怪獣の方舟~The Earth of Monster~ 作:わいえす!
2024年 8月
「さてと…」
旗中は一言呟くと、目的地へと足を向ける。旧河野地区へ来て間もなく、龍女は行きたい場所があると言っていなくなり、一人となった旗中は少し付近をぐるりと回っていた。地区の殆どは草木に埋もれ、道路と僅かに焼け残った廃墟がポツポツと建っている有様であった。
10年後の今も残っている炭の匂いが鼻腔をくすぐり、旗中はどこか胸が締め付けられる思いがした。1度しか来たことがないのになどと考えながら、“目的地”の前で足を止めた。
「ナンバー、これであってるよな…」
10年前、旗中達が乗ってきた乗用車であった。いわゆるセダン型のそれは、今や錆が目立ち窓も割れて中のカーナビは消えていた。思い出の車の燦々たる有様に溜息を一つ吐くと、車体に手を置いて口を開いた。
「もう、あれから10年だってさ…色んな事があったけど、何から言えばいいか分からないや…」
その言葉は静かに、そして旗中の奥底へ染み渡っていくように消えていった。それに応えるかのように内からこみ上げてきた感情を堰き止めるかのように上を見上げる。その瞬間的、旗中の肩が後ろから叩かれた。ギョッとして思わず後ろを振り返った旗中は驚きの声を上げた。
「山根先生…!?」
数分後
「いやぁ、まさかここで会うとはね…先月の岩屋村以来だっけ?お祭りも無事に開けたようで何よりだったよ。」
河野地区の奥にある細い山道の中、歩きながら話す山根とそれに短くそうですねと返す旗中達の姿があった。あれから驚き半分喜び半分と言った具合の二人であったが、見たいものがあると言う山根に旗中が付き合う形で向かうことになったのだ。
「…10年前ね。私もここに来たんだ。」
無意識に早歩きになっていたらしい。山根が僅かに早歩きで旗中に追いつきながら話始める。私“も”と言う辺り、何かしら察するものがあったのかもしれない。
「あの時はまだ院生だったけど、調査隊の一人としてここに来てね。レポートを1つ書いたんだ。」
お師匠には雑と言われたがね、そう言って山根は恥ずかしそうに頭の後ろを掻く。
「…確かここはマンダに襲われたのではないかって内容でしたっけ?」
無意識に出た旗中の言葉に、山根はそうそうそんな内容と答える。その姿を見て、旗中はそのレポートで『山根恭介』という人物を知ったのだったなとと思いだした。
「10年も前の奴を覚えてる人がいて驚きだよ。でももうあんな内容は書けないかなぁ…」
「俺はあの内容、正しいと思いますよ。」
山根の言葉にそう言い切った後、旗中は内心でしまったと思った。無意識に言った言葉で山根があの時何が起こったのか察してしまうのではないかと思ったのだ。その山根は旗中の不安を余所に気恥ずかしそうにしていた。
「そんな言われるほどの中身じゃないんだけどな…そう言えば、河野さんはどうした?河野龍女さん。確かいつも一緒に居たけど…」
山根の言葉に、旗中は自らの心臓が速くなるのを感じた。最も、山根にしてみては気恥ずかしさを紛らわすための言葉だったのだが、旗中にとっては核心をつく言葉であったのだ。
「それは…」
旗中が渇いた口から言葉をひねり出そうとした時、無数の木々が倒れる音と、けたたましい鳴き声が周囲にこだました。彼らが思わず音の方を見ると、水色の体色で無数のイボがついた体、鬼を彷彿とさせる頭頂に生えた角と金色の髪、全長は50メートルは超すであろう巨大な生き物がそこにいたのだ。
「怪獣…!?」
山根が思わず叫ぶ。その怪獣はまるで嘲笑するかのような声を上げて、足下の何かを踏みつけるようと足を高く上げる。しかし、その直前に足下から一条の光が伸びて水色の怪獣の腹部に直撃した。水色の怪獣は体勢を崩して大きく倒れ込んだ。そして、その光は弱まっていくと同時に細長い体へと変わっていく。
「アレはマンダか…?」
山根が思わず呟く。緑とも青とも言えない体色に短く細い腕に、龍を思わせる長い2本のツノと大きな口――かつて60年以上前に現れた怪獣“マンダ”は水色の怪獣を見下ろし、威嚇するかのように吠えた。
「龍女…!」
その姿を見た旗中は脇目も振らず、一直線に2体の怪獣の元へ走り出していた。