怪獣の方舟~The Earth of Monster~ 作:わいえす!
岩屋神社
「神社から後退!“バラン”がここを通過する!」
「バランって何だ!」
「無害な怪獣だそうだ!何でもバラノポーターとか言う…」
前線指揮所の置かれていた神社内は混乱の渦中にあった。新たな怪獣が現れただけでなくバラゴンと戦った挙げ句、こちらに向かってきていると報告された為だ。バラゴンとの再戦の為に配置された人員や車両は、バランが通るには邪魔でしかなく、踏み潰される訳にもいかないために別の所へどかし、指揮所の設備や天幕も大慌てで仕舞われた。
その混乱がようやく収まりつつある中、神社ヘ調査隊が戻ってくる。彼らを中隊長の小杉が迎える。
「第1小隊、ただ今指揮所へ到着しました。人員装備に損耗無し。また、巨大生物を一体“保護”しました。」
「お疲れ様でした。保護した巨大生物はこちらが引き継ぎます。小隊は後方にて補給と休養を行うように」
小杉の指示を受けて、小隊は神社を抜けていく。そして、小杉はその流れに逆行するように裏へ入っていく。
「山根さん。バラノポーターを発見して保護したと聞きましたが…状況は?」
早速、小杉は近くにいた山根に尋ねる。防衛隊の人間よりも、専門家の彼に聞いた方が早いと考えたからだ。
「バラノポーター…バランは左の脇腹を刺されました。今は何とか歩けていますが、どこかで倒れる可能性があるかと思います。」
山根は自信の左脇腹を手で軽く叩きながら言った。
「出血は?どこかに移動させるにしても感染症の危険があります。」
「出血は先ほど収まったようです。“怪獣”の特徴の1つですね。どんな致命傷でも時間をかければ治ってしまう…」
小杉の質問に山根が答える。それを聞いた小杉は思わず背筋がゾクッとした。
「致命傷ですら治す…非現実的で恐ろしいものですね。」
「それが怪獣が怪獣たる所以です。非常識で非合理的な存在であり、奇跡を体現する象徴……」
そう話す山根の姿が、小杉には憧れの存在を語る子供のように見えた。小杉はその想像を咳払いで打ち消すと話を続ける。
「ところで、これからバランはどうしますか?このままここに…?」
「その話は私からします。」
そう言って会話に入ってきたのは村長の魚崎だ。彼は村の地図を出しながら続けた。
「この山を下ったところに使われなくなった畑がいくつも存在しています。そこにバランを誘導して休ませます。村の人達に見られてしまいますが、なりふり構っていられません。私が説得しに行ってきます。」
そう言った後、魚崎は地図を小杉に渡して村の方へ向かおうとする。地図には神社から畑へ一直線に棒が引かれており、ここをバランが通ると言う事なのだろう。その時、小杉の脳裏に疑問がよぎる。
「あの…!バランの誘導は誰が!?」
「明日香ちゃん達です!後はお願いします!」
そう言うと、魚﨑は走り去ってしまった。
「……誘導はコミュニケーションが取れるここの巫女が行うようです。バランは4足歩行で高さは2、30m程なので、地図の線から50mほど幅の進路を確保出来れば良いと思います。後、体力次第で斜面を転がり落ちる可能性もあるので、畑には立ち入らせないようにした方がよろしいかと思います。」
山根が魚﨑の代わりに説明をする。小杉はそれを反映させた指示を部下に伝える。
「……もしかして、本当はバランの状態はかなりまずいですか?」
小杉は山根に疑問を投げかける。あの魚崎の急ぎ具合からただならぬものを感じたからだ。
「いえ、どちらかと言うと親バカみたいなものだと思います。」
「親バカ……ですか?」
「ええ。彼は以前からバランを見ていたようなので、それなりに情があるんでしょうね。」
二人がそんなやりとりをしていると、規則的な地響きと共に山陰から巨体が姿を現す。茶色い体に頭部から背中を一直線に通る刺、顔の側面から伸びる角と肉食獣を思わせる牙の生えそろった口……襲わないと言う報告が無ければ攻撃の指示を出していたに違いない。
「……アレに情ですか?」
「ライオンやクマを飼う人がいるくらいですし、怪獣をペットにする人だっていますよ。」
小杉の軽口めいた発言に、山根は若干羨ましそうに答えるのであった……
「婆羅陀魏様!もう少しで神社です!その先の畑で休めますからね!」
明日香の励ます声が辺りに響き渡る。バランに聞こえているのかは分からないが人間と同じペースで歩き続ける。先ほどまで続いていた出血も治まり、傷口も若干小さくなっているように見える。先ほどの戦いから30分と経っていない。知識として学んでいても、実際に目撃するのは全く異なる。本当に現実離れした存在だ。旗中はそう内心で呟いた。ふと、横を見ると明日香の母親の小百合の姿が目に入る。視線は明日香とバランの方を向いているが、心ここにあらずと言った状態でどこか別の所を見ているような…
「あの…瀬良さん?」
気付いた時には口が動いていた。彼女の雰囲気に何かを感じ取ったのかもしれない。声をかけられるとは思っていなかったのか、小百合は肩をびくりと震わせる。
「あら、進二君どうしたの?」
そう言って彼女は若干ぎこちなく笑う。
「いえ……少しボーッとしてたようなので何かあったのかなと…今まさにすごいことが起こってるところですけど」
旗中の言葉に彼女が吹き出す。
「ふふっそうね…この光景はすごい光景よね…」
そう言って彼女はバランに向けていた視線をこちらへ戻す。
「心配してくれてありがとう進二君。でももう大丈夫よ。少し考え事をしてただけだから……」
そう言って彼女は笑う。先ほどまでのぎこちなさを感じさせない自然な笑みだ。これ以上掘りさげるのはマズい、そう思った時、小百合はそれに、と付け加える。
「それに、あんまり話してると後ろの彼女さんに怒られちゃうから」
その言葉を受けて旗中のえっと振り返る。そこには満面の笑みを浮かべた龍女の姿があった。
「あら旦那様♪楽しいお話はもう終わりですか?もう少し話しても良いのですよ?」
「あのー龍女さん…?」
「ええ♪ええ♪良いんですよ?私のようなつまらない女と喋っても仕方ないですものね♪」
笑顔を浮かべたまま旗中に迫る龍女。何を言うべきか分からずに冷や汗を浮かべる旗中。その光景を見て小百合はさらに笑みが溢れてしまうのだった……
鳥居を倒壊しかけると言うトラブルを経て、バランは何とか村を一望できる位置にたどり着く。
「婆羅陀魏様はここでしばらくお待ち下さい!すぐにお呼びしますので!」
そう言うや明日香は山を駆け下りていく。一見急に見える斜面を、彼女は一人がやっと通れそうな獣道を縫って瞬く間に麓の畑道まで下っていく。そして、目的地の休耕地へ向かう途中に明日香は村人達とすれ違った。
「あら、おはよう明日香ちゃん。あちらにおられるのが婆羅陀魏様かい?」
「はい!そうです!あそこの畑があったところで休んで頂く事になったんです!」
魚崎から話を聞いてやって来たらしい村人達に明日香は説明をする。それを聞いた村人達は恐れるどころか、ありがたがるように眺め、中には手を合わせる者もいた。その光景を見た明日香は、村人達がバランに敵意を持っていないことに安堵した。
「婆羅陀魏様!こちらです!」
目的地へ到着した明日香は両手を大きく振ってバランを呼ぶ。それを見たバランはその巨体をゆっくりと斜面に滑りながら下っていく。バランの動きと同時に土砂と草木が麓へとなだれ落ちる。それらは農道といくつかの畑を巻き込んでしまったようだが、村人達は「あそこはあんまり使ってないから大丈夫か。」とあまり気にするそぶりは無かった。一方のバランは思うところがあったのか、僅かに足下を見ると、休耕地と思われる草木が無造作に生える所だけを器用に進んでいく。そうして明日香が待つ休耕地へたどり着くと、体を丸めてゆっくりと目を閉じた。
「お疲れ様でした……」
明日香はそう言って、ゆっくりとバランの鼻先を撫でるのだった……