで大変でしたよねー。お偉方というお偉方が取り巻いていたじゃないですか。エリィさんへの挨拶もそこそこに」
「だから来たくなかったんだけどね。でも、ロイド君とエリィさんに招待されれば来ないわけにはいかないじゃないか」
「でも、挨拶はちゃんとしていましたよ」
「こういう仕事をしているとね、練習する機会はいくらでもあるんだよ。ところで、ユウナは士官学院の方、大丈夫かい」
「私の方は問題ないです。ミュゼもアルもクルト君もアッシュも、みんな頑張っていますよ」
「警察学校の方に戻ると思っていたんだけどな。帝国がああなってしまった以上、帝国に居ることもないだろうと思ったんだけど」
ピンク髪の女性、ユウナ・クロフォードはトールズ士官学院第二分校の二年生である。
彼女はクロスベル自治州がエレボニア帝国に併合されている最中にトールズ士官学院に入学した。この時期の誰もがそうであるように、帝国の呪いによって彼女の学院生活も翻弄された。クロスベルの再独立が成り、世界もようやく落ち着いた頃に、彼女もクロスベルに戻るという選択肢を考えたことがあった。
しかし、彼女は帝国に残ることを選択した。トールズを卒業し、アルテリア法国の高等教育機関に進学して、刑法を学ぶことにしたのだった。再独立を果たしたクロスベルにはそういう人材が必要だと、そう勧められたそうであった。
「とすると、これが終わったら戻るのかい?」
「そうですね。ヘイムダル行きの最終便のチケットは取ってますから、それに乗れば帰れます。だからギリギリまで粘りますよ。」
「そうか。くれぐれも羽目は外しすぎるなよ。久しぶりに知り合いとかと会うのだろうけどさ」
「教官はどうするんですか?」
「一通り終わったら退散するさ。帰ったらやることがあるからね。それにさーー」
「それに?」
「それに教官はよしてくれ。もう俺はトールズの教官ではないから」
「私にとって、教官は教官です。それに、今でも似合わないと思うんですよ。リィン・シュバルツァー社長だなんて」
「それは俺も同感だよ。トールズの教師からいきなり社長になるなんて考えてもみなかったよ。どれだけ勉強しても足りないことだらけさ。まぁ、部下がちゃんとやってくれるから、その点はありがたいけどね」
事実だった。帝国最大の重工業企業(そして軍需企業)であるラインフォルトグループは、1年前の<ヨルムンガンド戦役>の責任を問われ、多額の賠償支払いを余儀なくされていた(一説には百億ミラ前後と言われている)。如何に優良企業と言えどもその支払いに耐えられるわけもなく、保有資産の切り売りに奔走せざるを得なかった。
その資産の買い手の一つがクロスベル自治州だった。ラインフォルト社がクロスベル自治州領内に建設した軍需工廠を元に立ち上げた新会社がラインフォルト・クロスベル社だったのである。
ラインフォルト本社側は、工廠から列車砲や機兵といった軍需品の製造ラインを撤去し、民生用の製造ラインに差し替える(これ自体は戦後のプランとして事前に存在していた)。そして、差し替えが完了した後、クロスベル自治州に譲渡するというプランになっていた。リィンが社長に就任したのは、契約を確実に履行するために、ラインフォルト社から「人質」を取ったのではないか、というもっぱらの噂だった。事実、トップが居ないと回らないような会社では譲渡のしようがない。それに、リィンがトップに居ればラインフォルト本社側も、この会社を粗略には扱わないだろう、と期待されていた。
「そういえば、奥様はお変わりないですか?」
ユウナが悪戯っぽく笑って言った。
「ははは。奥様なんて、ユウナにまでそんな他人行儀な言い方をされると、俺も傷つくなぁ。アリサは、まだ本社でてんてこ舞いでね。俺だってそう簡単に会うことはできないんだよ」
「うーん。折角の新婚家庭なのにもったいない」
「それはありがとう。俺もそう思っているけどね、でも二人で話して決めたことなんだ。アリサはラインフォルトという会社に責任を持っている。少なくとも彼女はそう信じている。なら、俺はそれを支えるだけなんだ」
「でも、式には呼んでもらいたかったです」
「それは済まない。でも、そう言われると思ったから、誰にも言わなかったんだけどな」
リィンとアリサが結婚式を挙げたのは丁度半年ぐらい前、4月末のことだった。参列した人といえば二人の親族ぐらいで十人にも満たない数であった。二人の立場からすれば王侯貴族のそれに劣らない式典だって用意できたであろうが(むしろそれを当然と考える人が大多数だった)、黄昏の後の混乱を鑑みて、ということで式自体は非常に、非常に簡素に行われた。
「あんな手紙一枚で終わりだなんて、結構ショックだったんですよ」
関係者が二人の結婚を知ったのは、二人から送られた手紙によってだった。そこには、結婚したという報告と、招待できなかったことの謝罪の言葉がつづられていた。
「みんな呼ぶことも考えたんだ。でも、みんな忙しくしているし一年先のスケジュールだって空かない人も居た。それに、俺達も待てなかったんだ。いろいろと」
「ミュゼなんて泣いてましたからね」
「彼女に悪いことをしたのは認める。彼女が俺をどう思っているかは知っていた。でも、これだけは譲れなかった」
「ひゅう」
ユウナは口をすぼめた。ユウナが二人の結婚を知ったのは、ミュゼからのARCUS通信だった。涙目の彼女から、届いたばかりの手紙に何が書いてあるかをユウナは教えてもらったのだった。ユウナも心の整理がつくまで数日の時間を要した。トールズの授業が無ければもっと時間がかかっていたかもしれない。
「そこまでなら、アリサさんを大事にしてくださいよ。でなきゃ、私達が不憫です」
「それについては努力するよ。」
「それでは、また今度!」
そう言うとユウナは、ロイドの取り巻きの方へ歩いていった。警察には知り合いが沢山いるのだろうと想像はついた。トールズは生徒をだらだらと休ませるような所ではないから、ユウナは久しぶりの休暇を有意義に使うはずである。多分、二次会にも参加するだろう。リィン自身はもちろん参加するつもりはない。妻帯者に二次会の居場所など無いからだ。
パーティーも時間が経つと、人の動きは幾分か落ち着いてきた。幾つかのグループが出来て、その中で談笑するようになってきていた。挨拶とかそういう儀礼は大体終わったのだろう、リィンはそう想像した。
「これはこれは新社長殿」
慇懃無礼な声にリィンは振り返る。紺色の上下に白のネクタイと、ごく普通の礼装ではあるが、リィンの頭の中のイメージとはかけ離れていて、リィンにとってそれが驚きだった。
「社長就任、おめでとうございます」
「これはどうもありがとうございます。あーー」
「ツァオ・リーです。」
目の前の紫髪を短髪にまとめた男はそう言った。名前だけ言えばあとは分かるだろうという態度だった。もちろんリィンも知っていた。ラインフォルト社がまとめた、クロスベル自治州の重要人物レポートに載っていたのだった。
「これはすいませんでした、ツァオ・リー殿。こんなところで会うとは思いませんでした。先週の経済界懇談会にもいらしていましたか?」
「ええ。ですが、その節は挨拶もできず、申し訳ございません」
口調こそ丁寧だが、眼はあくまで自分を値定めしているのが分かる。黒月貿易公司の社長にしてクロスベル裏社会の指導者、ツァオ・リーとはそういう男である。
「貴方とは話をしてみたかった。それは事実です。ですが、この場所は似つかわしくない」
「確かにその通りです。ですが、興味を惹かれるとどうしても話をしたくなる性分でして」
ツァオ・リーは笑顔を崩さない。
「ここには招待されたのですか?」
「まさか。私はただの付き添いです。招待されたのは」
あの方です、とツァオは指し示した。奥のテーブルで半べそをかきながらオレンジジュースを飲んでいる少年がいた。
「あれが……シン君ですか」
共和国黒社会組織のリーダー、その親族にして将来の要注意人物、クロスベル在住歴があり、将来クロスベル政界に関与する予定あり。リィンが読んだレポートにはそう書いてあった。
「よくご存知で。シン様もエリィ嬢に思うところが多く、式に出ると言って聞きませんでして。それで、少しばかり協力してもらったのですよ。シン様もこの日のために、わざわざ共和国からここまでやってきたのです」
「それはそれは」
「本来なら式に出席して、そのまま帰る予定ではありましたが、あまりにも興味深い人がいらっしゃるので、挨拶だけでもと」
「別にこんなところで話をすることもないでしょう。もっと適当な場所があるはずだ」
リィンは何とかあしらおうとしたが、ツァオはまだ食い下がる。
「もちろん、別な場所でお話することもできるでしょう。ラインフォルト社社長が黒月関係者と密談、と新聞に書かれたくなければ」
リィンは顔をしかめた。ここだってツァオ・リーのような人物と立ち話をしているなんてのは見られたくないのだが。
「何か聞きたいことがあるようですね」
ツァオ・リーは一つうなずいた。
「ご真意は奈辺に?」
「ご真意?」
「ええ。貴方がこのクロスベルに来た、本当の理由です。それを教えていただければ、すぐにでも退散しますよ」
ツァオの笑みはさらに大きくなった。
「そんなことを言われてもね……私がここに来たのは、ラインフォルト社とクロスベル自治州の合弁会社の立ち上げのためです。それ以外の何物でもありません」
「フフフ……まぁそうでしょうね。シュヴァルツァーさん。ですが、貴方がクロスベル入りした前後で、興味深い方々がこのクロスベルにやってきている。いや、帰ってきているのもまた事実です。」
リィンそう聞いて、わずかにたじろいだのをツァオは見逃さなかった。
「貴方に教えられることはない。本当に知らないんだ。貴方の知りたいことは。第一、興味深い方々と言われても誰のことか分からない」
「おやおや。少しはサービスしてもらえると思ったのですが。こう見えて私もビジネスマンですからね。職業上の秘密は守りますよ」
そう言われて、リィンは少し考え込んで、やがて口を開いた。
「そうですか。なら、ビジネスマンらしく振舞うことをお勧めします。法律と不文律は遵守して競争する。天下が静謐になるまで。本当はその後もそうしてもらいたいですが」
「??」
「今のところ、サービスといえばこれぐらいしかできそうにありません。申し訳ありませんが」
一瞬怪訝そうな顔をしたツァオであったが、リィンからそう言われて元の笑顔に戻った。お時間取らせて申し訳ございませんと一礼した後、シンがいるテーブルに戻ったのだった。