Lightning Sword   作:ブッカーP

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糸の章

 第三の事件から数日経って後ーー

 

 クロスベル州警察庁舎2Fの大会議室は人で埋まっていた。捜査一課は全員、二課~四課、鑑識課、導力捜査課も主要メンバーが駆けつけている。入口には「1207年度自治州内連続斬殺事件捜査本部」と張り紙がしてあった。

 

「ただいまより、件の連続斬殺事件捜査本部を開設する。今回は、合同捜査会議の第一回である。各自、忌憚のない意見を開陳するように。ダドリー課長、議事進行をお願いする」

 

 最前列大型ディスプレイの横に座っているピエール副局長が甲高い声をあげた。ディスプレイを挟んで反対側に座っているダドリーを見て小さくうなずく。

 

「ご紹介にあずかりました、捜査一課長、ダドリーであります。最初に、これまでに発生した3件の殺人事件、いずれも同一犯の可能性が疑われているものであります ―― について概略を説明します。マニング君ーー」

 

 ダドリーは隣に座っているマニングに促した。マニングはマニングでがちがちに緊張している。無理もない、捜査一課に配属されて初めての大仕事がこの殺人事件であった。冒頭のブリーフィングだけとはいえ、彼にとって(現時点での)一世一代の大仕事であった。このためにわざわざ一晩警察に泊まり込んで作業している。

 

「あー、第一の事件でありますが —― 」

 

 そこまで言って大げさに咳き込む。わずかだが失笑が漏れている。だが、そこで緊張がほぐれたのか、以後は大過なく説明が進んでいった。

 

 第一の事件は、一か月ほど前、クロスベル東口から出てすぐの個所で発生した。街道沿いに斬殺体が発見されたのだった。身なりは浮浪者という表現すら憚られるぐらいのみすぼらしいもので、捜査によれば最近このあたりや東通りを俳諧しているホームレスとのことだった。身元は未だに分かっていない。刀傷については、長めの曲刀の可能性が指摘され、衛士隊の残党による犯行が有力ということで捜査が続けられていた。

 

 しかし、第二の事件がそれを覆した。二週間ほど前に星見の塔近くで、新たな斬殺体が発見されたのだった。第一の事件と違って身元はほどなく判明した。帝国の命令に従わずクロスベルに残留していた衛士隊員 —― なぜか3月の一連の騒動には関与していなかった —― であることが分かったのだった。死因は胴体を斜めに切り裂く刀傷で、真っ二つに分かれた状態で発見されたという。

 

 衛士隊員による内ゲバか、最初はそう疑われたが否定された。衛士隊員はそこまで剣術を重視しておらず、通常使用している曲刀では真っ二つになるほどの斬撃を与えることは困難だったからだ。発見されたのが星見の塔近くである、ということで魔獣や機械人形の暴走という可能性も考えられたが、そのような痕跡を発見することはできず、捜査は長引いていった。

 

 そして第三の事件 —― 被害者は想定通り、クロスベル自治州のとある大企業の社長のどら息子3名、そして遊興目的で同伴した女性2名だった。女性の方は歓楽街アーケードで客引きをしていた街娼だった。事件も3回目、被害者が5人となるとさすがにマスコミも黙っているわけもなく、クロスベル自治州の各紙こぞって「切り裂き魔、第三の事件」と書き立てていた。今回捜査本部が立ち上げられた直接の原因は、マスコミに追い回された副局長がダドリーに捻じ込んだことにある。

 

 「事件の概略は以上であります。これより各事件の詳細について情報を展開します ーー 」

 ダドリーは捜査情報のメモを読み上げていった。といっても、大したものはない。事件というのは初動捜査が肝心なのは鉄則であるが、事件現場はいずれもクロスベル市街ではなく、犯行時刻はいずれも深夜となれば目撃情報も少ない。

 

「二課の方はどうか」

 

 ダドリーは話を振った。捜査二課は薬物や反社会勢力犯罪が担当である。

 

「残念ながら申し上げられることはございません。衛士隊の検挙と関連して薬物の流通も低下しております。また、黒月も最近は違法活動をぱったりと取り止めています。いずれ元に戻るとは思いますが。気味悪いぐらい平穏というのが現状です」

 

 ダドリーはむすっとして、今度は三課に話を振った。三課は窃盗事件が担当だ。殺人事件は門外漢だが、それに繋がる情報を持っているのかもしれない。

 

「三課の業務はいつもと変わりありませんが、今回の件に繋がるような情報は今のところありません。元衛士隊の一斉検挙からこのかた、取扱件数は減少傾向にあり、想定被害額もーー」

 

 つまりは平穏な日々が訪れつつあるということであった。この連続殺人を除けば、であるが。

 

「導力捜査課はどうか」

 

 設立されたばかりの導力捜査課課長が立ち上がった。専門的な知識が必要なこと、最新の技術についていかなければならない関係上、課長としてはずいぶんと若い。ティオ・プラトーなら「ヨナがまっとう方面に成長したような人」と称したであろうか。

 

「現場で発見されました導力カメラでありますが、つい先ほど一応の解析が終了しました。カメラは水分の侵入が激しく、記憶素子の再稼働は困難でしたが(彼はここを強調した)、一部、視聴可能な部分があります」

 

「事件の瞬間も映っているということかね」

 

「その可能性が高いと申し上げます。一課長殿」

 

 会議室がざわついた。スリやひったくりの現行犯逮捕ならともかく、事件の瞬間を目撃するというのは警察官のキャリアでも滅多にあることではない。なんだよそれ、という不満の声も聞こえる。最初から答えが分かっているなら何故捜査本部を立ち上げたのか、そう言いたいらしかった。

 

「映写可能か」

 

 導力捜査課長はうなずいた。端末を操作する。映写の準備は既に整えていたらしい。あー、これからお見せするのはカメラの記憶素子に保存されていた映像を適宜編集したものであります。

 

 映像が映し出された。馬鹿でかい音量で音楽がかかっているのが分かる。焚き火が焚かれ、5人の男女が酒を片手に談笑している。いや、呂律が回っていないから相当アルコールが入っているのであろう。

 突如悲鳴が響く。黒い人影が現れたと思うと、一番左に居た男性がぱたりと倒れた。一瞬の後、その横に居た女性、更にその横に居た男性と倒れていく。危機に気づいたのか、人影の方に残りの二人が向き直ったがそれまでだった。叫ぶことも命乞いをすることもなく、斬り伏せられていった。最初の惨劇から10秒も経っていない。

 

 会議室は沈黙に支配された。あまりの光景に音を立てることすら忘れてしまったかのようだった。沈黙を破ったのは、トイレに駆け込む女性職員だった。コーヒーを出しに行って、必要もないのに映像を見てしまったのは不幸と言う他ない。

 

「なんだこれ……」捜査二課長が言った。

 

「あのボンクラ共に同情したくなりましたな」捜査三課長が言う。あれじゃ素人はおろか、経験を積んだ兵士ですら対応できない。

 

「本当に人なのか。幽霊じゃないのか」

 

「斬撃なら得物が見えるはずだが」

 

「最後にチラッと映っていた白い棒がそれだろう。最後の3秒をコマ送りで」

 

導力捜査課長は誰に言われたのかも確認せずにコマ送りを始めた。スローで見ると確かに棒状のものがちらと煌めいて見える。それにしてもとんでもない速さだ。

 

「ホシの映像はこれ以外ないのか」捜査一課の職員が訊く。

 

「人影が見えるのはこの一瞬しかありません。導力カメラというのは光源に合わせてレンズの設定を自動で変えるもので、このような夜間で光源の及ばない箇所にはーー」

 

「鑑識課はどうか。」ダドリーが遮って聞く。この映像に繋がるような物証はないのか。

 

「捜査進展に繋がる有力な物証はないかーーとおっしゃいたいのでしょうが、今のところは何も。死亡推定時刻が当日午前一時あたりであることは確定と言っていいと思いますが、なにぶん事件発生から半日近く経過した後では、有力な物証は難しい。それにですな。こんな情報があるとするならば、一刻も早く伝えて頂かないと。ただでさえ現場の保存は困難を極めるのにーー」

 

「映像の解析が終わったのはつい一時間前であります!第一このカメラを発見したのは鑑識課ではなく捜査一課でーー」

 

「静粛に!」

 ダドリーは机を叩いた。どうも導力捜査課長はこの一件に入れ込みすぎる傾向がある。ダドリーは思った。出来て間もない部署であるから仕方がないにせよ、導力に明るい(言い換えれば忌避感を持たない)人間を何とかかき集めて部署を作ればこれか。このままだと先が思いやられる。

 

 結局、第一回合同捜査会議はカメラの映像以外、大した収穫なく終わった。映像を拡大したりスローにしたりと努力が続けられたが、フード付きのコートを着た黒づくめの人物、それ以外何も分からなかった。いや、映像だからそう見えるだけであって、本当に黒いコートを着ているかどうかも分からない。背格好についても、やや高めの背であること、一眼でわかる肥満体ではないこと、それぐらいしか分からない。結局、不審人物のリストアップに努めること、夜間の警戒を強めること、それだけが合意されて散開した。

 

 今のところ犯行は市外、それも夜間に限定されている。それはそれで一つの安心材料ではあるが、逆に言うと即時決着の切り札に欠けるということである。

 

 長引くかもなーー

 

 ダドリーはそう思った。

 

 

 

 捜査会議から数日の後

 

 ダドリーはデスクでコーヒーを飲んでいた。連続殺人事件このかた、「本来の業務ではない」仕事は大方延期になり、事件捜査に集中する環境が生まれてきていた。とはいえ、事件の発生件数も下火になっている。誰もが黒い人影に恐れ慄いているようだった。今やクロスベルタイムズやニュース放送ですら「黒い人影」を連呼する有様である。

 

 緘口令を敷いてたのに。

 

 ダドリーは臍を噛む思いだった。本人達は知らないし、これからも知られることは無いのだが、リークしたのはピエール副局長であった。もちろん本人がマスコミに漏らしたのではない。妻に黒い人影に気をつけろと言っただけだった。

 

 兎にも角にも情報が少なすぎる。

 

 ダドリー(と州警察)の悩みはそこだった。「黒い人影」について目撃情報は山のように寄せられているが、殆どが信頼性のないものだった。そのため、事件発生場所に近い箇所で、丹念に証拠や情報を探し回る羽目になっている。それでも大した情報はないので、捜査範囲はエルム湖畔全体に広がっている。ウルスラ医科大学やミシュラムで事が起こっては、クロスベル自治州全体の問題になるからだった。泥縄ではあるが、監視カメラの設置も始まっている。元々クロスベル市内に設置されるはずのものを強引に分捕ったのだった。

 

 報告書類をためつすがめつしているダドリーの机に、一人の男がやってきた。若手刑事のマニングである。

 

「課長」

 

「なんだ。報告書類ならそこに置いておいてくれ」

 

「これをご覧になりましたか」

 

 マニングが突き出してきたのは、クロスベルで発売されている経済誌だった。暇さえあればグラビア週刊誌を眺めているようなマニングには似つかわしくない。

 

「何だこれは」

 

「これですよ」

 

 マニングは表紙をとんとんと小突いてみせた。シュバルツァー新社長独占インタビュー、ラインフォルト・クロスベル社新事業の展望、とあった。リィンの顔写真も大写しになっている。

 

「ラインフォルトの若旦那がどうかしたのか」

 

「ええ。何でも東方剣術の達人だそうで。最近免許皆伝を受けたとか」

 

「だからどうした」

 

 ダドリーはぶっきらぼうに答える。

 事件の捜査にあたり、剣術の熟練者を洗うべしという意見は根強かった。第三の事件で、事件の撮影映像が発見されてから、その声は更に強くなった。余程の熟練者でないとこのようなことはできない、確かに道理である。

 

 風の剣聖、アリオス・マクレインーー

 

 剣術の達人と聞いて、誰もがアリオスのことを思い浮かべた。だが、事件との関連性は早々に否定された。現在、クロスベル警備隊の顧問に就任しているアリオスは、自治州の警備ネットワーク構築のために、クロスベルとレマン自治州を往復する日々を送っている。アリバイはすぐに証明された。

 

「あの若旦那とは面識がある。好んで人を斬りたがる人間には見えなかったがな」

 

「面識は無いですけど、この顔には見覚えはありますよ。いや、見覚えない人なんていないでしょ。帝国時報で散々見せられましたから」

 

 確かにその通りである。クロスベル経済界としては新顔かもしれないが、帝国の若き英雄、無敵の騎神を操る「灰色の騎士」リィン・シュバルツァーの名前は、一時期喧伝され続けていた。ルーファス・アルバレア元総督と共に、女性人気も大したものだったはずだ。

 

「シュバルツァーがやったと思うのか」

 

「分かりません。ですが、これまでの事件について、彼奴にはアリバイがありません。それは紛れもない事実です」

 

「なんだって」

 

 ダドリーが顔をあげた。

 

「何故分かる。まさかラインフォルトに聞いたわけではあるまい」

 

「まさか。秘書課にコネがあって情報収集に使わせてもらいました。最近、会社に同業者と思えない面々が社長に会いに来ているとか。それに、夜になるとまっすぐ家に帰っているそうですよ。会合も夜遅くなるものは殆ど断っているとか。新婚なのはそうですが、家に帰っても女房がいるわけでもなし、そんな事を言ってましたね」

 

 これではラインフォルトのセキュリティも多寡が知れているな、ダドリーはそう思ったが口には出さなかった。

 

「帝国の若き英雄にして、20代で社長就任、嫁は帝国一の才媛にして大金持ちーー天は二物を与えずとか言ったのはどこのどいつなんだろうな。そして趣味は人斬りだと?」

 

「エリートの考えることなんて分かるわけもないでしょう。課長。第一、趣味のために人斬りをしていると断定はしていません」

 

「じゃあ何のために」

 

「それは……帝国の謀略とか。クロスベル自治州に社会不安を起こして、再併合を図るとか」

 

「マニング君、マニング君。君は陰謀論がお好きかね。陰謀論を語りたいなら出版社へ行くといい。第一、私は君にミシュラム近辺での聞き込みを頼んでいたはずだが、それはどうした」

 

 マニングは答えなかった。恐らく、リィン・シュバルツァーのアリバイ調査とやらに注力していたのであろう。

 

「ならば任務に戻りたまえ」

 

 ダドリーはマニングを追い返した。マニングは忘れていったふうで経済誌と一枚のメモを置いていった。ここ1ヶ月のリィンのスケジュールが記入してある。よほど自信があったのであろう。

 

 ダドリーは考え込んだ。

 

 多分、警察内でマニングと同じような考えを持っている奴は少なくない。そして、同調する人間は増えていくだろう。何しろ、リィンは顔が知られすぎている。有名なだけで誹謗中傷に晒されるのは社会の宿痾と言っていい。それに加えて、リィンは帝国の大スターである。少なくともこのクロスベルでは。だからこそ、という予断は厳しく排除されるべきだが、予断そのものを防止することなどできはしない。

 

 これで次の事件が起きたらどうなるーー予断は警察だけではなく一般社会にも広まっていくだろう。「思い込み」「誤報」がいつの間にか止められなくなってしまうことは避けなければならない。ならば先手を打つしかない。

 

 ダドリーはARCUSを手に取った。連絡先をタイプする。

 

「バニングスか。今どこにいる……なるほど。なら一時間後に庁舎に来てくれ。第二小会議室を取っておく」

 

「くれぐれも、内密にな」

 

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