Lightning Sword   作:ブッカーP

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補遺 ー ラインフォルト家怪文書

ルーレ経済新聞 11月1日朝刊

「ラインフォルト社激震、経営陣大幅刷新へ

 

 10月30日、ラインフォルト社は経営者人事の発表を行った。内容は、アリサ・ラインフォルト第四事業部長、常務取締役の解任及び関連会社であるラインフォルト・クロスベル社社長リィン・シュバルツァー氏の退任が主となる。

 アリサ・ラインフォルト氏は、現会長イリーナ・ラインフォルト氏の実娘であり、ラインフォルトグループの民生転換路線の旗振り役と見なされていたが、帝国賠償問題に伴う社内コスト削減にも大きく関わっており、社内の不満と向き合う形となっていた。後者については、年内の社長交代が確実視されており既定路線とも言えるが、先週クロスベル自治州内の交通事故で入院したこともあり、体調不良が長引く可能性も考えての人事と見られる。このような経営刷新は、ルーレ株式市場及び帝国株式指数にも大きな影響を与えるものと見られーー」

 

「母様、これは一体どういうーー」

 

 会長室のドアをばたんと開けたアリサは、会長室に普段滅多に見ない祖父の姿を見て固まった。

 

「お爺様?」

 

 お爺様と呼ばれたグエン・ラインフォルトは何の反応も示さない。代わって応対したのは母親の方のイリーナ・ラインフォルトだった。

 

「アリサ。ここに座りなさい。シャロン、コーヒーを用意して頂戴」

 

 アリサは少し気後れしつつも、応接用ソファに座って母親と相対した。確かに、朝の新聞を見て仰天したアリサは取るものもとりあえず会長室に押しかけたのだから。そして、イリーナがコーヒーを所望する時は、重大な問題について話し合う時であることをアリサは知っていた。

 

「アリサ……そう、新聞を読んだのね。では言うまでもないわね」

 

「言うまでもないってどういうこと!事業部長解任って、あたしを放り出す気!?」

 

「それ以外の何かに聞こえたかしら。まぁ、放り出すというのは言い過ぎね。アリサ、貴方には休養が必要よ」

 

「母様。貴方の口から休養って言われても悪い冗談にしか聞こえない。それは分かるわよね」

 イリーナが相手に馘首を申し渡すとき、似たようなことを言っていることを指しているのだった。

 

「これは私個人の感想ではないわ。取締役会も同じ意見よ」

 

「あたしだって取締役の一員よ!第一いつ取締役会の通知を出したっていうのよ!」

 

「臨時取締役会はね、取締役3分の2の同意があれば開けるのよ。それに、取締役会の通知はシャロンに伝えてあったはず。もし聞いていないなら貴方が聞かなかっただけのことね」

 

 思い返してアリサははっとした。クロスベルから帰る時、リィンと話をする直前にシャロンから通信があるという話を聞いていたのだった。そして相手がイリーナだと聞いて、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてしまえと返してしまったことを。

 

「いいこと、アリサ。ヨルムンガンド戦役からこのかた、私は会社の表舞台に出ることをなるべく避けてきた。少なくともそのつもりだった。貴方がリィンを連れて来た時も別に反対するつもりはなかった。知らない相手じゃないし。」

 

「……」

 

「でも、結婚して自分の手許に置いておくかと思ったら、クロスベルに放り出して挙げ句の果てに死にかけるってどういうことかしら?」

 

「リィンをモノみたいに言わないで!あのアーティファクトの件はリィンが勝手にーーそれは私にも責任はあるけどーーそれはそうとクロスベルの件は、向こうから話が来て母様が話を進めて、リィンが遠慮したからそうなったのよ。その時反対すれば良かったじゃない!」

 

「貴方が強硬に反対すればリィンだって折れるでしょう。それが妻の役目じゃなくて?妻が夫を放り出して姑が止めるってどんな家庭よ!」

 

「母様が出てこなければ会社が回らないのに、それを丸投げされたらこっちが仕事人間にならなきゃいけないのよ。自分のことを棚に上げてーー」

 

「アリサよーー」

 

 険悪な空気をしばし押し留めたのはグエンの一言だった。

 

「イリーナが仕事人間になったのはフランツが居なくなってからじゃよ。アリサ。忘れたのかね」

 

「……」

 

 グエンは咳払いして続ける。

「覚えていると思ったがね。フランツが居なくなった後のイリーナの沈みようは見ていられないほどじゃった。イリーナが仕事に没頭したのは、ラインフォルトにフランツの思い出を見たからじゃ……それが良いことだったのかは、まだ分からん。だがなアリサ。イリーナの表面だけ見て、イリーナを超えようというのはあまりに安直に過ぎる。親の超え方というのはいろいろ手段があると思うのじゃ」

 

「アリサ。私は貴方じゃないから、リィンのことをどう思っているかを当てることはできないし、その気もない。だけど、キラキラ輝いているからって、遠くから眺めてそれでよしとするのはおやめなさい。」

 

「母様、もしかしてリィンが浮気でもすると思ってるの?」

 

「もし浮気なら、そっちの方が何倍もマシよ。相手は生きているんだから。女として一番辛いのはーー」

 

「愛する男がある日突然、目の前から消えてしまうこと。そうではなくて?」

 

「もうええやろ」

 

「騙し打ちだの騙し打たないだと、そんなことはどうでもええ。フランツが居なくなったのはまだ事故かもしれんが、リィンが居なくなるとしたら、半分は彼の、もう半分はアリサの責任と言えるのではないかね。少なくとも、儂とイリーナはそういう風に思っておる」

 

「お爺様までーー」

 

「兎にも角にも、貴方が孫を連れて来るまで、このラインフォルト社の敷居を跨ぐことは許しません。あと、共和国に行かれると面倒だから、シャロンに監視させるわ。良くって?」

 

「!!??!!ーーー!!」

 




親の心子知らず。そして、子の心親知らず。

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