近未来、電気という動力から蒸気という新たな動力へと変動する時代。

 これは、その時代に生きる研究者と助手が書いた、悩みに悩んだ報告書。

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脳と心に悩む研究者と助手の報告書

 この時代、人々は新たな世界に身を移そうとしている。

 電気で構成された一つの神話のような世界から、蒸気という新たな力で構成された別の世界へと。

 だが当然ながら、そのような時代の変異において起こり得る事、それは旧時代にあった存在を新時代に適応させるということ。

 パソコンであったり、テレビであったり、と。ただ一つの電波や電気で構成された機械ならば、歯車や配管、冷却装置等を搭載すれば簡単に適応させることができる。これも今の時代に生きる研究者や開発者の力があってこそなのだろう。

 

 そんな人たちと同じ身分で生きる私も、一つの適応を志していた。

 AI――人工知能だ。

 旧時代ならばこんな問題、気泡のようにすぐパッと消える一つの問題点でしかならなかっただろう。だが、新時代となればそうもいかなくなってくる。

 歯車、蒸気、配管。AIというロボット一つをこれらで構成するとなると、旧時代のロボットのように、肝心な『脳』を作るのがどうしても難題点として衝突してしまう。

 上のようにただの鉄くずだらけの機械に、CPU等の主要処理部分を装着させることは、簡単なようで実に難題なのである。

 そのCPUによって得られた処理結果を、機械に送る方法がどうしても旧時代的になってしまって、好ましくなくなってしまう。

 

 それではいけない。

 

「……はあ」

「どうしたんですか? 先生。つまんなさそうなため息ですね」

「堂々と言うね、君は」

「直してほしいですから」

 

 悩める暗い背中から聞こえる一つの声が、俺の中に苛立ちの種を一つ植える。

 私の右腕となってくれる少女だ。私は生まれてから右腕を喪失しており、研究者になり上でもずっと助手という存在が必要不可欠であった。

 私が大学の教授をしていた頃に入学してきた研究者志望だったこの少女は、私の研究に憧憬を抱いた末に、自ら助手になりたいと志願してきたのだ。

 良い方こそ悪いが、これは彼女からの心配なのだろうと分かってはいるのだが、もう少し何とかしてほしい物である。

 

 ★★★

 

 報告書No.13

 

 国は急いでAIを適応させるように言ってくる。

 だが、肝心の『脳』が作れないでいる。

 牛の脳、魚の脳、あらゆる物を代用品として搭載したが、どれも効果を成さなかった。どこぞのSF作品のように、脳だけが動く存在という物は、一体どういう原理をしているのだろうか。

 

 今までの人生で、今日以上に架空の世界に憧れを抱いたことはあっただろうか?

 

 とりあえず、今日の研究はこれで終わりだ。

 

 ★★★

 

 数々の失敗で、私のストレスも最大点に達していた。

 部屋には無惨にも失敗作という烙印を押された計画書が、道端に転がるただの石ころのように丸まって地面に落下している。

 どうにかして視界からソレを消そうとするが、量も相まって必ずどこかに背後霊の如く移りこんでくる。

 本当に目障りだ。

 

「せんせ、ってうわ! なんですか、これ!」

「君と同じような物」

「……うはは、どういう意味ですか、それ」

 

 助手は腑抜けた笑いで、散乱している計画書の一つを拾う。

 『これもダメだったんですか?』と、何もわかっていない癖に聞いてくる。ダメだったから、ほったらかしているんでしょうに。

 何故だろうか? 一昨日まで彼女が親切心で会話しているという事をわかっていた筈だったのに、今ではただの煩い騒音でしかなくなっている。

 

「せんせーはさ、なんで『こんな事』しているんですか?」

「何?」

「いやさ、分からない事をいくつもいくつも悩んで、それでも結局答えが見つからないなら、別の人に投げ渡せばいいのに、せんせーが何時までも悩む必要があるのかなって」

「……」

 

 こいつは何を言っているのだろうか?

 言っている事が理解できない。私が悩む理由? それは決まっている。どうせ他の人に投げ出しても、私と同じく投げ出すか、そのままくだらない計画として無視を貫き通すか、のどれかに至るに決まっている。

 研究者とは、何時も自分が一番だと思っている。例外こそあれど、大抵はそうなのだ。皆意地を張る。

 私も同じ。他の研究者なら、ここまで研究は進まなかっただろう。だから私が悩むのだ。

 

「……今日は帰ってくれないか」

「まだ掃除おわってないよー」

「黙れ。良いから帰れ、邪魔だ」

「……はあ。わかりました」

 

 助手は扉を半分開き、私の顔を見ずに吐き捨てる。

 

「――言ってくれたら、私は先生の助けとなりますから」

 

 ★★★

 

 報告書No.14

 

 助手にいけない事を言ってしまった。それでも、彼女は私の助けになろうとしている。

 何もできないというのに、何の助けになるというのだろうか?

 

 ★★★

 

 今日は研究期間の中でも最も重要な日だ。『脳』の素材となる物が運ばれる期日だ。

 その中から適応可能であるとされる物を見定め、機械にはめ込んでいく。最も、改良が必要な物はその都度手を加えていく事にはなるけれど。

 

 そんな大事な日だというのに、助手は性懲りも無く顔を出した。

 

「何度も手伝うって言ったじゃないですか」

「人が苛立っているという事も知らないのか? 君は」

「せんせー顔可愛いですから、わからないですよーだ」

 

 重要な日だから絶対来るなという事は彼女にも伝えている、それなのになぜ来た? いつもはこんな性格でも私の指示にはちゃんと聞いてくれていたというのに。

 私が悩んでいる間も、助手はずっとニコニコしながら所定の位置についていた。

 

 何を考えているんだ? すると、助手は口を開いた。

 

 ★★★

 

 報告書No.15

 

 一先ず『脳』となる存在をいくつか品定めした。改良する必要のある物は一つ、いや、二つか?

 一つは既に使った事のある種類の『脳』なのだが、興味深い事に摘出した後も少なからず機能はしていた。

 動いている間にいくつか動力部を組み込んでみようか。すると、何か変化が起きるかもしれない。

 

 ★★★

 

 私はその日、夢じゃないかと思い、何度も頬をつねる。

 今まで『できない』として放り投げてきた計画が、一歩前に前進した。

 

 私は完成した『脳』を機械に埋め込んだ。

 

 ――機械は、一人手に動き出した。

 目の前にいた助手も、同時に喜んでくれた。

 

 ★★★

 

 報告書No.18

 

 私の指示通りに動いてくれる。一部の動きには弊害が起こるが、まあこれといった問題にはならないだろう。

 でも何故だ? この『脳』は、失敗を繰り返した物と同じ種類だったというのに。

 何故これだけ動いた? 理由が私には理解が出来ない。

 だが、それは追々調べて行けばいいだろう。私は国に『AI』の適応に成功した報告をした。

 明日、これを労働施設へ試運転させに派遣させよう。きっと、役に立ってくれる筈だ。

 

 ★★★

 

 

 報告書No.19

 

 機械が、命令を背き、人を殺した。

 私の命令には従ったというのに?

 

 その機械は、今私の目の前にいる。

 

 

 

 

 これで、この研究は、終わり、です。



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