怪獣の方舟~The Earth of Monster~ 作:わいえす!
バラゴンとバラノポーター。二体の怪獣はそれぞれ威嚇し合った後、互いを睨み合う。まるで時間が止まっているかのように両者は微動だにせず、沈黙が辺りを支配する。
永遠に続くかに思えたその沈黙を破ったのはバラゴンだった。僅かに姿勢を低くしたかと思うと、バラノポーターの喉元へ一直線に飛びかかる。先程旗中達に向けられた突進よりも遥かに速いそれを、バラノポーターは一瞬で見切り右へ避けたと思うと、その頭部を右足で殴りつける。バラゴンはカウンターを食らうとは思っていなかったのか、そのまま湖に叩き付けられる。その影響は湖の反対側にいた旗中達に津波として襲いかかる。
「マズい!」
そう叫んだのは旗中だった。「逃げろ!」と叫ぶ隊員達の声を無視して、まだ湖の中にいた明日香の元へ駆けつける。
「進二さんに健三さん…!」
「ほら、早く陸へ…!」
そう叫んだのはいつの間にか隣にいた魚崎だ。同じタイミングで駆けつけたらしい。と、同時に背中を強く引っ張られる。
「お前ら、本当にアホだな…!」
葉山だ。怒り半分呆れ半分といった様子で浜へと連れて行こうとする。しかし、波の速度は圧倒的に速く、旗中達どころか浜に居る人間まで飲み込まんとする勢いで向かってくる。絶体絶命。そう思った矢先、波は透明な壁に当たったかのように彼らの目前で高く上がったかと思うと、そのまま引いていってしまった。
「さぁ…!速くこちらへ…!」
そう叫ぶ声に振り返ると、周囲が呆然としてる中で龍女が旗中達を呼んでいるのが見えた。何とか陸に上がった旗中達は、濡れた体を震わせながら安堵の溜息を吐く。
「ったく、今のは何だったんだ…」
葉山が思わず呟く。
「……今は生き残った事に感謝しましょう。とにかく安全な所に行く。そうでしょう?」
僅かな間を置いて旗中が答える。葉山が「急に冷静になるなよ」とぼやくのを流しつつ、横目で龍女を見る。それに答えるように、彼女は穏やかな笑みを浮かべる。
バラゴンとバラノポーターの戦いは膠着状態に入っていた。湖と言う動きにくい地形でありながら喉元を噛み切ろうとする好戦的なバラゴンに対して、それをいなしながらカウンターをすると言う消極的な戦いをするバラノポーター。どちらも決定打に欠けるが故に大きな進展を迎えることが出来なかった。もはや何度攻撃に失敗したか、湖底の泥に頭から突っ込んだバラゴンは顔を上げた瞬間、バラノポーターに向けて熱線を放つ。バラノポーターは咄嗟に両足を顔の前に出して致命傷を避けようとするが、その隙をバラゴンは見逃さなかった。バラゴンはバラノポーターへと一気に突進をしかける。それにバラノポーターも突進を止めようとするが無理な姿勢が祟ってか、抑える事が出来ずにそのまま倒れ込んでしまう。湖での戦いはバラゴン有利に傾いていた……
「バラゴン体当たり!“バラン”はそのまま転倒!」
一方、陸地では難を逃れた調査隊が戦局を見守っていた。観測を行っている隊員からのバラノポーター不利と言う報告に緊張感が広がる。
「バラナスドラゴンがバラゴンならバラノポーターはバラン。ネーミングとしては悪くないかもしれません。」
「そんな暢気な事言ってる場合ですか。山根さん。何とかしてバランを助けられませんか?」
バランが現れてからすっかり見とれていたらしい山根に、旗中がツッコミを入れつつ助けを求める。バラゴンはバランにのし掛かると、その首元を狙って食い付こうとする。バランも頭を抑えて噛みつかれないようにしているが、このままだとやられてしまうのは時間の問題だろう。
「バラゴンも生物の延長線上にあるのなら、見慣れないもの…光ったり速く動いたりするものに興味を示すはず……」
「機関砲の曳光弾ならどうでしょう?アレは奴もまだ見てないはずです。」
思考をする山根に、分隊長が持ってきたBTR-80(B)を指差しながら提案する。確かに装甲車の上には機関砲の付いた大きな砲塔が載っており、大きさ的にもバラゴンにも問題なく届くだろう。
「……やってみましょう。」
一瞬の間を置いて山根が答える。それを聞いた分隊長は頷いた後、部隊に指示を飛ばす。
「BTR!射撃準備!目標!バラゴン頭部!」
BTRは僅かに前進すると、砲塔をバラゴンに向けて射撃態勢を整える。
《射撃準備よし!》
「撃ち方用意!撃てっ!」
指示と殆ど同じタイミングで、BTRの砲塔から30mmの機関砲弾が放たれる。砲弾はいくつかの曳光弾と共にバラゴンの頭部へと吸い込まれていき、そしてバラゴンの頭部を爆炎が包んだ。
「目標に命中!撃ち方待て!」
しばらくの沈黙の後、バラゴンはゆっくりとこちらに顔を向ける。その様子を見て龍女が呟く。
「旦那様、アレ怒ってません?」
「……当てちゃったからね。」
邪魔をされたと考えたのか、バラゴンは若干姿勢を低くしながらこちらに向かってくる。
「十分です!このまま撃ち続けて!」
山根の言葉受けてさらにBTRが射撃を続ける。今度はバラゴンの左右と上を掠めるように放つ。バラゴンは最初こそ曳光弾を目で追っていたが、次第にこちらだけに視線を向け、一歩また一歩とゆっくりと近づいてくる。そうして近づいて来たバラゴンは、何かに気づいたのか突然ピタリと足を止める。そして背後を振り返るのと同時にバランが飛びかかった。
バラゴンは咄嗟に避けようとするが、湖底に足を取られたのかバランの勢いが勝ったか、その突進をモロに食らって倒れ込んでしまう。崖のある岸辺まで転がったバラゴンをバランがとどめを刺そうと近づく。追い詰められたバラゴンは咄嗟に赤い熱線を放つ。それはバランだけでなく湖や崖に命中し、水蒸気と土煙、そして崖から崩れ落ちる岩がバランの視界を覆う。そのバランに出来た隙をバラゴンは見逃さなかった。バラゴンは無防備となったバランへ突進し……
「婆羅陀魏様…!」
明日香の悲鳴に近い声が木霊する。バラゴンの突進はバランに直撃しその脇腹に角が突き刺さる。バランは辛うじて倒れ込まなかったが、そのダメージは大きいのか弱々しく吠えながらじりじりとこちらへ下がってくる。バラゴンはバランを追い立てるように大きく吠える。
「…勝敗は決しましたかね…」
分隊長がそう呟いた後、指揮所へ次の指示を仰ぐ。
「……山根さん。小杉中隊長から、特科は我々を確認できないので射撃支援は出来ないと。このまま後退しても大丈夫かと聞いています。」
未だに航空機からはこの湖は見えず、かと言って無理に砲撃をすれば自らの頭上に落ちるかもしれない。分隊長の言葉は彼らの限界を暗に示していた。
「……元々、ここに来たのは調査の為です。得られるものは得られたと思います。それに…」
山根はそう言うと湖の方へ視線を向ける。湖では喜びを示すかのようにバラゴンが天に向かって吠えている。
「この戦いでバラゴンは湖を縄張りとして獲得しました。無理に今から攻めるような真似はしないでしょう。」
悔しいものがありますが、と小さく付け足した山根を見て、分隊長は神社に戻るよう指示を出す。
「ちくしょう!調子に乗りやがって…!」
西部が悔しそうにバラゴンを罵る。
「ほら、西部さんも早く神社へ戻りましょう。」
旗中はそう西部に促した後、バランとその足下にいる明日香達に視線を向ける。
「婆羅陀魏様……」
明日香の心配する声に答えるバランの姿は先ほどまでに見た姿よりも小さく見えた……