星のかたちの白い花   作:西風 そら

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 坂の上の執務室。

 一歩入って、ナーガは面食らった。

 

 長椅子の上に寝かされた風波(かざな)の青年。

 意識が無いようで、ぐったりと手足を投げ出し、顔の上半分は濡れ手拭いで覆われている。

 口の端が切れ、頬やあちこちに擦り傷も見える

 

 その横に、俯(うつむ)いて表情の分からないリリ。

 口を真一文字に結んだユゥジーン。

 

「シルフィスキスカ!!」

 男性が室内に駆け入った。

「これはどういった事だ? 何故このような怪我を!」

 

「何故は、こちらが聞きたいです!」

 いつもは礼儀正しいユゥジーンが声を荒げて、ナーガは驚いたが、その次の言葉はそれどころじゃなかった。

「何でそんな奴を連れて来た! そいつ、嫌がるリリに無理矢理抱き付いていたんだ!!」

 

 このユゥジーンという男、聡明で剣の腕も立つ、執務室の若手ホープ。

 しかし里の女の子からは総スカン。何故って、普段は冷静沈着優等生な癖に、事リリに関する時だけ我を忘れて、周囲もドン引きするくらい大人ガキに成り下がるからだ。

 

 入口で固まっていた少年は、大机の向こうのホルズが目配せしているのに気付いた。

 自分が聞くには早過ぎる話って事だろう。少年は素直に退室した。

 

 外に出ると、下の広場で交流会が続いているのが見える。

 あんなに楽しそうなのに、すべてが打ち切りになるかもしれない。

 何とも悲しい、不安な気持ちに押し潰されそうだった。

 

 

「あ――……」

 部屋の中では、凍り付いていたナーガが、やっと声を出した。

 このヒトも、『北の草原に偉名を馳せる蒼の長』でありながら、一人娘の事となると、たまに冷静さを欠く。

「それで、客人に乱暴を働いたのですか、ユゥジーン」

 

 ナーガにしては何とか抑えたな……と、ホルズは思った。

 

「ユ、ユゥジーンは、あたしを」

 俯いたままのリリが声を出した。

「あたしを助けようと、割って入って、そのヒトを、突き飛ばした、だけ、です」

 

「それでも客人に怪我をさせてしまっているのですよ」

 長の言葉に、リリは口をつぐんだ。

 

「罰があるんなら受けますよ。俺は天に背中を向けなきゃならないような事はしていない」

 

 堂々と胸を張るユゥジーンを横目に、大机のホルズは渋い表情だ。

 こいつの気持ちは分かるし擁護してやりたいが、正直下手な事は言えない。

 リリはあんなんでも一応、蒼の里の公女なんだぞ。

 

 そもそも抱き付いただの何処其処を触っただの、長の前に上がって来るような案件じゃない。

 蒼の里の若者同士にだってそういうトラブルは起こっている。

 が、せいぜい両家の話し合いで片の付く話だ。

 

 問題は、他所から来た客人が、蒼の里の大切な長娘に、ヤラカシちまった事なのだ。

 そうなると双方の威厳が絡んで来てしまう。捨てては置けない。

 ナーガとしても頭の痛い所だろう。

 

 

「本当はボコボコに〆てやりたかったんだ。立ち上がって向かって来ようとするから、よぉし来い! って構えたのに、三本ホックに足を取られて頭から板壁に突っ込みやがった。ずるいだろ、目が覚めたら一発殴る! 絶対に殴る!」

 

 鉤髭(かぎひげ)男性が「ええっ」と叫んで、心配そうに怪我人を覗き込んだ。

 

「一応医師に見せに行きましたよ。脳震盪を起こしただけだと。それよりリリに何か一言ないんですかっ!?」

 

 鼻息荒いユゥジーンを、リリが肘を引っ張って止めた。

 そして一同に向いて、俯(うつむ)いた頭を更に下げる。

「ユゥジーンの乱暴と、この方の、あたしに対する狼藉とを、相殺にして貰えないでしょうか」

 

 この少女が何か貴重な人物だと察しつつある鉤髭男性は、しゃっくりしたみたいに何度も頷く。

 ユゥジーンが不満そうに口をパクパクさせるが、ナーガが進み出たので黙った。

 

「リリは、それで良いのですか?」

 父親の問いかけに、娘はやはり俯いたままボソボソと喋った。

「あたしが隙だらけだったせいです。申し訳ありませんでした。こんな事で交流を台無しにしたら、他の風波の方々に申し訳ないです。どうか、穏便に済ませて下さいますよう」

 

 ほぉ、と、ホルズは息を吐いた。

 どうやら客人の怪我は間接的な物のようだし、肝心のリリが穏便にと強く表明するのなら、大事にせずに済むんじゃないかな。

(交流会が始まる前に面倒臭がってバックれちまった癖に、なかなかちゃんと気遣い出来るじゃないか)

 しかしそれにしても、俯いたまま、いつもの覇気が全然ないのが、少し気になった。

 

「分かりました。リリがそれで良いのなら」

 言ったナーガ本人も、内心ホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

「優しいね」

 

 突然の声に、一同びくんと揺れた。

 声は足元の長椅子からで、いつの間に風波の青年が額の布を除けて、緑の瞳を見開いていた。

「優しいのは良い事だ。だけれど時々罪を生む」

 

「お前、他に言う事はないのか!」

 

 ユゥジーンが踏み出す前に、ナーガ長が間に立った。

「貴方の処遇は風波の長殿にお任せします。ただし、ここに居る間はかなりの不自由をして頂きます」

 それから、横で青くなって一言も喋れない鉤髭の男性に向いて言った。

「私から風波の長殿に手紙を書きましょう。交流会はこのまま滞りなく」

 

「ははっ。寛大な御処置、痛み入ります」

「我が娘の希望ですから」

 

 いきなり青年がガバリと身を起こし、大机に向かうナーガに飛び掛かった。

 一瞬の事過ぎて、誰も動けなかった。

 すわ! 部族間抗争の口火!? と、皆が蒼白になった所で、彼が意外過ぎる言葉を吐いた。

 

「おとうさん!!」

 

「??????」

 

 ホルズがナーガにすんごい疑いの目を向けた。

 ナーガはビックリ眼(まなこ)なまま、首を横にぶんぶん振った。

 

 青年はナーガの正面に回って両肘をがっしり掴まえ、これでもかという距離まで顔を近付けた。

「おとうさん! 僕はこの娘を妻にしたい。お許しをください!」

 

「は?」

「へ?」

「この野郎!!」

 

 再度殴り掛かるユゥジーンを、今度はホルズが羽交い締めで止めた。

 止めながら、おかしな事に気付いた。

 一番怒って大騒ぎしそうなリリが、眼を伏せてじっと突っ立ったままなのだ。

 

 

 

 ***

 

「シルフィスキスカ、お前、この娘さんを気に入ったというのか? どんな女性にも興味を示さなかったお前が」

 鉤髭がおずおずと進み出て、今度は彼がガバリとナーガにひれ伏した。

「これこそ、申されていた『子供の直感力』! お願い致す、どうか娘御の縁談をお考えくだされ!」

 

 ホルズが、ジタバタするユゥジーンを羽交い締めたまま、眉を八の字にしてナーガを見た。

 彼にしたら、この男性の気持ちにすんごい親近感を覚えるのだ。

 ナーガも同じく八の字眉だ。

 大昔ホルズに、こういう心配をすんごくかけまくっていた覚えがあるのだ。

 だから二人とも怒る気持ちになれないで、ただただ困るばかりだった。

 

「リリを気に入るとはなかなかの性癖・・じゃなくて見る目があるが、残念ながらその娘には……あ――、えっと……ほぼ婚約者? みたいな相手がおってな」

 

 やんわり言うホルズに、青年はナーガの顔を見据えたまま、ケロリと返事をした。

「大丈夫! 僕はぜんぜん気にしません。婚約なんか解消すればいい!」

 

 ユゥジーンはホルズの腕を逃れて、リリを庇うように立ちはだかった。彼の若い脳は、ナーガやホルズより回線が少ない分いち早く、青年に対して『こいつヤバイ奴認定』をしていた。

 

「あ――・・」

 ナーガが何とか声を発した。

「えーと、リリ、貴女どうなんです? この彼といつの間に知り合ったのです? プロポーズされるような間柄だったのですか?」

 

 ナーガもホルズもユゥジーンも、彼女がいつもの調子で、『そんなんじゃないわよ! あんたなに考えてんの!』と一蹴するのを待ち構えていた。

 しかし驚くべき事に、顔を上げた彼女は耳の先まで真っ赤で、口の中でモゴモゴ言葉をこねるばかりなのだ。

「そんな事、急に、言われ、たっ、て……」

 

 ここでナーガとホルズは、この娘も一応やっぱり女の子だった事を思い出した。

 確かに周囲も公認の相手がいるとはいえ、その相手はプロポーズもへったくれもない大人ガキなのだ。

 

 その大人ガキが、イラつき気味に振り向いた。

「なにその辺の小娘みたいに赤くなってんだよ。リリは長娘だろ。長を継ぐんだから、他所の部族の奴とどうこうとかあり得ないだろ?」

 

 風波の青年が、ナーガの前から消えた。

 いや、トンでもない早さで、ユゥジーンとリリの間に移動したのだ。

 飛び込んだ瞬間ユゥジーンの胸ぐらを掴んでいた。

 

「この娘(こ)を、縛るな・・!」

 

「お、お前、何様のつもりだ!」

 

 一触即発の所を、リリが腕にしがみついて止めた。

 だが何故か、しがみついたのは風波の青年の腕だった。

 

 ナーガとホルズは呆気に取られて眺めていた。

 何というか、ユゥジーンには申し訳ないのだが、リリがこんな恋物語のヒロインみたいな役割を演じる日が来るなんて、夢のヒトカケラにすら思った事がなかったのだ。

 

 世話役の男性はというと、リリが顔を上げた瞬間から、目玉が転がり落ちそうな程見開いて、腰を抜かしている。

 

 

 

 突然、絹を裂くような悲鳴。

 外のデッキの、声変わりしていない見習いの少年だ。

 同時に室内が暗くなった。

 

 窓の外を黒い影が過ったと思ったら、次の瞬間、強烈な風圧が来た。

 室内の物が飛ばされ、青年とリリが消えた。

 

 一同外に飛び出ると、執務室の屋根にとぐろを巻いて、鈍(にび)色の竜が覆い被さっている。

 

 大きい。

 その辺の魔性なんか比べ物にならないくらい大きい。

 しかし屋根は軋んでいない。大きさに質量が比例しない、妖(あやかし)か術の類のモノ。

 

「ば、馬鹿な! 蒼の里は結界が効いている筈。あんなモノが入って来られる訳が……」

 ホルズが呆然と呻いた。

 

「僕の海竜には、結界は無意味」

 いつの間に、竜の背に、リリを小脇に抱えた青年。

「この娘(こ)を、攫(さら)う」

 

「シルフィスキスカ!!」

 遅れて飛び出した鉤髭の男性が叫んだ。

「その娘はリィリヤではない。確かに驚くほど似ているが、リィリヤではないのだぞ!」

 

「・・リィリヤだよ」

 一言残し、旋風を起こして竜は消えた。

 

 

 

 

 

 




***ホルズにすんごい心配をかけまくってた***
 ホルズは子供の頃、ナーガの兄貴分でした。ナーガが年頃になっても女性と疎遠な事を、この世で二番目に心配していました(一番はノスリ)。



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