怪獣の方舟~The Earth of Monster~ 作:わいえす!
第1話「怪獣現る」
ーー2024年 岩手県ーー
「ひーちゃん、ひーちゃん。もっと寄って」
「やーくん、狭い~」
深夜の山中に若い男女の声と大音量のJポップが響く。彼らはカップルなのだろうか、男が彼女を抱き寄せる姿を自撮りしている。そして、大音量の元は彼女のスマホのようだ。
「辺りは木ばっかりで~す。」
「真っ暗~」
酔っ払っているのか、二人とも覚束ない足取りでグルグルと回る。彼らの視線はスマホにだけ向き、周囲へと注意が向かない。
「あぇっ」
案の定、彼らの体は何かに当たったかと思うと、バキバキッという音と共に地面へ崩れ落ちてしまった。彼らはなんとか起き上がろうとするが叶わない。それどころか、視点がグルグルと回り続けてどこが上なのか分からない。ようやく止まったと分かった時には、地面の冷たさが体の芯まで伝わっていた。
「痛て…」
男はそう頭をさすりながら立ち上がる。頭をぶつけたのか酔いすぎたか、そんなことを思いつつ辺りを見回す。
「坂かよ…」
彼の視線になだらかな坂が映る。転んですぐに起き上がれなかった原因はこれか。そう思って坂を上ろうとした刹那。
「やーくん!やーくん!」
彼女の悲鳴が彼を振り向かせる。
「何?どうしたの?」
「これ……」
彼女がそう言って辺りを見回すので、彼もスマホで周囲を照らしてみる。すると、そこには折れた木の板達と赤ん坊程の大きさの岩が転がっていた。
「何これ?」
「だって…お地蔵様とかじゃないの…?」
すっかり酔いが覚めたらしい彼女の言葉を聞きながら、もう少し近づいてみる。岩はボウリングのピンを太くしたような形で、確かに立てたら安定しそうだ。これなら、彼女がお地蔵様と言うのも不思議ではない。表面は曲面ではなく一部は平面になっているようだ。平面をよく見てみると文字が掘ってあるようだ。
《婆羅陀魏山神》
「……ば、ばら……?」
当て字なのか、字がよく読めない。少なくとも山神と書いてあるのだから、ただの石ではない。
「やーくん……」
彼女の消え入りそうな声が聞こえた。どうやら、自分達が壊したと思ってるようだ。そう理解した男は深く溜息をついて立ち上がる。
「大丈夫だよ。このまま立ち去れば誰も気づかない。それに何か言われたって俺達が来る前に壊れてたって言えば良い。」
そうだろ?と彼女の見て言う。しかし、彼女は俯いたまま目を合わせようとしない。その姿に苛立ちを覚えた彼は彼女の手首を強引に掴んで引っ張り始めた。
彼は内心で舌打ちをする。友人達とのキャンプに来て、上手く抜け出せたと思ったらこれだ。さっきまでの雰囲気とチャンスはパーだ。
そう思った矢先、ゴゴゴと言う地鳴りと共に地面が大きく揺れ、木々がざわめくように音を立てる。
「もう嫌!」
彼女はうずくまり、男も中腰になる。一分ほどであろうか、ようやく揺れが収まり、森も静かな状態に戻った。
「…収まったみたいだ。」
男が彼女に立つように促す。しかし、どこか違和感を感じる。まるで何かに見られているような…
ふと、首元にバラバラと何かが降りかかる。
(土…?)
彼は確認せずにそれを理解する。何故なら辺り一面にその匂いがするのだから…
彼女もそう思ったらしい。互いに目を合わ
せて、上を見てみる。
暗闇の中から最初に見えたのは光だ。月だろうか?いや、違う。月はこれほど大きくは無い。それに月は何個もない。そして、
生温い風が二人を撫でる。そいつが口を開けたのだ。大きく生えそろった牙が、本物の月明かりに照らされる。食べられる。そう理解した瞬間、彼らの絶叫が森に響いた。