「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
はい、来ました。
やっぱり絹を裂くような女性の悲鳴が朝っぱらから洋館中に響き渡りましたよ。
まあ、洋館中に響いたかどうかは、今だ部屋のベッドで横たわってる僕には確認しようがないんだけどね。
ただ、間違いなくこの部屋には響いた。
だって、僕のすぐそばでコッテコテのメイド姿をした女性が叫んだんだから。
「ど、どうしたんですかメイドさん!」
「あ、ポール支配人!朝食の時間になったのでお呼びに来たのですが、返事がないのでマスターキーを使って入ったら油屋様が……油屋様が死んでたんです!」
よし、お前ら落ち着け。
まず、僕は死んでない。
昨日、ナナさんにトランクで殴られたせいで肉体的にも精神的にも負傷してるから起き上がれないけど、僕はちゃんとまだ生きてるから。
それとポールさん。
その女性をメイドさんって呼んでたけど名前は無いの?
無いわけないよね?
まあ、それはそちらなりの事情があるんだろうからこれ以上ツッコマないけどさ。
「事件の香りがしますね」
「あ、あなた様は!油屋様と同じく招待されて当ホテルにご宿泊されている私立探偵のシャア・ロ・キアン様!」
人って、ツッコミしすぎると死んじゃうとかない?
ああでも、怒りすぎて
じゃあ僕、憤死しちゃうかも。
ツッコミしすぎて憤死しちゃうかもしれないけど行くよ?
まず、状況説明はありがたいから、ポールさんのやたらと説明臭い台詞は無視するとして。
突然現れた私立探偵って何者?
シャア・ロ・キアンって名前らしいけど、それってシャーロック・ホームズの熱狂的なファンの総称であるシャーロキアンから取った?
と、思ってチラ見してみたら、真っ赤な服を着て両側に角が生えた兜を被った劣化アズナブルがいたよ。
シャアはシャアでも赤い彗星の方かよ!
いやいや、落ち着け小吉。
彼は色と格好が似てるだけであって、三大コンプレックスを拗らせた彼とは違う。
彼はただの赤い変態だ。
「メイドさん。あなたが鍵を開けるまで、この部屋には鍵がかかってたんですね?」
「はい、間違いありません。油屋様やシャア様と同じく招待客の一人である
これさ、新手の暗殺法かい?
僕を憤死させようって腹かい?
金田一一って、僕の世代がルビなしで見たら
と、ツッコミながらチラ見してみたら、そこには少年の方じゃなくてじっちゃんの方がいた。
いや、正確にはじっちゃんの格好をした少年だな。
「え~窓にも、え~鍵がかかっていますし、え~ここは二階で壁によじ登れるような段差も、え~ない。え~つまり、え~ここは密室だったと言うわけです」
あれ?この口調と、うっすら見える人相からすると次の探偵役(笑)は古畑任三郎?
いやいや、まさか……。
「そうなのですか?たまたま当ホテルに滞在していた通りすがりの刑事の今泉様」
逆かよ!
古畑じゃなくて今泉君の方かよ!
名前で判断するのは好ましいとは思わないけど、見た目が古畑なだけの無能じゃん!
「ええ、ポール支配人。え~他にマスターキーは?」
「フロントに部屋数分かけてありますが?」
「なるほど。え~ならば、マスターキーを手に入れようと思えば誰でもできたわけでかか」
「その通りでございます。今泉様」
密室もクソもねぇ!
何でマスターキーが部屋と同じ数あって、しかもフロントにかけっぱなしなんだよ!
せセキュリティの概念を海軍式で叩き込んでやろうか!
「ポール支配人。この館には、あと誰がいますか?」
「あとは、油屋様のお連れ様が一人だけです。シャア様、それが何か?」
「ここにいる者は、昨日の晩から先ほどまで探偵とはどうあるべきかを議論していました。なので、アリバイがある。それは我々に付き合っていたお二人も同様です」
「つまり、アリバイが無いのは油屋様のお連れ様だけ、と言うことですね?」
暇人か?
一晩中、探偵はどうとかこうとか議論してたの?
議論した上でしてる格好がそれ?
金田一モドキと今泉君はともかく、アンタは変質者でしかないじゃない。
探偵どころか一番最初に疑われる奴だよ?
「よし!謎はなんとなく解けたとじっちゃんの名に懸けて誓おう!犯人は連れの女性。動機は痴情の
良くねえよ。
まあ、痴情の縺れで僕は鼻血を噴いて気絶したと言えるけど、雑にも程があるだろ。
推理なんか微塵もしてないじゃないか。
他の四人も、声を揃えて「意義なーし」とか言ってんじゃねえ!
「あれ?小吉、まだ寝ちょるん?」
もう、起きて僕は死んでないとバラしちゃおうかな~
と、思ってたら、ナナさんが部屋に入ってきた。
いやホント、「アンタら何しちょん?」って言いたげな顔してるよ。
「お嬢さん。彼がああなってるのは、あなたのせいですね?」
「そうじゃけど?っつうか、アンタ誰?そんな真っ赤な格好して恥ずかしくないん?控えめに言って変態じゃけど?」
よくぞ言ってくれました!
赤い変態は変態呼ばわりされたのが余程ショックだったのか、ガーンって文字が後ろに浮かんでそうな顔してるよ。
「じゃあ、犯人はお前だ!」
「じゃけぇ、そう言っちょるじゃろうがね。アンタは見た目通りの阿呆か?」
その言葉で、金田一モドキは撃沈された。
たぶんだけど、頭にそれなりの自信があったんじゃないかな。
「え~、君は何故、え~、彼を殺したんだい?」
「え~え~うっさい。それしか入ってこんこけぇ、その口癖やめぇ」
はい、古畑モドキも沈んだ。
たぶん、キャラ付けのつもりで「え~え~」言ってたんだろうに、ナナさんは容赦なく切って捨てちゃった。
「小吉、ご飯って言いよるよ。早ぉ起きんさい」
「はいママ」
「まま?」
「あ、ごめん。つい……」
ナナさんの口調がママっぽい気がしたから、反射的に答えちゃった。
でも、態度や行動もママっぽいなぁ。
腰に両拳を当てて「早ぉ起きんさい」って言ったときもそうだし、鼻血で真っ赤になった上着を「しょうがないねぇ」と、言いながら脱がして替えを羽織らせてくれたのもそうだ。
僕が母親に甘えた経験が少ないからか、凄くバブみを感じる。
許されるなら、ナナさんに抱き抱えられておっぱいを吸いたい。
そう思わせてくれたナナさんが、今は襲撃者と何度も斬り結んでいる。
右手に銃剣付きの三八、左手には日本刀を持った彼と、牛若丸の如く橋の上を跳び跳ねるナナさんが奏でる剣戟の音が殺伐としたメロディーを奏で、ナナさんが彼を斬りつける度に舞う血飛沫と、彼の攻撃を躱しきれずに引き裂かれたナナさんの服の破片が夜の京都を不気味に彩っている。
「その剣技、我流だな?お前のような女学生が、どうしてそんな剣技を身に付けた?」
「生きるために必要じゃった。それだけいね」
「ほう!と言うことは、その見事な剣技と体術は生存本能そのものと言うわけか!その歳で大したもんだ。最初の姉妹もそうだったが、日本にもまだまだ猛者がいるじゃないか!」
上空から、落下速度と体重を加えて振り下ろした短剣と小太刀による降り下ろしを左手の日本刀だけで受け止めた彼は、まるで衝撃などなかったかのように真横に振って、ナナさんを僕のすぐ傍まで弾き飛ばした。
そして……。
「挨拶が遅れて申し訳ない。油屋小吉大将殿とお見受けしますが、相違無いですかな?」
わかりきってただろうに、僕が暗殺対象なのか確認した。
僕は、彼の経歴を大まかにしか知らない。
しかも、猛君から聞いただけだ。
それによると、彼はかなり泥臭い戦い方をしている。
中世ならともかく、近代の戦争ではそれが当たり前だけど、彼はそんな戦闘を戦い抜いて来たとは思えないほど正々堂々、正面から来た。
彼は侍だ。
彼は
あと数十年後には絶滅してしまう、真のサムライが僕の目の前に立っている。
そう、僕は思ってしまった。
だからなのか、それとも僕に反骨心があったのか……。
「人に名を問う時は、まずは自分から名乗るのが礼儀では?」
と、返していた。
それが、彼の琴線に触れたのかな。
彼は満足そうな笑顔を顔一杯に浮かべて胸を張り、空間を震わせているんじゃないかと錯覚してしまうほどの声量で……。
「重ね重ね失礼!では、
と、鬼すらひれ伏させそうな見事な陸軍式敬礼をしながら、後に『不死身の分隊長』や『生きている英霊』と呼ばれることになる英雄は名乗りを上げた。