花火と言えば、夏の風物詩のひとつ。
もっと時代が進めば、日本各地で花火大会が行われる。
前世ではインドア派だった僕も、この日だけは花火と屋台を目当てに友達と町内を駆け回ってたっけ。
「なあ、小吉の大将。花火って、こんなに物々しかったか?」
「まあ、射撃訓練もかねてるから」
「ですが小吉様。軍艦の主砲で花火を打ち上げて大丈夫なのですか?」
「僕は技術者じゃないから知らないけど、大丈夫なんじゃない?」
とは、昨日、催し物の準備を目の当たりにした龍見姉妹の感想だ。
そして今日、舞鶴鎮守府主催で地元の人たちとの交流を隠れ蓑にして行われるのは、砲弾に花火を詰めた射撃訓練兼、花火大会。
鎮守府を解放して民間人を招き入れ、水兵たちによる様々な屋台も軒を連ねている。
僕としては、後の時代にこれが艦砲花火大会とか名付けられて舞鶴の風物詩の一つになれば良いなと思っているけど、残念ながら花火を打ち上げる予定になっている艦艇のほとんどは、朝鮮戦争が終わると同時に退役予定なんだよね。
そんな祭りの中を、僕は女性を連れて歩いてる。
ただ、彼女の様子がいつもと違いすぎるから、どうにも居心地が悪い。
「あの、小吉様……」
「ん? ああ、ごめん。少し考え事をしていた」
「……やはり、あの……ナナの方が良かったですか?」
「違っ……」
わないんだけど、これは違うと答えても角が立つし、違わないと答えても角が立ちそうだ。
これは、思ってた以上に気を張る必要があるな。
「そう言えば、どうして今日は槍を置いてきたの?」
「
「いやいや、そんな事ないよ? ないから泣かないで? 地華君」
そう、僕にとって人生初の花火デートの相手は、ナナさんでも天音君でもなく地華君になった。
どうしてそうなったのかはわからないんだけど、みんなとの待ち合わせ場所に行ったら地華君しかいなくてさ。
他のみんなは別行動してるって言うから、じゃあ一緒にまわろうかって話になったんだ。
「ごめんなさい。や、槍を持ってないと、どうにも臆病になってしまって……」
「確かに、人が変わったような変わりっぷりだもんなぁ。ちなみに、どっちが素なの?」
「素? ああ、どちらかと言うとこっちでしょうか。私は元々こんな性格でしたから、槍を手にしている時だけでも勇ましくあれと教育されたんです」
それが、普段の地華君か。
たしか、龍見家は元々水場を管理する神職が長い時を経て、何故か政財界に影響力を及ぼすほどの軍閥になった変わり種だけど、その根幹は龍見家が祀る水神の巫女である姉妹を教祖とした宗教団体だ。
故に、教祖の一人である地華君に、臆病な本性は相応しくないと矯正されたんだろう。
でも、そうなると……。
「天音君も、素は違ったりするの?」
「お姉ちゃん……いえ、姉はあのまんまです。双子なのにどうしてこんなに性格が違うんだと、幼い頃は母に叱られましたし、自分でも不思議でした」
性格が違うだけで叱られた……か。
槍を持った地華君の性格は正反対と言って良いけど、そうするためには同じ性格の方が都合が良かったんだろう。
だから、叱られた。
龍見家のしきたりを守るためかどうかはわからないけど、地華君の素の性格は龍見家にとっては異端だったんだ。
「地華君は、辛くなかったの?」
「……辛くなかった。と、言えば嘘になります」
「自分に嘘をついて、全く違う自分を演じているから?」
「幼い頃は、小吉様のおっしゃる通りでした。でも、今は違います。槍を持ってる私も持ってない私も、両方私なんです」
儚げな笑みを浮かべてそう言った地華君は、初めて見たナナさんの泣き顔や笑顔と同じくらい……いや、もしかしたらそれら以上に、素敵に思えた。
ナナさん以上にギャップが凄いからか?
浜辺に着くなり上がり始めた花火に照らされて透ける、首筋まで伸びた髪が幻想的だからか?
普段のボーイッシュな服装とは違う、
「綺麗ですね。花火」
「うん、綺麗だ」
「わ、私とどっちが……」
綺麗ですか。
かな?
そんなの、地華君に決まってる。
と、思ってても言えないのが僕である。
いや、言っちゃ駄目なんだ。
自惚れかもしれないけど、地華君は僕を好いてくれてる。
でも、僕はナナさんが好きだ。
答えは聞いてないけど、態度からナナさんも僕を好いてくれてると半ば確信してる。
だから、気を持たせるようなことを言ったら……。
「私は、小吉様をお慕い申し上げております。ナナにも、気持ちで負けてるとは思いません」
「でも、僕は……」
「わかっています。ナナが、好きなんですよね?」
「うん。だから……」
僕は、地華君を傷つけなければならない。
散々、それこそ飽きるくらい女性にフラれ続けてきた僕に、まさか女性をフル日が来るとは夢にも思わなかったよ。
「わた、私は二番目でも……いえ。なんなら、お姉ちゃんや歌の次でも構いません」
「無理だ。僕に、何人もの女性を愛せるような甲斐性はないよ」
「だったら……! だったら、予備で良いです。補欠、保険、どれでも構いません! 私を……私にも希望をください! こんな事を願うのはあなたにもナナにも申し訳なく思いますが、あなたとナナが結ばれなかった時に想いが報われると思わせてください!」
「それはつまり……」
君をキープしとけと?
ハハハ、何の冗談だこれは。
冗談じゃなかったら悪夢か?
僕みたいな仲間と運に恵まれただけで戦争を生き抜いた詐欺師に、地華君をもしもの時のためにキープしておけと?
僕は、そんな事が許されるような善人じゃあない。
僕は悪人だ。
敵よりも味方の方を多く殺してきた極悪人だ。
ナナさんと好き合えるだけで、残りの人生全ての幸福を代償として差し出してもまだ足りないくらいの罪を犯してきた。
だから、地華君の人生を悲惨なモノにしかねないことはできない。
いや、しちゃ駄目だ。
「ごめん。僕はナナさんと添い遂げられなかったからと言って、別の女性に乗り換えられるほど器用じゃないんだ」
「じゃ、じゃあ、ナナと別れたらどうするおつもりで? まさか、一生独り身でお過ごしになると?」
「そのつもり。僕が今世で愛するのはナナさんだけ。もしこの想いが成就しなかったら、君が言った通り独り身で余生を過ごすよ」
それくらいの覚悟で、僕はナナさんに惚れてる。
それが今世で大勢の人を殺し、これからも殺し続ける僕なりのケジメの付け方だ。
と、悲運の主人公を気取ってるけど、要は不器用ってだけさ。
さて、僕の答えを聞いた地華君は……。
「納得、できそうにない?」
「納得するどころか、ますますあなたに惹かれました。なので、待つことにします」
「だから、待っても僕は……」
「それでも待ちます。小吉様だって人間なのですから心変わりするかもしれませんし、傷心している時に付け入る隙ができるかもしれませんので」
「だけど、それじゃあ君が……」
「行き遅れようとかまいません。私は、残りの人生を対価として差し出しても良いと思えるほど、あなた様が好きなのですから」
そう言いながら僕と視線を合わせた地華君の瞳は、臆病さなど微塵も感じさせなかった。
むしろ燃えていた。
その瞳に燃え盛る炎は、恋い焦がれる乙女と言うよりは獲物を狙って鎌首をもたげる龍のそれに見えたよ。
その感想を見透かされたのか、地華君は……。
「覚悟してください。龍見の女は、龍のように執念深いんですから」
と、クスリと微笑んで僕を魅了した。
それほどまで僕を好いてくれてる地華君が、襲撃者によって川に叩き落とされたんだから、当然僕の腸は煮えくり返っている。
でも、助けに行く余裕は無さそうだ。
何故なら……。
「一番質が悪そうなのは……。お前だな」
と、言いながら、彼が四進君に銃剣付きの小銃を向けたからだ。