怪獣の方舟~The Earth of Monster~ 作:わいえす!
岩屋神社へと着いた旗中達は、婆羅陀魏神楽を撮影する準備に係る。神楽の本番は来週であるが、今夜はその予行を兼ねて行うと言う事で、その様子も撮影しようという訳だ。カメラの設営が終わる頃には日は沈みかけ、電灯とかがり火が辺りを照らし始める。
「そう言えば西部さん、小百合さんって今独身らしいですよ。」
ふと、旗中がカメラの固定を確認していた西部にそう話しかける。えっとこちらに顔を向けた西部を気にせず話を続ける。
「なんでも旦那さんは前の村長だったらしいんですけど、女癖が悪かったとかで……」
「じゃあ、魚崎さんと小百合さんはなんであんな仲に…?」
「幼なじみらしいですよ。明日香ちゃんが教えてくれました。いわゆる腐れ縁って奴なんでしょうね…」
旗中は、西部の疑問にそう答えた後、神楽殿の舞台下で談笑する件の2人を見やる。
「かーっ!あんな美人な幼なじみがいるなんて魚崎さんも隅に置けねぇ人だ!爆発しちゃえ!」
そう言うや、西部がカメラを向ける。
「後でトラブルにしないでくださいよ。」
旗中は釘を刺した後、周囲を見やる。舞台上では明日香や他の演者が動作の確認をし、高校生からなる舞台袖では楽器の奏者達が動作確認として簡単な練習をする。
『俺達がやってるのはただ映像を撮る事じゃない。目の前の人達の当たり前、その人達の日常の1ページを切り取る事だ。そうすれば、それが生きた証になって、その人達が死んだ後も誰かがきっと覚えてくれるだろ?』
脳裏に10年前に亡くなった父親の声が蘇る。あの人達の生きた証をどれ位の人が覚えているのだろうか……
「きっとあの2人は恋をしているのでしょう。でも、愛しているわけではない。」
ふいに後ろから声が聞こえる。旗中が後ろを振り返ると、そこには何故か般若のお面を被った龍女の姿があった。龍女はお面を半分ずらして話し続ける。
「恋をすると言うのはその人の良い所だけを見ると言うこと、愛すると言うのはその人の良い所も悪い所も受け入れると言うこと……あの2人は、優しい幼なじみが好きなのであって、その人を愛すると言う事をしたくないのかもしれません。もし、幼なじみ以外の面を知ってしまったら、幼なじみである事すらも嫌いになってしまうかもしれない……だから、あの2人は婚姻を結ばないのかもしれませんね……」
その言葉を受けて旗中は思考する。どこを触れるべきか分からなかったからだ。
「…龍女は、俺に恋してる?それとも俺を愛してる?」
僅かな間を置いて出た言葉はこれだった。それを聞いた龍女は柔らかく微笑む。
「うふふ♪さて?どうでしょう?でも、私は貴方様のどんな面も知っているつもりです♪」
龍女の言葉はそれだけだった。だから、
「そうか…俺は好きだよ。」
旗中はそう答えるだけだった。そして、西部は2人の横で「爆発しろ!」と呟いていた。
そんな出来事を経て、ようやく神楽の準備も整う。旗中達も客席となる場所の後方辺りから神楽を見守る。
一瞬、会場である神社に沈黙が漂う。そして、その沈黙を振り払うかのように、1人の女性が現れる。昼や先程のおっとりとした印象とは打って変わって、凛とした神秘的とも言える雰囲気を醸し出している。彼女は舞台の真ん中に鎮座する神棚に向き合うと、その中から御幣を取り出すと、それを神殿、お囃子の奏者達の順に大きく左右に振るった。そしてこちらに向き合うと、
「皆様のお清めを行います。少しお頭をお下げください」
と言って、こちらにも同じように大きく左右に振るった。そして、それを合図として、お囃子が始まり、神楽の幕が開いた。
神楽自体はストーリー仕立てとなっているが、その背景や説明は、台詞が古めかしい事もあって中々伝わり辛い。なので、魚崎が話の内容を展開に沿って解説をしてくれた。
それを要約すると、
時は鎌倉時代、源頼朝率いる幕府軍によって奥州藤原氏が滅亡、奥州が鎌倉幕府の統治下に置かれる事となる。一方で生き残った奥州藤原氏の家臣の一部は小さな村に逃れて再起を図ろうとした。岩屋村もそんな村の1つであった。
岩屋村へ逃れた家臣団の一人に元服間もない武士がいた。彼はこの村の巫女と親しくなり、次第に恋心を抱くようになる。しかし、藤原氏の残党を危険視した幕府により、各地の生き残りは次々討ち取られ、その手は岩屋村へも伸びてきた。岩屋村にいた家臣団はここを出ることを決意し、脱出を図るが、幕府軍が一足早く軍勢を差し向けてきた。必死の抵抗も虚しく、次々に討たれる家臣団、ついにはあの若い武士も討ち取られてしまう。その光景を見た巫女は怒りの余りに、この地に眠る婆羅陀魏様と言う神様を呼び起こす。婆羅陀魏様により形勢が逆転、幕府軍は瞬く間に壊滅してしまった。
しかし、婆羅陀魏様の怒りは治まらず、他の村々へも襲いかかってしまう。その時点で怒りに囚われていた巫女もようやく我に返り、婆羅陀魏様を収める為に湖へと身を投げる。それを受けて、婆羅陀魏様も静まり元の場所へ帰っていく……
約30分程度に渡る神楽が終わった後、暖かな拍手が会場を包む。
「素敵な舞台でした。今から本番が楽しみです。」
拍手が収まった後、龍女が舞台に集まった演者達に言う。
「はい!ありがとうございます!」
そう、明日香は満面の笑みで答えた。
神楽の予行が終わった後、片づけを終えた演者達は皆帰って行った。
「進二君。ここのカットどうする?」
「ここは…いるんじゃないですか?」
旗中と西部が社務所にある一室で、先ほど撮った動画の編集をしている。その様子を外から覗いていた龍女は、まだ彼らの寝る気配はないだろうとそっとその場を離れ、社務所の外へ出る。ここに着いた時から、彼女には気になる事があったからだ。
(このの神社、広さはそこそこあって、施設も揃っている。だけど、本殿だけが見当たらない…)
神社にとって本殿は奉る神のいる、文字通り核となる施設だ。参拝客が来る拝殿と本殿が統一された神社も存在するが、ここの拝殿には神霊を宿した神体の姿は見受けられず、何より彼女にとってはその
(数年前に急に建てられたならともかく、この神社は数百年前からここにある。本殿も神体も無いなんてことはない……)
そうなると、答えは一つ。神社の裏手に回った龍女はある所で足を止める。『立入禁止』と看板が掛けられた柵、その先には獣道のような道が続いていた。
(この道の向こう……間違いなく
無意識に龍女は目を細める。はたして、この先にいるのが旗中達の追うものか、それとも別の何かか……
彼女がゆっくりと柵へ近づこうとすると
「龍女さん!」
背後から彼女を呼ぶ声。思わず振り返るとそこには明日香がいた。
「あら、明日香さん。その恰好は如何されたんですか?」
振り返るや否や、すぐに龍女は明日香の恰好に触れた。彼女の恰好はパジャマであった。
「これは…よく眠れなくてちょっと散歩に……そうじゃなくて、その向こうは道が崩れてて危ないんです。」
確かにその獣道は崖の下にあり、何の準備もなく入れば無事では済まないかもしれない。
「それは失礼致しました。ところで、この道の向こうは何があるのですか?」
龍女は柵に近づいた事に謝意を述べつつ、探りと入れてみる。
「ああ、あちらにはご神体が祀られているんです。」
てっきりぼやかされると思ったが、明日香はこともなげに答える。なんでも細い山道を通るのは大変と言う事で、拝殿などの施設はここに建てられたと言う。
「そういう事でしたか…変なことを聞いて申し訳ありません。」
「いやぁ、そんなことないですよぉ…でも、うちの神社の細かい所に興味を持ってくれるなんて感激です。もし、見てみたかったらお母さんに……」
その時、地面がわずかに揺れ始める。龍女がそれに気づいたわずか後に、明日香もそれに気づき辺りを見渡す。揺れは収まることなくますます大きくなり、木々や拝殿も揺れ始める。とっさに龍女は明日香を引き寄せしゃがませようとし、明日香もそれに従った。龍女は、明日香が恐怖の為かわずかに体を固くしているを感じて抱く力を強める。そうして何分か経ったところであろうか、揺れはようやく収まり、二人はそろってため息をついた。
「おーい!龍女ー!」
遠くから彼女を呼ぶ声。それに答えようとすると、その声の主はすぐに現れた。旗中だ。
「龍女…さっきの揺れは…あれ?明日香ちゃん?」
姿が見えない事から、心配になって飛び出してきたのであろう。明日香も一緒だとは思わなかったらしい。
「いえ、大丈夫です。私は何もしてませんから。」
龍女は問題ない事を伝えると、今度は明日香がえっと声を上げた。
その時
遠くから鳴き声のような音が聞こえた。三人は辺りを見渡すが、何か動くような気配はない。
「今のは……」
旗中がそう呟く。今の声は明らかに動物ではない。旗中がそう思った瞬間、自分の不安が確信へと変わるのを感じた。
それから数分後、ジェット機の爆音が彼らの頭上を通過していった。