愛屋及烏 / 依依恋恋   作:哀餓え男

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第五十七話 英雄 前編(表)

 

 

 

 「重ね重ね失礼!では、僭越(せんえつ)ながら名乗らせて頂きます!自分は元石原中隊擲弾筒分隊長、船坂(ふなさか) 弘《ひろし》、(まか)()して(そうろう)!」

 

 清々しさすら感じる声で名乗った彼は、僕個人の中では山本さんに比肩するほどの英雄、船坂弘だった。

 やっぱ、あの時の一言がフラグになっちゃったのかなぁとも後悔したけど、同時に光栄だとも思ってた。

 だって彼は、押しも押されぬ英雄だ。

 政治家とか軍略家とかという、わかる人にしかわからない英雄とは違ってわかりやすい英雄。

 真実とは思えない戦果。

 人間とは思えない身体能力。

 突然変異としか思えない気概と思考の柔軟さ。

 その全てが合わさったのが彼なんだ。

 もし生まれた時代が違ったら、間違いなく一国の王になっていただろうと理屈なく思わされるくらい、彼の生き様は異常だ。

 そんな彼が、僕を殺しに来た。

 それだけで……。

 

 「君ほどの人物に命を狙われるなんて、僕も偉くなったもんだ」 

 

 と、自分を卑下してしまう。

 器が違う。

 とでも言えば良いのだろうか。

 虚勢とハッタリだけで生き長らえて来た僕と、生まれながらの強者であり、王者である彼とは立ってるステージが違いすぎる。

 きっと、(いにしえ)の王たちは、彼みたいな人たちだったんじゃないかな。

 筋力もあっただろう。

 知力もあっただろう。

 それらを駆使して財力も築いただろう。

 そして生まれながらの才能と後付けの力が、人を惹き付けて権力を彼らに与えた。

 彼、船坂 弘は、生まれる時代が近世だったばかりに王になる機会を失った無冠の王だ。

 と、名乗っただけで根っからの庶民である僕に思い知らせた。

 

 「逃げぇ小吉!アイツ、普通じゃない!」

 「七郎次の言う通りです!ここは我らに任せて撤退を!」

 

 逃げる?

 何の冗談だそれは。

 僕は逃げるつもりなんてない。

 いや、逃げちゃ駄目だ。

 彼は僕が乗り越えるべき壁。

 この先、これ以上の苦難を乗り越えていかなきゃいけない僕が、この程度のことで逃げ出してどうする。

 

 「良い部下をお持ちですな、油屋大将殿。だから、微動だにしないのですかな?」

 「部下とは手足だ。そして僕は、彼らに命令を下す頭。手足を放って逃げて何が頭か」

 「それ故の不動、ですか。お噂はうかがっていましたが、実際に見ると見事だ。感動すら覚える。海軍一の勇将、『不動(うごかず)の油屋』殿とお会いできて恭悦至極に存じます!」

 

 誉めすぎ。

 そもそも、僕のこれ(・・)はハッタリだ。

 ひ弱で臆病。

 扱う戦略、戦術も贔屓目に言って並。

 だから僕は、せめて自分に敵のヘイトを引き付けて味方への被害を減らそうとした。

 そのせいで、随分と沢山の船を沈めたなぁ。

 船坂君は海軍一の勇将と称えてくれたけど、実際は海軍でもっとも船を沈めた男だよ。

 沖田君と一緒に乗ってた磯風が沈んだのだってそのせいだ。

 それに付き合わされた乗組員たちはたまったもんじゃなかっただろうけど、不思議と士気は爆上がりだったんだよね。

 自棄糞(やけくそ)になってたのかな?

 は、後々考えるとして……。       

 

 「ナナさん、沖田君。下がっていてくれ。彼の相手は僕がする」

 「何言うちょんや!侮っちょったっちゅうても、龍見姉妹を軽くあしらう奴に小吉が敵うわけないじゃろうが!」

 「七郎次に同意します!ですから、早く!」

 「二人とも、僕の命令が聞こえなかったのかな?彼の相手は、僕がすると言ったんだ。だから、道を開けろ」

 

 彼の行動は不可解だ。

 暗殺を命じられていながら堂々と登場し、腕前を考えれば僕を射殺することも可能だっただろうに、しようともしなかった。

 最初は、僕を値踏みしてるんだろうと思った。

 嬉々としてナナさんと斬り合ってるのを見て、戦いを楽しんでるんだとも思った。

 でも、どちらも違う気がする。

 いや、どちらも正しいと言った方が良いか?

 

 「聞いた通り、傷の治りが早いんですね。ナナさんに斬られた傷が、もう塞がってる」

 「昔からこうなんです。ちなみに、その話をどなたから?」

 「猛……大和陸軍中将からだ」

 「おお!大和中将殿が自分のことを!」

 

 もっとも、猛君も前世で得た知識でしか知らなかったはずだけどね。

 あれほどの短時間で傷が塞がるのを見たら、猛君でもビックリするだろう。

 歴史上の人物は脚色されるものだけど、彼の場合はたぶん逆なんじゃないかな。

 あまりに常識外れな自己治癒能力を、常識で考えられるレベルまで下げられて伝えられたんだろう。

 

 「まったく、貴殿がこれほど従うに値する方だと知っていれば、最初からこんな仕事など受けなかったものを……」

 「金が、必要だったのかい?」

 「ええ、やりたいことがありましたので。ですが、今は後悔しています。戦時中は、お偉方が情報と兵站を軽んじていたことに憤っていたのに、まさか自分が同じ轍を踏むとは……」

 「そこは気にしなくても良いと思うよ?君がどんな情報を与えられたかは知らないけど、だいたい合ってると思うから」

 

 そもそも、僕が過剰に評価され過ぎなんだ。

 僕が軍に対してやった事と言えば、今も昔も損失をもたらすことだけだ。

 

 「小吉のド阿呆!ジュウゾウ、無理矢理でええけぇ、小吉を連れて逃げぇ!」

 「言われずとも、そうするつもりだ!」

 

 あ、こりゃマズい。

 彼との話に夢中になりすぎて、二人の存在を忘れてた。

 沖田君は気絶させるつもりなのか、僕の鳩尾(みぞおち)へと刀の柄を突きだそうとしている。

 じゃあ、しょうがない。

 僕が気絶させられる前に、沖田君を行動不能にする(・・・・・・・)としよう。

 

 「ほうっ!これはお見事!さしもの自分も、爆発以外で人が吹き飛ぶところを初めて見ましたぞ!」

 「お褒めに預かり光栄だ。でも、君も似たようなことができるんじゃないかい?」

 「とんでもない!そこまで無駄な攻撃力を、自分は有していませぬ!」

 

 あ、無駄って言われちゃった。

 さすがに少し傷ついたけど、当然と言えば当然だと思ってしまうあたり、僕も軍人なんだなぁ。

 

 「ナナさん。沖田君を介抱しててくれないかい?」

 「で、でも……」

 「さっきのを見ただろう?僕は勝算があるから、僕が相手をすると言ったんだ」

 

 それでも納得できないのか、ナナさんは動いてくれない。

 僕に殴られて(・・・・)、ナナさんと船坂君の頭上で弧を描いた後に橋に落ちた沖田君を早く介抱してほしんだけどなぁ。

 けっこう、ヤバめの落方をしたから。

 

 「本当に、大丈夫なんじゃね?」

 「うん。だから、行って。彼も、手は出さないから」

 

 言いながら彼へ視線を送ると、鬼でも泣き出しそうな笑顔でコクりと頷いてくれた。

 

 「これ、報酬は別にもらうけぇね」

 「わかった。何が良いか、僕が彼を倒すのを見ながら考えといて」

 

 と、言っててむなしくなる虚勢を張ったは良いけど、正直に言うと勝算なんてない。

 100%負ける。

 確実に負ける。

 絶対に負ける。

 ただしそれは真っ当に、普通に戦った場合の話だ。

 

 「……見事な自然体。自分を雇ったお偉いさん方は、あなたをハッタリと運だけで成り上がった猿太閤と言っていましたが、誤りだったようですね」

 「いや、事実だよ。でも、猿太閤は頂けないな。僕を蔑むために偉人を引き合いに出すなんて、偉人に失礼だ」

 「ご謙遜を。それほど見事な自然体は、人生全てを武に捧げて得られるかどうかと言う代物ですぞ?」

 「大袈裟すぎる。僕のこれは、艦橋で踏ん張ってたらできるようになっただけよ」

 

 ただし、南方の荒波プラス、砲撃や爆撃による揺れの中でね。

 それに僕は、この状態からたった一つの行動しか取れない。

 友を諌めるためにだけ鍛えた……。

 

 「僕の武器は、この右拳だけだ」

 「これまた見事。その拳、自分の瞳には金剛石の如く映りますよ」

 「君にそう言われると誇らしいな。じゃあ、僕が何を言いたいかも、わかるよね?」

 

 そう言いながら、僕が僕の射程まで歩を進めると、彼は短すぎる髪の毛をこれでもかと逆立てて「もちろん!」と叫び、身に付けていた装備を全て投げ捨てて両手を大きく広げた。

 

 「やっぱり君は、僕が思った通りの人だ。そんな君だからこそ、僕は本気で(・・・)殴れる」

 「どうぞ存分に!貴殿の本気、不肖この船坂弘が見極めさせていただく!」

 

 僕と彼との戦闘力の差は圧倒的。

 比べるのもおこがましい。

 戦艦と手漕ぎボートくらいの差がある。

 もちろん、僕が手漕ぎボートだ。

 でも、僕はただの手漕ぎボートじゃない。

 僕には主砲がある。

 初めて猛君を殴った時、猛君は大して痛そうにしなかったのに、僕は手首を骨折した。

 だから、まずは手首を鍛えた。

 次に殴った時は、猛君を呻かせるくらいはできたけど、拳の皮が剥けた。

 だから、今度はひたすら巻き藁を殴って皮膚を鍛えた。 

 友を諌めるために。

 ただそれだけのために、僕は殴る練習を続けた。

 友が道を踏み外さないように。

 ただそれだけのために、僕は大嫌いな暴力を手に入れた。

 だけどいつの頃からか、本気で殴れなくなった。

 だって僕が本気で殴ると、きっと猛君を殺してしまうから。

 

 「日本帝国海軍大将、油屋 小吉。推して参る」

 

 それが、戦闘を開始する合図だった。

 それが真の英雄である彼と、偽りの英雄である僕との、意地の張り合いの始まりだった。

  

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