今日は七夕。
年に一度、彦星と織姫が会うことができる日。
祭りや行事に興味がないはずなのに、うちは何故か、七夕だけは祝うの。
なんでも、暮石家ができる前からのしきたりらしいわ。
「似合ってんじゃねぇかナナ。その浴衣、気に入ったか?」
「うん。着るのは面倒くさいけど、気に入った」
小吉が猛おじ様と電話している隙を見計らったように、あたしはこの浴衣を地華に着せられた。
寝巻きとして着てる浴衣とは違って、白い生地に桔梗の花が描かれている浴衣を。
「冬用もあるから、寒くなったらそっちを着ろよ。オレと姉ちゃんからの誕生日のプレゼントだ」
「タンジョウビ? 何それ」
「生まれた日って意味だよ。今日が、お前の誕生日らしいぜ?」
へぇ、あたしって、17年前の今日生まれたんだ。
全く知らなかったし、興味もなかったな。
「髪も結ったほうが良いかしらぁ。なんなら、やってあげようかぁ」
「地華にやってもらうけぇ、ええ」
「そんないけずを言わないでよぉ。私ぃ、将来はあなたのお姉さんになるのよぉ」
「ならんでええ。っちゅうか、なんでアンタが小吉の家におるん?」
あたしらを襲ったクセに、広島からずっとついて来て堂々と居座ってるよね?
まあ、小吉が許可したんだろうけど、いつでもあたしを無力化できるアンタがいると気が休まらないじゃない。
「ねぇ、地華ちゃんからも何とか言ってよぉ。私ぃ、七郎ちゃんと仲良くしたいのぉ」
「だってよ、ナナ」
「嫌じゃ」
「もう! あんまりお姉ちゃんに意地悪するとぉ、動けなくしちゃうぞ♪」
「したら殺す」
なぁにが「動けなくしちゃうぞ♪」よ。
アンタはする方だから知らないんでしょうけど、アレって物凄くしんどいのよ?
それこそ、世の大半の苦痛を我慢できる暮石の人間が動けなくなるくらいね。
だから、軽々しく動けなくするとか言うな。
「よし、できた。小吉の大将、きっとビックリするぜ?」
「ほ、本当?」
「本当さ。下手したら、見た途端に失神しちまうかもなぁ」
「小吉さんならありそうねぇ。あの人ぉ、七郎ちゃんにゾッコンだからぁ」
「ゾッコンって何?」
「本気で惚れてるって意味よぉ。嬉しい?」
「そりゃあ……」
本当なら嬉しい。
跳び跳ねたいくらい嬉しいし、今すぐ小吉に会いたいとも思う。
でも、踏ん切りがつかない。
毎日物陰から小吉を見てるクセに、どうしても顔を合わせることが出来ないの。
「うちでは七夕は特別な行事なんだけどぉ、暮石は違うのぉ?」
「特別かどうかは知らんけど、笹に短冊を吊るすくらいはする」
「もしかしてぇ、『再び相まみえん』って書くんじゃない?」
「うん。瓶落水も同じなんじゃね」
普通は願い事を書くらしいんだけど、うちは必ず『再び相まみえん』って書く。
それが、誰と誰が会えるように願って生まれた風習なのかは知らないし興味もなかったなないけど、うちと瓶落水は同じ一族だった頃から続けているそうよ。
「小吉さんに会ってみたらぁ、少しはご先祖様の気持ちがわかるかもよぉ?」
「そんなのに……」
興味はない。
知りたくもない。
でも、言い訳にはなるかもしれない。
小吉と会うのが何故か恥ずかしくて、不安で、怖いと思ってあたし自身に、ご先祖様の気持ちを知るために会うんだって、言い訳に。
そんな事を考えてたら……。
「どうしてこうなった?」
と、言ってしまうくらいアッサリと、小吉と二人きりになっていた。
え? ちょっ……待って?
時間が飛んだんじゃ? って思っちゃうくらい、一気に時間も場所も変わったんだけど?
いや、記憶はあるのよ?
地華に着付けてもらって、「夕飯が出来ましたよ」と、呼びに来た松に連れられて居間に行ったら、真ん中に真っ白で大きな初めて見た洋菓子が載ってる
そして「誕生日、おめでとう」とみんなに祝われて食事をして、歌から花束と、ジュウゾウからは短刀より少し短い、柄の先に指を通せる輪っかがついた
チャーなんとかからは、『でにむ生地で作ってみたじゃけっと』とか言う上着を貰ったわ。
でも、そこから先が少し曖昧。
白い洋菓子……けーきって名前だったかな? を食べて、庭に飾った笹に短冊を吊るそうって流れになったのは覚えてる。
でも、気づいたらあたしと小吉以外、誰もいなかった。気配もまるで感じない。
あたしと小吉の二人だけが、縁側に腰かけて笹を見てるわ。
「ホント、どうしてこうなったんだろうね」
おっと、独り言が小吉に聞かれちゃったみたい。
ため息交じりで、若干呆れてるような気配から察するに、予想はしてたけど本当にやるとは思ってなかったって感じかしら。
「ナナさんは、短冊に何て書いたの?」
「えっと……。再び相まみえんって書いた」
「誰か、会いたい人がいるの?」
「さあ? うちは昔から、短冊にそう書いてたんだって」
「へぇ、不思議だけど、素敵な慣わしじゃない」
そう?
あたしは昔から、面倒くさいとか訳がわからないことをさせるわね。
くらいにしか、思ったことがない。
小吉のように、素敵だなんて感想は抱いたことがないわ。
あ、でも、この流れなら……。
「小吉は、何て書いたん?」
「僕? 僕は……」
普通に話しかけられると思ってそうしたら、実際上手くいった。
少し声が上擦ったような気がしたけど、小吉は気にしてないようね。
「ナナさんが、僕からのプレゼントを受け取ってくれますように……かな」
「プレゼント?」
「そう、これ。散々悩んだけど、やっぱり渡すことにしたよ」
怯えた目をあたしに向けた小吉がくれたのは、手の平に収まる大きさの箱。
「開けてみて」と、言われたから従って開けてみたら、中には銀色の鎖に同じ色の……箱? それとも本? に見える飾りが繋がれていた。
これが、小吉からあたしへのプレゼント……か。
あ、これ、開くようになってる。
中はどうなって……。
「あたしと、小吉の写真……」
「うん。一枚多めに現像してもらって、みんなには悪いと思ったけどそこだけ切り取って入れたんだ」
その写真なら、あたしも貰った。
あたしにしては珍しく、ジュウゾウが用意してくれた写真立てにいれてトランクに入れてるわ。
だから、小吉と出会う前のあたしだったら「もう持っちょるけぇいらん」とか言ってたと思う。
でも、今は違う。
この部分だけ見比べれば同じ写真だけど、あたしと小吉しか写っていないこれは違う写真に見える。
うん、素直に嬉しい。
これを見ているだけで幸せな気持ちになるし、身体が熱くなる。
小吉のこと以外、考えたくなくなってしまう。
「これ、本当に貰ってええの?」
「う、うん。中の写真、僕とのツーショットで嫌じゃない? 嫌だったら、写真だけ変えても良いよ?」
「嫌じゃない! あたし、これがええ!」
「そ、そう? だったら……よかった」
咄嗟に出た自分の声の大きさに驚いたけど、あたしがそう言ったら小吉は照れ臭そうに微笑んでくれた。
それが、プレゼントを貰ったことよりも嬉しかったんだけど、あたしは小吉と同じくらい。
いえ、もしかしたら小吉以上に照れてしまって、その日はそれっきり小吉と話すことができなかった。
でも、あたしも小吉も、ふいに訪れた静寂が嫌だとは感じなかった。
むしろ、それが幸せだった。
だってその時、言葉は交わさなくてもあたしたちは繋がっていた。
同じ気持ちだったと、あたしにはわかったから。