もう、三日も小吉と会っていない。
あたしは小吉を護衛しなきゃいけないのに、ずっと部屋に閉じ籠ってる。
歌と地華に心配と迷惑をかけながら、ずっと部屋の角に座り込んでる。
そんな自分が嫌で仕方がないのに……。
「ねえ、ナナ。気持ちは……事情が特殊過ぎて私には理解しきれてないけど、少しは外に出た方が良いよ? まあ、もう夜だけどさ」
「嫌じゃ……」
身体は動いてくれない。
いや、そうする気になれない。
気持ちが落ち込みすぎて、何もする気が起きないのよ。
「地華さぁん……」
「オレに振られたって、歌と同じことしか言えねぇよ」
「でも、このままじゃあナナが……。あ、そうだ。力ずくで連れ出したりとかしちゃ、駄目かな?」
「できっけど、オレはやめた方が良いと思うぜ?」
本当にやめて。
力ずくで来られたら、あたしじゃ地華にされるがまま……どころか、下手したら歌にも敵わないから。
「ナナがこうなっちゃったのって、やっぱり術が使えなくなったから?」
「だろうぜ? 歌にゃあ想像し辛いだろうけど、ナナにとっちゃあ、手足がなくなったのと同じくらいの辛さだろうからな」
「地華さんも、槍が振れなくなったらこうなるの?」
「なるなぁ。と言うか、オレの場合は手放しただけでそうなっちまうよ」
「ああ、そういえば地華さんって、槍がなくなったら性格が激変しちゃうんだっけ」
そう、今のあたしは、槍を手放した地華と同じような状態。
地華は、槍を精神的な支柱にして今の自分っていう仮面を被ってるの。
こう言うと身も蓋もないけど、演技してるって言っても良い。
そして、それはあたしも。
術が使えなくなるまで知らなかったけど、あたしにとっての術は、使えてた頃のあたしを形作っていた
それが無くなったから、あたしは部屋の角で膝を抱えて自己嫌悪を続けてる。
二人がそばにいてくれて嬉しいくせに。
二人が気にかけてくれて幸せなくせに。
二人が話しかけてくれるだけで安心するくせに、あたしは……。
「もう、ほっちょいてよ。あたしに構ったって、二人に得なんかないじゃろ」
拒絶しようとしてしまう。
そんな自分が嫌でも、また自己嫌悪が深まる。
以前のあたしならそんなことはなかった。
だって自己嫌悪と呼べるまで感情が高まる前に、殺意に変換して溜め込んでたんだもの。
でも、今のあたしにはそれができない。
だからどこまでも、あたしの気分は落ち込んでいく。
「得だぁ? オレも歌も、損得でお前の面倒を見てる訳じゃねぇよ」
「じゃあ何でよ!」
「何でって……友達だろ? オレたち」
「地華さんの言う通りよ。友達が落ち込んでるのに、見て見ぬふりができるわけないじゃない」
「友……達?」
それって一人じゃ生きていけない奴が、慰め合うために家族以外と作る群れでしょ?
本当かどうかは知らないけど、あたしは兄様にそう教えられた。
だから、あたしは友達なんて作ったことがない。
だって、あたしは弱くないもの。
弱くないあたしには、友達なんて必要ない。
そんなあたしと、二人は友達なんかじゃない。
なのに、どうして友達って言われて、こんなに嬉しいの?
「まさかお前、オレらのことを友達って思ってなかったのか?」
「だ、だって、あたしは弱くないもん。だから、あたしに友達は必要ないって兄様が……」
「ああ、これってあれだわ。ナナって、お兄さんから片寄った教育をされてるっぽい」
「そうみてぇだな。ったく。暮石ってなぁ、どうしてこう極端なのかねぇ」
それって、あたしが間違ってるってこと?
そりゃあ、地華が言う通りうちは極端よ。
後に禍根を残すくらいなら皆殺しにするし、必要で無い物は最初から欲しがらない。
小吉と暮らし始めてから初めて知った料理のように、身体が維持できるなら味にこだわらない。
着なくて済むなら服だっていらない。
殺せるなら、ジュウゾウみたいに武器にも執着しない。
そんな考え方が、普通の人からしたら異端だって理解はしてても、間違ってるとは今の今まで考えたことがなかった。
「でもよぉ。お前の友達観でいくと、オレらは友達になるんじゃねぇか?」
「何で?」
「だって今のお前、歌より弱ぇじゃねぇか」
弱い?
あたしが?
そんなことはない。
術は使えなくなったけど、それはあくまで段内の術だけで、段外は使える……はず。
だから、仮に歌に襲われたって難なくねじ伏せられるし、地華一人ならどうとでもなる。
白い方が加わっても、互角に戦うくらいはできるはずよ。
そんなあたしが、歌より弱い?
「一応言っとくが、腕っぷしの話じゃねぇからな?」
「じゃあ、何?」
「心だよ。今のお前は、たった一言で心がへし折れちまうくらい弱くなってる。なんなら、やってやろうか?」
「やってみんさいね。あたしは弱くない」
そう返すと、地華は「やれやれ」と言いながら腰を屈めて、歌に何やら耳打ちをした。
歌は「そんな事言って大丈夫?」と、言いながら不安そうな顔をあたしに向けたけど、地華に何を吹き込まれたんだろう。
「あの、凄く言いにくいんだけど……。今のナナは嫌い!」
「あっそう。じゃけぇ……」
どうしたん。
と、言おうとしたけど言えなかった。
何? これ。
歌に嫌いって言われただけなのに、胸を貫かれたような衝撃が全身に走った。
それだけじゃないわ。
目頭が熱くなって視界がボヤけ始めたし、無性に叫びたくなってる。
身体も強張って震えだしたし、顔が歪んでるのがわかるくらい、力が入ってる。
そんな、冷静に自分の状態を確認してるあたしとは別のあたしが……。
「や、だ……。嫌わんで……。嫌わんでよぉ」
と、言っていた。
それからはもう滅茶苦茶。
両腕は目から溢れる水を、何度も何度も勝手に拭い続けてる。
両足は、身体を壁に押し付けるように縮こまってる。
そして口は、訳のわからない言葉を吐き続けてる。
「やべ、やり過ぎた」
「ほ、ほら! だから言ったのに!」
「いやぁ、さすがにオレも、ここまで弱っちまってるとは思ってなくてよぉ」
弱ってる?
じゃあ、今のあたしは弱ってるからこうなってるの?
弱くなってたから歌の一言で悲しくなって、胸に大穴が空いたような喪失感に襲われてるの?
だから、あたしは……。
「小吉……。小吉ぃ……」
小吉を呼んでるの?
小吉に慰めてもらいたがってるの?
だから、外に飛び出したの?
小吉に助けてほしいから、小吉の名前を呼びながら気配がする方へ歩いてるの?
「あ、小吉……」
気づいたら、あたしは外にいた。
毎朝ジュウゾウと白い方がチャンバラをやってる、借宿の玄関先で月を眺めていた小吉の後ろに立っていた。
「はぁ……。やっぱり僕は、意気地無しだなぁ」
あたしに気づいていないっぽい小吉が、月を見上げたまま呟いた。
小吉が意気地無し?
そんなことはないわ。
だって小吉は龍見姉妹をビビらせて従えちゃうほど度胸があるし、歌にせがまれてデレデレしつつも、駄目なことは駄目だって言う。
誰かを助けるためなら、平気で自分を犠牲にするほど優しくて勇敢よ。
そんな小吉が意気地無しだなんて……。
「沖田君と天音君。四進君にまで背中を押してもらったのに、どうしても行けないよぉ……」
あ、頭を抱えてうずくまっちゃった。
でも、こんな夜中にいつもの真っ白な服を着て、小吉はどこへ行こうとしてたんだろう。
「ナナさんは、何て答えてくれるんだろうか。フラれるだろうなぁ……。だって僕、モテないし……」
はて?
あたしの答え?
何の答え?
それと小吉がモテないのが、何の関係があるんだろう。
「いや、いっそ開き直って、ゴリ押ししてみるのはどうだろうか。うん、行けそうな気がする。龍見姉妹も、何だかんだでゴリ押しで行けたし」
どこに行くの?
これからあたしを、どこかへ連れて行ってくれるのかしら。
「いやぁ、でもなぁ。いくらナナさんでも、いきなり結婚してって言っても……」
「え?
「って言うだろうし……ってぇ! ナナさん!? いつからそこに!?」
あ、思わず声を出しちゃった。
でも、どうしてあたしは、嫌と言ったんだろう。
小吉のことは好きだし、結婚して子供を作りたいと思ってるのに、あたしの口は嫌だと言っていた。
殺さなきゃいけなくなるから?
それとも、もっと別の理由?
「……泣いてたの?」
「え? あ、ああ……。そう言えば……」
歌に嫌われたのが悲しくて、それが原因で目から水が……涙が止まらなくなったから、部屋から逃げ出したんだった。
「何か、悲しいことがあったのかい?」
「うん……」
あたしは、玄関の段差に腰かけて石畳をポンポンと叩く小吉の横に腰を下ろして、部屋でのいきさつを話した。
その間、順序だてて話すことができないあたしの下手くそな話を、小吉は辛抱強く聞いてくれた。
ずっと、いつもの優しい目であたしを見ててくれた。
そして……。
「歌ちゃんは、本心から言ったんじゃないと思うよ?」
「でも、嫌いって……」
「今の……って、
「そうじゃけど……」
嫌いと言われたのは変わらない。
だから、今もこんなに悲しい。
小吉のそばにいるのに、心が休まらない。
「歌ちゃん……この場合は地華君かな。の、言いたいこともわかるけど、僕は今のナナさんで良いと思うよ」
「ええの? 小吉は、嫌いにならんの?」
「うん。僕は、人らしくなりかけてるナナさんを、とても良いと思ってる」
「このままでええの? 本当に?」
「うん。本当だよ」
満月の明かりに照らされながらそう言った小吉を見ていたら、それまで感じていた悲しみや不安が霧散した。
救われたような気がした。
小吉を、無性に崇めたくもなった。
そして……。
「ねえ、ナナさん。月が、綺麗だね」
ただ小吉を見つめることしかできなかったあたしに、小吉はまるで慰めるようにそう言ってくれたわ。