女の悲鳴で目覚めて、小吉が気絶しているはずの部屋の気配を探ってみたら
話を聞く限りでは……。
「ど、どうしたんですかメイドさん!」
「あ、ポール支配人!朝食の時間になったのでお呼びに来たのですが、返事がないのでマスターキーを使って入ったら油屋様が……油屋様が死んでたんです!」
小吉が死んだらしい。
でも、小吉は生きている。
今も、背中を預けてる壁越しに気配を感じてるもの。
だから小吉が死んだと言うのは、冥土とか言う変な名前をした女の誤解ね。
「事件の香りがしますね」
「あ、あなた様は!油屋様と同じく招待されて当ホテルにご宿泊されている私立探偵のシャア・ロ・キアン様!」
へぇ、泊まり客に外国人がいたんだ。
夕飯は部屋に持って来てもらったから、他にどんな客がいるのか見てなかったのよね。
どんな人なんだろ……と、好奇心に駆られてドアを少し開けて見てみたら……。
「一言で言うなら、赤い変態じゃね」
と、言いたくなるくらい派手な格好をした人が、ドアが開け放たれた小吉の部屋の前でふんぞり返っていた。
頭以外は、本当に全身真っ赤だわ。
「メイドさん。あなたが鍵を開けるまで、この部屋には鍵がかかってたんですね?」
「はい、間違いありません。油屋様やシャア様と同じく招待客の一人である
おや?
段々と、小吉の怒気が強まってる。
矛先は……他の客っぽいわね。
でも、どうして怒ってるんだろう。
「え~窓にも鍵がかかっていますし、え~ここは二階で壁によじ登れるような段差もない。え~つまり、ここは密室だったと言うわけです」
「そうなのですか?たまたま当ホテルに滞在していた通りすがりの刑事の今泉様」
小吉の怒気が、また一段と強くなった。
もしかしてあの客たちは、小吉の敵なのかしら。
それに気づいた小吉が、入り口を塞がれた上に訳のわからない会話を続けられてる状況に怒ってるんじゃない?
だったら万が一に備えて、いつでも斬りかかれるように気配を消してアイツらの後ろに控えとこう。
「ええ、ポール支配人。他にマスターキーは?」
「フロントに部屋数分かけてありますが?」
「なるほど。ならば、マスターキーを手に入れようと思えば誰でもできたわけか」
「その通りでございます。今泉様」
「ポール支配人。この館には、あと誰がいますか?」
「あとは、油屋様のお連れ様が一人だけです。シャア様、それが何か?」
「ここにいる者は、昨日の晩から先ほどまで探偵とはどうあるべきかを議論していました。なので、アリバイがある。それは我々に付き合っていたお二人も同様です」
「つまり、アリバイが無いのは油屋様のお連れ様だけ、と言うことですね?」
「よし!謎はなんとなく解けたとじっちゃんの名に懸けて誓おう!犯人は連れの女性。動機は痴情の
ふむふむ。
つまりこの人たちは、小吉が鼻血を噴いて気絶した原因を探ってたわけか。
みんな声を揃えて「意義なーし」とか言ってるし、犯人であるあたしはコイツらに拘束なりされるかもしれない。
だったらそうなる前に、場の雰囲気を読んで起きないんだと思われる小吉が生きてるって教えてやるか。
「あれ?小吉、まだ寝ちょるん?」
さも、今知ったようにすっとぼけてね。
さらに、「アンタら何しちょん?」って心の中で思いながら他の奴らを見渡すのも忘れない。
術が使えなくなったせいだと思うんだけど、こういう演技ができるようになった自分に違和感を感じるわ。
「お嬢さん。彼がああなってるのは、あなたのせいですね?」
「そうじゃけど?っつうか、アンタ誰?そんな真っ赤な格好して恥ずかしくないん?控えめに言って変態じゃけど?」
「じゃあ、犯人はお前だ!」
「じゃけぇ、そう言っちょるじゃろうがね。アンタは見た目通りの阿呆か?」
「え~、君はどうして、え~、彼を殺したんだい?」
「え~え~うっさい。それしか入ってこんこけぇ、その口癖やめぇ」
立て続けにわずらわしかったからお座なりに対応したんだけど、どうやらそれが効果抜群だったらしく、三人の客は何かに懺悔でもするように土下座した。
名前も外見も数十分後には忘れてそうな人たちだけど、ここまでわかりやすく落ち込まれると「悪いことしたかな?」って思っちゃうのは、あたしが人に近づいてるってことなのかしら。
って気持ちも、すぐに忘れちゃうだろうから記憶の彼方に放り投げるとして……。
「小吉、ご飯って言いよるよ。早ぉ起きんさい」
起きるタイミングを探ってるっぽい小吉に、起きる理由を与えてあげるのが先だと思ってそうしたら……。
「はいママ」
「まま?」
「あ、ごめん。つい……」
ままって確か、あたしの記憶が確かなら英語でお母さんって意味よね?
あたしじゃあ、どう足掻いても小吉は生んであげられないんだけど……いや、待って?
以前猛おじ様に、「男は結婚して子供ができると、女房を母さんと呼ぶようになる」と教えられた気がする。
それが本当だとすると、小吉の中ではすでにあたしと結婚してて、子供まで作ってる。
それが、全身の毛が逆立つほど嬉しかったあたしは腰に両拳を当ててできる限りの威厳を出しながら……。
「早ぉ起きんさい」
って言いながら小吉に体を起こさせて……。
「しょうがないねぇ」
って言いながら、あたしが癇癪を起こしたせいで鼻血で真っ赤になった上着を脱がして替えを羽織らせた。
あ、何気なくやったけど、これって良い。
何て言うか、あたしは小吉の奥さんなんだ、あたしは小吉を影ながら支えれるんだって気持ちになれた。
もし、以前のあたしが同じ行為をしてたら、「何であたしがこんなことせにゃいけんのん」って、言葉にまでしてたと思う。
「はぁ……。結局、吊り橋も無事なまま。見かけ倒しも良いとこだ」
「吊り橋、落ちた方が良かったん?」
「いや、そういうわけじゃあないんだけど、ここまでコテッコテの立地条件で何も起きなかったのが逆に残念でさ」
う~ん、何が残念なのかがわからない。
ただでさえ、小吉は命を狙われてるんだから、何も起きないに越したことはないんじゃない?
それに、小吉は何もなかった風に言ったけど、しっかりと珍事はあったじゃない。
なのに、小吉が満足してないってことは……。
「もっと、酷いことした方が良かった?」
「どうしてそうなるの?」
「だって、満足してないんじゃろ?小吉は、もっとあたしに殴られたかったんじゃろ?」
「ち、違っ……!僕はマゾじゃないから!」
マゾって何?
あたし、外国語は得意じゃないから、できれば日本語で言い直してほしい。
ほしいけど……なんだろう、この気持ち。
海の時と似てる、小吉に意地悪したい気持ちが、あたしの心と体を支配していく。
「ねぇ、マゾって何?」
「いやその……マゾって言うのは……」
「ん~?あたしにゃあ言えんのん?それとも、言いたくないん?」
「わ、わかってて言ってるんでしょ?意地悪しないでよナナさん」
「いんやぁ?あたしにゃあ意味がわからん。じゃけぇ、あたしにもわかるよう説明してぇね」
と、初めて経験するニヤケ顔をしながら、あたしは小吉に詰め寄った。
そんなあたしに、小吉は……。
「ナナさんのせいで、僕はこうなっちゃったんだからね?」
と、意味はわからないけどあたしの心も身体も熱くする言葉を、返してくれたわ。