クロスベル警察捜査一課長、アレックス・ダドリーは多忙な男である。洋の東西を問わず、凶悪事件を担当する捜査員が多忙なのは共通事項であるが、ダドリーにはそれ以外の仕事が山のように積みあがっていた。クロスベル自治州の再独立からこのかた、近隣各国との捜査協力についての実務者協議に、自治州再独立による捜査関係の法律の勉強会、さらに導力ネットワーク犯罪の専門部署の立ち上げときては帰る暇もないというのが実情だった。実際、今日の朝に家に帰るまで、警察での寝泊りは3日におよんでいた(部下が止めなければ一週間になっていたかもしれない)。
そんなわけで、彼が犯行現場に急行したにも関わらずすっかり出遅れてしまったのは、そんな彼の事情を鑑みて、即時に叩き起こすことを捜査員達がためらったからだった。ダドリーは現場にたどり着くや否や、捜査員達に雷を落としたのだが、彼等にとっては不幸な出来事だったかもしれない。
犯行現場には非常線が敷かれ、中を見ようとする野次馬と、させまいとする警察官で押し合いへしあいになっている。現場は、ウルスラ間道の砂浜、その奥にあった。
現場には既に鑑識が陣取っており、探し忘れた証拠がないか、必死に見て回っている。
「被害者は?」
「こちらです」
警官がダドリーを案内した。現場のさらに奥に平坦な場所があり、そこに毛布に覆われた塊が5つある。ダドリーはその一つを捲り、顔をしかめて元に戻した。同じように他の4つもちらと確認する。
「5人とはな。派手にやられたな。身元の調査は?」
「は、裏付け調査中ですが」
現場指揮にあたる警官が答えた。クロスベルの大企業の息子で放蕩ぶりが知られている一団があり、服から出てきた運転免許証からその可能性が高いとのことだった。女性の方は、身なりからすると「買われた」商売女というところだろう。
「みんな同じか」
「はい。袈裟懸けにばっさり」
「凶器は?」
「やはり同じです。鋭利な刃物、斬れ方からすると刀系」
「死亡推定時刻は?」
「午前1時あたりかと」
「物証でもあったか」
「いや、証言がありました」
「だとしたら、何故発見が遅れたか、だな。早朝に連絡が入っても良いはずだ」
「間道の作業員が、浜辺で乱行パーティーをしていると証言しています。間道の夜間工事をやっていた作業員が目撃しているそうです。いや、連中が大音量で音楽を流して馬鹿騒ぎをしていたのを聞いただけだから目撃ではないですかな。その時間に叫び声のようなものが聞こえたそうですが、気に留めなかったとのことです。そして昼過ぎにここを通りかかった釣り客があの車」
警官は顎をしゃくった。現場から少し離れた場所に大型の導力車が停めてある。まだ買ったばかりであろうピカピカの新車だった。
「あの車がここにあって物音もしないので、不審に思って覗いてみたら……ということだそうです」
「夜中に市街から出て不用心に騒ぐからそうなる。当然の結果だ」
ダドリーは吐き捨てた。
「いくら治安が安定してきたとはいえ、魔獣がこの世からいなくなったわけでもない。衛士隊の破落戸(ごろつき)共だってまだ居るだろう」
「連続切り裂き魔もいますからね」
ダドリーはギッと警官を睨みつけた。
「余計なことは言わんでいい。第一、まだ連続殺人と決まったわけではない」
「ですが、同一犯だとしたら」
「同一犯だとしたら捜査本部設置だな。でも、同一犯でなくともそうなる。5人だからな」
ダドリーはため息をついた。再独立からこのかた、揉め事の種は減るどころか増える一方だ。帝国占領期の方がまだマシだったのではないか。
「警部!」
ダドリーは振り返った。捜査一課の新人刑事がこちらに駆け寄ってくる。
「これを」
刑事 ーー 名前をマニングと言った ーー が機械のようなものを差し出す。
「何だこれは」
「導力カメラですよ。ヴェルヌ製の最新式です。連中、これで自分達を撮影しようと思っていたんですかね」
「どこにあった」
「あの岩場です。岩場の中の水たまり」
マニングは少し離れた岩場の方を指差す。
「何かの拍子に立て掛けてあった所から落ちたのでしょう。ズーム機能を使えば現場周辺を全部撮影することが可能です」
「何故見つけた」
「いやー、休憩ついでに煙草を吸おうと思って……いい場所がないかと思って探していたら偶然目に入ってですね」
「馬鹿者!!警官たるもの勝手に現場を荒らす奴があるか!さっさとその物証を鑑識に引き渡せ!いや、導力捜査課とヴェルヌ社に問い合わせろ!!」
マニングはダドリーから二度雷を落とされることになった。
クロスベルにおけるリィンの住処は、新市街(未だに旧市街と呼びたがるクロスベル人は多い)にある。帝国統治時代に大規模な再開発が行われ、この界隈は戸建て住宅やアパルトメントが建ち並ぶ典型的な住宅街になった。もちろん、それは帝国民や帝国軍人のために供されたのであるが、いまや帝国は去り、沢山の空き家が残された。そして、世界各国からやってきた沢山の人がその空き家を埋めていった。リィンは数少ない例外といえるかもしれない。
リィンの家は典型的なファミリー向けの二階建て住宅である。リィンは最初、東通りあたりに独居用の部屋でも借りようと思っていたのだが、そのことを総務課の担当者に告げたら真っ青になって止めてきた。いわく、社長がそんなところに住んでいたら下の者に示しが付かないとのことだった。一体何が示しが付かないのかリィンには理解できなかったが、アリサにそのことを言ったら、社長がアパルトメントに住んだら、家を記者が取り囲んだ時どう言い訳するのかと説教されてしまった。結局言われるがままに会社の用意した住居に住んでいる。
それにしても広すぎるーーリィンの感想はそれに尽きた。一人しか済まないのにベッドルームは2つも要らないし、キッチンもテーブルも大きすぎる。トールズやリーヴスの寄宿舎住まいに慣れていた彼にとっては、あまりに広すぎる家も却って迷惑というものだった。第一自炊なんかしなくたって何とかなるし、手の届く範囲で何とかやっていく方が性にあっていた。何より気にいらないのは、風呂がなくシャワーだけでという点であった。
そんなこんなで、立派な4LDKの住まいなのに、実際に利用されているのは一部屋のみである。リィンはそこに、かつての寄宿舎と同じような生活スペースを作り上げていた。ベッドにクローゼットに姿見と書き物机とラジオ。ただひとつの例外はといえばーー
「次のニュースです。クロスベル株式市場は本日発表された工業生産指数の値を受けて全面高となりました。株価指数はプラス23.1、指定銘柄平均株価はーー」
導力ラジオの横に置かれたディスプレイは、クロスベル自治州の事件や各種経済問題についてのニュースを放送していた。別に放送自体は珍しくもない。帝国にもラジオはあり、放送番組は当たり前のようにあった。ディスプレイによる動画の表示も珍しくない。カレイジャスのような指揮施設のある場所では当たり前のように見た光景だった。問題は、ここは単なる一般家庭でカレイジャスではないということだった。
クロスベルでは、試験的ではあるが、動画放送が始まっているのである。
「ARCUSの画像通信と原理は同じだよ」
ARCUSの向こうのトワ・ハーシェルはそう言っていた。一、二時間ほど前、別の用事でトワがARCUSで通信してきた時、リィンの部屋にある動画放送端末の話になり、動画放送の仕組みの話になったのだった。
「……ううん、だったら何でこんなことができるんだ?確か、動画の視聴は同時に見られる人数に制限があるんだろう?それに使えない場所も結構あったはずだ。一部の人しか受信できないとなったら、こんなことをしても意味がないはずだ」
「リィン君、カレイジャスのレーダーは全方向に導力波を出すことによって、360度全部の物体を探すことができるよね。あれは物体に当たったら導力波が消えるから分かるんだけど、最近、導力波で物体に当たっても消えにくい波が見つかったんだって。だから、その波で出力がもっともっと強い波でやればどうなると思う?そして、物体の方は導力波を受信しやすい仕組みになっていたとしたら?」
「みんなが導力波を受け取れる、ということか?」
「そうだよ。今まで動画の通信は、動画を送る方と受け取る方が双方向で通信することを前提としていたから、受信できる人数に制限があったけど、導力ラジオと同じように、送る方は動画を送るだけ、受信する方は受け取った動画を表示するだけなら、人数の制限もないんだよ。そういう仕組みで、大出力の導力波をばーっと流せば、みんなが画像を見ることができるってわけ」
リィンはクロスベルの街頭受信装置を思い出していた。あれはあれで導力通信を利用して画像を出しているのだが、有線の通信を使用していると聞いたことがあった。トワはそこから導力の周波数とか信号の原理とかいろいろ話してくれたが、リィンにとってはほとんどちんぷんかんぷんだった。
「技術的にARCUSと変わらないとしたらーー何で今までやろうとしなかったんだ?値段だって大して高くないだろう。導力端末と大して変わらないはずだ」
「それはね、たくさんの人に画像を送るには、新型導力波だと高い所から波を送らなければいけないからだよ。低い所から送るとラジオみたいに色んなところに通信塔を立てなきゃならなくて費用が高くなるんだって。帝都でも計画があるみたいだけど、バルフレイム宮のすぐ近くに300アージュぐらいの高さの通信塔を建てないとーーバルフレイム宮自体が導力波にとって障害物だから、影響を避けるにはもう少し高い塔にしないとって意見もあるみたいーー」
そこまで聞いてリィンは思わず吹き出した。なるほど、それでは大貴族が賛成するはずもない。帝国で画像放送が普及するのはもう少し先になりそうだ。
「オルキスタワーなら問題は無かったわけだ」
「そうだね。屋上のアンテナは本来そういう風に使うものだったんだって」
なるほど「本来」ねーーリィンは独りごちた。マリアベル・クロイスの顔を思い出す。果たしてどちらが「本来」だったのだろうか?
リィンもトワも、数年もすると動画放送が世界を変えてしまうことについては想像がつかなかった。300アージュの塔を建てなくても、ヘイムダルに動画放送を提供できる方法が考え出されるのはもう少し後のことだった。
目の前のディスプレイは、今度始まるという新番組の宣伝をやっていた。何でも、著名な演奏家の演奏を放送するらしい。音楽の演奏ならラジオでもいいだろう、リィンはそう思った。エリオットならどう思うのだろうか?面白い試みだと思うだろうか?
リィンはそんなこと考えながら、ディスプレイの電源を切った。今の彼にはやることがある。家の照明を切り、外套を羽織って夜の新市街へと出て行った。
腰に愛用の太刀を佩いて。