愛屋及烏 / 依依恋恋   作:哀餓え男

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第三十三話 大和(表)

 

 

 

 僕は、ナナさんのことを何もわかっていなかった。

 何があれば笑うのか。

 何が悲しければ泣くのか。

 何に対して怒るのか。

 僕は何も知らない。

 今の騒動だって、ナナさんが歌ちゃんを想っての行動なのに、僕が能天気だったばかりに彼女を叱らなきゃいけなくなった。

 ナナさんとの信頼関係を築いていなかったから、相談もされなかった。 

 

 「そこまでだ。七郎次」

 

 僕がストップをかけると、ナナさんは一瞬だけ悲しそうな顔をした。

 それはたぶん、僕が怒っているから。

 僕が彼女を、七郎次と呼んだからだろう。

 

 「あ、あたし、余計なこと……した?」

 

 表情は元に戻ったけど、声が上擦っている。

 でも、余計なことをしたのかと質問したのを考えると、頭は冷静みたいだ。

 

 「いや、結果的にはこうなっていた可能性が高い。でも、僕に何の相談もせずにこんな事をされちゃあ困る。君がしたことは、下手をすればこの艦に乗る全ての人の命を奪う危険行為だ」

 

 僕が言っていることが理解できないのか、ナナさんは小首を傾げて不思議そうにしている。

 これは、噛み砕いて説明する必要がありそうだな。

 

 「君が追っていたのは大和の船霊(ふなだま)。幽霊で間違いないね?」

 「うん。今も、小吉の背中に隠れちょる」

 

 え? マジで?

 なんだか急に肩が重くなったなぁ、なんて思ってたけど、それって大和の船霊が肩に乗ってるせいだったの?

 は、置いとこう。

 今はふざけて良い場面じゃない。

 

 「君は、船霊を殺したらどうなるか理解して、追っていたのかい?」

 「知らん」

 「だろうね。知っていたら、そもそも殺そうなんて考えないはずだから」

 

 縁から降りながらそう言ったナナさんが追っていた大和の船霊は、おそらく人の形をしているんだろう。

 だから、イメージできない。

 形や大きさが違いすぎて、船霊を殺したら体であるこの艦がどうなるか想像できなかったんだ。

 

 「例え話をしよう。人から魂がなくなったら、体はどうなる?」

 「死ぬ」

 「そう、死ぬんだ。そしてそれは、おそらくこの艦にも当てはまる。この艦が死んだら、どうなると思う?」

 「えっと……沈む?」

 「その通り。そうなったら、艦内にいる人はどうなる?」

 「死……」

 

 最後まで言いきらずに、ナナさんは口元を空いてる左手で押さえた。

 どうやら、理解してくれたようだ。

 それどころか反省までしてるのか、申し訳なさそうに肩をすぼめた。

 

 「ごめん……なさい」

 「わかってくれたなら良い。僕も、少しキツく言いすぎた」

 「許して……くれるの?」

 「うん。反省している人を追い詰めるような叱り方は、好きじゃないからね」

 「じゃあ、またナナって呼んでくれる?」

 「ナナさんが良いなら、喜んで」

 

 僕がそう答えると、ナナさんは花が咲いたような笑顔で喜んだ。

 なんだか龍見家での一件以来、ナナさんの表情が豊かになっている気がする。

 これが僕のせいかどうかはわからないけど、ナナさんは順調に人に成ってるようだ。

 

 「さて、じゃあこの騒動にけりを付けよう。ナナさん。大和の船霊は、まだここにいる?」

 「うん。まだ小吉の後ろにおるよ」

 「わかった。じゃあ、大和。今すぐこの揺れを止めろ。これは、海軍大将としての命令だ」

 

 正直、この現象が大和の船霊の仕業だとは信じきれていなかった。

 だってそうだろ?

 大和は専門的な知識が浅い僕じゃあ、何が書いてあるのかもわからないほど難解な計算を基に設計され、職人たちが汗水垂らして建造してくれた知識と技術の塊だ。

 その大和に魂が宿ってて、女性を乗せたことにヘソを曲げて悪さをするなんて笑い話にもならない。

 もしこれが外国なら、話した途端に心療内科を紹介されるか、危ない奴だと隔離されるなりするだろう。

 

 「でもさすがに、こうなったら(・・・・・・)信じざるをえないな」

 

 僕が命令を下した直後から揺れが徐々に収まり始めて、今は殆んど揺れていない。

 速度も安定したようだし、僕の命令を大和が実行してくれたと思って良いだろう。

 

 「ナナさん。大和は喋れるのかい?」

 「あ~……どうじゃろ。声はまだ聞いて……あ、喋れるって」

 

 へぇ、喋れるんだ。

 でも、音って空気の振動だよね?

 なのに、ナナさんには聴こえて僕には聴こえないってどういうこと?

 もしかして、脳に直接響く的な?

 

 「ねえ、小吉」

 「ん? 何だい?」

 「もっと命令してって」

 「え~っと、それは大和が?」

 「うん。鬼畜米兵を砲撃で血祭りにあげてやる。って、言うちょる」

 「砲撃駄目。絶対」

 

 本土を砲撃させた張本人が何を言ってるんだって感じだけど、大和の砲撃で米兵が死んだらまた戦争になりかねない。

 もしかして大和は、まともに戦えなかったことを未練に思ってるのかな?

 

 「ねえ小吉。アレって動くん?」 

 「アレって、どれ?」

 「でっかい鉄砲」

 「でっかい鉄砲って……まさか!」

 

 ナナさんが言う鉄砲の正体に思い至って慌てて縁から身を乗り出して見てみたら、第一主砲と第二主砲が旋回していた。

 ここからじゃ見えないけど、第一と第二がああなのだから、第三主砲も旋回しているだろう。

 しかも、本土に照準を合わせているように見える。

 これ、もし発砲したら大事(おおごと)だけど、装填は手動だから間違っても……ん? 待てよ?

 そう言えば、機銃も手動だったよね?

 なのにどうして、ナナさんは撃たれた?

 まさかとは思うけど、大和は……。

 

 「あ、そうそう。この女、この船の軍人さんらを操れる」

 

 やっぱりか。

 船霊ってそんなこともできるの? と、聞いてみたいけど僕には声が聴こえないし姿も見えないから後回しにして……。

 

 「砲撃中止! もし撃ったら、呉に着くなり解体するぞ!」

 

 と、大和がいるであろう方向を睨み付けて怒鳴った。

 人を怒鳴るのは、相変わらず苦手だなぁ。

 しかも相手は、ナナさんの言うことを信じるなら女性だ。

 女性を面と向かって命令口調で怒鳴り付けるのは、あんまり良い気分じゃ……。

 

 「小吉、女はそっちにゃおらん。小吉の横におる」

 

 なかったけど、面と向かってじゃなかったと知って気分が軽くなっ……いや、恥ずかしくなっちゃった。

 

 「はぁ? 嫌じゃ。なんであたしの体をアンタに貸さにゃあいけんのね」

 

 はて?

 僕はナナさんの体を貸してくれなんて言ってないよ?

 って、僕に言ったわけじゃないな。

 僕の頭の天辺あたりを見ながら言ってるか、たぶん大和に言ってるんだろう……って、ちょい待ち。

 大和って、僕より背が高いの?

 僕って、身長は175cmあるんだよ?

 その僕の頭の天辺あたりに目があるとすると、大和の身長は180cm超えてるんだけど?

 

 「じゃけぇ嫌じゃって言うちょるじゃろうが。デカい成りしてガキみたいな駄々こねんさんな。なぁ? まだ六歳じゃあ? その成りで?」

 

 え~と、たしか大和は、1940年の8月8日が進水日だったっけ。

 進水日を誕生日と考えれば、確かに6歳。あと3ヶ月ちょいで7歳だね。

 は、どうでも良いか。

 

 「ナナさん、大和は体を借りて、何を…したがってるの?」

 「……小吉と話したいって言うちょる」

 「僕と? ナナさんを通してじゃあ、駄目なの?」

 「……まどろっこしい。って、言うちょる」

 

 まあ、いちいち通訳を通すのが面倒な気持ちはわかる。

 わかるけど、体を貸したらナナさんに何か悪影響があるんじゃないかと心配になってしまう。

 それに……今の状況でこんなことを思ったら不謹慎なんだけど、人と話す時は目を見て話すナナさんが、僕と大和へ頭ごと視線を移す動作が愛らしくてキュンキュンしちゃう。

 は、またまた置いといて……。

 

 「ナナさん。大和に体を貸してあげてくれないかい?」

 「え……」

 「嫌?」

 「嫌じゃけど……小吉がどうしてもって言うなら……」

 「じゃあ、どうしても」

 「……わかった」

 

 ヤバい。

 後ろ手を組んでモジモジしながら、上目使いで「嫌じゃけど……」って言うナナさんを見たら、心臓が止まりかけた。

 ナナさん、君は無自覚でやってるんだろうけど、破壊力がすごいよ。

 だって僕、キュン死しかけたもの。

 可愛いは正義だと思ってたけど、その認識を改めさせられた。

 可愛いは凶器だよ!

 と、僕が心の中でももがき苦しんでいたら、ナナさんの顔が虚ろになった。

 それだけでなく、全身から力が抜けたように、その場にへたり込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

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