怪獣の方舟~The Earth of Monster~ 作:わいえす!
岩屋神社
《新たに出現した怪獣はバラン、バランと命名され……》
チャンネルを変える。
《現在、防衛隊ではバラゴン駆除の為の部隊を派遣中であり、本日夜には駆除作戦を実施出来る見込みです。》
《防衛大臣、新たに出現したバランと言う怪獣に対して駆除は行われないのでしょうか?》
《現在、防衛省及び政府ではバランは敵対的でない巨大生物と判断しており、駆除等の予定はありません。》
《バランは付近の畑を荒らしたと言う話がありますが、これは敵対的な行動ではないと…》
チャンネルを変える。
《現在、東北新幹線は盛岡二戸間の運行を見合わせており、航空各社も付近の飛行を……》
チャンネルを変える。
《現在、盛岡市の上空からヘリによる撮影をしています!見えますでしょうか!突如として現れた怪獣バランは畑の真ん中でこちらを向いております!あの怪獣の目的は…》
テレビの電源を切る。真っ黒になった画面に明日香や小百合、旗中達の姿が映る。
「あー、どこもバランバランって……ほんとの名前は婆羅陀魏様なのに……」
テレビのリモコンを持つ明日香が不満げに言う。隊員の誰かが言ったバランと言う名前はすっかり定着してしまったらしい。
「こうなったら、ウチの神社でグッズ作るときはちゃんと婆羅陀魏って付けよ。ね!お母さん!」
「そうねぇ……」
小百合は悩ましげに答える。彼女の反応を見るに二人の間ではバランはもう大丈夫である事は確定らしい。
ちなみに当のバランは休耕地に着いた後一時的に顔を上げることはあったが――恐らく報道ヘリが来たときだろう――、それ以降は防衛隊員の警備の元で静かに寝ている。「バラゴンもこれ位大人しけりゃ良かったのに…」とは葉山の弁である。
魚崎も村に戻ったきりこちらには帰ってこず、防衛隊の前線指揮所も別の所へ動いており、こうして取材として来た旗中達だけが神社へと残っている次第である。その時、明日香が思い出したかのようにこちらへ顔を向ける。
「そうだ!私達の動画!私の姿とかどうでした!?」
旗中達はバランの姿を捉えるべく、カメラを回していた。その撮影したメモリは防衛隊が研究したいと言う事で借りていったのだが……
「ああ、それなら。」
ここで西部が声を上げる。
「メモリは防衛隊の人が持って行っちゃったけど、コピーがいくつかあるからそれならすぐ見れるよ。」
そう言って、タブレットを差し出す。持ってかれる事を予測してたか、東京の門倉へ見せる為にたまたま保存していたか…旗中は心の中で西部に感謝した。
するとズボンのポケットが振動する。その正体であるスマホを慌てて取り出すと通話画面が目に止まる。
「…!マズい!」
その通話先の名前は『吾子』となっていた。両親を失った旗中達を拾ってくれた恩人…まさにその人からの電話であった。
「ごめんなさい!電話来たんで少し席外します!」
動画で盛り上がる面々を横目に、旗中はそう言って部屋を出た。
《進二君!?大丈夫!?》
通話ボタンを押した直後、吾子の声が大音量で流れる。
「や、やぁ…吾子さ…」
《やぁじゃない!朝からずっと電話してるのに全然出ないんだから!しかも、また新しい怪獣が出たんでしょう!?》
「う、うん…バランって言う…」
《名前なんてどうでも良いの!進二君も龍女ちゃんも怪我は無いのね!?》
「大丈夫…です…」
《そう…それなら良かった……》
彼女はそう言って安堵のため息をつく。
《それで、もう撮影は終わり?帰ってこれる?》
「いや…俺はもう少しここに居ます。出来るなら最後までこの目で見たいんで……」
《そっか……》
旗中の言葉に吾子は残念そうに、そして寂しそうに呟いた。
《でも、必ず約束して?進二君と龍女ちゃんも、何があっても絶対私達の家に帰ってきて?貴方のご両親みたいな事は御免だから……》
最後は消え入りそうな声で吾子は言った。旗中は少し間を置いて答える。
「大丈夫。ちゃんと…ちゃんと帰ってきますから。」
《―分かったわ。気をつけてらっしゃい。》
そう言って電話は切れた。しばらくの沈黙の後、旗中が後ろを振り向く。
「…龍女?いつからいた?」
「最初からです♪」
背後にいた龍女は満面の笑みでそう答える。旗中は溜息を吐きながら、ある意味予想通りかと納得した。彼女はこのやりとりを一から十まで聞いていたらしい。
「亜子姉様は本当に立派な方です♪私達と4歳しか違わないのに…」
「本当だ。あの人には頭が上がらないよ…」
吾子は昔から親との折り合いが悪かったのだが、その彼女が頼み込んだのが旗中と龍女を引き取ることだった。その理由を尋ねても未だにはっきりと教えてくれない。きっとその分深い理由に違いない、そう旗中は思うことにしている。
「これ以上心配させないためにも、早く終わらせないといけませんね♪」
「ああ、亜子さんを一人にしておくと大変だからな。」
吾子は普段はしっかり者だが、酒癖の悪さが玉に瑕で誰かしらのサポートが必要になる。彼女もその事を思い出したのか、口元を手で隠しながら笑う。
「それならすぐにでも終わらせませんといけないですね♪」
その時、旗中達は視線を浴びていることに気づいた。その方向へ顔を向けると、ニタニタと笑う明日香とかの金剛力士像のように嫉妬の怒りが口から漏れそうになっている西部が扉から顔を覗かせていた。
「やっぱり、お二人はとっても仲が良いんですねぇ…」
「かァーっ!リア充め!」
「違うんですよ!いや、何も違わないけど…」
異なる感情の煽りを何とか返そうとする旗中を見て、龍女は満足げに笑うのだった……
同時刻 岩屋村 村役場
「“バラダギ戦闘団”ですか…」
《ああ、バランの保護及びバラゴンの駆除を目的とした、普通科連隊を中核とする戦闘団だ。名称は仮のものだが、他に異論が無ければこのまま発表するだろう。》
前線指揮所を神社からより広い村役場に移ってしばらく、小杉は宮城の東北方面総監からテレビ通話を介してその指示を聞いていた。
《部隊規模が連隊になるから、当然ながら中隊長の君は一つ上の連隊長指揮下になる。バラゴンとの戦いで直接得た経験をそのまま彼らに伝えてくれると嬉しい。》
「はっ。確かに自分の経験を報告致します。しかし…」
小杉は、何故それを直接?と言葉を沈黙に滲ませる。対バラゴン戦の部隊拡充は確定的であったし、その為の指示も書面で出来ることだ。それなのにわざわざこんな方法で伝えると言う事は…?そう思考を巡らせていると、総監が僅かに声を抑えて言う。
《…これはあくまで個人的な事なんだが、報告にあったバランを呼んだ巫女と少し話がしたい。出来るだけ早くに。》
「…どういうことです?」
《君は自分の娘が核のボタンを持っているとしたらどうする?》
訝しがる小杉に総監はそう答え、小杉も話したい内容は常識的なものである事を察して内心で安堵した。
「……分かりました。親御様にも来てもらうよう伝えます。」
そう言って、小杉は失礼しますと通話を切った。
30分後
「岩屋神社にて神職を務めます、瀬良小百合と申します。」
「えーと…同じく、巫女の瀬良明日香です…」
魚﨑の車で村役場までやって来た瀬良親子は会議室へと案内された。その会議室には大きなスクリーンが張られ、そこには50代程の迷彩柄の男が映る。その画面の向こうにいる男に彼女らは挨拶をすると、彼も柔和な笑みを浮かべて答える。
《私はバラゴン駆除の指揮をしています、麻生昭と言います。大変な時にご足労頂き、心から感謝致します。》
麻生と名乗った男は、そう言った後目の前の椅子に座るよう促す。彼女らが座ると、横合いから湯飲みに入ったお茶が差し出される。明日香が横目でチラリと見ると、お盆を抱えた魚﨑の姿があった。魚﨑はそれに気づくとニッコリ笑って親指を立てる。魚崎は気を回してくれたのだろうか、一瞬そう思った明日香は魚﨑に微笑み返すと正面に目を向ける。ちょうどそのタイミングで麻生は話を続ける。
《余りお時間を取らせるわけに参りませんので単刀直入に。バラン……貴女方が婆羅陀魏様と呼ぶ巨大生物、彼との関係性についてです。》
単刀直入と言いつつ、慎重に言葉を選ぶように話す。明日香が返答に窮していると、小百合が彼女の代わりに答える。
「私達は代々、岩屋神社において神職を務めると共に、婆羅陀魏様と人々とを結ぶ役割を果たしてきました…」
そして、小百合は前に魚崎が旗中達にしたものと同じ話をした。麻生は彼女の話が終わるまで聞いた後、ゆっくりと口を開いた。
「つまり、岩屋神社の巫女はバランとコミュニケーションが取れる。そう言うことですね?」
彼の言葉に小百合ははいと答える。それを見た麻生は明日香に目線を向ける。
「瀬良明日香さん。貴方は婆羅陀魏様をどう思っていますか?」
端から聞けば恋バナとも取れる質問である。しかし、明日香はその言葉の中に別の“重さ”があることを感じた。はぐらかしたり軽く答えることは出来ない。背中に冷や汗が流れるのを感じながら明日香は口を開く。
「私は…私は婆羅陀魏様と一緒に居られる時間がとても楽しいです。その時間が永遠に続いて欲しいと思うくらい……」
明日香は最初にバランを見た時を思い出す。湖から現れて日の光で輝く姿、社会から恐れられる怪獣とは思えない優しい瞳、初めて触れた時の柔らかさと暖かさ――
その感情を胸に秘めて、明日香は麻生を見据えて言う。
「私は婆羅陀魏様の事が好きです。だから、婆羅陀魏様と一緒に居たいです。」
彼女の言葉に周囲の時が止まったかのように沈黙が包む。
《……なるほど。では、婆羅陀魏様に今後も人間を襲わないように約束させる事は出来ますか?》
その場の全員が固まる中、いち早く我を取り戻した麻生が彼女にそう伝える。あまりに予想外な答えに辛うじて出てきた言葉であったが、明日香はその言葉に表情が華やぐ。
「つまり、このまま婆羅陀魏様が住んでも良いと言うことですか!?」
《え、ええ……》
「ありがとうございます!すぐに婆羅陀魏様に伝えてきます!」
そう言うや、明日香は瞬く間に会議室を飛び出す。麻生は会議室に残されている魚崎に声をかける。
《…魚崎さん。バランを保護することに県も国も反対していないと言う事でしたね?》
麻生の言葉に魚崎はビクッと震えた後、慌てて向き直る。
「あっはい、貴重な生物として保護、観察を行うことで一致しています…」
魚崎の返答に少し安堵したのか麻生は溜息を吐く。
《それにしても驚きました。最近の子供はすごいですね…例え危険な生物であっても好きだ、一緒に居たいと言える……》
「私もあの子がここまではっきり言うとは思いませんでした……」
明日香と魚崎の関係を知らない麻生が、彼の言葉に僅かに眉を潜めた瞬間、小百合がハッと我を取り戻す。彼女はキョロキョロと辺りを見渡し、魚崎を見つけた瞬間に彼にすがり付く。
「健三君!どうしよう!?明日香が…明日香が…!」
半ばパニック状態の小百合をなだめつつ、失礼しますとテレビ通話を切った。
通話が切れて真っ黒になった画面を見ながら、麻生は自分達以上に向こうは大変なのだなとぼんやりと思った。
会議室を飛び出した明日香は、そのまま村を抜けて畑にて休んでいるバランの元へ向かう。日は沈みかけ、辺りは外灯がないと真っ暗になるほどの道を駆け抜けていく。一日中歩き回っていたにも関わらず、彼女に疲労の色は見えない。これからもバランと一緒に居られる。その思いを原動力として彼女は足を走らせていた。
やがて、緑色のテントと迷彩柄の人間達が居るのが見えてきた。バランの警備――と監視――をする防衛隊員だ。
「岩屋神社の巫女です!」
彼女はそう叫びながら抜けようとする。歩哨が止めようとするが、彼女を知る隊員が問題ないとこれを通す。明日香は感謝をそこそこに、またバランの元へと駆け出す。
「婆羅陀魏様…!」
明日香はそう叫びながら、顔を上げていたバランの前足(?)の爪先に飛びつく。周りが息を吞む音が聞こえたが彼女は気にかけない。
「婆羅陀魏様はまだここにいて良いと言われました…これで、婆羅陀魏様にも色々なものを見せられます……」
明日香はバランの体温を感じながらそう満足げに言う。バランはあの湖から出たことが殆ど無いと言う。だから、バランに外の世界を見せてあげたい。それが彼女のささやかな思いであった。しかし、そうして上を見上げた彼女はバランが彼女ではなく全く別の方向を見ていることに気付く。
「婆羅陀魏様…?」
その瞬間、バランの見ている方向に一つ、また一つと“火の玉”が輝く。それを見た周囲の防衛隊員達が慌ただしくなる中、彼女らは辺りに響く鳴き声を聞く。僅か数時間前にバランを湖から追い出したバラゴンの鳴き声であった……