星のかたちの白い花   作:西風 そら

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 竜の去った後の執務室デッキの中央で、ナーガが二本指を振り上げた形で止まっていた。

 

「ナーガ?」

「・・あ、ああ」

 ホルズに声を掛けられて、彼は我に返って腕を降ろした。

 風を孕んでいた長い髪がふさりと肩に降りる。

 

「リリだけでも引き戻そうとしたのですがね」

「ああ、お前ならイケただろ? 何で術を途中で止めちまった?」

「リリに、目で止められました」

「リリが、か?」

 

「追い掛ける!」

 ユゥジーンが鼻息荒く厩に走り掛けた。

 

「待て、まあ、待て」

 ホルズがその肩を掴まえた。

「草の馬じゃあれに追い付けん。そうだよな、ナーガ」

 

「はい、風波の召喚竜……私も見るのは初めてでしたが、いやはや華麗なものですねぇ」

 

「なんでそんなに呑気なんです! リリが攫(さら)われたんですよ! 今日初めて会った頭のおかしな奴に! こうしている間にも何をされているか。一秒でも早く連れ戻さなきゃ!」

 

 地団駄踏むユゥジーンの肩を押さえ、ナーガ長は正面から覗き込んで、諭すようにゆっくりと言った。

「大・丈・夫・です」

 

「で、でも」

「リリは本当に危険な物は嗅ぎ分けが出来ます。あの子を信用してあげて下さい」

 

「ナーガ様はリリの事かいかぶり過ぎです。あいつ、人生初めてのお姫様状態に、免疫なくてのぼせあがってるだけだって!」

 後ろでホルズが吹き出して、ユゥジーンに睨まれた。

 

「まあまあ。いざという時お前には一番に動いて貰わねばならないから、待機だ、待機」

 

 ユゥジーンはしぶしぶ追い掛けるのを諦めたが、今度は、へたり込んだままの世話役の男性に迫った。

「リィリヤって何なんだ? あいつの初恋の女性に瓜二つなんてふざけたオチじゃないだろうな!」

「はあ、いや、まさしく……」

「舐めてんのか!」

 

 

 

 ***

 

「父上!」

 明るい髪色の青年が坂を駆け登って来た。鉤髭男性の息子のヘイムダルだ。

 

「何があったのです? あれはシルフィスの海竜ですよね。いつにも増して大きかったけれど……今度は一体何を言ってあいつを怒らせたんです?」

 

 父を助け起こしたあと、慌ててナーガ長の前に立って、青年は深々と頭を下げた。

「シルフィスキスカの傍若(ぼうじゃく)、まことに申し訳ありませんでした。あいつに勝手をさせていた僕の責任でもあります。どうかお許しください」

 

「ああ、……はい」

 父親よりこの息子の方がよっぽど世話役に向いているなあと思いながら、ナーガはホルズに目配せして、事態の収拾に当たる事にした。

 

 

 下の交流会場では、突然執務室の屋根に現れた巨大な竜に、騒然となっていた。

 ヘイムダルが、あれは無害な我らの海竜だと説明して、蒼の里の者は落ち着きを取り戻したが、皆の気がそぞろになって交流会どころではなくなってしまった。

 今、ホルズが下りて行って、ノスリと共にそちらの収拾に当たっている。

 

 

 執務室には、ナーガとユゥジーン、世話役の男性、その息子のヘイムダル、の四人。

 外のデッキには見習いの少年が、連絡役として待機している。

 

「俺が外から帰って来た時、上空から、放牧地の干し草小屋の前に二人を見たんです」

 立ったままのユゥジーンが、最初から説明を始めた。

「リリが髪の毛を逆立てて嫌がってんのに、あいつ両腕ガッチリ回して抱き付いて。だから急降下して、馬から飛び降りて割って入ったんだ」

 

「それで彼は、応戦しようと向かって来た所で、三本ホックに足を取られて、壁に突っ込んで気絶したと」

「はい」

 

 気絶しなかったらどうなっていた事やら。

 双方の部族の為にとっとと気絶してくれてよかったと、ナーガは三本ホックに感謝した。

(いや、さてはリリが三本ホックを操作したか? その可能性も大きいな)

 

 ともかく、仏頂面のユゥジーンを座らせる。

 

「その後のリリは、何か話をしましたか?」

「いえ、ずっと黙って、俯(うつむ)いて」

 

「うーん……」

「おかしいですか?」

「おかしいでしょう? リリが『本気で嫌がった』のなら、あの彼はあんなケガでは済まなかった筈ですよ」

 

 ユゥジーンはしゃっくりしたみたいな顔になったが、すぐに気を取り直した。

「そりゃ……きっとショックだったんですよ。蒼の里にはリリにあんな真似出来る奴なんかいないんだから」

 そして今一度、ギロリと風波の親子を睨んだ。

 

 しかしヘイムダルは、茫然と虚空を見つめている。

「父上、その、蒼の長様の娘さんは、そんなにリィリヤに似ていたのですか?」

 

「あ、ああ。髪と目の色は違うが、顔も姿も瓜二つだった」

「……そうか…………」

 

「だから、そのリィリヤって女性をここへ連れて来いよ! 瓜二つだろうがヘチマだろうが、こっちは知ったこっちゃ……・・??」

 

 青年が両の目を震わせて涙を溢したので、ユゥジーンの怒りは行き場を失くした。

「お、おい、なんだ?」

 

 ヘイムダルは涙を拭って、顔を上げた。

「ずっと……女性に対しても、誰に対しても、感情を表に出さなかったあいつが……」

 

「はああああっ!?」

 さっきの彼のハイテンションを巻き戻して見せてやりたくなった。

「・ったくもうっ! 風波の頭(おつむ)は、俺たちとは随分造りが違うみたいだなっ」

 

「い、幾ら何でもその言われようは」

 

 言い返そうとする父親の口を横から塞いで、ヘイムダルは真剣な表情で話し始めた。

「僕はシルフィスキスカの幼馴染みです。小さい時から知っている。真面目で責任感が強くて、誰よりも周囲を気遣う、思いやりのある奴でした」

 

 何か言いたそうなユゥジーンは、ナーガが制した。

 

「僕達の隣にはいつもリィリヤがいた。花がこぼれるように笑う娘だった。シルフィスは彼女を、魂を分かつ程に愛していた。だけれど、彼女が生きている間に一度も抱きしめる事はなかった」

 

「…………」

 

「彼は抱き付いていたんじゃない。思わず抱きしめていたんだ」

 

 

 

「そ、そうか……あ―……そりゃ、色々気の毒なのは分かったよ。だからって、顔が似てるってだけで、いきなり抱き付いたり攫(さら)ったりはナシだろ? リリは物じゃないんだ」

 ユゥジーンの勢いは少し和らいだが、やはり許す気にはなれない。

 

 ヘイムダルは肩を落として息を吐いた。

「そうですね、貴方がたからしたら、そうですよね。それが普通ですよね……」

 

「ああ、それでか!」

 黙って考え込んでいたナーガが、ポンと掌を打った。

 

「何がですか? ナーガ様」

 

「リリが俯(うつむ)いて元気がなかった理由ですよ」

 ナーガは何だかホッとした様子で、大机の席に着いて指を組んだ。

 

「あの子が、触れた手紙から書いたヒトの本心を汲み取れるのは、知っているでしょう?」

「はい……」

 

 今の所のリリの一番の能力、『手紙から書いた者の本心を読み取る力』は、手紙での依頼が多い執務室で重宝されている。ただ、予想外に激しい感情に遭遇すると、結構なダメージを喰らってフラフラになってしまう事がある。

 

「抱きしめられた腕からうっかり読み取らされてしまったんでしょう。あの若者が身の内に押し込めている強烈な感情を。酔う程にあてられて、あれ、酩酊状態だったのですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 




~三本ホック&ざんばらリリ~
【挿絵表示】


***三本ホック***
 干し草作業用フォーク。寝藁や飼料用牧草を広げたりほぐしたり集めたりします。筆者はバイト時代に、ホックは地面にあったら危ないから絶対に立てて置くようにと釘を刺されました。『ホック』は方言ですらない局地的な呼び方です。



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