小吉が京都のマイ……マイ……マイチンだったっけ?
に、行くと言い出したのが先週。
歌が実家の都合で帰省したのが昨日。
そして今日、あたしたちはマイチンに向けて出発した……はずなんだけど、京都ってこんなに近かいんだっけ? って、言いたくなるほどの短時間で着いた。
「なあ、小吉の大将。ここって横田じゃねぇの?」
「そうだよ? ここは横田基地」
「あのぉ、小吉様。無いと信じたいのですが、まさかあの……」
「そう。あそこでプロペラを回してる輸送機で行くの」
「あらぁ、飛行機に乗るのぉ。私ぃ、飛行機に乗るの初めてぇ♪」
白い方は質問の答えが返ってくるなり、顔が髪の毛に負けないくらい真っ白になった。
その隣でジュウゾウがふんぞり返り、右手の親指を立てて「ちなみにあれは、我が海軍が戦争中に使用した主力輸送機である零式輸送機だ。だが、原型は米国の旅客機、ダグラス DC-3だったりする。海軍による記号はL2D。
DC-3の国産化機であることが知られていたため、海軍の搭乗員からもダグラス機と呼ばれる場合があった」と、長々と語ったけど誰も聞いちゃあいない。
もちろん、あたしもね。
「うんちくはええけぇ、白い方を押し込みんさいね。ああいうのはジュウゾウの役目じゃろうが」
「刀を抜いて「乗りたくありません! きっと落ちます!」と、威嚇している天音殿をか?」
「他に誰を押し込むんね。地華と瓶落水はウキウキしながらもう乗っちょるし、小吉も階段の前で白い方を待っちょる」
「そう言うお前はどうなんだ? 乗らないのか?」
「あたしは……」
後で良い。
と言うか、正直に言うと、たぶん白い方と同じ理由で乗りたくない。
だって飛行機って言うくらいだから飛ぶんでしょ?
空を。
昔、戦争中に何度か見たことがあるけど、飛行機って凄く高いところ飛ぶでしょ?
落ちたら絶対に死んじゃうくらい高いところを!
「七郎次。まさか、お前もか」
「な、な、な、な、何が? あ、あたしは別に、高いところが怖いわけじゃない」
「怖いんだな? 声が震えているぞ」
「怖ぁない!」
あたしはただ、あんな鉄の鳥に命を預けなきゃいけないのが怖いのであって、高いところが怖いんじゃないわ。
それはたぶん、白い方も同じ。
だから珍しく……。
「小鬼。折り入って相談なのですが、私たちだけ電車か車で行きませんか? いえ、私はけっして、飛行機に乗るのが怖い訳じゃないんですよ?」
「アンタにしちゃあええ考えじゃね。付き合っちゃげる。あ、一応言うちょくけど、あたしも全然怖ぁないんよ? アンタが寂しがっちゃあいけんけぇ、一緒に行っちゃげるだけじゃけぇ勘違いせんでよね」
お互いに言い方が気にくわないものの、あたしと白い方はうなずき合って飛行機に背を向けた……んだけど。
「ナナさん、天音君。早く乗ってくれないと出発できないよ」
「で、でも小吉様……」
「撃墜されない限り墜ちないから、安心して良い」
いや、小吉は満面の笑みで言ったけど、それって撃墜されたら墜ちるってことよね?
だったら、やっぱり電車か車にしましょう。
飛行機の方が早く着くから小吉は飛行機で行くのを選んだんでしょうけど、今回は白い方に味方して……。
「ナナさん。僕と一緒に、空の旅を満喫しないかい?」
「……うん。する」
「ちょっ……! 小鬼!? 何故速攻で裏切ったのですか!?」
「だって、小吉に誘われたんじゃもん。小吉に誘われたらあたしは断れん」
七夕……いえ、あたしの誕生日以来、あたしと小吉の関係は微妙と言う他ない。
今みたいに、小吉の言うことは何がなんでも聞くし、お互いに好き合ってるのは確かなんだけど、あたしも小吉もどうして良いかわからないから、そこから先に進めないでいるの。
いや、それもあるけど、あたしに起きた変化が最大の原因と言えるかもしれない。
あれ以来、あたしは小吉の布団に潜り込めなくなった。
したくなくなったんじゃなくて、出来なくなったの。
小吉の匂いや体温を堪能したいのに、あたしは小吉に近づくだけで動悸が激しくなって呼吸すら困難になるようになった。
もし今のあたしが、以前のように全裸で小吉の布団に潜り込んだらきっと死んじゃうでしょうよ。
それに加えて……。
「落ちませんよね? 絶対に落ちませんよね!?」
「大丈夫だから。ほら、こうすれば怖さが紛れるかい?」
「……いえ、手を握られただけではどうも足りないようですので、しがみついてよろしいですか?」
「え? あ、うん。良い……かな? ナナさん」
「何であたしに聞くん。小吉の好きにしんさいね」
些細なことで嫉妬するようになった。
しがみつかれてるのだって、白い方が怖い怖いと言って暴れるのを防ぐためには必要なことなのに、あたしはそれが気に食わない。
自分でもわかるくらいハッキリと膨れっ面を晒して、二人から顔を背けたもの。
前のあたしからは考えられない行動よ。
「まあ、ちょっとの間、我満してやってくれよナナ」
「ちょっとの間って、どれくらい?」
「え~っと、沖田の旦那。どれくらいだ?」
「2~3時間と言ったところか?」
長い。
そんなに長い時間、小吉を白い方に独占されなきゃいけないの?
軽く拷問なんだけど?
と、思いながら横目で白い方の後頭部を睨んでいたら……。
「ところで七郎次。油屋大将とは、どこまで行ったんだ?」
「一番遠いとこじゃと広島」
「そういうボケはいらん。どれくらい関係が進んだのかって意味だ」
などと、ジュウゾウが小声で聞いてきた。
どれくらいも何も、そういう意味でならむしろ後退してるわ。
だって同衾はもちろん、匂いがわかるくらい近くにいるだけであたしの脳ミソは沸騰しかけるんだもの。
「四進姐さんに襲われた日くらいから、同衾もしてねぇよな」
「そうなのか?」
「ああ。その代わりかどうか知んねぇけど、オレの隣で寝てるぞ?」
「だって、一人で寝るのが落ち着かんくて……」
仕方なく、本当に仕方なく地華の隣で寝てるの。
地華の身体は柔らかすぎて抱き心地が少し悪いけど、それでも我慢して隣で寝てるわ。
「うちの人間もそうだけどぉ、やっぱり暮石もそうなのねぇ」
「そう? 四進殿、それはどういう意味ですか?」
「照れ屋と言うか
「四進殿が、六郎兵衛を連れ去ろうとしたみたいにですか?」
「そぉそぉ。七郎ちゃんの場合はぁ、前までが嘘みたいな距離の取り方ねぇ」
言われてみれば確かに。
あたしと小吉の物理的な距離は、以前と比べたら遠い。
それはあたしが、知らず知らずの内に距離を取ってたからか。
「じゃあ、いずれ七郎次も四進殿のように……」
「独占欲が高まりすぎるとぉ、小吉さんを
いや、さすがにそれは……。
ないと言い切れないのが辛いわね。
今まで考えもしなかったけど、小吉を人目のつかない場所に監禁して、食事から下の世話までしてあげるのは悪くない。
いえむしろ、至高にして究極の状況に思えるわ。
でも、思ってるだけだから……。
「おい、ナナ。さすがにやるなよ?」
「や、やらんいね。そんな素敵なこと、あたしがするわけないじゃろ?」
「今、素敵なことって言ったか?」
「言うちょらん。地華の聞き間違え」
って、言うことにしておいて。
そりゃあ、して良いんならするけど、そうでないならしないわ。
だって、小吉が嫌がることはしたくないもの。
と、頭では考えているのに……。
「おい、やるぞコイツ」
「やるわねぇ。顔にモロに出てるわぁ」
どうやらあたしは、本心ではやりたいらしい。
どんな顔をしているんだろうと窓に映る自分を見てみたら、あたしの顔は自分でも驚くほど艶やかで、熱に浮かされたような危ない笑顔だった。